つがる (列車)

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つがる
E751系「つがる」
E751系「つがる
概要
日本の旗 日本
種類 特急列車
現況 運行中
前身 特急かもしか、いなほ(秋田~青森)、寝台特急あけぼの(秋田~青森)
運行開始 2002年12月1日(八戸-弘前)
2010年12月4日(青森-秋田)
運営者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
路線
起点 秋田駅
終点 青森駅
使用路線 奥羽本線
技術
車両 E751系電車
青森車両センター
軌間 1,067 mm
電化 交流20,000 V 50 Hz
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つがるとは、東日本旅客鉄道(JR東日本)が秋田駅 - 青森駅間を奥羽本線経由で運行している特急列車である。

本項では、秋田県青森県を結ぶ優等列車のほか、上野駅 - 青森駅間で運転されていた急行列車「津軽」についても記述する。

概要[編集]

特急「つがる」は秋田駅 - 青森駅間を運行する特急列車である。

2002年12月1日に東北新幹線盛岡駅 - 八戸駅間が延伸開業したことによるダイヤ改正により八戸駅 - 青森駅・弘前駅間を結ぶ特急列車として運転開始したが、2010年12月4日のダイヤ改正で東北新幹線が新青森駅まで延伸したことにより、従来の「つがる」は八戸-青森間を廃止、青森-弘前間を普通列車で代替した。

一方、同改正では秋田~青森間を走行する特急「かもしか」と「いなほ」の秋田~青森間計4往復が統合されることとなり、新愛称として「つがる」が秋田駅 - 青森駅間の奥羽本線を走行する特急列車の名称へ転用され、現在に至っている[1]

列車名は青森市を含めた青森県西部の郡名および地域名に由来している。2002年に行われた八戸駅 - 函館駅間の特急列車名称の一般公募では2位にランクされており[2]、「新幹線と青森・弘前等の都市を結ぶ列車にふさわしい」として、別途八戸~弘前間特急を設定するにあたって起用された。

特急「つがる」(現行)[編集]

2016年3月26日現在、1日3往復が運行されている。

2016年3月25日までは5往復が設定されていたが、利用実態を踏まえ、2往復が普通・快速列車へ格下げとなった。うち1往復は同区間を座席利用可能であった寝台特急「あけぼの」の代替として2014年3月15日から毎日運転の臨時列車扱いとして設定されていたが、号数は通し番号であった。

このほか2010年12月4日の設定から2015年3月14日までは、臨時列車が大館駅 - 青森駅間で2往復(51 - 54号)設定されていた[3]。このうち大館行きの52号は、2010年12月4日から2013年3月15日まで青い森鉄道線浅虫温泉発で運転され、青い森鉄道線内は快速列車として運転されていたが、翌16日のダイヤ改正で青い森鉄道線内からの乗り入れが廃止された。さらに、2014年3月15日のダイヤ改正で、52・53号が快速、51・54号は普通列車(運転区間はいずれも弘前駅 - 青森駅間)にそれぞれ置き換えられて廃止された。

なお、新青森駅 - 青森駅の両駅相互間を普通車自由席に乗車する場合に限り、特急券は不要である。なお、2012年春季まで、「青春18きっぷ」と「北海道&東日本パス」にはこの特例は適用されなかった。詳しくは特別急行券#特急料金不要の特例区間を参照のこと。

停車駅[編集]

2010年12月4日からの停車駅
秋田駅 - 八郎潟駅 - 森岳駅 - 東能代駅 - 二ツ井駅 - 鷹ノ巣駅 - 大館駅 - 碇ケ関駅 - 大鰐温泉駅 - 弘前駅 - 新青森駅 - 青森駅

使用車両・編成[編集]

