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1979年の広島東洋カープ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1979年の広島東洋カープ
成績
日本一
日本S 4勝3敗(対近鉄
セントラル・リーグ優勝
67勝50敗13分 勝率.573
本拠地
都市 広島県広島市
球場 広島市民球場
球団組織
オーナー 松田耕平
経営母体 松田家(東洋工業創業者一族)
監督 古葉竹識
キャッチフレーズ
79 LET'S SPARK!
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1979年の広島東洋カープ(1979ねんのひろしまとうようカープ)では、1979年の広島東洋カープにおける動向をまとめる。

このシーズンの広島東洋カープは、古葉竹識監督の5年目のシーズンである。

概要

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投手陣は北別府学(17勝11敗、防御率3.58)、池谷公二郎(12勝8敗、防御率4.88)、山根和夫(8勝4敗、防御率2.91)、福士明夫(7勝9敗1セーブ、防御率3.57)の4人が先発ローテーションを守って規定投球回に到達した。抑えは移籍2年目の江夏豊が55試合登板、9勝5敗22セーブと大車輪の活躍で最優秀選手に選ばれた。打線は1番に俊足の高橋慶彦、中軸に山本浩二衣笠祥雄水谷実雄エイドリアン・ギャレットジム・ライトルと長打力ある選手が揃っており、前評判は高かったが4月7日の開幕戦(阪神戦)からいきなり4連敗、その後もなかなか波に乗れず、5月28日の中日戦で極度の不振で打率2割の衣笠を古葉は監督になって初めてスタメンから外し(5月に入るとオーナーの「こんなに打てないのに、どうして使うんだ。」と古葉の耳にも入ってきた)、前半戦を首位の中日に3.5ゲーム差の4位、後半戦は古葉曰く思い描く試合ができるようになり、8月17日の大洋戦に勝って初めて首位に立つと、そのままトップで、10月6日に4年ぶり2度目のリーグ優勝、11月4日に球団初の日本一に輝いた。この年の日本シリーズ(対近鉄)第7戦の9回裏の攻防は山際淳司のノンフィクション小説「江夏の21球」として知られている。3割打者は6月6日から7月31日まで33試合連続安打のプロ野球記録を作った高橋の.304だけでチーム打率はリーグ5位の.257だったが、盗塁数は断トツトップの143で得点もリーグトップの601を記録した。投手陣は好調で、チーム防御率3.74、523失点とリーグトップの成績を収めた。

出典[1]

広島東洋カープの当年及び近年のシーズン成績
最終成績














O
P
S





1979 日本一優勝130675013.573..古葉竹識
1978 リーグ3位3位130625018.554596..4.383887古葉竹識
1977 リーグ5位5位130516712.432603.26816312484480.772古葉竹識
1976 リーグ3位3位130615811.513..古葉竹識
1975 日本シリーズ敗退優勝130724711.605421..2.963985J.ルーツ→古葉竹識
1974 リーグ6位6位13054724.429448.2421274972358.672森永勝也
1973 リーグ6位6位13060673.472..別当薫
1972 リーグ6位6位13049756.395522..3.574091根本陸夫
1971 リーグ4位4位13063616.508422.2338910481459.642根本陸夫
1970 リーグ4位4位13062608.508393421.22610810969424.6353.004085根本陸夫
1969 リーグ6位6位13056704.444..根本陸夫

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 高橋慶彦
2 木下富雄
3 ライトル
4 山本浩二
5 水谷実雄
6 ギャレット
7 衣笠祥雄
8 水沼四郎
9 福士明夫
1979年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 巨人-- 巨人-- 巨人-- 中日-- 広島-- 広島-- 広島--
2位 大洋0.5 中日3.0 中日0.5 広島2.5 阪神4.5 阪神10.0 大洋6.0
3位 阪神1.0 大洋 大洋1.0 大洋3.5 中日4.5 大洋10.5 中日7.5
4位 中日1.5 広島4.5 広島2.0 阪神3.5 巨人5.0 巨人12.0 阪神8.0
5位 広島3.5 ヤクルト4.5 阪神4.0 巨人3.5 大洋5.5 中日12.5 巨人10.5
6位 ヤクルト5.5 阪神6.0 ヤクルト7.5 ヤクルト11.0 ヤクルト13.5 ヤクルト18.0 ヤクルト19.0
1979年セントラル・リーグ成績
順位球団勝率
優勝広島東洋カープ675013.573---
2位横浜大洋ホエールズ595417.5226.0
3位中日ドラゴンズ595714.5097.5
4位阪神タイガース61609.5048.0
5位読売ジャイアンツ586210.48310.5
6位ヤクルトスワローズ486913.41019.0

