キリスト教福音宣教会
キリスト教福音宣教会(キリストきょうふくいんせんきょうかい、Christian Gospel Mission[1])は、韓国のキリスト教の土壌から生まれた新宗教で、創設者は鄭明析。日本での通称は「摂理」(せつり)である。2018年12月31日時点で、教会25、布教所9(計34)を有する[2]。『宗教年鑑』ではキリスト教系宗教団体と分類されている[3]。
概要
[編集]1981年3月に教団設立者である鄭明析が韓国で設立した「MS宣教会」を起源とする[4]。その後、MS宣教会は摂理と呼ばれるなどいくつかの変遷を経て、1999年に「キリスト教福音宣教会」となり現在に至る。日本支部の設立は1985年。宣教会公式サイトには世界数十か国に数万人の信徒がいると書かれている[1]。
教義
[編集]基本理念
[編集]イエス・キリストの福音を伝えることに対する至上命令を基本に、21世紀最大のトピックである平和をこの地に実現しようという全世界と全世代への「愛すれば平和が来る」という精神を伝え、実践することを設立理念としている[5]。 「宗教は理論ではなく生活」であり、神を愛することで神の性格に似ようとし、御言葉を聞いて実践することを重視し[6]、実際の生活の中で、聖書に記録された神とキリストの教えと愛を実践することによって、生活に息づかせ、真に平和な世界の実現を目指している[1][7]。
キリスト教福音宣教会では御言葉を重要視しており、特に主日、水曜日に伝えられる御言葉を重要視している。
教団の本部は、大韓民国忠清南道錦山郡珍山面石幕里(月明洞ウォルミョンドン)にある[8]。
宣教方法
[編集]勧誘は、大学の偽装サークルなどといった非宗教的な団体を通じて、宗教的な性質や教義、本当の目的を明らかにせずに行われている[9]。このような勧誘方法は「不正行為」であると弁護士から指摘されている[10]。日本においては東京大学、東京外国語大学、早稲田大学、広島大学などで大学生の信者を獲得したが、「宗教団体であることを隠した悪質な信者勧誘や、脱会希望者への執拗な引き留め行為」が問題視された[11]。その後、駅前のカフェや書店の宗教・思想コーナーで高校生を勧誘する傾向が見られるようになる[12]。
献金
[編集]脱会者によると、2006年当時、第一週の献金が韓国人女性幹部に送金され、残りが教会運営費に充てられていたという[13]。1997年には1人10万円の献金が求められ、献金が多額であれば信仰心の厚い信者と認められるため、多額の寄付をする者もおり、教祖の住宅購入費用に数千万円を提供した信者もいたという[13]。
会員への指導
[編集]まずは自分自身が成長すること、そして将来に良い結婚、良い家庭を作ることが教義にある。聖書に基づく婚姻、結婚に関する教育を結婚適齢期の会員にはしており、それ以前の男女交際、婚前交渉は禁止されている。飲酒喫煙も禁止。
2006年の証言によると、配偶者を選ぶための祝福行事は、27歳以上、信仰歴3年以上、3人以上伝道したことを参加条件とした2泊3日ほどの合宿形式で行われ、参加者内で自由に会話して相手を選んで良いが、鄭の承認が必要だったという[14]。2006年春までに6回行われた「祝福式」には150組以上が参加したとされる[14]。
批判
[編集]教団は名称変更を頻繁に行っている[15]。1980年の設立時は愛天教会、韓国では教祖のイニシャルと同じJMS(Jesus Morning Star)とよばれるが、「JMS」という名称は当宣教会の正式名称ではない[16]。日本での通称は「摂理」で、教団は「すべてが神の配慮によって導かれている」という意味のキリスト教用語であると説明している[1]。日本の信者が自らを「摂理人(せつりびと)」と呼ぶことから、日本のメディアでも「摂理」と呼ばれている[15]。
この団体はカルトとして批判されており[17]、韓国では近年社会問題となっている[18]。1999年に教団が元信者の女性を拉致・監禁したことが明らかになり[18]、同年脱会者団体「エクソダス」が設立された[18]。日本でも、少なくとも十数人の女性信者の被害も確認されている[19]。女性参加者は鄭明析との面談を受けるが、鄭はその際に婦人病を予防する「健康チェック」などと称して、わいせつ行為や性的暴行を繰り返していた[14]。
日本では世界平和統一家庭連合統一教会・原理研究会(CARP)、オウム真理教と同じく、正体を隠した勧誘が行われており、教会には幼い子供から高齢者まで老若男女が通っているという[20]。「50の大学に信者」をもち「サークルを装い勧誘」していると報道され、大学では被害者をこれ以上増やさないよう対策が取られている[15]。
