はつかり (列車)

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はつかり・スーパーはつかり
485系3000番台「はつかり」
485系3000番台「はつかり」
概要
日本の旗 日本
種類 特別急行列車
現況 廃止
運行開始 1958年10月10日(はつかり)
2000年3月11日(スーパーはつかり)
運行終了 2002年11月30日
後継 特急「つがる
特急「白鳥」「スーパー白鳥」
運営者 日本国有鉄道(国鉄)→
東日本旅客鉄道(JR東日本)
路線
起点 盛岡駅
終点 青森駅
函館駅(1988年3月13日 - 2002年11月30日)
使用路線 国鉄→JR東日本:東北本線・津軽線津軽海峡線
JR北海道:海峡線江差線函館本線(津軽海峡線)
技術
車両 #使用車両
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 交流20,000 V・50Hz
テンプレートを表示
E751系電車「スーパーはつかり」(青森駅)

はつかりは、かつて日本国有鉄道(国鉄)が上野駅 - 青森駅間を常磐線東北本線等経由で運行していた特急列車愛称である。

東北新幹線開業後は運行区間を盛岡駅以北に短縮し、国鉄分割民営化後は運行が東日本旅客鉄道(JR東日本)等に引き継がれ、海峡線開通後は津軽線、海峡線、江差線函館本線津軽海峡線)経由で函館駅まで乗り入れていた。

概要[編集]

特別急行列車はつかり」は、東京方面と北東北および北海道間の連絡列車の一翼を担う東京以北初の特急列車として1958年昭和33年)10月1日サンサントオ)に上野駅 - 青森駅間で運転を開始した。

当初は常磐線経由で、車両もC61形またはC62形蒸気機関車と43系客車等が使用され、1960年(昭和35年)からキハ81系(後のキハ80系)気動車に切り替えられたが、1968年(昭和43年)9月の東北本線全線電化、および上野駅 - 仙台駅複線化に伴い、使用車両が583系電車となり、ダイヤ改正の10月(ヨンサントオ)より全線東北本線経由となる。その後、1982年(昭和57年)には東北新幹線盛岡駅まで開業したため、運行区間は盛岡駅 - 青森駅間に短縮された。2002年平成14年)12月1日の東北新幹線の八戸延伸に伴い、その役割および車両は特急「白鳥」・「スーパー白鳥」および「つがる」に引き継がれ、前日限りで廃止となった[1]

名称の由来は、秋に東北地方などに飛来する雁の群れをさす初雁である。廃止後も列車愛称として人気があり、東北新幹線八戸延伸時の新列車名、新青森延伸時の新型車両を使った新列車名の募集時[2]に、どちらも一位を獲得している(最終的に前者は「はやて」、後者は「はやぶさ」となった)。

誕生から廃止までの運行概況[編集]

青森駅 - 函館駅間は1988年(昭和63年)3月13日以降の一部列車のみ乗り入れ。盛岡駅 - 青森駅間に下り5本と上り6本、盛岡駅 - 函館駅間に下り3本と上り4本、青森駅 → 函館駅間に下り1本が、「スーパーはつかり」が盛岡駅 - 青森駅間に5往復運転されていた。なお、「スーパーはつかり」は使用車両(E751系)が青函トンネル対応の工事を行わなかったため、函館駅まで乗り入れることはなかった。1993年(平成5年)3月18日のダイヤ改正以前は好摩駅・沼宮内駅(現・IGRいわて銀河鉄道いわて沼宮内駅)・剣吉駅陸奥市川駅下田駅上北町駅乙供駅にも1日上下各1本が停車していた。2000年(平成12年)3月11日のダイヤ改正以前は八戸駅・三沢駅に加えて二戸駅・野辺地駅にもすべての列車が停車していたが、その改正で二戸駅・野辺地駅が通過となる列車が設定された。五稜郭駅については当初一部列車のみ停車していたが、のちに全列車停車となった。

停車駅[編集]

本節では、運行開始からの停車駅の変遷を記述する。なお、2002年(平成14年)12月1日:東北新幹線盛岡駅 - 八戸駅間延伸及び2010年(平成22年)12月4日に東北新幹線全線開業に伴い、第三セクター化した盛岡駅 - 青森駅間の停車駅については、運行されていた当時の運営組織(国鉄・JR東日本)の駅として扱い、記述する(本節の出典:[3][4])。

