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栗原恵

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栗原 恵
Megumi Kurihara
Volleyball (indoor) pictogram.svg
Megumi Kurihara, 2007-11-06.jpg
2007年11月6日、国歌演奏中に
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-07-31) 1984年7月31日(37歳)
出身地 広島県佐伯郡能美町(現江田島市
ラテン文字 Megumi Kurihara
身長 187cm
体重 68kg
血液型 B型
選手情報
愛称 コウ、メグ
ポジション OH
指高 241cm
利き手
スパイク 305cm
ブロック 285cm
獲得メダル
世界選手権
2010 女子バレーボール
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栗原 恵(くりはら めぐみ、1984年7月31日 - )は、日本の元女子プロバレーボール選手[1]。2012年からLDH JAPANに所属。ニックネームはコウプリンセス・メグ

来歴

広島県佐伯郡能美町(現江田島市)出身。両親と兄妹の4人家族。小学校4年生とき、父がコーチをしていた鹿川フラワーズでバレーボールを始める。

中学1年時には身長が176cmをこえ、2年時の1998年6月、バレーが上手くなりたいという気持ちから兵庫県姫路市大津中学校にバレー留学をする。大津中の2年後輩に陸上長距離で北京オリンピックに出場した竹澤健介がいる。

高校は山口県防府市三田尻女子高校(現・誠英高校)に進学し、1年生時にインターハイ国体春高バレー優勝の高校3冠を経験する。

2001年に全日本代表初選出。高校3年次の2002年、日米対抗に出場し代表デビューを果たす。2003年、Vリーグ(プレミアリーグ)のNECレッドロケッツに入団。同年5月の黒鷲旗大会では若鷲賞を受賞した。同年11月のワールドカップでは、大山加奈と共に『メグカナ』と呼ばれ、全国的人気を博す。翌2004年のアテネオリンピックに出場し5位入賞を果たした。

2004年10月、NECレッドロケッツを退団。「NECのバレースタイルと、自分のスタイルが合わない」というのが主な理由であった。その後イタリアセリエAへ移籍の噂もあったが、2004年11月、パイオニアレッドウィングスに入団した。

2004-05年第11回Vリーグは、『シーズン開幕後に移籍した選手はリーグ戦の参加を認めない』という大会規定から出場できなかった。2005年5月開催の黒鷲旗大会で公式戦出場し、チーム優勝に貢献。大会後、当時監督だったアリー・セリンジャーとの対立により一時期チームから離れていたが、8月中旬にはチームに戻り、2005-06年第12回Vリーグは開幕戦から出場。パイオニア2季ぶりの優勝に大きく貢献し、最高殊勲選手・サーブ賞・ベスト6賞を獲得した。

2006年に2年ぶりに全日本代表に選出されたが、合宿中に左足有痛性分裂種子骨障害と診断され離脱、約半年間のリハビリ生活を送った。2006-07Vプレミアリーグで復帰し、同シーズンと第56回黒鷲旗大会で3位となった。

2007年全日本に復帰し、同年ワールドグランプリでは全9試合に出場し、ベストスコアラー部門で125点の9位の成績を収めた。同年9月のアジア選手権で5年ぶりに中国を破るなどして、24年ぶりの優勝に大きく貢献した。11月開催のワールドカップでは全出場選手トップのスパイク打数を記録するなど、日本の中核として活躍した。

2008年、2大会連続の五輪出場を決め、ワールドグランプリの決勝ラウンドでベストスコアラー賞を受賞した。北京オリンピックにおいて、全日本代表のエースとして5位入賞に貢献した。同年12月、スポーツ用品メーカーのデサントと2年間のアドバイザリー契約を結び、トレーニングウェアなどの提供を受けることになった[2]

2009年、眞鍋政義新体制による全日本(愛称“火の鳥NIPPON”)の副主将に抜擢される[3]。秋のグラチャンの時に左半月板を断裂、その後治療をしながらVリーグの試合に出場していたが悪化。

2010年、3月中旬に半月板の手術を行った。半年に及ぶリハビリを乗り越え、同年10月の世界選手権に出場し銅メダルを獲得した。この大会から本格的にライトで起用され、開幕戦のポーランド戦など流れを引き寄せる活躍を見せた。

2011年、1月上旬より左膝の違和感を覚え、2月下旬に東京都内にて左膝軟骨損傷を手術。同年6月、治療に専念するためパイオニアを退団[4][5][6]。その後日本を離れ、同年9月3日にロシアスーパーリーグディナモ・カザンに移籍したと発表した[7][8]。同年11月のワールドカップは、故障している左膝の回復状態を考慮し最終登録メンバーから外れた[9]

