四条隆愛

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四条隆愛

四条 隆愛(しじょう たかちか、明治13年(1880年6月8日 - 昭和13年(1938年10月2日))は、日本の華族陸軍軍人陸軍騎兵少佐従二位勲三等侯爵となり、貴族院議員を務めた。元老院議官四条隆謌陸軍中将侯爵の子で、四条隆生の孫。妻の糸子江戸幕府最後の征夷大将軍である徳川慶喜公爵の娘。四条家は古くは藤原魚名の三男末茂の子孫、隆季を始祖とし、四条大宮に居を構えた事から四条殿と呼ばれた。家格は羽林家

明治38年6月に貴族院議員となった他、宮内省御用掛も務める。大日本皇道立教会会頭。子の隆徳は貴族院議員となり正四位勲四等に叙せられる。また、東京帝国大学農学部の教壇にもあがった。娘富士子大河内輝信に嫁ぐ。

栄典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第1799号「叙任及辞令」1918年8月1日。
  2. ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。
  3. ^ 『官報』号外「叙任及辞令」1938年2月11日。


日本の爵位
先代:
四条隆謌
侯爵
四条家第2代
1898年 - 1938年
次代:
四条隆徳