無罪モラトリアム

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無罪モラトリアム
椎名林檎スタジオ・アルバム
リリース
録音 スタジオテラ
亀ちゃんスタジオBメイン
ジャンル J-POP
時間
レーベル 東芝EMI/イーストワールド
プロデュース 北城浩志
チャート最高順位
  • 週間2位オリコン
  • 週間178位(オリコン・アナログ盤)
  • 1999年3月度月間2位(オリコン)
  • 1999年度年間25位(オリコン)
  • 2000年度年間42位(オリコン)
ゴールドディスク
椎名林檎 年表
- 無罪モラトリアム
(1999年)
勝訴ストリップ
(2000年)
『無罪モラトリアム』収録のシングル
  1. 幸福論
    リリース: 1998年5月27日
  2. 歌舞伎町の女王
    リリース: 1998年9月9日
  3. ここでキスして。
    リリース: 1999年1月20日
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無罪モラトリアム』(むざいモラトリアム 英題:Muzai MoratoriumInnocence Moratorium[1])は、1999年2月24日東芝EMI(当時)より発売された日本シンガーソングライター椎名林檎の1作目のスタジオ・アルバム

概要[編集]

アルバムからの先行シングル『ここでキスして。』がスマッシュヒットを記録する中で本作は発売された。その影響を受ける形で約1年半チャートインし続けるというロングヒットを記録し、最終的にはミリオンセールスを達成した。本作の全収録曲は、椎名がデビュー前に書き貯めていたもので構成されており、本作の収録のために編成された数種類のバンドにより演奏されている。なお3作目のアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』収録曲の「葬列」について、椎名は本作に収録するかどうか迷っていたが、最終的に見送った[注 1]

『無罪モラトリアム』というアルバムタイトルには、「人として真面目に生きていこうとする以上、社会に適合できないモラトリアムな瞬間はきっと誰にでもあるのだから、自分自身のためにも『それは無罪なんだ』と言いたい」というメッセージが込められている[2]。タイトルの略称は「無罪」と「モラトリアム」の頭からそれぞれを取り「MM」とされる。

本作の楽譜は数多くのバンドスコアを出版しているリットーミュージックにおけるロングセラーであり、1999年のリリースから15年以上経過しても一番人気を保っている[3]

初回生産盤の特典は、抽選で貰えるVHSビデオ『性的ヒーリング〜特別御奉仕編〜[注 2]。特殊ブックレット仕様[注 3]。また、ブックレットの丸ノ内線の路線図“霞ヶ関”が“霧ヶ関”と誤植されている。

楽曲制作[編集]

楽曲制作の準備に入ると、プロデューサー的役割に移行した当時の東芝EMIの担当制作ディレクター篠木雅博(現・徳間ジャパンコミュニケーションズ顧問)は、代わりに外部から実績のあるディレクターを招へいすることにした。しかし作品にはかなりの手直しが必要だという外部ディレクターとそれを断固として拒否する椎名の意見が激しく衝突した。椎名の詞曲にそれまで出会ったことのないほどの違和感を感じていた篠木も外部ディレクターと同意見だったが、自分が年を取って若い人たちの音楽を受け入れられなくなったのかもしれず、その違和感はひょっとしたら大化けの予兆かもしれないとも思った。そして椎名林檎の個性を生かすには、旧来のディレクション方法は無視して自由にやってもらうしかないと判断し、すべてを椎名とアレンジャーおよびベーシスト亀田誠治2人の作業に委ねた。[4][5]

当時、椎名はまだ十代で、デビューしたばかりの自分に十分な予算など与えられないことはわかっていたので、レコーディングはシンプルなバンドサウンドで行うことにした[6]。その結果、演奏者と楽曲を信じてアレンジを固めずに自由なセッションで曲を作り上げ、「バンド演奏による一発録り」という形で現場の空気をそのままパッケージ化する形が取られた[7]