2014年3月15日現在の編成図
つがる
← 秋田
青森 →
1 2 3 4
G
  • 全車禁煙
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
E751系電車秋田車両センター
4両編成で運用されている。2010年12月4日のダイヤ改正で一時運用から離脱していたが、2011年4月23日以降、4両編成に短縮・方向転換されて運用に復帰し、2016年3月26日以降は原則すべての列車が本系列で運行されている。
当初は青森車両センター所属であったが、2016年3月26日付で青森車両センターが盛岡車両センター青森派出へ改組されたことを受け、全車が秋田車両センターへ転属している。

過去の車両[編集]

485系(青森車両センター)
ダイヤ改正後の2010年12月4日 - 2011年4月22日まで、全列車が同形式3000番台の4両編成で運用されていたが、2011年4月23日をもってE751系に置き換えられ、「つがる」の定期運用から離脱した。しかし2014年3月14日まで大館駅発着の臨時列車2往復(51 - 54号)に使用されたほか、予備車が少ないE751系が検査などで運用に入れない時に4両編成の485系が運用に入る事もしばしばあった。2016年3月26日の減便に伴い運用を終了。E751系と485系は乗車口位置が異なるため、485系が代走する際にはそれが通告されていた。

特急「つがる」(2010年12月3日以前)[編集]

E751系特急「つがる」 (2006年6月21日、東北本線(現:青い森鉄道線)浅虫温泉-西平内にて)

2002年12月1日の東北新幹線八戸駅開業にあたって、「はつかり」・「スーパーはつかり」の青森発着列車を引き継ぎ、一部列車を弘前へ延長する形で設定された。2010年12月3日の東北新幹線新青森駅開業前日までは、八戸駅 - 弘前駅間で下り6本と上り5本が、八戸駅 - 青森駅間で3往復が運転されていた。また、八戸駅では東北新幹線の「はやて」に接続するダイヤを組んでいた。「つがる」6号は土曜日を中心に弘前駅 → 青森駅間で延長運転していた。運転開始当初は毎日運転であったが、利用者が低調であったことから、のちにこの形態に変更された。

また、青森ねぶた弘前ねぷた期間中には、「つがる」29号(2003年 - 2005年は25号)が観光客輸送のために弘前駅 → 秋田駅間は臨時列車として延長運転していた。なお、2011年からは、「つがる」としてではなく、臨時特急「ねぶたまつり」として運転されている。

停車駅[編集]

八戸駅 - (三沢駅) - (野辺地駅) - (浅虫温泉駅) - 青森駅 - (浪岡駅) - 弘前駅

  • ( )は一部列車のみ停車。

使用車両[編集]

E751系電車青森車両センター
6両編成で運用されていた。検査などで485系6両編成が代走することがあったが、代走する列車は固定されており、最高速度120km/hの485系で運行することを念頭に置いた運行ダイヤが組まれていた。ただし、E751系が検査などで2本が運用に入れない場合、最高速度130km/hのE751系での運行を念頭に置いた運行ダイヤの列車にも485系が充当されるため、130km/h運転を実施する八戸駅 - 青森駅間で約10分の遅れが発生した。
485系電車(青森車両センター)
485系は3000番台のみが運用されており、下りは17・27・31号、上りは16号に充当されていた。また多客期に運行される臨時「つがる」もすべてこの車両で運用されていた。このほか、臨時列車などで国鉄色の編成が2006年3月18日ダイヤ改正まで用いられた。
789系電車函館運輸所
北海道旅客鉄道(JR北海道)に所属。2006年3月18日ダイヤ改正以降、特急「スーパー白鳥」の間合い運用として6号のみに充当されていた。
また、785系電車(789系の増結用)が2010年12月のダイヤ改正直前に使用された[4]

秋田対青森優等列車概略[編集]

白鳥・岩木[編集]

1960年12月に秋田駅 - 青森駅 - 鮫駅間で準急列車として「白鳥」が運転を開始し、ビジネス列車として秋田駅以北の都市間輸送を使命としていた。キハ55系などによる4両編成で運転されていたが、このうち2両は地元の利用債によって完成したものであった。こののち、日本海縦貫線で特急列車の運転の計画が持ち上がって列車名が「白鳥」に転用されることが決まると、秋田駅 - 鮫駅間の「白鳥」は、1961年9月に「岩木」に改称された。

