近藤亜美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
近藤 亜美
基本情報
ラテン文字 Ami Kondoh
原語表記 こんどう あみ
日本の旗 日本
出生地 愛知県名古屋市
生年月日 (1995-05-09) 1995年5月9日(23歳)
身長 156cm
体重 48kg
選手情報
階級 女子48kg級
所属 三井住友海上
段位 参段
 
獲得メダル
日本の旗 日本
女子 柔道
オリンピック
2016 リオデジャネイロ 48kg級
世界選手権
2014 チェリャビンスク 48kg級
2015 アスタナ 48kg級
2017 ブダペスト 48kg級
ワールドマスターズ
2016 グアダラハラ 48kg級
グランドスラム
2013 東京 48kg級
2014 東京 48kg級
2015 東京 48kg級
2017 東京 48kg級
2017 エカテリンブルグ 48kg級
2016 東京 48kg級
2017 パリ 48kg級
世界ジュニア
2014 フォートローダーデール 48kg級
世界ジュニア団体
2014 フォートローダーデール 52kg級
世界カデ
2011 キエフ 48kg級
2017年3月27日現在
テンプレートを表示

近藤 亜美(こんどう あみ、1995年5月9日 - )は、愛知県名古屋市出身の日本人女子柔道選手。階級は48kg級。身長156cm。血液型はB型。組み手は右組み。得意技は払腰[1]。現在は三井住友海上女子柔道部所属[2]

経歴[編集]

高校まで[編集]

「女の子らしいことをしてほしかった。大きくなったら新体操なんかいいなと思ってました」と言う母親の思いもあって、生まれてすぐに器械体操を習い始めた。しかし、5歳の時に柔道をやっていた兄にメダルをねだったところ、「自分で獲れ」と言われたことがきっかけで、地元の六郷道場で柔道を始めることになった。始めて2ヶ月ほどで出場した最初の大会では準優勝した。その後も色々な大会で上位には進むものの、年上の男子と対戦することなどもあってなかなか優勝できなかった。ある大会で準優勝に終わった時は、トイレに閉じこもって表彰式に出るのを渋ったこともあった。しかしながら、両親は娘の結果にはあえてこだわらなかった。父親は次のように振り返った。「否定的なことは絶対に言わなかった。負けてもいいところは絶対にある。勝ったら一緒に喜ぶし、負けても徹底的におだてました。一番悔しいのは本人ですから」。 また、幼少の時から「ウソをつかない」「隠し事をしない」という家族の決まり事を掲げて、親子間での対話を大切にしてきた[3]。また、父親が学生相撲で鳴らした元力士だったこともあって、幼少から体重100kgの父親とじゃれあうのが日課だったともいう[4][5]

小学校2年の冬になると、オリンピック金メダリストの吉田秀彦谷本歩実などを生み出したことで知られる大石道場へ移った。そこでは各種の大会で優勝するようになり、メキメキ頭角を現し始めた。なお、小学校3年の時には町のちびっ子相撲大会で優勝したこともあった。その当時、父親は娘に「自分のプライドのために頑張れ」と言い続けてきた。その一方で、「努力家はいるけど、天才は誰もいない。寝て起きて強くなった選手はひとりもいない。試合は“通知表”をもらう日といっしょだよと。稽古を積み重ねて、何をしてきたかを出すだけ」と鍛錬し続けることの大切さも強調した。母親も指導者の言葉をメモに取るなどして側面から支援するとともに、「ちゃんとしていれば神様が見てるよ。ご褒美をくれるよ」と優しく声をかけるなどしていた[3][4]。 また、この当時2004年アテネオリンピックで金メダルを獲得した谷本歩実が道場に立ち寄った際に金メダルを触らせてもらったことで、自分もいつの日かオリンピックの金メダルを取りたいとの思いを強くした。さらにそれだけではなく、谷本に面と向かって「オマエには負けねぇ」と強気のアピールを行うことも忘れなかった[6]。その一方で、頻繁に基礎練習を怠って師範の大石康に2週間も練習を禁止されたこともあった。そんな時に道場内で同じ年のライバルとして内尾真子が台頭してきたことにより、うかうかしていられなくなって練習態度も改まっていったという[7]

小学校5年の8月には全国小学生学年別柔道大会40kg級で優勝を飾るまでになった。この前後は1年半から2年近く勝ち続けていたという。しかし、小学校6年の時の県大会で2位に終わり連勝記録が止まった。全国少年柔道大会では団体戦の初戦で一本負けを喫したが、個人戦では僅か40kgながら男子相手に5位となった[8]。なお、8月の全国小学生学年別柔道大会45kg級でも5位にとどまり2連覇はならなかった。これによりプライドを傷つけられて、「大泣きして、柔道を辞めると言ってましたね」。しかし、父親に「負けたまま辞めるのはダメ。勝ち逃げしろ」とアドバイスされたことによって再び闘志が湧き上がり、より一層練習に取り組むようになった。小学校を卒業した際には、大会で獲得した金メダルは優に100を超えていた[3]