凡例

( ) … 一部列車のみ停車。
レ … 列車(客車)
D … 気動車
M … 電車
1958年10月1日ダイヤ改正(運転開始は、同月10日)
1レ青森行、2レ上野行 使用車両:43系客車他
上野駅 - 水戸駅 - 平駅(現・いわき駅) - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 盛岡駅 - 尻内駅(現・八戸駅) - 青森駅
1960年12月10日
1D青森行、2D上野行 使用車両:キハ81系(後のキハ80系)気動車
上野駅 - 水戸駅 - 平駅(現・いわき駅) - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 盛岡駅 - 尻内駅(現・八戸駅) - 青森駅
1961年10月1日ダイヤ改正
1D青森行、2D上野行 使用車両:キハ82系気動車
上野駅 - 水戸駅 - 平駅(現・いわき駅) - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 盛岡駅 - 尻内駅(現・八戸駅) - 青森駅
1968年10月1日ダイヤ改正
1M「2号」青森行、2M「1号」上野行 使用車両:583系
上野駅 - 宇都宮駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 盛岡駅 - 青森駅
2021M「1号」青森行、2022M「2号」上野行 使用車両:583系
上野駅 - 大宮駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 盛岡駅 - 尻内駅(現・八戸駅) - 青森駅
1970年10月1日ダイヤ改正
1M「3号」青森行、2M「1号」上野行
上野駅 - 宇都宮駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 盛岡駅 - 青森駅
2021M「1号」青森行、2024M「3号」上野行
上野駅 - 大宮駅 - 宇都宮駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 花巻駅 - 盛岡駅 - 八戸駅 - 三沢駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
2023M「2号」青森行、2022M「2号」上野行
上野駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 盛岡駅 - 八戸駅 - 野辺地駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
1972年3月15日ダイヤ改正
1M「3号」青森行、2M「1号」上野行
上野駅 - 宇都宮駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 盛岡駅 - 青森駅
21M「1号」青森行、24M「3号」東京行
東京駅 ←)上野駅 - 大宮駅 - 宇都宮駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 盛岡駅 - 北福岡駅(現・二戸駅) - 八戸駅 - 三沢駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
23M「2号」青森行、22M「2号」上野行
(東京駅 →)上野駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 花巻駅 - 盛岡駅 - 八戸駅 - 野辺地駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
1973年3月1日ダイヤ改正
1M「4号」青森行、2M「1号」上野行
上野駅 - 宇都宮駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 盛岡駅 - 青森駅
21M「1号」青森行、24M「4号」上野行
(東京駅 ←)上野駅 - 大宮駅 - 宇都宮駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 盛岡駅 - 北福岡駅(現在の二戸駅) - 八戸駅 - 三沢駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
23M「2号」青森行、22M「2号」上野行 の停車駅
(東京駅 →)上野駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 花巻駅 - 盛岡駅 - 八戸駅 - 野辺地駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
8001M「3号」青森行、8002M「3号」上野行(485系使用)
上野駅 - 大宮駅 - 宇都宮駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 水沢駅 - 盛岡駅 - 八戸駅 - 三沢駅 - 野辺地駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
1973年10月1日ダイヤ改正
1M「5号」青森行、2M「1号」上野行
上野駅 - 宇都宮駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 盛岡駅 - 青森駅
21-28M「1 - 4号」青森行、24M「2 - 5号」上野行
上野駅 - 大宮駅 - 宇都宮駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 一ノ関駅 - 水沢駅 - 北上駅 - 花巻駅 - 盛岡駅 - 北福岡駅(現在の二戸駅) - 三戸駅 - 八戸駅 - 三沢駅 - 浅虫駅(現在の浅虫温泉駅) - 青森駅
1978年10月2日ダイヤ改正
上野駅 - 大宮駅 - 宇都宮駅 - 郡山駅 - 福島駅 - 仙台駅 - 小牛田駅 - 一ノ関駅 - 水沢駅 - 北上駅 - 花巻駅 - 盛岡駅 - 一戸駅 - 北福岡駅(現・二戸駅) - 三戸駅 - 八戸駅 - 三沢駅 - 野辺地駅 - 浅虫駅(現・浅虫温泉駅) - 青森駅
1982年11月15日 - 2002年11月30日
盛岡駅 - (一戸駅) - (二戸駅) - (金田一温泉駅) - (三戸駅) - 八戸駅 - 三沢駅 - (野辺地駅) - (小湊駅) - (浅虫温泉駅) - 青森駅 - (蟹田駅) - (木古内駅) - 五稜郭駅 - 函館駅

