西山秀二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
西山 秀二
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府八尾市
生年月日 (1967-07-07) 1967年7月7日(50歳)
身長
体重
174 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1985年 ドラフト4位
初出場 1989年8月26日
最終出場 2005年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 読売ジャイアンツ (2006 - 2010)

西山 秀二(にしやま しゅうじ、1967年7月7日[1] - )は、大阪府八尾市出身の元プロ野球選手捕手)・コーチ解説者評論家

経歴[編集]

八尾市立大正中学校時代は桑田真澄とバッテリーを組み[2]上宮高では3年次の1985年夏の甲子園大阪予選では5回戦で敗退。

卒業後の1986年ドラフト4位で南海ホークスへ入団[1]。1年目のキャンプでは捕手でありながらブルペンで球を受けさせてもらえず、フリー打撃でも打球が飛ばないなど自信を失いかけ、1年目の一軍出場機会はゼロに終わった。同年のシーズンオフには畠山準が運転する車に乗っていた際に交通事故に遭い、1ヶ月の謹慎処分を受けた。1987年シーズン途中に森脇浩司永田利則との2対1(西山プラス金銭)のトレードで広島東洋カープへ移籍(高卒ドラフト入団で僅か1年5ヶ月でのトレード移籍は前代未聞で球団は西山の実家に訪れ、チームが久々のAクラスキープしていたが1軍内野手が軒並み故障離脱、また球団の経営難で資金がどうしても欲しかった等を素直に西山本人及び両親に述べ謝罪したが、西山とその両親は人気のセ・リーグに行けると喜んだと後に語っている)。当時は達川光男の後釜候補の一人でしかなく、1991年にはドラフトで「大学ナンバーワン捕手」の瀬戸輝信が入団したことでチャンスが潰えたかに思われたが、同年に打撃で一定の結果を残したほか、外野手三塁手・代走要員と様々な役割をこなして一軍に定着。1993年からは達川の後を受けて正捕手の座を掴み、1994年1996年にはベストナインゴールデングラブ賞を受賞(いずれも1990年代のセ・リーグ捕手としては、古田敦也以外で唯一の複数回受賞)。攻撃的な攻守故に怪我をしやすく、ベストナイン・ゴールデングラブ賞を受賞した94年・96年以外は2番手捕手の瀬戸輝信との併用が続き、1990年代後半からは打撃面でも怪我の影響で苦戦を強いられる。2004年シーズン終了後にはフロントからコーチ打診を受けたが、本人が現役続行を希望したため自由契約となり、読売ジャイアンツに移籍。巨人では広島時代からの親友で不振が続いていた江藤智の良き相談相手となった。2005年4月17日の対ヤクルト戦で桑田真澄と23年ぶりにバッテリーを組んだが、同年限りで現役を引退。他球団からの移籍後巨人在籍は1年だったが、球団側の計らいで引退セレモニーも行われた。対戦相手が古巣の広島であり、広島ファンへの挨拶も兼ねたためといわれている。巨人移籍後の初出場試合も広島戦であり、レフトスタンドの広島ファンから温かい拍手が送られている。

引退後の2006年からは巨人の二軍バッテリーコーチに就任し、加藤健などを育てた。2008年からは一軍バッテリーコーチを務めていたが、2010年10月24日に来季の契約を更新しないことが発表された[3]2011年からはラジオ日本ジャイアンツナイターGAORAプロ野球中継解説者デイリースポーツ東京本社評論家を務めている。

2016年学生野球資格回復研修を受講した上で、翌2017年2月7日に日本学生野球協会より学生野球資格回復の適性認定を受けたことにより、学生野球選手への指導が可能となる[4]

乱闘騒ぎ[編集]