2008年には大成中学へ進んで大石公平大石いづみの指導を受けることになった。1年の8月には全国中学校柔道大会の44㎏級に出場するも3回戦で佐渡南中学1年の堀川奈津美に片十字絞で敗れた[1]。2009年3月には近代柔道杯全国中学生柔道大会の決勝で相原中学と対戦すると、小学生時代は大石道場で同級生だった内尾真子に技ありで敗れてチームも2位にとどまった[9]。2年の8月には全国中学校柔道大会の48kg級に出場するが、準々決勝で本庄北中学3年の阿部菜那に判定で敗れて5位だった。3年の8月には全国中学校柔道大会48kg級決勝で塚沢中学3年の小山亜利沙を2-1の判定で破って優勝すると、団体戦でも3位になった[10]。9月の全日本ジュニアでは初戦で帝京大学1年の大木千佳に腕挫十字固で敗れた[1]。なお、中学時代の近藤は稽古中にすぐ集中力を切らしてはぼうっとなり、監督によって道場から締め出されるなど「金魚のふん」として有名でもあった[11]

2011年には大成高校へ進んだ。1年の4月には新設された全日本カデにおいて、全試合を寝技で一本勝ちして優勝を飾った[12]。5月のドイツカデ国際大会でも優勝した。8月の世界カデでは準決勝でフランスのアマンディーヌ・ブシャール崩上四方固で破るなどオール一本勝ちで優勝を飾った[13]。2012年3月の全国高校選手権には48kg級が設置されていないので1階級上の52kg級に出場するが、準々決勝で阿蘇高校2年の飯塚貴恵に技ありで敗れて5位にとどまった[1]

2年の時には6月の東海高校総合体育大会で、世界チャンピオンの浅見八瑠奈選抜体重別初戦で判定ながらも破って注目されていた藤枝順心高校3年の岡本理帆を技ありで破って優勝した。しかし、8月のインターハイ決勝で岡本と対戦すると、内股で技ありを取られて敗れた[14]。2013年1月のベルギー国際柔道大会ではジュニアの部でオール一本勝ちで優勝すると、シニアの部では準決勝でキューバのマリア・セリア・ラボルデを横四方固、決勝でも同じくキューバのダヤリス・メストレ・アルバレス大外刈で破るなどこちらもオール一本勝ちで優勝を成し遂げた[15]。3月の全国高校選手権では前年に続いて52kg級に出場すると、準決勝で清水ヶ丘高校2年の森由芽香に内股で敗れて3位だった[1]

3年の時には全日本ジュニアの予選で敗れるも、8月のインターハイでは決勝で修徳高校3年の渡名喜風南を技ありで破って優勝を飾った[16]。11月の講道館杯では準決勝で鹿屋体育大学柔友会の森崎由理江に指導2で敗れるも3位となった。この大会には絶対優勝するという非常に強い気持ちで臨んでいたのに、セコンドについていた監督の大石公平が世話しなく他の教え子の試合にも付いて回っていたことでケンカになってしまい、「もうセコンドに付かないで」と言い放ってしまったことから、中学高校時代の6年間で最も印象に残る大会になったという[5][17]。続くグランドスラム・東京では、準決勝でロンドンオリンピックで優勝したサラ・メネゼスに腹包みからの横四方固で一本勝ちすると、決勝でも世界チャンピオンであるモンゴルのムンフバット・ウランツェツェグ小内巻込で破って優勝を飾り、一躍脚光を集めることになった[3][4][18]

2014年[編集]

2014年2月のグランプリ・デュッセルドルフでは準決勝でムンフバットに技ありで敗れるが、3位決定戦では韓国の鄭普涇を払腰で破った[19]。なお、高校時代には同じ愛知県内にある至学館大学レスリング部へ出向き、オリンピックで3連覇を果たした吉田沙保里や同じ48kg級の世界チャンピオンである登坂絵莉とも稽古を積んだことがあった[20]。4月からは三井住友海上所属になると、体重別決勝では会社の9年先輩である山岸絵美から払腰で有効を取って初出場で優勝を飾り、世界選手権代表に選出された[21]。6月のグランプリ・ブダペストでは、準々決勝で地元ハンガリーのチェルノビツキ・エーヴァに有効2つを取られて3位に終わった[1]。その後の強化合宿では73kg級世界チャンピオンの大野将平から組み手の指導を受けて、「結構変わりました。てんこもりですよ」と感想を述べた[22]

8月の世界選手権では2回戦でトルコのエブル・シャヒンを横四方固で破ると、山場となった3回戦ではムンフバットに払腰の有効で競い勝った。準々決勝では寝技が得意である地元ロシアのアレシャ・クズネツォワを上四方固、準決勝ではラボルデを合技でそれぞれ破ると、決勝ではアルゼンチンのパウラ・パレトに指導2で優勢勝ちして19歳で優勝を飾った。日本女子では1999年の世界選手権63kg級で優勝した前田桂子以来、4人目の10代での世界チャンピオンとなった[23][24][25]。なお、大会前は本番の自分を想像し、全試合一本勝ちで金メダルを首に掛けてもらいその後に記者会見する場面まで思い描いていた[26]。優勝後のインタビューでは「勝っちゃった、勝っちゃったで決勝まで行っちゃった。最後まで楽しんでやれた」と満面の笑みを浮かべた[27]。大会で優勝した時は常に笑顔を見せ続けて歓喜の涙を流さないのは、「試合は泣くところじゃない。稽古でたくさん泣いて、試合で笑え。泣いた数だけ強くなる」という父親の教えを守っているからだという[3]。 また、48kg級の初代世界チャンピオンであるイギリスのジェーン・ブリッジも近藤が優勝した際に次のように語っている。「彼女はプレッシャーを感じている様子もまるでなく、卓越した立ち技と寝技の技術を伴って、19歳らしい若くて躍動感あふれる試合振りで優勝を果たした。優勝直後には大いなる喜びを表現して、コーチと勢いよく抱きついていた。それらは日本の選手から久しく見ることのなかった姿である」[28]。さらには、大石道場の先輩でオリンピック2連覇を果たした谷本歩実も近藤について、「小さい時から知っている。勘が良く、負けん気も強い。当時から世界に出て行く選手だと思った」と回想した[29]