使用車両・編成[編集]

使用車両の変遷
はつかり
← 上野
青森 →
スハ44系客車等
(1958年10月10日 - 1960年12月9日)
1 2 3 4 5 6 7 8
スハニ
35形
スハ
44形
スハ
44形
スハ
44形
マシ
35形
ナロ
10形
ナロ
10形
スハフ
43形
キハ81系気動車
(1960年12月10日 - 1963年4月19日)
1 2 3 4 5 6 7 8 9
キハ
81形
キロ
80形
キロ
80形
キサシ
80形
キハ
80形
キハ
80形
キハ
80形
キハ
80形
キハ
81形
キハ81系気動車
(1963年4月20日 - 1968年9月8日)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
キハ
81形
キロ
80形
キロ
80形
キサシ
80形
キハ
80形
キハ
80形
キハ
80形
キハ
80形
キハ
80形
キハ
81形
583系電車
(1968年9月9日 - 1979年9月30日)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
クハネ
581形[注 1]
サロ
581形
モハネ
582形
モハネ
583形
モハネ
582形
モハネ
583形
サシ
581形
モハネ
582形
モハネ
583形
モハネ
582形
モハネ
583形
サハネ
581形
クハネ
581形[注 1]
485系電車
(1973年3月1日 - 1978年9月30日)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
クハ
481形
サロ
481形
モハ
484形
モハ
485形
モハ
484形
モハ
485形
サシ
481形
モハ
484形
モハ
485形
モハ
484形
モハ
485形
クハ
481形
485系電車
(1978年10月1日 - 1982年11月14日)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
クハ
481形
モハ
484形
モハ
485形
モハ
484形
モハ
485形
サロ
481形
サシ
481形
モハ
484形
モハ
485形
モハ
484形
モハ
485形
クハ
481形
583系電車
(1979年10月1日 - 1985年3月13日)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
クハネ
583形
モハネ
582形
モハネ
583形
モハネ
582形
モハネ
583形
サロ
581形
サシ
581形
モハネ
582形
モハネ
583形
モハネ
582形
モハネ
583形
サハネ
581形
クハネ
583形
  • 客車時代は上り・下りともに先頭が1号車。
スハ44系 + 10系 + マシ35形客車
1958年10月10日から1960年12月9日までは、蒸気機関車+客車の編成で運行された。
上野駅 - 仙台駅間は尾久機関区(現・尾久車両センター)・平機関区所属のC62形蒸気機関車、仙台駅 - 青森駅間は仙台機関区(現・仙台車両センター)所属のC61形蒸気機関車がそれぞれ牽引した。また、盛岡駅 - 青森駅間では補機としてC60形蒸気機関車が使用された。
客車は主に尾久客車区(現・尾久車両センター)の車両が使用された。スハ44系5両(スハニ35形1両、スハ44形3両、スハフ43形1両)を中心に、食堂車のマシ35形1両、特別二等車ナロ10形2両を連結した8両編成であった。
81系気動車
1960年12月10日から1968年9月8日まで、青森運転所(→青森車両センター→現・盛岡車両センター青森派出所)所属車が使用された。本系列の投入により、「はつかり」は日本初気動車特急列車となった。当初は9両編成だったが、1963年4月20日からは10両に増車された。
583系電車
青森運転所所属車が使用され1968年9月9日から運行を開始した。当初は13両編成で運行されており、1979年10月1日にグリーン車が2号車から6号車に変更された。1982年11月15日からは食堂車が営業休止となり、1985年3月14日からは食堂車を外した12両編成となった。1986年11月1日からは繁忙期を除き9両編成に減車された。1993年12月1日に定期運用を終了し、以後は定期列車の代走または臨時列車でのみ運用された。
485系電車
1973年3月1日から青森運転所所属車が運用を開始した。当初は食堂車を連結した12両編成で運行されていたが、1982年11月15日のダイヤ改正からは9両編成となった。1985年3月14日からはグリーン車を外したモノクラスの6両編成となったが、1987年10月6日からは半室グリーン車を連結し[5]、モノクラス編成は順次解消された。1988年3月13日からは津軽海峡線(青函トンネル)開業に伴う対応工事が施工され、函館駅に乗り入れるようになった。1996年3月からはリニューアル工事を施工した485系3000番台が充当された。
1982年11月15日から1985年3月14日までは、秋田運転区(→南秋田運転所→現・秋田車両センター)所属車による運用も設定された。当該列車はモノクラスの6両編成で運行された。
1990年3月1日から1993年3月17日までは、特急「たざわ」の間合い運用で1往復(27・28号)に南秋田運転所所属車が充当された。基本編成は3両だったが、慢性的な混雑から増結が日常化していたため1992年7月1日からは5両編成に増車された。
E751系電車
青森運転所所属。速達型列車「スーパーはつかり」の運行開始に伴い、同列車専用として2000年3月11日から運行を開始した。ただし上述したように青函トンネル対応工事が施工されなかったため函館駅までの乗り入れ実績はない。