宗教社会学者の櫻井義秀は、「摂理の宣教活動や教義はかなりの程度統一教会の影響を受けたもの」であり、真似をされたからと言って統一教会にキリスト教福音宣教会の監督責任があるわけではなく[注 1]、同教団が起こした諸問題に統一教会が関わっているわけではないが、韓国では両者を比較して特徴を論じる研究書が少なくないと指摘している[15]。
被害
[編集]教祖・鄭明析による女性信者への性的暴行があったことが次々判明し[18]、鄭は1999年に海外逃亡し[15]、2007年に拘束され、2009年に女性信者への強姦及び準強姦罪で懲役10年の実刑判決を受けた[19]。
1999年3月の韓国テレビ局のドキュメンタリー番組の報道で、鄭明析による女性信者へのわいせつ行為・性的暴行が一気に社会問題になり、教祖は2009年に実刑判決を受けた[19][18]。(詳細→女性信者の性的被害)ライターの野方いぐさ[注 2]は、性的暴行の被害者だけでなく、元信者たちも、教団の影響から抜け出せなかったり、教団の勧誘をしていたことの罪悪感に苦しむなど、その心の傷は大きいだろうと推測する[19]。
韓国の毎日放送(MBN)は、鄭明析の一連の性的暴行事件に関する過去の報道内容に対して一部の内容を訂正するプレスリリースを出しており[21]、YTNは過去の報道の内容の一部を修正している[16]。
統一教会と摂理
[編集]鄭が修道生活の中で聖書を通読し体系化した「30個論」というものがある。その教えは世界基督教統一神霊協会に類似しているという指摘がある[22]。宗教研究者卓明煥によれば、「30個論」のうち、26・27・28・29・30ら「高級編」を含む9講論には、統一教会の教典「原理講論(원리강론)」と「相当程度」の共通点がみられるという[23][24]。
その点について教団は、鄭が一時期統一教会を訪れたことは事実であるが、訪れる前に既に教団の教義を体系化しており、統一教会の教義に由来するとの風説は非論理的と否定している[25]。
年表
[編集]- 1978年6月 - 鄭明析がソウルに上京し、宣教を始める[1]。
- 1980年 - 愛天教会を設立[19][22][注 3]。
- 1981年3月 -「MS宣教教」設立[27]。
- 1982年 - キリスト教福音宣教会の前身となる大学生宣教会創立[1][26]。
- 1983年 - 鄭明析、キリスト教メソジスト派の神学校を卒業。牧師按手礼を受ける[28]。
- 1985年 - 日本支部設立[29][注 4]。
- 1988年 - 台湾支部設立[29]。
- 1989年 - 月明洞自然聖殿の開発を開始。
- 1999年
- 1月 - 海外宣教を始める。(ヨーロッパ、アメリカ、アジア)
- 3月20日 - 韓国SBSテレビの特集番組「救いの門なのか、堕落の罠か JMS」(視聴率34.3%)により、元信者女性の拉致・監禁、鄭の女性信者に対する性的暴行が明らかになる[18]。報道後、テレビ局に100人以上の女性から被害報告が寄せられ、鄭は国外逃亡した[18]。同年7月24日にSBSが続編「JMS その後」を放送すると、社会問題として認知されるようになり、脱会者団体「エクソダス」が組織された[18]。
- 8月 - 地球村文化芸術平和協会(国際文化芸術平和協会・Global Association of Culture and Peace:GACP)設立。GACP第1回国際平和サッカー大会を開催(フランス・パリ)。
- キリスト教福音宣教会設立[29]。
- 2001年
- 2004年8月 - GACP第8回カンファレンス長野 開催。
- 2006年 - 朝日新聞が7月28日から「摂理」を批判告発する報道を開始[15]。日韓の元女性信者が東京で記者会見し、被害実態を証言。「被害者は大勢いる」として世論喚起[30]。
- 2007年
- 5月 - 中国公安当局が遼寧省鞍山市郊外の鄭明析の隠れ家を強制捜索し、翌月鄭を拘束[19]。
- 8月 - 2007国際平和スポーツ芸術 祝典(韓国)
- 2008年 - 中国国務院は鄭の身柄引き渡しを決定し、2月に韓国のソウルに送還されソウル拘置所に収容された[19]。
- 2009年 - 鄭明析に女性信者に対する強姦及び準強姦罪で懲役10年の実刑判決が下り、韓国最高裁が鄭の上告を棄却したため刑が確定した[19]。
- 2014年 - CGMアジアカップサッカー大会 (韓国)
- 2015年 - CGMクリスマスコンサート
- 2016年
- 5月 - Spring Event 2016 ~春の賛美コンサート~ in東京
- 10月 - アジア平和カップ体育大会 (韓国)
- 10月 - Autumn Event 2016 〜秋の賛美コンサート~ in東京
- 2017年
- 8月 - CGMボランティア発足(日本)