9月には世界チャンピオンながら全日本ジュニアに出場すると、決勝で修徳高校3年の高橋瑠衣に指導2で優勢勝ちして優勝した[30]。10月の世界ジュニアでは決勝でヨーロッパジュニアチャンピオンであるトルコのディララ・ロクマンヘキムを巴投げで破ったのを始め、5試合全てを一本勝ちして優勝を果たした。これにより、同一年にジュニアとシニアの世界タイトルを獲得した女子で初めての選手となった(男子では2008年にフランスのテディ・リネール世界ジュニア世界選手権 (無差別)を制しているが、オリンピック実施階級では近藤が最初となる)[31][32]。団体戦では決勝のフランス戦のみの出場となったが、52kg級で優勝したアマンディーヌ・ブシャールを腕挫十字固で破って、チームの優勝に貢献することになった。また、IJFより今大会の最優秀女子選手に選出された[33][34]。世界ジュニアからは世界チャンピオンのみに許された赤いゼッケンを背中に付けることになったが、「背中を畳につけちゃいけないと意識が変わった」と女王としての自覚が芽生え始めた[35]

また、12月のグランドスラム・東京からは元世界チャンピオンであるコマツ浅見八瑠奈2016年リオデジャネイロオリンピックの本格的な代表争いを演じることになるが、「相手には技術、スピード感がある。自分は若さと勢い、元気でカバーする。ここで勝って、48キロ級の1番手は私だというのを示したいと思います」とコメントした[36]。そのグランドスラム・東京では準決勝まですべて一本勝ちすると、決勝の浅見戦では開始早々の巴投げで有効を取ると、そのポイントを守りきって今大会2連覇を達成した[37][38]

2015年[編集]

2015年2月には昨年に続いてグランプリ・デュッセルドルフに出場するが、初戦でロンドンオリンピック3位であるベルギーのシャルリーヌ・ファンスニックから開始早々の横四方固で敗れた[39]。4月の体重別では、決勝で浅見に体落で有効を取られて2位に終わり大泣きした[40][41]。しかし、実績を考慮されて浅見とともに世界選手権代表には選出された[42]。5月にはワールドマスターズに出場するものの、初戦でロクマンヘキムに背負投の有効で敗れた[43]。7月に地元で開催された世界選手権壮行会では、「浅見さんとはできれば決勝で当たりたい。もちろん勝ちにいく」と語った。その後の強化合宿の際の記者会見では、国際大会で2戦続けて初戦敗退が続いていることに関して、「引き下がるつもりはない。」とした上で、「2連覇して自分が一番だというのを示したい」と強気の姿勢を示した[44][45][46]

8月の世界選手権では初戦でロシアのイリーナ・ドルゴワにGSに入ってから指導1で辛勝すると、2回戦ではメキシコのエンダ・カリージョ相手にも指導1で勝つが、準々決勝で鄭普涇に背負投の有効で敗れた。その後の敗者復活戦ではチェルノビツキに横四方固、3位決定戦でもブラジルのナタリア・ブリジダに横四方固で勝って3位になった。試合後には次のように語った。「悔しい結果。研究されていた。このままじゃ駄目だと思う。去年勝てたのは自分のデータがなかったのもある。来年の五輪に向けてやり直したい」[47][48][49][50]。世界選手権後、自らの中学や高校時代のビデオを改めて見直すと、自分にはできないと思っていた足技を結構使っている新たな一面を発見して、「初心に戻れた気がする」と語った[51]。また、世界選手権後にはそれまで取り組んでこなかったウエイトトレーニングにも積極的に精を出し始めた。さらには、詳細な計量が可能な質量計を購入して、体重管理もより徹底するようになった[52]

12月のグランドスラム・東京では決勝で浅見と対戦すると、終了30秒ほど前に指導2でリードされるも、その直後に大外刈と袈裟固の合技で逆転の一本勝ちを収めて今大会3連覇を飾った。この際の優勝インタビューでは次のように語った。「今年は負け続けて、ちょっと「オリンピックの代表争いも無理なのかな」と思ったときもありました。ですが、今回一本で勝ったことで、スタートラインにもう一回立つことができた気がします。」「これからも「自分がオリンピックに出場する」という強い気持ちを持ち続けたいですね。その軸をぶれさせずにいればきっとオリンピックに出場できると思いますので」[53][54][55]

2016年[編集]

