向井久子
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| 基本情報 | ||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1978年3月1日(47歳) | |||
| 出身地 |
(旧・佐伯郡宮島町) | |||
| ラテン文字 | Hisako Mukai | |||
| 身長 | 176cm | |||
| 体重 | 72kg | |||
| 選手情報 | ||||
| 愛称 | ダン | |||
| ポジション | WS | |||
| 指高 | 229cm | |||
| 利き手 | 右 | |||
| スパイク | 305cm | |||
| ブロック | 284cm | |||
向井 久子(むかい ひさこ、1978年3月1日 - )は、日本の元バレーボール選手、指導者。
来歴
[編集]高校を卒業後、名門バレーボールチーム「ユニチカ・フェニックス」へ入団。
2000年7月、ユニチカの廃部が決まり、9月にチームを引き継いで結成された東レアローズへ入団。同時に東レ株式会社に入社。
高いジャンプ力とパワーあふれるスパイクを武器に、主将・エースとして若手選手の多いチームを牽引する。
2008年天皇杯・皇后杯全日本選手権優勝、2007-08プレミアリーグ初優勝の2冠などチームに貢献。日本代表選手としても活躍する。
2008年5月、現役引退を発表。東レアローズ事務局に籍を置き、バレーボール教室やコーチングキャラバンで後進の指導を行った。
2008年10月に結婚。
2009年3月、東レ退社。
現在は岩手県に在住。紫波町が拠点の「OWLS紫波バレーボールアカデミー」で指導者をしている[1][2]。
栗原恵は学生時代、憧れの選手として同郷出身である向井の名を度々挙げていた。
球歴
[編集]受賞歴
[編集]- 2001年 - 第7回Vリーグ サーブ賞
所属チーム
[編集]- 就実高等学校
- 石川島播磨重工呉(1996-1998年)
- ユニチカ・フェニックス(1998-2000年)
- 東レアローズ(2000-2008年)
脚注
[編集]- ^ INC, SANKEI DIGITAL (2015年1月16日). “【東北に生きる】OWLS紫波バレーボールアカデミーHC 綱嶋久子さん”. 産経ニュース. 2024年1月31日閲覧。
- ^ “激動のチャレンジを続ける綱嶋久子さん #Vリーグ初優勝からの三連覇|SPODGE「スポーツ経験を無限大の可能性へ変えるメディア」”. SPODGE「スポーツ経験を無限大の可能性へ変えるメディア」 (2023年12月22日). 2024年1月31日閲覧。