2012年3月、ディナモ・カザンを退団[10]。同年6月のワールドグランプリにて2年ぶりに代表メンバーとして復帰したが、順調な回復ぶりをアピールできずロンドンオリンピック代表メンバーからは外れ、3大会連続出場はならなかった[11]。同年7月11日、岡山シーガルズへの移籍が決定した[12][13]

2014年6月、岡山シーガルズを退団し[14]、同年9月に日立リヴァーレへの移籍が発表された[15][16]。2016年1月23日の対デンソー戦に出場し、通算出場試合数が230試合となりVリーグ栄誉賞の受賞資格を得た[17]

2016年9月、脳血栓のために入院。リハビリを経て2017年1月に試合に復帰した。当時は、病名も入院も伏せられていた[18]

2018年2月28日、日立リヴァーレは栗原の退団を発表し[19]、同年6月にJTマーヴェラスに移籍した[20]

ーーJTマーヴェラス入団の経緯

 前チームの日立リヴァーレを退団させていただいて、しばらくはフリーの時間を過ごしました。そのときにJTマーヴェラスの監督であるトモ(吉原知子)さんから直々に声をかけていただいたんです。最初は気軽な感じで『会って話をしましょう』と。その後の面談でお互いの考えを伝え合ったうえで『JTに来てほしい』とオファーをもらいました。

 そのときは引退も視野に入れていたので、すぐには決められませんでした。すごく若いときから私のことを知っているトモさんに声をかけてもらえたのは、とてもありがたくて嬉しかったです。でも、引退を考えながら長く休んでいたので、自分の今後と真剣に向き合う時間をいただきました。

ーーその間にどんなことを考えていたんですか?

 トモさんは普通の監督さんとはちょっと違って、現役時代もずっと背中を見てきた”大先輩”。私もベテランと言われる年齢になりましたけど、私が初めて全日本に選ばれたときは、本当にストイックなトモさんを『これが選手のあるべき姿なんだな』と見ていました。偉大すぎる方なので、JTへの移籍も簡単に返事をしてはいけないと考えていました。 — 栗原恵「ライブドアニュース|「簡単に返事をしてはいけない」栗原恵が移籍のオファーに迷った訳」より[21]

2019年6月4日、自身のブログにて現役引退についてのメッセージが公開された[22]

いつも温かい応援、ご声援をありがとうございます。今日は皆さんにご報告があります。私、栗原 恵は17年間の現役生活にピリオドを打つことを決めました。現役生活を振り返ると、決して順風満帆とはいかなかったかもしれません。しかし、どんな時も信じて味方でいてくださる皆さんの存在が私の大きな原動力でした。最後の最後まで「来年も一緒に頑張ろう!」と声をかけ続けてくださった元所属チームの皆さん、そしてまだプレーする姿を見たいと願ってくださっていた皆さん、そして携わってくれた全ての方々へ心より感謝申し上げます。現役最後の大会として挑んだ黒鷲旗では、改めて「バレーボールって楽しいな、大好きだな」と感じながら大好きなメンバーたちと共にプレーする事ができ、とても幸せな時間を過ごすことができました。これも皆さんのサポートのお陰です。17年間 "バレーボール選手 栗原恵" を応援してくださり、本当にありがとうございました。バレーボールが繋いでくれた素晴らしいご縁を大切に、今後も過ごしていきたいと思います。沢山の感謝を込めて。 — 栗原恵「メグログ|いつも応援してくださる皆さんへ」より

2019年6月10日、都内の会場で引退会見が開かれた。パンツスーツ姿で登場した栗原は、涙をにじませつつも笑顔でファン・関係者への感謝の思いを語った[23]

ーー現役引退について

 小4からバレーボールを始めて25年。こんな華やかなバレー人生を歩ませていただけたのは、応援していただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございました。

ーー今後について

 ビーチバレーでプレーすることはないです。指導者も自分の中では現実的ではありません。

ーー過去に2度出場したオリンピックについて

 悔しい思いしか残っていません。ロンドンオリンピックの選考からもれたときは悔しかったですが、プレッシャーから解放されてバレーの楽しさを実感できるようになりました。(東京オリンピックに出場する後輩たちは)必要以上にプレッシャーがかかって大変だと思いますが、1ファンとして応援しています。 — 栗原恵「日刊スポーツ|栗原恵さん引退会見 ビーチバレーも指導者もない」より

現役引退後

2021年5月21日、自身初となるデジタル写真集『Princess, Again』が「週刊FLASH光文社)」からリリースされた[24]

自分の写真集が出せるなんて夢のようで未だに不思議な感じがしています。モデルという職業に憧れがあったのでこのようや機会をいただけてとても嬉しいです。 — 栗原恵「ENTAME next|元バレー日本代表・栗原恵が本格グラビア初挑戦、デジタル写真集で抜群のプロポーションを披露」より