2016年1月には新年最初の強化合宿においてオリンピック代表選考への意気込みを尋ねられると、「外国選手を相手にする(2月の)パリで勝つことが大きい」と述べた。[56]。迎えた2月のグランドスラム・パリでは初戦でカザフスタンのオトゴンツェツェグ・ガルバドラフ片手絞で敗れ、表彰台に登ることすらできなかった[57]。4月の体重別では代表を争ってきた浅見が初戦で森崎由理江に有効で敗れるなか、決勝で綜合警備保障遠藤宏美をGSに入ってから巴投げの有効で破って2年ぶり2度目の優勝を飾り、2016年リオデジャネイロオリンピック代表に選出された[58]。最後まで代表を争った浅見に関しては、「ジュニアの頃、練習をお願いしていた。浅見さんが自分を高めてくれた。競ったおかげでレベルが上がった」と語った。また、親交のあるリオデジャネイロオリンピックの女子レスリング48kg級で優勝した登坂絵莉に精神面での弱さに関して相談を持ちかけると、期待やプレッシャーから逃げるのではなく、真正面から全部受け止めて戦うべきだとのアドバイスを受けた。なお、代表決定後の会見ではオリンピックで印象に残っている場面を聞かれると、道場の先輩でもある谷本歩実が北京オリンピックの決勝でフランスのリュシ・ドコス内股で投げた試合だと答えた[59][60][61]

5月にはワールドマスターズに出場すると、決勝でメネゼスを腹包みからの縦四方固で一本勝ちして初優勝を飾った。ここ1年半ほどの海外における国際大会では初戦で3度も敗れていたことから今回も初戦は慎重になったものの、指導1で突破して以降は本来の柔道を示すことができた。「(一部マスコミから)海外で弱いと言われていたのが悔しくて、今大会はどんな形でも勝ちたかった」と、優勝後のインタビューでコメントした[62][63][64][65]。 6月の強化合宿では「特別な階級である48キロ級にこだわって金メダルを取ることに意味がある」とオリンピックに向けての決意を語った。なおこの際に、所属先のコーチである貝山仁美と練習態度を巡って口論になり、報道陣の前で30分も説教をされる一幕もあった。別の実業団監督が「ウチも(近藤を)獲ろうと思って調査したが、チームへの影響を考慮した」というほどの問題児だったこともあり、入社当初から貝山とは頻繁に険悪ムードのケンカに発展する有様だった。その一方で、貝山は粘り強く社会人としてのマナーを近藤に仕込んでいるという[66][67]。7月には三井住友海上の壮行会において、「何事も心に誓って当たれば、成し遂げられる。私は優勝することを誓った」と述べて、国旗に「精神一到」と書き記した[68]

8月のリオデジャネイロオリンピックでは初戦でカリージョを終了間際に横四方固で破ると、準々決勝ではガルバドラフに裏投げで技ありを先取されるも、終了間際に腹包みからの横四方固で逆転勝ちした。準決勝ではパレトに開始すぐ袖釣込腰で技ありを取られると、寝技で盛んに攻め立てるもポイントを取り返せず敗れて金メダルの夢は砕かれた。敗れたショックのあまり打ちひしがれて気持ちの切り替えもできなかったが、パレトのコーチから英語で「立て近藤!」「メダルがあるのとないのとではまったく違うから取りにいかないといけない」と声をかけられたことで何とか気持ちを持ち直すと、3位決定戦ではムンフバットを相手に終了間際に隅落で有効を取って優勢勝ちして銅メダルを獲得した。試合後のインタビューでは、「すいませんでした。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」「銅で情けない。実力の差を見せつけられた」と語った。なお、応援に駆けつけた中学高校時代の恩師である大石公平とは、金メダルでなかったことからまたもケンカになってしまったという[5][69][70][71][72]。12月のグランドスラム・東京では準々決勝で渡名喜にGSに入ってから小外刈の技ありで敗れて今大会4連覇ならずも、その後の3位決定戦でガルバドラフを指導1で破って3位になった[73]

2017年[編集]

2017年2月のグランドスラム・パリでは準決勝で鄭普涇に開始早々の肩車で敗れて3位に終わった[74]。4月の体重別では決勝で渡名喜と対戦すると、GSを含めて8分近い戦いの末に大外刈で一本勝ちして今大会3度目の優勝を飾り、世界選手権代表に選出された[75][76]。5月のグランドスラム・エカテリンブルグでは決勝で地元ロシアのサビーナ・ギリアゾワを後袈裟固で破って優勝した[77]。8月の世界選手権では準決勝でムンフバットにGSにおいて反則負けを喫したが、3位決定戦でミリカ・ニコリッチを上四方固で破って銅メダルを獲得した。試合後のインタビューでは、「金メダルを狙っていたのに、また銅メダル。何度3位決定戦をやればいいのか…」「五輪も悔しかったが、今回は五輪よりも悔しい」とコメントした[78][79][80]。12月のグランドスラム・東京では準々決勝で渡名喜に袈裟固で一本勝ちするなどして決勝へ進むと、寝業師のムンフバットをGSに入ってから崩上方固で破って2年ぶり4度目の優勝を飾った[81][82]

2018年[編集]

2018年2月にはグランドスラム・パリに出場予定だったが、右膝内側側副靱帯の損傷により出場を見合わせることになった[83]。4月の体重別では準決勝で遠藤に反則負けを喫して3位だった。この際に、「(負傷した右膝は)完治しているので言い訳にするつもりはない。完敗」とコメントした[84][85]。なお、世界選手権代表には選ばれなかったが、アジア大会代表に選ばれた[86]。5月のグランプリ・フフホトでは準決勝まで全て一本勝ちすると、決勝では韓国のカン・ユジョンを巴投げの技ありで破って優勝した[87][88]。8月のアジア大会では準決勝でガルバドラフを破るなどオール一本勝ちで決勝まで進むも、鄭との対戦ではGSに入ってから十字固に入るも極められず、その直後に背負投で技ありを取られて敗れた[89][90]。11月の講道館杯では準々決勝で57kg級世界チャンピオンの芳田司の妹である比叡山高校3年の芳田真大内刈の技ありで敗れると、3位決定戦でも自衛隊体育学校山崎珠美に合技で敗れて5位に終わった[91]