「岩木」に改称されると同時に運転区間は秋田駅 - 青森駅間に変更されたが、青函連絡船との接続もなく、1965年10月に「むつ」に統合されて廃止された。

列車名の由来は、「白鳥」は国の天然記念物で青森県東津軽郡平内町の浅所海岸に飛来するハクチョウ、「岩木」は青森県弘前市および鰺ヶ沢町にある岩木山である。

むつ[編集]

「むつ」は1963年10月に仙台駅 - 青森駅間で運転を開始した急行列車であるが、1965年10月に準急「岩木」を統合して仙台駅 - 青森駅 - 秋田駅間の運転に変更された。しかし、大半の利用客は青森駅で入れ替わり、奥羽本線での運転距離は200kmに満たないことから、青森駅 - 秋田駅間は準急列車として運転され、1966年3月に全区間急行列車になった。その後、1968年10月には仙台駅 - 青森駅間は「くりこま」に系統分割され、「むつ」は青森駅 - 秋田駅間の運転に改められた。

1970年10月と1982年11月にそれぞれ1往復が増発されて最大3往復が運転されていたが、1985年3月に奥羽本線の特急網の整備によりほかの列車に統合されて1往復に削減されたまま特急列車化され、1986年11月まで運転された[5]

列車名の由来は青森県・岩手県宮城県福島県と秋田県の一部の旧国名である陸奥国で、特急「むつ」のヘッドマークは岩木山と名産のリンゴがアレンジされたものであった。

特急「むつ」の停車駅
秋田駅 - 土崎駅 - 追分駅 - 【大久保駅】 - 八郎潟駅 - 【鹿渡駅】 - 森岳駅 - 東能代駅 - 二ツ井駅 - 鷹ノ巣駅 - 早口駅 - 大館駅 - 碇ケ関駅 - 大鰐駅(現在の大鰐温泉駅) - 弘前駅 - 【川部駅】 - 【浪岡駅】 - 青森駅
  • 【 】は急行列車時代の停車駅

秋田 - 青森間速達・優等列車沿革[編集]

