人質司法

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人質司法(ひとじちしほう)とは、否認供述や黙秘している被疑者や被告人を長期間拘留する(人質にする)ことで自白等を強要しているとして日本の刑事司法制度を批判する用語である。一方、法務省はこのことについて否定している[1]

人質司法が指摘された例[編集]

カルロス・ゴーンの逮捕[編集]

AFP通信元東京支局長のフィリップ・リエスは、フランス経済紙『Les Echos』で、カルロス・ゴーン逮捕され、身柄を東京拘置所において108日に渡り身柄拘束されたことについて、自身が40年前にポーランド統一労働者党政権下のポーランド人民共和国で、スパイ容疑で収監された経験と比較し「当時は独房ではなく、日常着でいられた。妻と毎日、数分間面会する権利も得た」日本の検察は「途方もない権力」を担い、容疑者に自白を迫っていると訴え、「それが有罪率99%の原因。スターリン政権下のソ連でも、これほど高率ではなかった」と批判した[2]

フランスの新聞フィガロ』は、ゴーンの逮捕・勾留について『人質司法』であるとの見解を示した[3]CNNは、ゴーンの事件について hostage justice英語を用いて報じている[4]。2019年(平成31年)4月25日、東京地方裁判所の保釈決定に対して、検察庁幹部(氏名不詳)は「裁判所は『人質司法』という言葉に完全にひよっている。」との見解を表明している[5]。また、ヒューマン・ライツ・ウォッチはゴーンの身体拘束等を含んだ人質司法に関する報告書を公表し、「日本は、保釈に関する規定を、無罪の推定と個人の自由に関する国際基準に沿ったものに改正すべきである。」との見解を表明している[6]

一方、中華人民共和国出身で比較刑事法学が専門の王雲海一橋大学大学院法学研究科教授は、フランスでは予備審問で劣悪な環境下において公訴の判断がされないまま4年以上勾留されることがあり、過少記載を2段階に分けて再逮捕した手法に関しても、欧米でも同様の手法が取られていると指摘し、海外からの批判に関して「筋違い」であるとした[7]

大川原化工機事件[編集]

大川原化工機事件では、2020年3月に噴霧乾燥機が生物兵器に転用される疑いから勾留されていたが、装置内に病原性細菌を死滅させられない温度が低い部分があったことから2021年8月1日に無罪が報道された事件である[8][9]。この事件では、保釈が認められない長期の拘束と悪性腫瘍が見つかっても「罪証隠滅のおそれ」があるとして入院などが認められなかったことから、朝日新聞などから人質司法と指摘されている[10][11]

法制審議会[編集]

2014年(平成26年)の法制審議会特別部会では、居住先の指定など条件を課す代わりに、身柄拘束しないで捜査する「中間処分制度」を創設すべきか議論になったが、警察や検察出身の委員から「証拠隠滅の恐れが高まる」との否定的な意見が相次ぎ、見送られた。裁判官出身の委員から「手続きは適切」と一蹴され、村木厚子らは「我々の感覚とずれている」と温度差があったことを明らかにした[12]

脚注[編集]

  1. ^ 日本の刑事司法は,「人質司法」ではないですか。”. 法務省. 2023年4月2日閲覧。
  2. ^ ゴーン容疑者勾留「共産党時代の東欧よりひどい」と酷評 産経新聞 2018年12月19日。
  3. ^ 【環球異見】ゴーン被告保釈 英紙「司法制度がカントリーリスク」 仏紙「国際的圧力の作用は確実」 - 産経ニュース
  4. ^ Carlos Ghosn case puts Japan's system of 'hostage justice' under scrutiny - CNN.com
  5. ^ 検察幹部「裁判所は完全にひよっている」 ゴーン氏保釈:朝日新聞デジタル
  6. ^ 日本:「人質司法」による人権侵害”. Human Rights Watch (2023年5月24日). 2023年8月21日閲覧。
  7. ^ 日産 ゴーン前会長、越年攻防 識者の話 王雲海・一橋大大学院教授/宗像紀夫・元東京地検特捜部長毎日新聞2018年12月31日
  8. ^ 日本放送協会 (2023年7月2日). “異例の起訴取り消し 現役捜査員が証言“ねつ造かもしれない””. NHKニュース. 2023年11月28日閲覧。
  9. ^ 日本放送協会. “無実の逮捕なぜ~狙われた中小企業 300日の記録~”. NHK クローズアップ現代 全記録. 2023年11月28日閲覧。
  10. ^ 命を削る「人質司法」~がん診断されても保釈は認めず・大川原化工機事件(江川紹子) - エキスパート”. Yahoo!ニュース. 2023年11月28日閲覧。
  11. ^ 事実上の刑罰、取り返しつかない結果に 元裁判官が語る「人質司法」:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年4月15日). 2023年11月28日閲覧。
  12. ^ 中日新聞2014年7月10日朝刊

関連項目[編集]