世界ランキング[編集]

IJF世界ランキングは3900ポイント獲得で7位となっている(18/12/10現在)[92]

  • 世界ランキングの年度別変遷
2013年 2014年 2015年 2016年 2017年
順位 25 3 3 6 4

(出典[1]JudoInside.com)。

人物[編集]

  • 試合前日の計量が終わったらバカ食いを始める。また、試合当日にも沢山食べる。2014年のグランドスラム・東京で2連覇を達成した時には、試合の合間に弁当を3つも平らげた。なお、氷菓ガリガリ君ソーダ味とブドウ味が一番の好物[94]
  • 振り袖がこの顔には似合わないし、肌が黒いから」との理由で、成人式には出席しなかった。代わりに両親から他人の振り袖姿の顔の部分を娘に貼り替えたアイコラ写真がスマートフォンに送られてきて、苦笑することとなった[95]
  • 「服がピチピチになるのが女子として嫌だった」としてウェイトトレーニングを避けてきたが、3位にとどまった2015年の世界選手権でパワーの差を感じてからは本格的に取り組み始めた。その結果、「SサイズだったのがMも怪しくなってきてLを着ることもあります…」と、体型に変化が見られるようになった[96]
  • フリーアナウンサーの加藤綾子と顔が似ていると話題になった。この点について近藤は、「たまに言われるんですけど、『崩れてる』と言われます」、加藤は「10年前の私に似てます!」とそれぞれコメントした[97]
  • リオデジャネイロオリンピックで3位となった際に、「銅メダルでごめんなさい」とコメントしたことで、一部から「他の銅メダリストに失礼」と批判された。それに対して、柔道では金メダルが当然であるという概念があったためにそのように発したとしたうえで、「間違っていたとは思わない。そこを『銅でもいい』と思ったら柔道家じゃない」と語った[98]

柔道スタイル[編集]

寝技(とりわけ抑込技の腹包み)を得意としており、中学までは寝技に持ち込んでから抑え込みで勝つことが多かった。立ち技では払腰や内股を得意にしている。最も得意とする払腰は中学1年から使ってはいたものの、掛け潰れることが多かった。しかし、高校3年のインターハイで決まってからうまく機能するようになった。一般的な払腰の入り方と違い、独特のフォームとタイミングに依拠する。本人の説明によれば、釣り手は上に引き上げるのではなく、脇を閉めて手首と肘の力を使ってから引き手と一緒に前に引く。力の強い相手に返されないように、軸足となる左足は相手の両足の外側に位置付ける。そして、相手が一歩前に出てこれないように右足で相手の右膝を抑える。さらに、右足首をきちんと伸ばしてしっかり相手の膝をロックしてから投げる[99][100]

また、社会人になってからは大内刈、巴投げ、肩車なども実戦で使えるようになってきた。特に巴投げに関して言えば、通常、右組みの選手は左足から踏み込むが、あえて右足で入るのが自らの特徴だという。こうすることで相手の意表を衝き、防御を困難にさせることも可能となる。この際に両袖を持つと相手をコントロールしやすくなる。そこから両袖を引いて相手を前に引き出す。さらには、相手の足元深くに入り込むことによって、一発で相手を浮かすことができる[99][100]

一方で、2014年の世界選手権決勝に示されるように、対戦相手を投げにくいと思った場合は指導狙いでも勝つことに徹する臨機応変さを心がけている[101]

有力選手との対戦成績[編集]

(2018年12月現在)

国籍 選手名 内容
日本の旗 浅見八瑠奈 2勝1敗(うち1戦1本勝ち)
日本の旗 渡名喜風南 3勝1敗(うち2戦1本勝ち)
モンゴルの旗 ムンフバット・ウランツェツェグ 4勝2敗(うち2戦1本勝ち)
ブラジルの旗 サラ・メネゼス 2勝(うち2戦1本勝ち)
アルゼンチンの旗 パウラ・パレト 1勝1敗
フランスの旗 アマンディーヌ・ブシャール 3勝(うち2戦1本勝ち)
ハンガリーの旗 チェルノビツキ・エーヴァ 1勝1敗(うち1戦1本勝ち)
大韓民国の旗 鄭普涇 2勝3敗(うち2戦1本勝ち)
ベルギーの旗 シャルリーヌ・ファンスニック 1敗
カザフスタンの旗 オトゴンツェツェグ・ガルバドラフ 3勝1敗(うち1戦1本勝ち)

(参考資料:ベースボールマガジン社発行の近代柔道バックナンバー、JudoInside.com等)。

主な戦績[編集]