  • 1960年昭和35年)12月28日:秋田駅 - 青森駅 - 鮫駅間で準急「白鳥」が運転開始。
  • 1961年(昭和36年)9月15日:「白鳥」の名称を大阪駅 - 青森駅間運転の特別急行列車の名称に変更。この際に、青森駅で系統分離を行い、秋田駅 - 青森駅間に「岩木」の名称を与えられる。
  • 1965年(昭和40年)10月1日:「岩木」が仙台駅 - 青森駅間の急行「むつ」に統合され、「むつ」は仙台駅 - 青森駅 - 秋田駅間の運転になる。
  • 1968年(昭和43年)10月:「むつ」の運転区間が秋田駅 - 青森駅間に短縮される。
  • 1972年(昭和47年)10月1日:「むつ」が1往復増発され、2往復になる。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:「むつ」が1往復増発され、3往復になる。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:「むつ」の2往復を盛岡駅 - 秋田駅間運転のエル特急たざわ」を青森駅まで延長する形で編入、1往復は特急列車に変更される。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:「むつ」が「たざわ」に編入されて廃止[5]。「むつ」の名称は定期特急としては1年8か月で消滅した。また、秋田駅 - 陸中花輪駅間で急行「よねしろ」が運転開始。
    • もともと「よねしろ」の名称は1985年まで花輪線経由で秋田駅 - 盛岡駅間を運転していた急行列車の名称であった。なお、秋田駅 - 大館駅間のみ急行として運転していた(「八幡平」も参照のこと)。 1988年(昭和63年):「たざわ」に東能代駅発着列車を1往復設定。
  • 1993年平成5年):「たざわ」の1往復の青森駅乗り入れを終了し、東能代駅発着列車は大館駅発着に延長。また、奥羽本線経由で秋田駅 - 大館駅・青森駅間に快速列車しらかみ」を設定し、別途、五能線五所川原駅・弘前駅 - 青森駅間運転の快速「岩木」を秋田駅・大館駅・弘前駅 - 青森駅間に変更し、電車化した快速列車「いわき」が運転開始。
  • 1996年(平成8年)3月30日:秋田新幹線建設工事に伴い、「たざわ」の秋田新幹線建設工事区間が運休し、秋田駅 - 青森駅間の特急列車に変更。2往復のみの運行となる。
  • 1997年(平成9年)3月22日:秋田新幹線開業に伴い、「たざわ」の残存区間を「かもしか」に改称。快速「しらかみ」は「しらゆき」に改称。
  • 1999年(平成11年)12月4日:「かもしか」の自由席が3号車(禁煙車)から1号車の半室(禁煙車)と2号車(喫煙車)になる。「しらゆき」は青森駅行き列車の廃止で秋田駅 - 東能代駅・大館駅間の運行となる。
  • 2001年(平成13年)3月3日:大阪駅 - 青森駅間の「白鳥」が廃止。新潟~青森間を「いなほ」に分割。「かもしか」は3往復となる。
  • 2002年(平成14年)12月1日:東北新幹線盛岡駅 - 八戸駅間開業によるダイヤ改正により、次のように変更。
    1. 盛岡駅 - 青森駅・函館駅間の「はつかり」「スーパーはつかり」、青森-函館駅間の快速「海峡」を廃止。
    2. 上記列車群を再編し、八戸駅 - 青森駅・弘前駅間で「つがる」と、八戸駅・青森駅 - 函館駅間で特急白鳥」・「スーパー白鳥が運転開始。
    3. 「かもしか」の全列車が碇ケ関駅に停車、同時に1往復停車していた早口駅は全列車通過になる。
    4. 急行「よねしろ」を愛称なしの快速列車に廃止・格下げ。
    5. 快速の「しらゆき」「いわき」の名称を廃止。
  • 2003年(平成15年)8月2日:2002年まで青森駅 - 秋田駅間で運転されていた臨時特急「ねぶた」を受け継ぐ形で、「つがる」25号が弘前駅 - 秋田駅間で延長運転。以後、2010年夏季まで毎年8月2日 - 8月6日に運転。
  • 2004年(平成16年):寝台特急「あけぼの」が新潟県中越地震で運休となったため、秋田駅 - 青森駅間は「かもしか」91・92号にて代替輸送を行う。ただし、車両運用の関係で一時期気動車による全車自由席の快速列車として運転した。
  • 2006年(平成18年)3月18日:「スーパー白鳥」の間合い運用で「つがる」上り1本(6号)が789系による運用となる。
  • 2007年(平成19年)3月18日:全車禁煙になる[6]
  • 2009年(平成21年)
    • 3月14日:一部列車で行われていた車内販売が廃止[要出典]
  • 2010年(平成22年)
    • 12月4日:東北新幹線全線開通に伴うダイヤ改正により次のように変更
      • 八戸駅 - 青森・弘前駅間特急列車としての「つがる」廃止。奥羽本線区間は快速・普通で代替。
      • 「いなほ」の秋田-青森間を分離し、「かもしか」と統合し、「つがる」として運転開始[7]。車両は青森所属の485系3000番台を4連化し使用。E751系は運用を離脱。
      • 別途「つがる」は臨時列車扱いで大館駅 - 青森駅間で2往復(51-54号)設定[3]。大館行きの52号は、青い森鉄道線浅虫温泉発、青い森鉄道線内快速
      • グリーン車位置を「スーパー白鳥」と合わせる(函館・新青森方)為、485系(のちにE751系も)を方向転換。
  • 2011年(平成23年)
  • 2013年(平成25年)3月16日:毎日運転の臨時特急「つがる52号」の青い森鉄道からの直通運転を廃止。
  • 2014年(平成26年)3月15日:大館駅発着の臨時列車2往復を廃止。また、寝台特急「あけぼの」定期運行廃止の部分代替として、座席需要の多い秋田駅 - 青森駅間に毎日運転の臨時1往復を設定[10]
  • 2016年(平成28年)3月26日:利用客の減少に伴い「あけぼの」代替の臨時列車1往復含む2往復を削減し3往復とする。代替として同時間帯に秋田駅 - 弘前駅間に新たに快速・普通列車を設定[11][12]。全列車をE751系で統一。