レコーディングでは主に二つのバンドを編成して曲によって使い分けるという手法を使ったが、それはギタリストのキャラクターが異なることで生じるバンドの違いを出したいと思ったから。また一つのバンドサウンドに狭めたくもなかった。ずっとバンドでやってきたのでバンドサウンドは一番好きで親しみがあるが、サウンド的にも詞的にも「何でもあり」という感じにしたかったのでそれにはあまりこだわらず、自分が必要性を感じたらストリングスなども入れることにした。[2]

アルバムのコンセプト[編集]

初めてのアルバムなので、昔から歌っていた曲をたくさん入れたいというのがまずあり、11曲の収録曲はすぐに決まった。結果的に「十代の椎名林檎の集大成」のようなアルバムになった。[2]

制作意図としては、歌詞の世界観を表現するというよりも、たとえば音楽をやっているような、聴く人が聴けば「音楽的にはこういう人間だ」とわかるような自分の音楽的な名刺代わりというつもりで作った。自分のやり方を初めて提示するのだからわかりやすいようにあえてデフォルメし、そして自分ひとりで作ったデモとの間に差異が生まれた時は特に気を配って修正をして音楽的に誤解されないように気を付けたという[8]

アートワーク[編集]

アルバムのジャケット写真を自分が完全に浮いてしまっている場所で撮りたいと思っていた椎名は、「裁判所などで弁護士が『無罪』や『勝訴』という文字が書かれた幡(ハタ)を関係者たちに囲まれて掲げているところに自分がポツンといたら面白いのでは」というアイデアを出した。するとデザイナーがそれにゴーサインを出し、新聞記者や報道カメラマン、警備員などのエキストラが集められた。また幡の題字は椎名本人によるもの。[2]

収録曲[編集]