2021年5月22日、同月20日に現役引退を発表した後輩の佐藤美弥芳賀舞波堀井有蘭小野寺友香らを送り出すべく、日立リヴァーレ内で引退試合(紅白戦)が開催。栗原はこの試合後にサプライズで登場し、立派に戦い抜いた後輩を後輩たちを労った[25][26]

2021年6月4日、自身のインスタグラムで「健康美容食育指導士」の資格を取得したことを報告[27][28]。同年3月には「ファスティングマイスター」の資格を取得したことも報告しており、続けての取得となった[29]

人物・エピソード

  • 家族の身長は父親が182cm、母が160cm、兄は183cmで、栗原が一番背が高い[30]
  • 愛犬はパグ種のオスで名前はプーマ。合宿や遠征続きの栗原は実家に預かってもらっている[31]
  • 三田尻女子高で最初にやった練習が「笑う練習」。チームの仲間がいいプレーをしたら喜びを分かち合うという練習の一環で、栗原は寮の洗面所の鏡で練習したという[32]
  • ニックネームのコウは、高橋みゆきに『最を目指せ』という意味から命名された(全日本の1年先輩に同じ名前でニックネームが「メグ」の河村めぐみがいたというのも理由のひとつとして挙げられる)。
  • ルックスの良さから人気が高く[33]、2004年アテネ五輪前に、プリンセス・メグという愛称が定着。
  • 2008年、東京都・警視庁の防犯ポスターモデルに協力。
  • 第5回「The Beauty Week Award」に、女優檀れい、タレント南明奈とともに選ばれ[1]、2008年9月3日の授賞式において、4年前から美容師の兄にカラーとカットをしてもらっていると語った。

所属チーム

球歴・受賞歴

受賞歴

  • 2003年 - 第52回黒鷲旗男女選抜バレーボール大会:若鷲賞
  • 2005年 - 第54回黒鷲旗男女選抜バレーボール大会:ベスト6賞
  • 2006年 - 第12回Vリーグ:最高殊勲選手賞 / サーブ賞 / ベスト6
  • 2007年 - 2006/07プレミアリーグ:サーブ賞 / Vリーグ日本記録賞(サーブ部門)
  • 2007年 - 第56回黒鷲旗男女選抜バレーボール大会:ベスト6賞
  • 2008年 - ワールドグランプリ2008:ベストスコアラー賞 / ベストサーバー賞
  • 2008年 - 第14回プリンセスカップ:MVP / ベストスパイカー賞
  • 2009年 - 2008/09プレミアリーグ:サーブ賞

個人成績

Vリーグ及びVプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り[34]

シーズン 所属 出場 アタック ブロック サーブ レセプション 総得点 備考
試合 セット 打数 得点 決定率 効果率 決定 /set 打数 エース 得点率 効果率 受数 成功率
2003/04 NEC 18 58 438 135 30.8% % 22 0.38 185 12 6.49% 12.3% 164 72.0% 169
2005/06 パイオニア 27 101 784 317 40.4% % 39 0.39 461 39 8.50% 17.2% 380 57.9% 395
2006/07 27 107 999 335 33.5% % 36 0.34 426 36 8.45% 14.6% 350 65.7% 407
2007/08 27 106 1107 383 34.6% % 42 0.40 411 26 6.33% 11.3% 387 65.1% 451
2008/09 27 102 943 316 33.5% % 38 0.37 374 30 8.02% 15.4% 783 62.2% 384
2009/10 13 46 625 197 31.5% % 19 0.41 164 9 5.49% 13.0% 175 57.1% 225
2010/11 13 36 343 114 33.2% % 22 0.61 120 5 4.17% 11.4% 93 53.8% 141
2012/13 岡山 20 72 826 280 33.9% % 21 0.29 229 21 9.17% 16.0% 331 59.8% 322
2013/14 20 42 309 96 31.1% % 12 0.29 78 4 5.13% 11.8% 102 52.0% 112
2014/15 日立 21 67 634 185 29.2% % 18 0.27 237 7 2.95% 10.3% 145 59.3% 210
2015/16 18 16 77 17 22.1% % 4 0.25 20 0 0.00% 7.5% 14 28.6% 21
2016/17 7 19 165 48 29.1% % 3 0.16 65 5 % 15.5% 8 50.0% 56
太字 はタイトル獲得

出演

書籍

  • 『めぐみ MEGUMI』(実業之日本社:2008年5月9日発売:ISBN 978-4-408-45163-3
  • FLASHデジタル写真集『Princess, Again』(光文社:2021年5月21日発売)

TV

  • バース・デイ『Vol.262 エース栗原恵復活!激動の1年 涙のわけとは…』(TBS:2010年11月13日放送)