- 12月 - 日台韓・合同コンサート ~Peaceful World~ in東京
- 2018年2月18日 - 大田(テジョン)刑務所を満期出所。
- 2019年
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f g “私たちについて”. キリスト教福音宣教会. 2020年7月24日閲覧。
- ^ “宗教年鑑” (PDF). 文化庁. p. 100 (2019年). 2020年9月27日閲覧。
- ^ “宗教年鑑” (PDF). 文化庁. p. 170 (2019年). 2020年9月27日閲覧。
- ^ “被害者の性的暴行告訴なく壁に 監禁、傷害での立件視野”. 東京新聞 (中日新聞社). (2007年2月17日). オリジナルの2007年2月20日時点におけるアーカイブ。
- ^ “환경소방경찰신문(環境消防警察新聞)"세계 50여개국 20여만명의 회원 보유, 기독교사의 이정표” (2013年10月15日). 2020年9月30日閲覧。
- ^ “주간저널(週刊ジャーナル)2003/03/20号“기독교의 새로운 시도, 기독교 복음선교회”” (2003年3月20日). 2020年10月7日閲覧。
- ^ “시사뉴스저널(時事ニュースジャーナル)2005年8月号“기독교복음선교회 정명석 총재”” (2005年8月1日). 2020年10月7日閲覧。
- ^ “Break News 2010/05/17.“정명석 총재의 자연 성전 '감동스런 성전'”” (朝鮮語) (2015年5月17日). 2015年5月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年10月7日閲覧。
- ^ “Alleged Cult Sows Seeds Via Campus Event |”. The Guardian, University of California, San Diego, USA (2006年11月13日). 2014年3月1日閲覧。 “recently held an event at UCSD, which included a modeling show featuring young women, singing and videotaped religious messages from the group’s founder”
- ^ “Cult aimed at elite in 50 universities”. Asahi Shimbun. (2006年7月31日). オリジナルの2013年12月19日時点におけるアーカイブ。 2015年4月6日閲覧. ""It's a fraudulent activity, as they conceal the group's identity in luring members," a lawyer said."
- ^ 時任兼作 (2011年1月25日). “元幹部が市長になった”. 週刊朝日. 2014年7月29日閲覧。
- ^ “「カルト」から学生守る - 全国カルト対策大学ネットワーク - 160以上の大学が連携 - 恵泉女学園大 川島堅二学長に聞く”. 中外日報 (2013年5月18日). 2014年7月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月29日閲覧。
- ^ a b “「摂理」献金年間1億円超、教祖の逃亡資金にも”. Asahi.com. (2006年7月31日). オリジナルの2006年7月31日時点におけるアーカイブ。 2014年5月8日閲覧。
- ^ a b c “摂理の合同結婚式150組以上が参加 教祖が縁組”. 朝日新聞. (2006年7月31日). オリジナルの2006年7月31日時点におけるアーカイブ。 2014年7月29日閲覧。
- ^ a b c d e f 櫻井 2006.
- ^ a b “YTN"정명석 총재 관련 보도에 대한 정정보도문"” (朝鮮語) (2015年3月16日). 2015年3月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月30日閲覧。
- ^ “Setsuri cult facilities raided over immigration suspicions”. The Japan Times (2007年1月20日). 2014年7月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 櫻井・中西 2010, pp. 414-415.
- ^ a b c d e f g h i 野方 2009.