歴史・沿革[編集]

本節では、「はつかり」の歴史・沿革を、運行開始から1982年11月14日までを「東京対東北・北海道間の連絡輸送列車として」、1982年11月15日以降から廃止されるまでを「東北新幹線連絡列車として」の節に分けて記述する。

東京対東北・北海道間の連絡輸送列車として[編集]

はつかり (1982年以前)
概要
日本の旗 日本
種類 特別急行列車
運行開始 1958年10月1日
運行終了 1982年11月14日
運営者 日本国有鉄道(国鉄)
路線
起点 上野駅
終点 青森駅
使用路線 1958年10月1日 - 1968年9月30日
国鉄:常磐線東北本線
1968年10月1日 - 1982年11月14日
国鉄:東北本線
技術
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流1,500 V
交流20,000 V・50Hz
テンプレートを表示
  • 1958年昭和33年)10月1日:ダイヤ改正により上野駅 - 青森駅間(常磐線経由)で「はつかり」(1・2列車)が運転開始。しかし、台風の影響で実際の運行開始は10日からとなった。
  • 1960年(昭和35年)12月10日:「はつかり」使用車両を新開発のキハ81系気動車に置換え。日本初気動車特急列車となったが、当初は習熟運転と称し客車時代のダイヤで運転された。しかし、十分な試験走行を行わずに運転を開始したため初期故障が続発。新聞には「はつかりがっかり事故ばっかり」などと書き立てられた。
  • 1961年(昭和36年)3月1日:「はつかり」は所要時間を10時間45分に短縮し、同年10月にはさらに短縮し所要時間は10時間25分になる。
  • 1963年(昭和38年)4月20日 「はつかり」が10両編成になる。
  • 1968年(昭和43年)
    • 9月9日:ダイヤ改正に先立ち、下り上野発「はつかり」から青森運転所(現在の青森車両センター)の583系電車に置き換え。上り「はつかり」は翌10日に置き換え。
    • 10月1日:東北本線全線の電化にあわせたヨンサントオのダイヤ改正により、「はつかり」は東北本線経由に変更し所要時間が8時間30分に短縮。増発して2往復になる。
  • 1970年(昭和45年)
    • 8月:旧盆時期の急増する帰省客へ対応するための臨時列車として、「はつかり」51号が常磐線経由で運転される[注 2]
    • 10月1日:ダイヤ改正により、「八甲田」の1往復が「はつかり」に格上げ。「はつかり」は1往復増発されて3往復になる。
  • 1972年(昭和47年)3月15日:1往復が東京駅に乗入れ開始。
  • 1973年(昭和48年)
    • 3月1日:臨時列車の「はつかり」が1往復増発されて4往復になる。青森運転所の485系電車が使用開始。
    • 4月1日:東北・上越新幹線建設工事に伴う東京駅 - 上野駅間の回送線使用停止措置により、東京乗入れが中止。
    • 10月1日:「はつかり」が1往復増発され、臨時列車も定期列車化されて、5往復になる。
  • 1978年(昭和53年)10月2日:ゴーサントオと呼ばれるダイヤ改正に伴い、「はつかり」が「やまびこ」を青森まで延長する形で1往復増発され、6往復になる。普通車自由席を設置し、「はつかり」はエル特急に指定される。485系のグリーン車の連結位置を2号車から6号車に変更。
  • 1979年(昭和54年)10月1日:583系のグリーン車の連結位置を2号車から6号車に変更。
キハ81系「はつかり」 1970年 485系「ひばり」(手前)と583系「はつかり」(奥) 1975年
キハ81系「はつかり」 1970年
485系「ひばり」(手前)と583系「はつかり」(奥) 1975年


東北新幹線連絡列車として[編集]

