東亜学園高等学校

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東亜学園高等学校
中野本校舎

小平校舎
過去の名称 東亜商業学校
東亜商業高等学校・東亜中学校(第一次)
野方学園高等学校
東亜商業高等学校(第二次)
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人東亜学園
理念

自由な精神を持ち独立心旺盛な人間の育成 強固な意志を持ち華美流行に流されない人間の育成 利他の心を持ち常に努力する人間の育成

視野展望を世界に向ける人間の育成
校訓 他人親切丁寧自己奮励努力
設立年月日 1924年
創立記念日 5月13日
共学・別学 男女共学
分校 〒187-0002 東京都小平市花小金井3-21-2
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 無学期制
高校コード 13666C
所在地 164-0002
東京都中野区上高田五丁目44番3号
外部リンク 公式サイト
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東亜学園高等学校の位置(東京都区部および多摩地域内)
東亜学園高等学校

東亜学園高等学校(とうあがくえんこうとうがっこう)は、東京都中野区上高田五丁目に所在する私立高等学校

学科[編集]

  • 普通科
    • 総合選抜コース(共学)
    • 特進コース(共学)

2年次 理系コース、特選コース、特進コース、体育コース、総合選抜コース

2017年度より体育コース廃止

沿革[編集]

  • 1924年 - 東亜商業学校(甲種実業男子5年制、犬養毅が1901年に創設した学校とは別)として創立
  • 1947年 - 学制改革により学校法人東亜商業高等学校と改称。東亜中学校併設
  • 1951年 - 校名を野方学園高等学校と改称 共学制採用 中学校廃校
  • 1953年 - 校名を東亜商業高等学校に復する
  • 1966年 - 男子部・女子部の独立と共に普通科を男子部に設置 類型別コース制採用。
  • 1970年 - 普通科に体育コース設置
  • 1975年 - 法人名・校名を東亜学園高等学校と改称
  • 1982年 - 普通科に共学制採用
  • 2004年 - 普通科に特進コース設置

校技[編集]

  • 弁論
    • 弁論の目的は、社会で起きていることに関心を持ち、自ら問題点を発見して、自分なりの意見を形成できるようになることです。最終原稿を作るにあたっては、たとえテーマが個人的な問題であったとしても、それを一般化させて人に伝わるようにと指導する。
  • 男子武道
    • 武道教育は東亜学園高等学校の校訓を体現する教育です。「己を磨く砥石は他人である」という理念から、他者を敬う心を育て、自己に打ち克つ強い精神を養う目的で行います。男子は柔道と剣道を選択し、3年間で柔道は初段を、剣道は1級取得を目標とする。
  • 女子フェンシング
    • 学園長 本宮誠之先生の「格技は他人を以て己を鍛える事を本義とする、つまり自己を他人と隔ての無い人間として見ることを学び、人の弱さを克服し、またその難しさを発見する道である」とフェンシングの精神を位置づけている。

部活動[編集]

フェンシング部[編集]

フェンシング部の戦績
  • 1984年(昭和59年)3月 第8回全国高等学校選抜フェンシング大会 女子個人・優勝 桐谷乃宇奈
  • 1985年(昭和60年)8月 第31回全国高等学校総合体育大会 女子個人・優勝 桐谷乃宇奈
  • 1993年(平成5年)3月 第17回全国高等学校選抜フェンシング大会 女子団体準優勝 田井、堀内、日高、畑、桐生
  • 1993年(平成5年)8月 第39回全国高等学校総合体育大会 女子個人・優勝 日高麻衣子
  • 1997年(平成9年)8月 第43回全国高等学校総合体育大会 男子団体・優勝 古谷、佐藤、松本、佐竹、福田
  • 1997年(平成9年)8月 第43回全国高等学校総合体育大会 フルーレ男子個人・優勝 古谷貴之
  • 1998年(平成10年)8月 第44回全国高等学校総合体育大会 フルーレ男子個人・優勝 福田佑輔
  • 1999年(平成11年)8月 第45回全国高等学校総合体育大会 フルーレ男子個人・優勝 福田佑輔
  • 2003年(平成15年)8月 第49回全国高等学校総合体育大会 フルーレ女子個人・優勝 戸田志帆
  • 2005年(平成17年)10月 第60回国民体育大会 少年男子・優勝 藤野、木村選手
  • 2011年(平成23年)8月 第57回全国高等学校総合体育大会 女子団体・優勝 大久保、久良知、馬場、中島、柳岡
  • 2012年(平成24年)8月 第58回全国高等学校総合体育大会 男子団体・優勝 神田、松山(大)、若林、松山(恭)、敷根
  • 2012年(平成24年)8月 第58回全国高等学校総合体育大会 フルーレ男子個人・優勝 松山恭助
フェンシング部OB・OGの戦績

バレーボール部[編集]

全国屈指の名門であり、全国制覇8回を誇る

春高バレーでの戦績

馬橋洋治監督の急逝後、一時期低迷があったが、「全日本バレーボール高等学校選手権大会」(以前の「春の高校バレー」)の強豪校として、再び君臨している。

  • 1983年度、第14回春の高校バレー優勝 →ノーマークからの初優勝を成し遂げ、「ミラクル東亜」[1]と呼ばれる。
  • 2007年度、第38回春の高校バレー優勝 →豊富な攻撃力、多彩なコンビバレーを駆使し「ミラクル東亜の再来」と呼ばれる。
  • 2008年度、第39回春の高校バレー優勝(連覇) →前年からのメンバー5人を主体に連覇を達成する。
  • 2010年度、1月開催に変更になった新生春高初代王者となる

→初戦で攻守の要の白川が故障し、苦しい戦いになるも、チーム一丸となり勝ち進む。 3回戦以降は全てフルセットの激闘となり、準決勝の対大村工戦の第5セットでは2-5から5連続ポイントで逆転、決勝の対鎮西戦の第5セットでも、1-5から8連続ポイントで逆転と、まさに「ミラクル東亜」を象徴する優勝となった。

2014年11月16日、馬橋監督の急逝後から14年間監督を勤めた、小磯靖紀監督が心筋梗塞のため53歳で急逝した[2]

コーラス部[編集]

交通[編集]

著名な出身者[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]