急行「津軽」[編集]

急行「津軽」は、1922年大正11年)3月に上野駅 - 青森駅間を東北本線奥羽本線経由で結ぶ夜行急行701・702列車が夜行普通703・704・705・706列車とともに新設されたのが起源である。

その後、列車番号を401・402列車にあらため二等寝台車(現在のB寝台車に相当)の連結を開始、太平洋戦争に伴って運行区間を上野駅 - 秋田駅間に短縮し、普通列車へ格下げとなるが、戦後間もなく夜行準急405・406列車として優等列車に復帰し、1947年(昭和22年)6月には急行列車に格上げとなった。列車番号も401・402に変更された後の1950年(昭和25年)12月には急行「鳥海」(ちょうかい)の愛称が付されている。

一方で、上野駅 - 秋田駅間を高崎線上越線羽越本線経由で結ぶ優等列車は、上越線が開通した1931年(昭和6年)9月より二等寝台列車連結で設定され、寝台夜行急行「天の川」の起源となった。この列車は戦争中に廃止となったが、戦後、1948年(昭和23年)7月のダイヤ改正で、上野駅 - 新潟駅間毎日運転の夜行急行701・702列車の運行区間を延長する形で不定期急行2701・2702列車として運転を再開する。

「津軽」という列車名は、1954年(昭和29年)10月に開設された上野駅 - 青森駅間を上越線・羽越本線経由で結ぶ臨時夜行急行列車にはじめて付されたものだが、2年後の1956年(昭和31年)11月には、東北本線・奥羽本線の定期夜行急行「鳥海」の運行区間を、戦前の運行体系どおりに青森駅まで延長復旧させた401・402列車の愛称として命名され、その後4半世紀にわたり東北本線・奥羽本線を経由して上野駅 - 青森駅間を結ぶ夜行急行列車として運行されることとなる。

この頃、1950年代から1960年代にかけては、東北地方から東京方面への出稼ぎ集団就職が盛んに行われていた時代であり、これら出稼ぎ者や集団就職者のうち、奥羽本線沿線(山形県秋田県・青森県西部の地域)の人々にとっては、急行「津軽」は沿線唯一の優等列車であり、集団就職列車や長距離普通列車によって上京した人々にとっては、急行「津軽」の、特に一等寝台車(のちのA寝台車)を使用して帰郷することがいつしか成功の象徴ともなり、急行「津軽」はマスコミなどからは「出世列車」と呼ばれることとなった[13][14]

急行「津軽」は1965年(昭和40年)10月に2往復体制となったが、1982年(昭和57年)11月の東北新幹線本格開業に伴い1往復を特急「あけぼの」に格上げされ1往復となり、1993年(平成5年)12月には臨時列車化され1998年(平成10年)12月の年末運転をもって廃止となった。


使用車両[編集]

沿革[編集]