- ^ “東京主信仰教会「よくあるご質問」”. 2020年9月7日閲覧。
- ^ “MBN뉴스(MBNニュース)” (Japanese) (2015年1月13日). 2015年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月30日閲覧。 “2014年5月15日に放送された記事内容の中で、キリスト教福音宣教会から事実と違うと知らせてきたため、これを正します。事実と異なる内容で、キリスト教福音宣教会の鄭明析(チョン・ミョンソク)総裁と会員たちの名誉を毀損した点についてお詫び致します。”
- ^ a b Sakurai, Yoshihide (18 May 2007b), “日本のカルト問題 : 「摂理」を事例に”, 日本近代学会大会 , "1975-77年の間に統一教(統一教会)に関わった。そのために、摂理の教義は統一教会の教義とかなり似通ったものになっている。"
- ^ 卓明煥 (탁명환)『기독교 이단 연구 [キリスト教カルトの研究]』국제 종교 문제 연구소、1986年。[要ページ番号]
- ^ 櫻井 2006, pp. 2–3 [143–4]: ”研究家、卓明煥『キリスト教異端研究』(国際宗教問題研究所、1986)によれば(表2)、14,17,19,20,26,27,28,29,30 の各章に統一教会の『原理講論』と相当程度の類似がある。”
- ^ 当宣教会と他の宗教団体との関連を窺わせる言及について 2022年7月10日
- ^ a b 秋本 2019.
- ^ “삶의 여정”. 기독교복음선교회. 2015年9月24日閲覧。
- ^ 秋本彩乃『命の道を行く 鄭明析氏の歩んだ道』パレード、2019年、150頁。ISBN 9784434262944。
- ^ a b c 秋本彩乃『命の道を行く 鄭明析氏の歩んだ道』パレード、2019年、106頁。ISBN 9784434262944。
- ^ 「「被害者 大勢いる」 元女性信者 勇気ある告発 「摂理」教祖の暴行」 2006年8月8日(火)「しんぶん赤旗」
- ^ a b “시사저널(時事ジャーナル)“(단독)종교단체 JMS, 대우조선해양건설 무자본 인수?”” (2019年4月17日). 2021年1月23日閲覧。
- ^ “시사저널(時事ジャーナル)“정정보도문”” (Japanese) (2020年2月7日). 2021年1月23日閲覧。
注釈
[編集]- ^ 一般に、真似をされたことによって監督責任が生じることはない。「監督責任」とは「失策や不法行為などのあった人を指導監督する立場にある人の負うべき責任」である。
- ^ 野方いぐさ[2009]より執筆者プロフィール「1967年神奈川県生まれ。新潟県育ち。販売員、漫画家アシスタント。保険外交員、調査会社勤務など、迷走した人生を送る兼業ライター。かつてオウム真理教の在家信者と疑われ、数年間にわたり警視庁公安部と公安調査庁の監視対象であった」
- ^ 宣教会公式サイト[1]では、1982年を前身となる大学生宣教会創立年とする。秋本2019[26]も同様。
- ^ 「櫻井 2006.」では1986年設立とする。
- ^ 裁判所によって事実無根であると決定され、「時事ジャーナル」誌、訂正報道を掲載[32]。オリジナル[31]よりアーカイブ。”裁判所の決定に応じて下記のように訂正報道します。巨額の教会の資金を横領し、無資本買収合併を行なったという疑惑と関連して、検察がキリスト教福音宣教会(JMS)に対する捜査に着手したことが確認されたと報じましたが、事実確認の結果、キリスト教福音宣教会は検察の捜査を受けた事実はないことが確認されました。"
出典
[編集]- 櫻井義秀、中西尋子『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』北海道大学出版会、2010年。ISBN 978-4832967205。
- 櫻井義秀「「カルト」の被害をどう食い止めるか : 摂理とキャンパス内勧誘」『中央公論』2006年10月、142-149頁。
- 野方いぐさ「「性的な堕落」は教祖自身!?」『GAKKENムックEsoterica別冊[図説]宗教と事件―この国をほんとうに動かしたのは誰か?殺人事件からスキャンダルまで』、学研プラス、2009年、150-151頁。ISBN 9784056054477。
- 文化庁編『宗教年鑑 令和元年版』文化庁、2019年。 平成26年版から冊子の市販は行わず、文化庁ホームページでPDFファイルにて公開。
- 秋本彩乃『命の道を行く 鄭明析氏の歩んだ道』パレード、2019年。ISBN 9784434262944。