エウドキア・マクレンボリティサ

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2枚折り板に彫られた、イエス・キリストを挟むロマノス4世とエウドキアの像

エウドキア・マクレンボリティサギリシア語Ευδοκία Μακρεμβολίτισσα (Eudokia Makrembolitissa)1021年 - 1096年)は、東ローマ帝国ドゥーカス王朝女帝(在位:1067年 - 1068年)。コンスタンティノス10世ドゥーカス皇后

1067年、夫コンスタンティノス10世が死去した後、女帝として即位した。しかし、民衆や貴族は強力な軍事政権の樹立を望んだため、エウドキアはカッパドキアの将軍ロマノス・ディオゲネスと結婚し、彼に皇位を譲って即位させた。これがロマノス4世ディオゲネスである。

1071年、夫ロマノスがセルジューク朝と戦って大敗したうえ捕虜となった後、先夫との間に生まれていた息子ミカエル7世を即位させた。

家族[編集]

Gold histamenon of Romanos IV: Michael VII Doukas flanked by his brothers Andronikos and Konstantios on the obverse, Eudokia and Romanos IV crowned by Christ on the reverse

コンスタンティヌス10世との間に儲けた子どもは

ロマノス4世との間に儲けた子どもは

ミカエル・プセルロスは皇帝家とは親密でエウドキアは彼を「おじ」と思っていた。彼によると彼女は大変高貴で、美しく、知性があったという。

伝記[編集]

  • The w:Oxford Dictionary of Byzantium, Oxford University Press, 1991.
  • Lynda Garland, Byzantine Empresses: Woman and Power in Byzantium, AD 527-1204. Routledge, 1999.
  • Smith, Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology, (1867).

主な史料[編集]