  • 1982年(昭和57年)11月15日ダイヤ改正により、盛岡駅 - 青森駅間に運行区間が短縮。
    • 青森運転所所属の583系13両編成(食堂車は営業休止)、485系9両編成、秋田運転区所属の485系6両編成(モノクラス編成)での運行。
    • なお、週末のみ1往復が青森駅 - 弘前駅間を延長運転していた。しかし、東北自動車道経由で盛岡と弘前を結ぶ高速バスヨーデル号」が運転を開始し、弘前市周辺の住民に東北新幹線へのアクセスとして高速バス利用が定着した。そのため、延長運転は廃止された。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:583系から食堂車を外して13両から12両に減車。485系使用列車は青森運転所モノクラス6両編成に統一。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:2往復増発。583系使用列車が12両から9両に減車(ただし、繁忙期は12両で運転)。
  • 1987年(昭和62年)10月6日:485系使用列車に半室グリーン車を連結開始、モノクラス編成を順次解消[5]
  • 1988年(昭和63年)3月13日:青函トンネルの開業により、「はつかり」2往復が函館駅まで延長される。
  • 1990年平成2年)3月1日:「たざわ」の間合いで、盛岡駅 - 青森駅間1往復(27・28号)に南秋田運転所所属の485系3両編成が充当される。
  • 1991年(平成3年)3月16日:青函トンネル内での140km/h運転を開始[6]
  • 1992年(平成4年)7月1日:南秋田運転所所属の485系3両を5両に増結。慢性的な混雑から実際にはこれ以前から増結が日常化していた。
  • 1993年(平成5年)
    • 3月18日:485系使用列車が再び青森所属車に統一される。
    • 12月1日:583系が定期運用から撤退。以後、定期列車の代走または臨時列車でのみ使用される。
  • 1996年(平成8年)3月:「はつかり」にリニューアル工事を施した485系3000番台の使用を開始。
  • 2000年(平成12年)3月11日:速達型列車「スーパーはつかり」の運転開始[7]。新しく開発されたE751系電車を使用。盛岡 - 青森間が最速1時間58分となり、10分短縮される(途中停車駅は八戸・三沢のみ)。また、「はつかり」のエル特急の指定を解除する。
  • 2002年(平成14年)12月1日:東北新幹線八戸延伸により廃止[1]

廃止後の復活運転[編集]

  • 2001年(平成13年)4月:青森駅 - 上野駅間で臨時特急「思い出の583系はつかり号」(583系電車12両)が運転される。
  • 2002年(平成14年)
    • 11月2日:青森駅 → 上野駅間で臨時特急「思い出のはつかり号」(583系電車12両)が運転される[1]
    • 11月30日:青森駅 - 一ノ関駅間で臨時特急「さよならはつかり583系号」(583系電車9両)が運転される[1]
  • 2009年(平成21年)
    • 3月20日:「はつかり」誕生50周年を記念して、上野駅 - 青森駅間で団体臨時列車が583系6両で運転される。
    • 3月21日:前日に続き、青森駅 - 函館駅間で団体臨時列車が485系3000番台6両で運転される。
    • 12月5日:東北新幹線新青森駅開業プレキャンペーンの一環として、八戸駅 - 青森駅間で「なつかしのはつかり」号が583系6両で運転される。
  • 2010年(平成22年)10月18日:上野駅 - 青森駅間(宮城野貨物線経由)で「宮城野貨物線踏破 青森行き特急はつかりの旅」号が583系6両で運転される。
  • 2011年(平成23年)12月3日:東北本線開業120周年記念の一環として、上野駅 - 青森駅間で「『特急はつかり号』で行く みちのく青森の旅」ツアー列車が583系6両で運転される。
  • 2015年(平成27年)10月2日10月4日:盛岡駅 - 函館駅間で「往年の青函連絡特急ルートをリバイバル運行!! 函館・江差の旅2日間」ツアー列車が485系3000番台6両で運転される。2日に往路の盛岡 → 函館、4日に復路の函館 → 盛岡間を運転。

特急「はつかり」が登場する作品[編集]