日本シリーズ

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1979年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月27日(土)第1戦広島東洋カープ2 - 5近鉄バファローズ大阪球場
10月28日(日)第2戦広島東洋カープ0 - 4近鉄バファローズ
10月29日(月)移動日
10月30日(火)第3戦近鉄バファローズ2 - 3広島東洋カープ広島市民球場
10月31日(水)第4戦近鉄バファローズ3 - 5広島東洋カープ
11月1日(木)第5戦近鉄バファローズ0 - 1広島東洋カープ
11月2日(金)移動日
11月3日(土)第6戦広島東洋カープ2 - 6近鉄バファローズ大阪球場
11月4日(日)第7戦広島東洋カープ4 - 3近鉄バファローズ
優勝:広島東洋カープ(初優勝)

オールスターゲーム1979

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選出選手及びスタッフ
ポジション名前選出回数
コーチ古葉竹識
投手江夏豊12
北別府学
内野手三村敏之4
高橋慶彦
外野手山本浩二7
  • 太字はファン投票で選ばれた選手。▲は出場辞退選手発生による補充選手。

できごと

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7月

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  • 7月31日 - 高橋慶彦が対巨人戦(広島)の1回に新浦寿夫から安打を打ち、日本プロ野球新記録の33試合連続安打。しかし直後の2回の守備で走者と交錯し負傷退場。翌日から欠場し、復帰した8月8日の対阪神戦は無安打で記録はストップ[2]

8月

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  • 8月1日 - 対巨人戦(広島)で巨人投手の3連続死球で3人目の衣笠祥雄が左肩甲骨骨折、全治2週間の重傷を負ってしまい連続出場記録が終わったと思われたが翌2日の試合で7回代打で打席に入る。

10月

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  • 10月6日 - 広島が対阪神戦(広島)に勝利し、4年ぶりのリーグ優勝を、初めて本拠地で達成した[3]

11月

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選手・スタッフ

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  • 背番号変更

登録名変更

  • 松原明夫→福士明夫

表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
江夏豊 最優秀選手初受賞
最優秀救援投手31SP2年ぶり2度目
山本浩二 打点王113打点初受賞
最多出塁数220個初受賞
高橋慶彦 盗塁王55個初受賞
その他
選手名タイトル
三村敏之 カムバック賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
高橋慶彦遊撃手2年連続2度目
山本浩二外野手3年連続4度目
ダイヤモンドクラブ賞
選手名ポジション回数
山本浩二外野手8年連続8度目
ライトル2年連続2度目

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位片岡光宏投手府中東高入団
2位永田利則内野手県立広島商業高入団
3位滝口光則投手山形南高入団
4位山中潔捕手PL学園高入団

出典

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  1. プロ野球レジェンドが語るあの日、あのとき、産経新聞出版、P198-P201、2015年
  2. 【7月31日】1979年(昭54) “ドンくさい”男がスイッチ転向2年目でプロ野球新記録 スポーツニッポン 2008年7月28日
  3. 1 2 【1979年】歓喜を呼び込んだ“江夏の21球” カープが球団初の日本一を達成! (2/2)”. アスリートマガジンWEB. アスリートマガジン (2020年6月4日). 2025年7月24日閲覧。
  4. 日本シリーズ ■ 1979年度日本シリーズ 試合結果(第7戦)”. NPB. 日本野球機構. 2025年7月24日閲覧。