年月 大会 成績
2006年8月 全国小学生学年別柔道大会 1/優勝(40kg級)
2007年5月 全国少年柔道大会 個人戦 5位(無差別)
2007年8月 全国小学生学年別柔道大会 5位(45kg級)
2009年3月 近代柔道杯全国中学生柔道大会 2位
2009年8月 全国中学校柔道大会 5位
2010年8月 全国中学校柔道大会 個人戦 1/優勝
2010年8月 全国中学校柔道大会 団体戦 3位
2011年4月 全日本カデ 1/優勝
2011年5月 ドイツカデ国際大会 1/優勝
2011年8月 世界カデ 1/優勝
2012年3月 全国高校選手権 5位(52kg級)
2012年8月 インターハイ 2位
2013年1月 ベルギー国際柔道大会 ジュニアの部 1/優勝
2013年1月 ベルギー国際柔道大会 シニアの部 1/優勝
2013年3月 全国高校選手権 3位(52kg級)
2013年8月 インターハイ 1/優勝
2013年11月 講道館杯 3位
2013年11月 グランドスラム・東京 1/優勝
2013年12月 エクサンプロヴァンスジュニア国際 1/優勝
2014年2月 グランプリ・デュッセルドルフ 3位
2014年4月 選抜体重別 1/優勝
2014年6月 グランプリ・ブダペスト 3位
2014年8月 世界選手権 1/優勝
2014年9月 全日本ジュニア 1/優勝
2014年10月 世界ジュニア 個人戦 1/優勝
2014年10月 世界ジュニア 団体戦 1/優勝
2014年12月 グランドスラム・東京 1/優勝
2015年04月 選抜体重別 2位
2015年8月 世界選手権 1/3位
2015年12月 グランドスラム・東京 1/優勝
2016年4月 選抜体重別 1/優勝
2016年5月 ワールドマスターズ 優勝
2016年8月 リオデジャネイロオリンピック 3位
2016年12月 グランドスラム・東京 1/3位
2017年2月 グランドスラム・パリ 1/3位
2017年4月 選抜体重別 1/優勝
2017年5月 2017 エカテリンブルグ 1/優勝
2017年8月 世界選手権 1/3位
2017年12月 グランドスラム・東京 1/優勝
2018年4月 選抜体重別 1/3位
2018年5月 グランプリ・フフホト 1/優勝
2018年8月 アジア大会 1/2位
2018年11月 講道館杯 5位

(出典[1]JudoInside.com)。

IJFワールド柔道ツアーにおける獲得賞金一覧[編集]

