深尾隆太郎

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深尾 隆太郎(ふかお りゅうたろう、1877年(明治10年)1月9日 - 1948年(昭和23年)4月17日)は、日本実業家貴族院議員男爵。哲学者の小島威彦は娘婿。

履歴[編集]

現在の高知県佐川町近辺に1万石を領し、土佐藩筆頭家老であった、佐川深尾家の第13代当主。大阪市天王寺出身。

東京府尋常中学校を経て、東京高等商業学校(現・一橋大学)を卒業する。1899年に大阪商船に入社し、1920年に専務、1923年に副社長に就く。1929年、日清汽船社長、朝鮮郵船取締役に就く。さらに南洋拓殖社長、東洋電化工業会長、阪堺電鉄相談役も務める。

男爵を襲爵し、1928年に貴族院議員に選任され、議院制度調査会委員、内閣調査会参与、海軍協会理事、電信協会理事などを歴任した。1946年5月8日、貴族院議員を辞職[1]公職追放となった[2]

第2代日本サッカー協会会長を務めた。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第5803号、昭和21年5月22日。
  2. ^ 公職追放の該当事項は「南洋拓殖社長」。(総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、63頁。NDLJP:1276156 

参考文献[編集]

  • 『良い国良い人(東京に於ける土佐人)』沢翠峰、尾崎吸江共著、青山書院、1917年(大正6年)
  • 『高知県人名事典』高知市民図書館、1970年

外部リンク[編集]


日本の爵位
先代:
深尾重孝
男爵
深尾家第2代
1925年 - 1946年
次代:
深尾重光