  • 1922年(大正11年)3月:上野駅 - 青森駅間を東北本線奥羽本線経由で結ぶ夜行急行701・702列車が、夜行普通703・704・705・706列車とともに新設される。701・702列車は二・三等車および和食堂を連結していた。
  • 1926年(大正15年)8月:夜行急行701・702列車(上野駅 - 青森駅間)の列車番号が401・402列車に変更される。同じく、703・704・705・706列車は403・404・405・406列車となる。このころから401-406列車に二等寝台車が連結される。
  • 1940年(昭和15年)10月:夜行急行401・402列車の運行区間が上野駅 - 秋田駅間に短縮される。403・404・405・406列車は上野駅 - 青森駅間のまま。
  • 1950年(昭和25年)12月:夜行急行401・402列車に「鳥海」(ちょうかい)の愛称が付けられる。
  • 1954年昭和29年)10月:上野駅 - 青森駅間の臨時夜行急行列車「津軽」を上越線羽越本線経由で運転。
  • 1956年(昭和31年)11月:上野駅 - 秋田駅間を東北本線・奥羽本線経由で結ぶ定期夜行急行401・402列車「鳥海」の運行区間を青森駅に延長し「津軽」と命名。
  • 1965年(昭和40年)10月:急行「おが」1往復を青森まで延長し、「津軽」に名称変更。2往復体制となる。
    • 1990年代前半まで繁忙期には、上野駅 - 弘前駅間に1 - 2往復の臨時列車を運行する。
  • 1978年(昭和53年)10月:普通座席車を旧形客車から12系客車に変更する(寝台車は10系客車のまま変更なし)。
  • 1980年(昭和55年)10月:グリーン車の連結を中止。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:2往復中旧1・4号の1往復を特急「あけぼの」に格上げし、残った1往復は車両を20系客車に変更する。
    • この改正では同時に気動車急行「出羽」や季節急行「ざおう」などの奥羽本線の夜行急行も廃止となり、それまで各列車合わせて最低20両はあった自由席が定期列車では「津軽」の3両だけとなった。しかも、「津軽」では定員の少ないナハ21形[15]を自由席として使用していたため[16]、通路・デッキ・洗面所に至るまですし詰め状態となり、繁忙期には満員のため積み残しを出す事態が続いた。急遽、B寝台車2両の寝台をセットせず自由席開放し、季節急行「おが」の運転日を増やすことで対処した。そのため時刻表には「都合により寝台をセットしない日があります」の注意書きがあった。
  • 1983年(昭和58年)7月1日:車両を20系客車から14系客車に変更する。
    • 混雑が続く「津軽」と季節急行「おが」の車両を交換し、ようやく事態は落ち着いたが、「津軽」から寝台車がなくなった。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:10両編成中4両を座席車から寝台車に変更する。
    • 寝台車がなくなったことへの不満や苦情が多いことから、寝台特急「紀伊」廃止で捻出された14系3段寝台車でB寝台の連結を再開した。ただし、時期によって混雑緩和のためB寝台車1両を座席車に変更しただけでなく[17]、旧盆や年末年始の最繁忙期には数日間であるが、臨時特急「あけぼの」51・52号の14系座席車編成との車両交換を行った[18]
  • 1985年(昭和60年)3月14日:車両を全車座席車に再度変更する。
  • 1990年平成2年)9月1日:車両を14系客車から583系電車に変更する。また、山形新幹線改軌工事の開始により、福島駅 - 山形駅間は東北本線・仙山線経由に経路変更する。
  • 1992年(平成4年)7月1日:車両を485系電車に変更する。
  • 1993年(平成5年)10月1日:使用車両を485系電車から583系電車に変更する。
  • 1993年(平成5年)12月1日:急行「津軽」が臨時列車化される。
  • 1998年(平成10年)12月:この時期を最後に、臨時急行「津軽」が廃止[19]
  • 2001年(平成13年)12月29日(下り上野発)・2002年(平成14年)1月3日(上り青森発):臨時急行「なつかしの津軽」が、陸羽東線経由で14系客車を使用してリバイバル運転

編成[編集]



参考文献[編集]

  • 寺本光照『国鉄・JR列車名大事典』中央書院、2001年。ISBN 4-88732-093-0
  • 関崇博・池田光雅・諸河久『国鉄の車両5 奥羽・羽越線』1984年10月、保育社、ISBN 4-586-53005-7

脚注[編集]

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外部リンク[編集]