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1987年の広島東洋カープ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1987年の広島東洋カープ
成績
セントラルリーグ3位
65勝55敗10分 勝率.542[1]
本拠地
都市 広島県広島市
球場 広島市民球場
球団組織
オーナー 松田耕平
経営母体 松田家(マツダ創業者一族)
監督 阿南準郎
選手会長 北別府学
キャッチフレーズ
3C - Communication Combination Concentration
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1988 »

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1987年の広島東洋カープ(1987ねんのひろしまとうようカープ)では、1987年の広島東洋カープの動向をまとめる。

この年の広島東洋カープは、阿南準郎監督の2年目のシーズンである。

概要

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前年で引退した山本浩二の不在の影響が懸念された上に、開幕前に高橋慶彦が球団の激励会への出席を拒否し2週間の出場停止を課されるなど、不穏な状況の中、前監督の古葉竹識率いる大洋との開幕戦でエース北別府学が打たれ敗れる最悪のスタート。それでも投手陣では北別府を始め大野豊川口和久が先発ローテを守り、さらに先発4・5番手には金石昭人長冨浩志、抑えには津田恒実が控えるなど豊富で、チームは因縁の大洋に11連勝するなど首位争いに加わり、7月まで首位の巨人に3.5ゲーム差につけていた。しかし後半戦に入ると逆に大洋に9連敗を喫したのが響き巨人に引き離され、最後は中日に抜かれ3位で終了。打撃陣では引退した山本に代わる4番候補として入団したリチャード・ランスが低打率ながらも本塁打を量産し、ランディ・バースから本塁打王の座を奪取。3年目の正田耕三は巨人の篠塚利夫と首位打者を分け合い、このほかにも主砲の小早川毅彦、高橋と山崎隆造の1・2番コンビなども例年通りの成績を収めた。ベテラン衣笠祥雄は打率が伸び悩んだが、1970年10月19日の巨人戦から続いてきた連続試合出場を2131試合に伸ばして世界記録を更新し(最終的に2215試合)、大洋の古葉監督や阿南監督から花束が贈呈された。さらに中曽根康弘首相から国民栄誉賞を授与されるなど、有終の美を飾ってシーズン終了後に引退した。

広島東洋カープの当年及び近年のシーズン成績
最終成績














O
P
S





1987 リーグ3位3位130655510.542549450.268143107130439.7513.143272阿南準郎
1986 日本シリーズ敗退優勝130734611.613511420.254137134101385.7152.893886阿南準郎
1985 リーグ2位2位13068575.544615570.271160178125558.7744.133776古葉竹識
1984 日本一優勝130754510.625635494.274167140118472.7853.374191古葉竹識
1983 リーグ2位2位130655510.542610527.269164165116464.7703.654992古葉竹識
1982 リーグ4位4位130595813.504513493.2541399984420.7163.304390古葉竹識
1981 リーグ2位2位13067549.554605519.2741815482426.7793.664384古葉竹識
1980 日本一優勝130734413.624544476.26316110888463.7563.373666古葉竹識
1979 日本一優勝130675013.573..古葉竹識
1978 リーグ3位3位130625018.554596..4.383887古葉竹識
1977 リーグ5位5位130516712.432603.26816312484480.772古葉竹識

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 山崎隆造
2 ジョンソン
3 長内孝
4 ランス
5 衣笠祥雄
6 長嶋清幸
7 正田耕三
8 達川光男
9 北別府学
1987年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 巨人-- 中日-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 広島1.5 巨人0.0 広島2.0 広島3.5 中日4.0 広島7.5 中日8.0
3位 中日3.0 広島3.5 中日4.0 中日6.0 広島5.5 中日8.5 広島11.5
4位 大洋5.0 ヤクルト10.5 ヤクルト11.5 ヤクルト16.0 ヤクルト16.0 ヤクルト17.0 ヤクルト19.5
5位 ヤクルト5.0 大洋10.5 大洋12.5 大洋20.0 大洋18.0 大洋20.0 大洋22.5
6位 阪神6.5 阪神13.5 阪神17.0 阪神29.5 阪神31.5 阪神34.0 阪神37.5
1987年セントラル・リーグ成績
順位球団勝率
優勝読売ジャイアンツ764311.639---
2位中日ドラゴンズ685111.5718.0
3位広島東洋カープ655510.54211.5
4位ヤクルトスワローズ58648.47519.5
5位横浜大洋ホエールズ56686.45222.5
6位阪神タイガース41836.33137.5

オールスターゲーム1987

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  • 監督
阿南準郎
  • 監督推薦
津田恒美
大野豊
川口和久
達川光男
衣笠祥雄
正田耕三
小早川毅彦
山崎隆造

できごと

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選手・スタッフ

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表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
正田耕三 首位打者.333初受賞
ランス 本塁打王39本初受賞
川口和久 最多奪三振184個初受賞
川端順 最高勝率.833初受賞
その他
選手名タイトル
衣笠祥雄 国民栄誉賞
ベストナイン
選出なし
ゴールデングラブ賞
選手名ポジション回数
正田耕三二塁手初受賞
長嶋清幸外野手2年連続4度目
山崎隆造2年ぶり3度目

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位 川島堅投手東亜学園高入団
2位 石貫宏臣投手西日本短期大学附属高入団
3位 北原喜久男投手碧南工業高入団
4位 水沢英樹投手秋田経済法科大学附属高入団
5位 塚本善之投手西城陽高入団
6位 芦沢公一投手韮崎工業高入団

出典

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  1. 年度別成績 1987年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年9月6日閲覧。
  2. チームヒストリー 1987”. 千葉ロッテマリーンズ公式サイト. 2015年12月24日閲覧。
  3. 毎日新聞1987年10月23日23面「鉄人 フィナーレ 打った!!衣笠”有終”504号」毎日新聞縮刷版1987年10月p885
  4. 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7