CM

外部リンク

プロフィール

SNS

その他

関係のある人物

三田尻女子高校時代のチームメイト

関連項目

脚注

  1. ^ 日本トップリーグ連携機構. “GM対談 in OKAYAMA <第2回>”. 2013年11月25日閲覧。
  2. ^ 2013年現在も、デサントとの結びつきがある。(「栗原 恵」コラボバッグが当たる!デサント ダブルキャンペーン!
  3. ^ 2011年9月現在も、副主将。(JVA 2011年09月29日
  4. ^ パイオニアレッドウィングス公式サイト 退団選手のお知らせ
  5. ^ 読売新聞 「栗原選手が退団」
  6. ^ NHKニュースweb 「栗原恵選手がパイオニア退団」
  7. ^ 栗原、ロシア強豪クラブへ移籍! サンケイスポーツ 2011年9月5日閲覧
  8. ^ Казанское «Динамо» подписало японку ディナモ・カザン オフィシャルサイト プレスリリース 2011年9月3日
  9. ^ バレー女子W杯、4日開幕=日本、イタリア戦へ調整”. 時事通信 (2011年11月3日). 2011年11月14日閲覧。
  10. ^ SANSPO.COM. “栗原恵、リーグ終了前に帰国/バレー”. 2012年3月11日閲覧。
  11. ^ 日本バレーボール協会. “女子日本代表選手12名決定! 第30回オリンピック競技大会(2012/ロンドン)”. 2012年6月26日閲覧。
  12. ^ 岡山シーガルズ. “栗原恵選手の入団について”. 2012年7月12日閲覧。
  13. ^ 山陽新聞WebNews. “元五輪代表栗原の入団決まる”. 2012年7月11日閲覧。
  14. ^ 岡山シーガルズ. “退団選手のお知らせ”. 2014年6月25日閲覧。
  15. ^ LDH. “ファンの皆様へ”. 2014年9月2日閲覧。
  16. ^ 日立リヴァーレ. “栗原恵選手の入団のお知らせ”. 2014年9月2日閲覧。
  17. ^ Vリーグ機構. “日立リヴァーレ 栗原恵選手 Vリーグ出場通算230試合出場について”. 2016年1月24日閲覧。
  18. ^ 女子バレー元日本代表の栗原恵が初告白する“空白の期間”にあったこと”. FNN (2020年1月19日). 2020年1月19日閲覧。
  19. ^ 退部選手のお知らせ”. 日立リヴァーレ. 2018年2月28日閲覧。
  20. ^ 栗原恵選手の入部が決定しました!”. JTマーヴェラス (2018年5月30日). 2018年6月5日閲覧。
  21. ^ 「簡単に返事をしてはいけない」栗原恵が移籍のオファーに迷った訳”. ライブドアニュース (2018年7月11日). 2021年6月5日閲覧。
  22. ^ いつも応援してくださる皆さんへ”. 栗原恵オフィシャルブログ「メグログ」Powered by Ameba (2019年6月4日). 2021年6月5日閲覧。
  23. ^ 栗原恵さん引退会見 ビーチバレーも指導者もない”. 日刊スポーツ (2019年6月10日). 2021年6月5日閲覧。
  24. ^ 元バレー日本代表・栗原恵が本格グラビア初挑戦、デジタル写真集で抜群のプロポーションを披露”. ENTAME next (2021年5月21日). 2021年6月5日閲覧。
  25. ^ 日立リヴァーレ 佐藤美弥ら4選手の引退試合を配信”. 月バレ.com (2021年5月25日). 2021年5月29日閲覧。
  26. ^ 佐藤美弥さん引退試合 サプライズ登場の栗原恵さんと涙”. 秋田魁新報電子版 (2021年5月22日). 2021年5月23日閲覧。
  27. ^ 栗原恵さん、健康美容食育指導士を取得 3月にはファスティングマイスターも”. スポーツ報知 (2021年6月4日). 2021年6月5日閲覧。
  28. ^ #健康美容食育指導士 の資格をとりました調理実習で実践力や食選力を学んで身につけま...”. 栗原恵オフィシャルブログ「メグログ」Powered by Ameba (2021年6月4日). 2021年6月5日閲覧。
  29. ^ 栗原恵さん、ファスティングマイスター資格を取得「努力する姿が美しい」”. スポーツ報知 (2021年3月7日). 2021年6月5日閲覧。
  30. ^ 自著「めぐみ MEGUMI」35ページ
  31. ^ 自著「めぐみ MEGUMI」26ページ
  32. ^ 自著「めぐみ MEGUMI」70ページ
  33. ^ 「メグカナ世代20歳の脈動」 - 『月刊バレーボール』2005年2月号。
  34. ^ Vリーグ機構. “選手別成績”. 2017年1月30日閲覧。