大会 開催日 順位 獲得賞金
グランドスラム・東京2013 2013年11月29日 優勝 5,000ドル
グランプリ・デュッセルドルフ 2014年2月22日 3位 1,000ドル
グランプリ・ブダペスト 2013年6月21日 3位 1,000ドル
世界選手権 2014年8月25日 優勝 4,800ドル
世界ジュニア 2014年10月22日 優勝 1,600ドル
グランドスラム・東京2014 2014年12月5日 優勝 4,000ドル
世界選手権 2015年8月24日 3位 2,400ドル
グランドスラム・東京2015 2015年12月4日 優勝 4,000ドル
ワールドマスターズ2016 2016年5月27日 優勝 4,800ドル
グランドスラム・東京2016 2016年12月2日 3位 1,600ドル
グランドスラム・パリ 2017年2月12日 3位 1,600ドル
グランドスラム・エカテリンブルグ 2017年5月20日 優勝 4,000ドル
世界選手権 2017年8月28日 3位 6,400ドル
グランドスラム・東京2017 2017年12月2日 優勝 4,000ドル
グランプリ・フフホト 2018年5月25日 優勝 2,400ドル
15大会 48,600ドル
  • 日本選手の場合は、獲得賞金の半分は全柔連の取り分となっていたが、2013年3月からは競技者規定が改訂されて、賞金は全額選手が受け取れることになった[102]。2014年7月からはIJF主催の各大会でコーチにも賞金が支給されるようになったために、選手の賞金が従来の2割減となった[103]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 「柔道全日本強化選手名鑑 2018」近代柔道 ベースボールマガジン社、2018年4月号
  2. ^ 選手のプロフィール : 近藤 亜美
  3. ^ a b c d e 【デキる選手の育て方2014】ニッポン柔道期待の新鋭・近藤亜美 サンケイスポーツ 2014年12月24日
  4. ^ a b c 18歳亜美、金メダリスト撃破し初V/柔道 日刊スポーツ 2013年11月30日
  5. ^ a b c 近藤亜美 インタビュー
  6. ^ Cheer Up Station
  7. ^ 銅メダルを喜べない柔道・近藤亜美 天才が地球の裏側で見せた“甘さ
  8. ^ 「全国中学校柔道大会」近代柔道 ベースボールマガジン社、2007年6月号 92頁
  9. ^ 「近代柔道杯全国中学生柔道大会」近代柔道 ベースボールマガジン社、2009年5月号
  10. ^ 「全国中学校柔道大会」近代柔道 ベースボールマガジン社、2010年10月号
  11. ^ 柔道発進!近藤亜美が日本人メダル1号も悔し涙 - 柔道 日刊スポーツ 2016年8月8日
  12. ^ 平成23年度全日本カデ体重別選手権大会(大会結果) 全日本柔道連盟
  13. ^ 2011年世界カデ柔道選手権大会(ウクライナ・キエフ) 全日本柔道連盟
  14. ^ リオの星岡本 重圧に勝ち初V/総体 日刊スポーツ 2012年8月6日
  15. ^ ベルギー国際大会(女子)大会結果 全日本柔道連盟
  16. ^ 平成24年度全国高等学校総合体育大会柔道競技大会 大会結果 全日本柔道連盟
  17. ^ 平成25年度講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 大会結果 全日本柔道連盟
  18. ^ 女子48キロ級、18歳・近藤が初優勝 GS東京大会 MSN産経ニュース 2013年11月29日
  19. ^ 松本ら優勝=柔道グランプリ 時事通信 2014年2月22日
  20. ^ 【世界柔道】19歳・近藤「金」日本女子2大会ぶり栄冠 スポーツ報知 2014年8月25日
  21. ^ 女子48キロ級・近藤 初出場いきなり頂点 全日本選抜体重別 MSN産経ニュース 2014年4月5日
  22. ^ 48キロ級近藤、合宿成果は「てんこもり」 日刊スポーツ 2014年7月12日
  23. ^ 19歳近藤が初優勝=高藤は銅-世界柔道 時事通信 2014年8月25日
  24. ^ 近藤亜美が金 新YAWARAちゃん誕生 日刊スポーツ 2014年8月26日
  25. ^ 「チェリャビンスク世界選手権2014」近代柔道 ベースボールマガジン社、2014年10月号
  26. ^ 近藤、寝る前に本番の自分を想像「記者会見まで考えちゃって…」/柔道 サンケイスポーツ 2014年8月23日
  27. ^ 【世界柔道】19歳・近藤「金」日本女子2大会ぶり栄冠 スポーツ報知 2014年8月25日
  28. ^ Ami Kondo, last but not least
  29. ^ 道場後輩の金、万感 谷本さん、近藤の初陣見守る 東京新聞 2014年8月26日
  30. ^ 世界女王19歳近藤が初優勝 日刊スポーツ 2014年9月13日
  31. ^ 【柔道】世界女王・近藤、貫禄V!オール一本勝ち スポーツ報知 2014年10月23日
  32. ^ Junior World Championships, Fort Lauderdale 2014 DAY 1
  33. ^ 世界ジュニア 日本が男女とも団体V 産経新聞 2014年10月27日
  34. ^ Junior World Championships, Fort Lauderdale 2014 DAY 5
  35. ^ 近藤 赤ゼッケンは譲らない 浅見と“新旧女王対決”「自分が一番手」 スポーツニッポン 2014年12月4日
  36. ^ 新旧世界女王が対抗意識!近藤「自分は若さと勢い」/柔道 サンケイスポーツ 2014年12月3日
  37. ^ 17歳阿部が初優勝=近藤は浅見破り連覇-柔道GS東京 時事通信 2014年12月5日
  38. ^ 近藤、元世界女王・浅見に快勝 初対戦で「積極的にいった」 スポーツニッポン 2014年12月6日
  39. ^ 世界王者の近藤亜美、宇高菜絵が初戦敗退 日刊スポーツ 2015年2月20日
  40. ^ 浅見、2年ぶり制覇=松本は4度目-全日本体重別柔道 時事通信 2015年4月4日
  41. ^ 近藤は悔し涙「勢いだけでは勝てない」/柔道 サンケイスポーツ 2015年4月4日
  42. ^ 海老沼、中矢ら選出=世界選手権代表-柔道 時事通信 2015年4月5日
  43. ^ 柔道ワールドマスターズ 高藤と田代が優勝 NHK 2015年5月24日
  44. ^ 近藤 世界選手権で浅見との決勝熱望「もちろん勝ちにいく」 スポーツニッポン 2015年7月19日