音楽ではチェリッシュBUZZ [注 3]、小説では鮎川哲也西村京太郎の作品[注 4]で登場したほか、絵本やアニメ作品[注 5]でも登場している。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b クハネ581形は1970年以降順次クハネ583形に置換え。
  2. ^ 仙台駅 - 青森駅間の臨時特急「とうほく」を上野駅まで延長する形で運行されたが、多数の奥羽本線直通臨時列車が設定された東北本線経由ではなく、ダイヤに余裕があった常磐線経由で運行された。さらに定期列車の「はつかり」は東北本線経由で運行されていたことから、乗車後に福島駅・郡山駅などの東北本線各駅に停車しないことが判明する誤乗が相次いだため、同年末から1971年(昭和46年)1月の年末年始輸送時には「常磐はつかり」に列車名が変更され、1971年夏期からは東北本線経由となった。
  3. ^ チェリッシュ:「はつかり号は北国へ」(作詞荒木とよひさ・作曲 穂口雄右)、BUZZ:「はつかり5号」
  4. ^ 鮎川哲也作『下り“はつかり”』、西村京太郎作ミステリー小説『札幌着23時25分』、『夜が殺意を運ぶ』
  5. ^ 山本忠敬作の絵本『しゅっぱつしんこう!』、アニメ『クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』、『超特急ヒカリアン』、『RAIL WARS!

出典[編集]

  1. ^ a b c d 外山勝彦「鉄道記録帳2002年11月」、『RAIL FAN』第50巻第2号、鉄道友の会、2003年2月1日、 20頁。
  2. ^ “新しい東北新幹線の列車愛称等の決定について” (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道株式会社, (2010年5月11日), http://www.jreast.co.jp/press/2010/20100504.pdf 2018年3月2日閲覧。 
  3. ^ 今尾恵介・原武史(監修) 『日本鉄道旅行歴史地図帳 全線全駅全優等列車』2号・東北、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2010年6月18日、34 - 37頁。ISBN 978-4-10-790036-4。
  4. ^ 1950年代から2002年までの各年各月号、日本交通公社(現・JTB)の時刻表、東北本線、常磐線の頁
  5. ^ a b 鉄道ジャーナル』第21巻第14号、鉄道ジャーナル社、1987年12月、 125頁。
  6. ^ “JR7社14年のあゆみ”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 9. (2001年4月2日) 
  7. ^ “JR7社14年のあゆみ”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 9. (2001年4月2日) 
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参考文献[編集]

書籍など
今尾恵介・原武史(監修) 『日本鉄道旅行歴史地図帳 全線全駅全優等列車』2号・東北、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2010年6月18日、34 - 37頁。ISBN 978-4-10-790036-4
梅原淳、草町義和、佐藤正樹、里見雅騎 、澤井弘之、塩塚陽介 「優等列車の系譜 「はつかり」」『週間 鉄道データファイル』File:3-082 SHEET:01・02、クロス中山慶子、デアゴスティーニ・ジャパン〈週間 鉄道データファイル〉、2007 、2-15 - 2-17頁。
梅原淳、草町義和、佐藤正樹、里見雅騎 、澤井弘之、塩塚陽介 「優等列車の系譜 「はつかり」の運転史①」『週間 鉄道データファイル』File:3-082 SHEET:03、クロス中山慶子、デアゴスティーニ・ジャパン〈週間 鉄道データファイル〉、2007 、152-25 - 152-30頁。
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今田保、岩成政和、後藤宗隆、曽田英夫、高井薫平、壇上宗爾、寺本光照、徳田耕一、広岡友紀、松尾定行、三宅俊彦、山田亮 『昭和の鉄道<30年代>車両近代化の夜明け』 竹浪譲(発行人)、JTBパブリッシング〈JTBの交通ムック〉、2010年11月1日、51,85,91,97,134,138,139頁 。ISBN 978-4-553-08009-8 。
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塩谷茂代(発行人) 『国鉄標準形特急車両 形式485系 国鉄を代表する特急形式すべてを詳説』 廣部妥(編集人)、イカロス出版〈イカロスMOOK〉、2013年2月20日、各頁。ISBN 978-4-86320-682-3 。
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小榑宏明「485系1500番代交直流特急形電車をめぐって」、『鉄道ピクトリアル 【特集】 485・489系電車(Ⅰ)』第64巻11号(通巻第897号)、電気車研究会 、2014年11月、 62 - 65頁。
平石大貴「485系・489系電車のあゆみ」、『鉄道ピクトリアル 【特集】 485・489系電車(Ⅱ)』第65巻12号(通巻第898号)、電気車研究会 、2014年12月、 49 - 51頁。
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山田亮「583系全盛期時代の乗車記」、『鉄道ピクトリアル 【特集】 最後の583系』第67巻2号(通巻第928号)、電気車研究会 、2017年2月、 55 - 60頁。
寺元光照「JR発足以降の583系電車 運転の変遷」、『鉄道ピクトリアル 【特集】 最後の583系』第67巻2号(通巻第928号)、電気車研究会 、2014年12月、 61 - 68頁。

関連項目[編集]