東ローマ帝国の皇帝一覧

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東ローマ帝国皇帝の一覧

  • 名前の後の“ ”内はあだ名
  • 名前の後の“ ”が付かないものは姓

同じ王朝に含まれていても血統が繋がっていない場合がある。

正式な君主号としては7世紀のヘラクレイオス帝の治世初期までは古代ローマ帝国の「インペラートルカエサルフラヴィウスアウグストゥス」というラテン語の称号をそのまま使用しており、ヘラクレイオス以降はギリシャ語の「皇帝(バシレウス)→ローマ人の皇帝」「アウトクラトール(ラテン語のインペラートルに相当)、カイサル、フラヴィオス、セバストスないしはアウグストス(ラテン語のアウグストゥスに相当)」を使用しており、「東ローマ皇帝」という称号は使用していない。

日本人の研究者の間では、公用語がラテン語であったフォカスまでをラテン語で、公用語をギリシア語に改めたヘラクレイオス以降はギリシア語で表記するのが一般的であり、ここでもそれに従っている。ただし、日本では一部の名前が慣用として古代・中世のギリシア語の発音からかけ離れた音にのっとっている場合があり、すべてがギリシア語に忠実なわけではない。プロジェクト:東ローマ帝国史の用語表記も参照のこと。

コンスタンティヌス朝[編集]

コンスタンティヌス朝の血統断絶

ウァレンティニアヌス朝[編集]

ウァレンティニアヌス朝の血統断絶

テオドシウス朝[編集]

レオ朝[編集]

レオ朝の血統断絶

ユスティニアヌス朝[編集]

ユスティニアヌス朝の血統断絶

ヘラクレイオス朝[編集]

ヘラクレイオス王朝の血統断絶

イサウリア朝(シリア朝)[編集]

イサウリア朝の血統断絶

アモリア朝[編集]

マケドニア朝[編集]

マケドニア王朝の血統断絶

ドゥーカス朝[編集]

コムネノス朝[編集]

アンゲロス朝[編集]

1204年のコンスタンティノス・ラスカリスは、第4回十字軍によるコンスタンティノポリス攻撃の最中に皇帝に選出されたものの、コンスタンティノポリスが陥落してしまったために在位たった一晩で逃亡した。 このためコンスタンティノス・ラスカリスを皇帝として扱わない場合もある。また、コンスタンティノス・ラスカリスを「コンスタンティノス11世」とし、帝国最後の皇帝を「コンスタンティノス12世」とする場合もある。

ニカイア帝国(ラスカリス朝・東ローマの亡命政権)[編集]

パレオロゴス朝[編集]

東ローマ帝国滅亡

関連項目[編集]