周布兼道

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周布 兼道
すふ かねみち
Sufu Kanemichi.jpg
生年月日 1882年3月
出生地 日本の旗 山口県
没年月日 (1955-06-29) 1955年6月29日(73歳没)
出身校 東京府立第一中学校
所属政党 公正会
称号 男爵
配偶者 周布鑑子
親族 周布公平貴族院議員) - 父
副島種臣(貴族院議員) - 義父

選挙区 男爵議員
在任期間 1922年4月23日 - 1947年5月2日
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周布 兼道(すふ かねみち、1882年3月 - 1955年6月29日)は、日本貴族院議員男爵周布公平の長男。長州藩士・周布兼翼(周布政之助)の孫にあたる。

略歴[編集]

山口県出身。配偶者は周布鑑子(副島種臣の五女。勘解由小路豊子(志賀直哉の義母)の妹)[1]

  • 1900年:東京府立第一中学校卒業。
  • 1913年(大正2年)8月11日:父の隠居に伴い男爵を襲爵[2]
  • 1921年(大正10年)4月23日:貴族院男爵補欠選挙に当選[3]
  • 1924年(大正13年)1月30日:従四位に叙する[3]
  • 1946年(昭和21年)6月22日:第90回帝国議会決算委員会委員長となる[3]
  • 1946年(昭和21年)11月28日:第91回帝国議会決算委員会委員長となる[3]

以後、逗子電燈取締役。

  • 1955年(昭和30年):死去、享年74。

脚注[編集]

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  1. ^ 『志賀直哉全集』第16巻143ページ、岩波書店
  2. ^ 『官報』第311号、大正2年8月12日。
  3. ^ a b c d 帝国議会会議録 - 国立国会図書館