  45. ^ 近藤、連覇へ強気=柔道女子合宿 時事通信 2015年7月26日
  46. ^ 「自分が一番と示したい」女子柔道、近藤が意欲 読売新聞 2015年7月26日
  47. ^ 浅見、3度目優勝逃し銀=近藤と志々目は3位-世界柔道 時事通信 2015年8月24日
  48. ^ 女子48キロ級の浅見は銀…連覇狙った近藤は銅/柔道 サンケイスポーツ 2015年8月24日
  49. ^ World Championships 2015, Astana - DAY 1
  50. ^ 「アスタナ世界選手権2015」近代柔道 ベースボールマガジン社、2015年10月号
  51. ^ 近藤“任意”合宿で精力的稽古 「初心」取り戻し心機一転 読売新聞 2015年9月18日
  52. ^ 【柔道】浅見VS近藤!リオ譲らない48キロ級元女王対決 スポーツ報知 2015年12月2日
  53. ^ 近藤、浅見撃破で3連覇!逆転勝ちでリオ五輪代表レース一歩リード スポーツニッポン 2015年12月5日
  54. ^ 近藤、逆転一本勝ちでV3!リオ五輪代表へ一歩リード/柔道 サンケイスポーツ 2015年12月5日
  55. ^ 優勝選手インタビュー 女子48kg級 近藤亜美
  56. ^ 近藤、浅見ら始動=柔道女子 スポーツニッポン 2016年1月14日
  57. ^ 浅見と近藤が負けた…48キロ級リオ代表レース“共倒れ” サンケイスポーツ 2016年2月7日
  58. ^ 近藤、松本らリオ五輪代表=男子は永瀬、大野ら選出-柔道 時事通信 2016年4月3日
  59. ^ 近藤、谷亮子が君臨した48キロ級でニューヒロインの座を狙う/柔道 サンケイスポーツ 2016年4月4日
  60. ^ 近藤 女子48キロ級Vでリオ決めた!ライバル初戦負けも油断せず サンケイスポーツ 2016年4月4日
  61. ^ 松本、五輪連覇は挑戦「開き直った」柔道代表が全階級“金”へ意気込み
  62. ^ 柔道48kg級は開会式翌日 海外に弱い近藤亜美は責任重大
  63. ^ 五輪代表の中村、近藤がV 松本薫は初戦で一本負け スポーツニッポン 2016年5月28日
  64. ^ 近藤、勢い乗り頂点へ「海外で弱いと言われていたのが悔しくて…」/柔道 サンケイスポーツ 2016年5月28日
  65. ^ 近藤亜美が初優勝 1年9カ月ぶり海外大会を制す - 柔道 日刊スポーツ 2016年5月29日
  66. ^ 【柔道】女子48キロ近藤、コーチとケンカも「金を取ることに意味がある」 スポーツ報知
  67. ^ 【柔道】銅メダル・近藤亜美 「おてんば娘」を変えた「小姑」とのケンカ二人三脚 東京スポーツ 2016年8月8日
  68. ^ 近藤と中村がリオ壮行会=柔道女子
  69. ^ 【五輪柔道】近藤が日本勢初メダル 女子48キロ級で「銅」 産経新聞 2016年8月7日
  70. ^ 終了間際、渾身の投げ 柔道・近藤「銅」 日本経済新聞 2016年8月7日
  71. ^ 柔道・女子48キロ近藤亜美が銅 日本メダル1号も喜びより「申し訳ない」 日本経済新聞 2016年8月7日
  72. ^ メダル第1号でも流した涙はくやし涙 柔道女子・近藤亜美選手インタビュー
  73. ^ 近藤、持ち味出せず3位 V4逃し「めちゃくちゃ悔しい」/柔道 サンケイスポーツ 2016年12月2日
  74. ^ 今季初戦から厳しい現実…近藤、準決勝で苦杯/柔道 サンケイスポーツ 2017年2月12日
  75. ^ リオ銅の近藤が2連覇 女子48キロ級/柔道 サンケイスポーツ 2017年4月2日
  76. ^ 柔道世界選手権代表 19歳の阿部が初出場へ NHK 2017年4月2日
  77. ^ 女子は近藤、男子は永山と橋本がV/柔道 サンケイスポーツ 2017年5月20日
  78. ^ 渡名喜、初出場で金=近藤は銅-世界柔道 時事通信 2017年8月29日
  79. ^ 近藤、銅メダルに悔し涙「何度3位決定戦をやればいいのか…」/柔道 サンケイスポーツ 2017年8月29日
  80. ^ 近藤が銅…準決で反則負け「今回は五輪よりも悔しい」/柔道 サンケイスポーツ 2017年8月29日
  81. ^ 近藤、会心の4度目V「久々に自分らしい前に出る柔道ができた」/柔道 サンケイスポーツ 2017年12月2日
  82. ^ Grand Slam Tokyo 2017
  83. ^ 【柔道】近藤亜美が右膝負傷でGS欠場 リオ五輪銅、全治8週間 産経新聞 2018年1月17日
  84. ^ 平成30年全日本選抜柔道体重別選手権大会
  85. ^ 女子48キロ級V候補2人が涙のむ/柔道 サンケイスポーツ 2018年4月8日
  86. ^ アジア大会の女子代表に素根、近藤ら 全日本柔道連盟が発表/柔道 サンケイスポーツ 2018年4月22日
  87. ^ 近藤、阿部詩ら優勝=柔道グランプリ大会 時事通信 2018年5月25日
  88. ^ Grand-Prix Hohhot 2018
  89. ^ 近藤、決め切れず銀=アジア大会・柔道 時事通信 2018年8月29日
  90. ^ 柔道・近藤亜美は銀 相手の腕折れず惜敗「バキバキっていったけど…」 デイリースポーツ 2018年8月29日
  91. ^ 近藤、ふがいない結果「可能性がある限り東京を目指す」/柔道 サンケイスポーツ
  92. ^ World ranking list
  93. ^ 柔道世界選手権金の近藤亜美は巨漢フェチ 東京スポーツ
  94. ^ 近藤亜美選手の横顔に迫る!【Q&A】 テレビ東京
  95. ^ 柔道・近藤亜美 “アイコラ写真”で成人式気分 東京スポーツ
  96. ^ 柔道近藤亜美、金へ筋力UP!S→Lに デイリースポーツ 2016年6月18日
  97. ^ カトパン、銅メダル近藤と“初共演”「10年前の私に似てます」 サンケイスポーツ 2016年8月8日
  98. ^ 48キロ級の近藤亜美が「大人」の自覚? 「これが経験なんだなと感じるところはある」/柔道 サンケイスポーツ 2017年8月3日
  99. ^ a b 「金メダリストの技 48kg級 近藤亜美 払腰」近代柔道 ベースボールマガジン社、2015年1月号
  100. ^ a b 「金メダリストの技 48kg級 近藤亜美 巴投げ」近代柔道 ベースボールマガジン社、2015年2月号
  101. ^ 「チェリャビンスク世界選手権金メダリストインタビュー 48kg級優勝 近藤亜美」近代柔道 ベースボールマガジン社、2014年12月号
  102. ^ 競技者規定 - 財団法人 全日本柔道連盟
  103. ^ Judo Grand Slam, Tyumen 2014

外部リンク[編集]