  • 1993年6月6日の対ヤクルト(広島市民球場)の7回表、1アウトランナー3塁の場面で、ヤクルトの打者レックス・ハドラーが放ったサードゴロの間にランナー池山隆寛が本塁突入の際、余裕でアウトのタイミングだったにも関わらず、西山にタックルしたことから西山が激怒し、池山を殴ったことから両軍総出の大乱闘に発展した。西山は暴力退場処分を受けた。また乱闘の際にジャック・ハウエルに捕まったシーンは珍プレー番組でも取り上げられた。西山と池山はその後和解している。
  • 1999年4月、対巨人戦で上原浩治から執拗なまでの内角攻めをされた上、死球を受けた。怒った西山が捕手の杉山直樹の胸ぐらをつかみ乱闘寸前の騒ぎになる。この時、上原にマウンドから出るなと指示したのはその当時広島に在籍していた江藤智であった。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1989 広島 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
1990 25 22 21 4 6 2 0 0 8 2 0 0 1 0 0 0 0 4 0 .286 .286 .381 .667
1991 52 122 111 17 31 6 1 4 51 14 1 2 2 2 7 3 0 21 2 .279 .317 .459 .776
1992 79 192 170 18 38 5 0 4 55 20 2 1 4 2 16 6 0 33 4 .224 .287 .324 .611
1993 110 292 271 20 62 10 0 7 93 21 1 0 6 2 12 2 1 60 9 .229 .262 .343 .605
1994 126 438 387 44 110 10 6 3 141 32 9 1 13 3 35 9 0 73 10 .284 .341 .364 .706
1995 83 236 199 19 42 10 4 5 75 27 5 2 11 1 22 6 3 56 4 .211 .298 .377 .675
1996 124 476 411 45 129 18 2 3 160 41 4 2 12 2 44 14 7 48 9 .314 .388 .389 .777
1997 103 313 264 22 54 4 0 5 73 28 6 0 10 2 36 11 1 64 8 .205 .300 .277 .577
1998 13 44 37 3 7 2 0 2 15 7 0 0 4 0 3 1 0 3 1 .189 .250 .405 .655
1999 103 331 294 22 70 12 0 4 94 25 3 0 7 3 25 6 2 59 8 .238 .299 .320 .619
2000 94 284 253 25 56 6 0 6 80 33 3 2 7 2 22 1 0 70 2 .221 .282 .316 .598
2001 120 316 268 23 64 11 1 2 83 14 1 1 10 2 34 4 2 53 9 .239 .327 .310 .636
2002 87 181 169 12 33 4 0 4 49 11 1 1 3 0 15 2 1 34 5 .195 .265 .290 .555
2003 60 85 74 2 11 0 0 1 14 7 0 0 7 1 3 1 0 22 3 .149 .179 .189 .369
2004 22 9 9 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .111 .111 .111 .222
2005 巨人 19 13 18 2 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 0 6 1 .111 .158 .111 .269
通算:17年 1216 3369 2958 279 716 100 14 50 994 282 36 12 97 22 275 66 17 608 75 .242 .308 .336 .644
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]


捕手
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 守備率 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
1990 21 7 3 4 .571
1991 20 3 1 2 .667
1992 76 40 21 19 .475
1993 108 543 55 5 14 5 .992 65 35 30 .462
1994 125 745 57 2 15 5 .998 68 42 26 .382
1995 82 38 20 18 .474
1996 123 750 62 1 12 9 .991 69 41 28 .406
1997 98 515 60 2 11 3 .997 64 36 28 .438
1998 13 4 2 2 .500
1999 101 594 36 3 8 6 .995 50 40 10 .200
2000 91 476 29 7 3 3 .986 54 42 12 .222
2001 119 595 46 3 11 5 .995 63 48 15 .238
2002 87 41 23 18 .439
2003 56 24 15 9 .375
2004 21 7 5 2 .286
2005 4 0 0 0 -
通算 1145 5813 482 29 99 46 .995 597 374 223 .374

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 1000試合出場:2001年8月19日、対読売ジャイアンツ22回戦(広島市民球場)、9回表に捕手として出場 ※史上373人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 51 (1986年 - 1987年途中)
  • 32 (1987年途中 - 2004年)
  • 31 (2005年)
  • 74 (2006年 - 2010年)

関連情報[編集]

書籍[編集]

  • 不惑 桑田・清原と戦った男たち』(矢崎良一著、ぴあ、不惑の年(40歳)を迎えたKKコンビと同学年の9人(内プロ経験者8名)にKKコンビに関する取材をしたノンフィクション、第二章が西山自身の章、西山自身の球歴・中学時代から桑田を知る西山だからこそ語れる桑田真澄の凄さが詳細に語られる、ISBN 978-4835616926)

出演番組[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 『'86プロ野球選手写真名鑑』、日刊スポーツ出版社、1986年4月、P125。
  2. ^ 後年、西山は桑田のことを「今まで見てきた中で最高のピッチャー」と評している。
  3. ^ 伊原ヘッドコーチがフロント入り、篠塚、西山、緒方3コーチが退団へ
  4. ^ 元ヤクルト宮本慎也氏ら132人が学生野球資格回復 - 大学・社会人”. 日刊スポーツ (2017年2月8日). 2017年2月8日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]