  1. 正しい街
    18歳の時に制作された曲。デビュー直前、福岡で交際していた当時の恋人へ上京するための別れを告げた際のやりとりと心情を綴った曲。歌詞にも福岡にある「百道浜」、「室見川」が登場する。椎名はこの曲を必ずアルバムの1曲目に収録すると決めていたという。
  2. 歌舞伎町の女王
    2枚目のシングル表題曲。サントリーザ・カクテルバー ミモザ クラッカー篇」CMソング。
    18歳の時に制作された曲。上京後、渋谷レコードショップでアルバイトしていた頃、SMクラブのスカウトマンにしつこく話を持ちかけられたことから着想を得て、風俗をテーマに東京都内の新宿区歌舞伎町を舞台にした楽曲である。
    この曲のドラムは椎名本人が演奏している。
  3. 丸の内サディスティック
    2枚目のシングル『歌舞伎町の女王』収録のカップリング曲「実録 -新宿にて- 丸の内サディスティック〜歌舞伎町の女王」で、一部ではあるが既に発表されていた楽曲。なお「丸内サディスティック」と表記されることもある。「丸の内」とは、当時の営団地下鉄(現在の東京メトロ丸ノ内線のことであり、主要駅が歌詞に登場する。
    この楽曲はデビュー前、椎名がイギリスホームステイしていた際にミュージックシーケンサー打ち込みで作られたもので、歌詞は全て英語であったが、発表するにあたって語感の良い日本語に変えている。歌詞には椎名が尊敬してやまない浅井健一の愛称「ベンジー」が登場するほか、「ピザ屋の彼女(になってみたい)」という詞は彼の所属していたバンド・BLANKEY JET CITYの楽曲「ピンクの若いブタ」より引用しているとのこと。
    2009年発表の4作目のアルバム『三文ゴシップ』には、歌詞の大部分を英語に改めた別アレンジの「丸の内サディスティック(EXPO Ver.)」が収録されている。
    ソロ名義のコンサートのみならず、東京事変のコンサートでも頻繁に披露されていたため、ライブベストアルバム東京コレクション』にも収録されている。
  4. 幸福論(悦楽編)
    サントリー「ザ・カクテルバー シェーカー篇」CMソング。
    デビューシングル表題曲「幸福論」のアルバムバージョン。シングルバージョンとは大きくアレンジが異なり、ヴォコーダーを利用した独特のアレンジとなっている。コンサートでもこのバージョンを披露することが多く、その際は拡声器を使用して歌唱している。なお、シングルバージョンは長らくアルバム作品としてまとめられていなかったが、デビュー10周年企画の第3弾として2008年11月25日に発売された『MoRA』の『無罪モラトリアム』にボーナス・トラックとして収録された[注 4]
  5. 茜さす 帰路照らされど・・・
    サントリー「ザ・カクテルバー オレンジ絞り篇」CMソング。
    16歳の頃に制作された曲。歌詞に登場する「アイルランド少女」とは、クランベリーズドロレス・オリオーダンことである。よくbjorkと誤解されがちだが、bjorkはアイスランド出身である。
  6. シドと白昼夢
    19歳になる前に制作された曲。
    本作ではプログラミングとバンドサウンドによるアレンジとなっている。また、本作の他に2001年に発売された7枚目のシングル『真夜中は純潔』のカップリング曲として、服部隆之編曲によるアレンジで収録されている。
  7. 積木遊び
    椎名曰く「箸休め的なお遊び曲」。この曲で使用されている椎名の演奏による「なんちゃって御琴」とはシンセサイザーの音色を使用したもの(ちなみに椎名は3枚目のアルバムでは本物の琴を弾いている)。ミュージック・ビデオも制作され、『性的ヒーリング〜其ノ壱〜』におまけ映像として収録されている。また、この曲には決められた振り付けがあり、椎名本人がミュージック・ビデオやコンサートでも披露している。この振り付けは、本作のバンドスコアに掲載されている。
  8. ここでキスして。
    3枚目のシングル表題曲。読売テレビ日本テレビ系『ダウンタウンDX』エンディングテーマ。当時自身最高の30万枚以上を売り上げた。またこの曲でテレビ朝日ミュージックステーションに初登場を果たした。
    後に堂本剛など様々なミュージシャンがカバーし、椎名の代表曲ともいえる楽曲となった。
  9. 同じ夜
    アコースティック・ギターヴァイオリンというシンプルな編成の曲。
    3枚組シングル集『絶頂集』には、この曲のライブ音源が「Jェチ~ッじo™ウ」として収録されている。
  10. 警告
    サントリー「ザ・カクテルバー スパークリングキャンペーン篇」CMソング。
    昔交際していた彼氏への不満を綴った曲。シングルが売れ椎名の知名度が上がったとき、その当時の彼氏が電話してきて何を思ったか「俺が悪かった」と今更ながら謝ってきたので憤慨したと、その事から製作に至っている。
  11. モルヒネ
    19歳の時に制作された曲。

トラック・リスト[編集]

全作詞・作曲: 椎名林檎、全編曲: 亀田誠治。
# タイトル 作詞 作曲・編曲 演奏 時間
1. 「正しい街」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
2. 「歌舞伎町の女王」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
3. 「丸の内サディスティック」 椎名林檎 椎名林檎 絶叫ソルフェージュ
4. 「幸福論(悦楽編)」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
5. 「茜さす 帰路照らされど・・・」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
6. 「シドと白昼夢」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
7. 「積木遊び」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
8. 「ここでキスして。」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
9. 「同じ夜」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
10. 「警告」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
11. 「モルヒネ」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
合計時間:

アナログ盤

Side A
全作詞・作曲: 椎名林檎、全編曲: 亀田誠治。
# タイトル 作詞 作曲・編曲 演奏 時間
1. 「正しい街」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
2. 「歌舞伎町の女王」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
3. 「丸の内サディスティック」 椎名林檎 椎名林檎 絶叫ソルフェージュ
4. 「幸福論(悦楽編)」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
5. 「茜さす 帰路照らされど・・・」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
6. 「シドと白昼夢」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
Side B
全作詞・作曲: 椎名林檎、全編曲: 亀田誠治。
# タイトル 作詞 作曲・編曲 演奏 時間
7. 「積木遊び」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
8. 「ここでキスして。」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
9. 「同じ夜」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
10. 「警告」 椎名林檎 椎名林檎 絶倫ヘクトパスカル
11. 「モルヒネ」 椎名林檎 椎名林檎 桃色スパナ
合計時間:

