バレーボール世界選手権
| バレーボール世界選手権 | |
|---|---|
| 開始年 | 1949 |
| 主催 | 国際バレーボール連盟 |
| 参加チーム数 | 24 |
| 前回優勝 |
男子: 女子: |
| 最多優勝 |
男子: 女子: |
| サイト | FIVB |
バレーボール世界選手権(バレーボールせかいせんしゅけん、英語: FIVB Volleyball World Championship)は、国際バレーボール連盟が主催するバレーボールの世界大会である。国際バレーボール連盟が初めて作ったバレーボールの世界大会であり最も伝統のある大会である。
日本国内での通称は「世界バレー」または「世バレ」。全てのスポーツにある「世界選手権大会」の一つ。1962年大会から[1]4年に1度(オリンピックの中間年)開催されている。
ワールドカップ・オリンピックと併せて「バレーボール3大大会」[2] として位置づけられている。
概要[編集]
1949年に第1回男子大会がチェコスロバキアのプラハで開催された。試合会場は屋外テニスコートを再利用したものであった。参加国は全部で10カ国でヨーロッパに限定されていたため事実上の『ヨーロッパ選手権』であった。1952年より女子も開催。
日本が世界選手権に初参加したのは1960年であり、このときの結果は男子が8位、女子が2位であった。1962年の女子大会では日本がソ連を破り優勝した。ここからしばらくの間、日本とソビエトの2強時代が続いた。日本は1962年から1974年までの4つの世界選手権のうち3回金メダルを獲得した。
1962年大会を経て、1964年にバレーボールがオリンピックの正式種目になった後の1966年からは、4年に1度オリンピックの中間年に開催されるようになった[1]。世界一を決める唯一の大会ではなくなり、次期オリンピックへの重要な前哨戦という位置づけとなった。
1967年の女子大会は1月に日本で開催されたが、北朝鮮が正式国名が呼ばれず国旗掲揚、国歌演奏が行われなかったことを不服として参加を拒否し、これにソ連が同調し参加を取りやめたため、参加国はわずか日本、アメリカ、韓国、ペルーの4カ国しかなかった。日本が優勝したものの史上もっとも盛り上がらない大会となり、世界選手権の伝統と権威が揺らぐものとなった。
1970年には、アフリカ大陸からも出場し、5大陸すべてから出場するという当初の目標を達成し本当の意味で『世界選手権』となった。
1998年には日本で男女の大会が開催された。男女共同開催は1974年のメキシコ大会以来のことである。
2002年の女子大会は優勝候補と言われていた中国が準決勝でイタリアに敗れるという波乱があった。イタリアは決勝でアメリカに勝って初優勝した。
2006年は男女とも日本で開催されたが、2005年11月には2010年の女子大会も日本で行われることが決定した。女子大会が2大会連続で同一国で開催されるのは史上初である。2005年12月には2010年の男子大会がイタリアで行われることが決定した。2006バレーボール世界選手権の組み合わせ抽選会が2005年11月、東京都内で開かれ、開催国の日本は男女とも1次リーグA組にシードされた。
2014年大会よりビデオ判定を求める「チャレンジシステム」が導入された[3]。
競技方式[編集]
出場枠[編集]
出場国の数は何度も変更が行われているが、現在世界選手権に出場できるのは全部で24カ国であり、オリンピック(12カ国)、ワールドカップ(12カ国)を規模で上回る。開催国と前回大会優勝国が出場できるほか、各大陸における予選を勝ち抜いた上位チームが出場することができる。出場できるチームの数の各大陸の内訳はFIVBランキングを元に決定される。
試合方式[編集]
- 2006年大会では、男女各24チームが1次リーグで6組に分かれ、各組1-3位が2次リーグに進出。2次リーグでは18チームが2組に分かれ、各組1-2位が1-4位決定戦に、3-4位が5-8位決定戦に、5-6位が9-12位決定戦に進出(但し各チームは1次リーグで戦った国とは対戦せず、1リーグでの成績をそのまま持ち越し)。1-4位決定戦、5-8位決定戦、9-12位決定戦はそれぞれノックアウトトーナメント。なお、CMを入れるため、日本の試合のみテクニカルタイムアウトが30秒長く、放送時間を調整できるよう第2、第3セットの間に10分間の休憩を設けた[4]。
- 2010年大会では、24チームが1次リーグで6組に分かれ、各組1-3位が2次リーグに進出。2次リーグでは18チームが6組に分かれ、各組1-2位が3次リーグに進出。3次リーグでは12チームが4組に分かれ、各組1位が1-4位決定戦に、各組2位が5-8位決定戦に、各組3位が9-12位決定戦に進出。1-4位決定戦、5-8位決定戦、9-12位決定戦はそれぞれノックアウトトーナメント。
歴代開催国と大会順位[編集]
男子[編集]
- 数: 本戦の参加チーム数。
| 開催年 | 数 | 開催国 | 3位 | 4位 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1949年(第1回) | 10 | |||||
| 1952年(第2回) | 11 | |||||
| 1956年(第3回) | 24 | |||||
| 1960年(第4回) | 14 | |||||
| 1962年(第5回) | 19 | |||||
| 1966年(第6回) | 22 | |||||
| 1970年(第7回) | 24 | |||||
| 1974年(第8回) | 24 | |||||
| 1978年(第9回) | 24 | |||||
| 1982年(第10回) | 24 | |||||
| 1986年(第11回) | 16 | |||||
| 1990年(第12回) | 16 | |||||
| 1994年(第13回) | 16 | |||||
| 1998年(第14回) | 24 | |||||
| 2002年(第15回) | 24 | |||||
| 2006年(第16回) | 24 | |||||
| 2010年(第17回) | 24 | |||||
| 2014年(第18回) | 24 | |||||
| 2018年(第19回) | 24 |
女子[編集]
- 数: 本戦の参加チーム数。
| 開催年 | 数 | 開催国 | 3位 | 4位 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1952年(第1回) | 8 | |||||
| 1956年(第2回) | 17 | |||||
| 1960年(第3回) | 10 | |||||
| 1962年(第4回) | 14 | |||||
| 1967年(第5回) | 4 | |||||
| 1970年(第6回) | 16 | |||||
| 1974年(第7回) | 23 | |||||
| 1978年(第8回) | 23 | |||||
| 1982年(第9回) | 24 | |||||
| 1986年(第10回) | 16 | |||||
| 1990年(第11回) | 16 | |||||
| 1994年(第12回) | 16 | |||||
| 1998年(第13回) | 16 | |||||
| 2002年(第14回) | 24 | |||||
| 2006年(第15回) | 24 | |||||
| 2010年(第16回) | 24 | |||||
| 2014年(第17回) | 24 | |||||
| 2018年(第18回) | 24 | セルビア |
イタリア |
中国 |
オランダ |
脚注[編集]
- ^ a b 1966年大会は、女子はペルー、メキシコの相次ぐ開催地返上を経て、1967年1月に日本で開催。
- ^ コトバンク(「知恵蔵2008」)
- ^ 月刊バレーボール 2014年10月号 141ページ
- ^ 「TV演出 過剰?必要? バレー世界選手権中継」『朝日新聞』2006年11月21日付朝刊
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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