演奏[編集]

絶倫ヘクトパスカル

生ドラム[注 5]・手・口笛:椎名林檎
電気式ギター生ギター西川進
電気式ベースギター・手:亀田誠治
生ドラム・声・手:河村智康


桃色スパナ

声・なんちゃって御琴・口笛:椎名林檎
電気式ギター・生ギター・声指導:鈴木玲史
電気式ベースギター:亀田誠治
生ドラム・すべからくコンガ:河村智康

絶叫ソルフェージュ

声・生ピアノけんばんハーモニカ・手足:椎名林檎
電気式ベースギター・声:亀田誠治
生ドラム・声・手足:河村智康


ゲスト

電子ピアノ(M1.10)・ピアノ(M5):森俊之
ヴァイオリン(M9):斎藤ネコ
ストリングス(M1.5):金原千恵子ストリングス
電子ピアノ(M8):矢代恒彦

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 詳細は『加爾基 精液 栗ノ花』の「葬列」の解説部分を参照。
  2. ^ シングル『ここでキスして。』との連動企画で、に付属されている応募券を『ここでキスして。』の応募券と一緒に送付すると抽選で貰えた。
  3. ^ ブックレットに光沢があり、椎名の写真部分が剥がれる仕組みになっている。
  4. ^ 再発売された12cmシングル盤や、iTunes Storeなどの音楽配信でも入手可能ではあるが、オリジナルアルバムには収録されていない。
  5. ^ 歌舞伎町の女王。

出典[編集]

  1. ^ ALBUM 無罪モラトリアム/椎名林檎”. SR猫柳本線. 2014年11月3日閲覧。
  2. ^ a b c d 椎名林檎10周年特設サイト (1999年2月20日). 電脳RAT/004「無罪モラトリアム」インタビュー. インタビュアー:ツダケン. EMIミュージック・ジャパン.. オリジナルの2009年5月2日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20090502211103/http://www.emimusic.jp/ringo10th/specials/plugin/004/004_2.htm 2016年8月20日閲覧。 
  3. ^ BEHIND THE MELODY〜FM KAMEDA (2015年4月8日). バンドスコアの作り方 - Guest : 近藤隆久/岡見高秀(リットーミュージック). インタビュアー:亀田誠治. J-WAVE.. http://www.j-wave.co.jp/blog/fmkameda/2015/04/post_357.html 2016年8月14日閲覧。 
  4. ^ 【発掘!流行り歌 徒然草】椎名林檎「ここでキスして。」(1999年) 年配には受け入れにくい「違和感」は大化けの予兆 デビュー秘話 (1/2ページ)”. ZAKZAK, 夕刊フジ (2016年6月7日). 2016年8月14日閲覧。
  5. ^ 【発掘!流行り歌 徒然草】椎名林檎「ここでキスして。」(1999年) 年配には受け入れにくい「違和感」は大化けの予兆 デビュー秘話 (2/2ページ)”. ZAKZAK, 夕刊フジ (2016年6月7日). 2016年8月14日閲覧。
  6. ^ 椎名林檎 (2003年2月27日). インタビューファイル. インタビュアー:早川 加奈子. タワーレコード.. bounceマガジン.. オリジナルの2003年4月29日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20030429181743/http://www.bounce.com/interview/article.php/616/ALL/ 2016年8月14日閲覧。 
  7. ^ 東京事変. 「閃光少女」インタビュー. インタビュアー:小野田雄. EMIミュージック・ジャパン.. http://www.tokyojihen.com/vmc/artist/domestic/tokyojihen/interview_071121.php 2016年8月14日閲覧。 
  8. ^ 「椎名林檎」、『ROCKIN’ON JAPAN 7月号』第22巻第11号、ロッキング・オン2008年、 54-55頁。