コースカベイサイドストアーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Rocky (会話 | 投稿記録) による 2016年3月17日 (木) 12:43個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

ショッパーズプラザ横須賀
SHOPPERS PLAZA YOKOSUKA
店舗概要
所在地 238-0041
神奈川県横須賀市本町2丁目1番12号
座標 北緯35度17分0秒 東経139度39分46秒 / 北緯35.28333度 東経139.66278度 / 35.28333; 139.66278 (コースカベイサイドストアーズ)座標: 北緯35度17分0秒 東経139度39分46秒 / 北緯35.28333度 東経139.66278度 / 35.28333; 139.66278 (コースカベイサイドストアーズ)
開業日 1991年4月25日[1]
正式名称 ヨコスカシーウインドウ
施設所有者 イオンリテール株式会社
施設管理者 イオンリテール株式会社
設計者 アール・アイ・エー[2]、明和工芸
施工者 フジタ[3](本荘所有分)
鹿島建設、奈良建設、ハナサン(住友生命保険所有分)
敷地面積 44,456 m²
延床面積 124,480 m² 
商業施設面積 29,636 m²
※イオン:18,737㎡
中核店舗 イオン横須賀店
店舗数 ÆONと147の専門店(全体)
営業時間 9:00-21:00
・食品 8:00-22:00
・その他 営業時間のご案内参照
駐車台数 1376台台
前身 住友重機械工業横須賀分工場
林兼造船横須賀造船所
最寄駅 京浜急行電鉄 汐入駅
東日本旅客鉄道 横須賀駅
外部リンク ショッパーズプラザ横須賀
イオン横須賀店
ÆON RETAIL
テンプレートを表示

ショッパーズプラザ横須賀(ショッパーズプラザよこすか)は、神奈川県横須賀市本町に所在するイオンリテール株式会社が運営するウォーターフロント型複合商業施設(ショッピングモール)。市内最大の敷地面積と売場面積で建物はイオン横須賀店と一体になっている。ダイエー時代の店番号は0425ネットスーパー取扱店舗。

開業当初のキャッチコピーは「衣・食・住・快。新しい暮らしは、海のそばにある。」

概要

国道16号(横須賀街道)沿線の住友重機械工業横須賀分工場・林兼造船横須賀造船所跡地に立地し、ショッピングモール版のショッパーズプラザとして、1991年4月25日に開業した。

ダイエー運営時代

ダイエー時代のショッパーズプラザ横須賀
ダイエーのロゴが変わっても旧字体が残り続けた箇所があった
運営承継に伴いダイエーからイオンとなったショッパーズプラザ横須賀

前述の通り、当施設の前身は住友重機械工業横須賀分工場(以降:住友重機)・林兼造船横須賀造船所である。住友重機の工場内に存在した高架起重機(ガントリークレーン)は1908年横須賀海軍工廠時代に設置されたもので、1975年に解体されるまでの永い間、横須賀のシンボルであった。終戦後アメリカ海軍に接収されていたが、1959年日本政府へ返還され、住友重機と林兼造船へ払い下げられていた。

オイルショックなどの不況により1978年に住友重機の工場が閉鎖されると、1979年1月に住友重機側が土地を、倉庫やビルの賃貸している不動産業者の本荘(本社:東京都)に約35000㎡の土地を33億6000万円(1㎡が約9万5700円)で売却することが合意し、横須賀市に報告したことがキッカケである。住友重機の土地は東京絹物や大蔵省(現:財務省)から3度に渡り計37,628㎡を3億6000万円で購入していた国の土地であった。横須賀市側は、建設予定であった本町山中有料道路に使用する土地6000㎡の無償譲渡などの6つの条件を出した。住友重機側はこれを呑み、額変更はあったものの翌年売却された。

跡地は本荘により商業施設となる事が確実となっており、ダイエーイトーヨーカドー等の大手スーパーの出店が囁かれていた。ダイエーの出店表明が明らかとなったのは1982年5月の横須賀市議会総務常任委員会にて市都市計画室より、「ヨコスカシーウインドウ構想」が発表された時であった。更にこの頃、住友重機と隣接していた林兼造船の工場が閉鎖され住友生命保険(以降:住友生命)に土地を売却。上記構想の為に本荘と住友生命の所有する土地を使用する事が決まった。

しかし京急本線汐入駅横須賀中央駅付近の地元商店街の反対は凄まじいもので、本荘が住友重機から土地を購入する際にも大手スーパーの進出を危惧し、ダイエー出店表明後も合わせて11件もの陳情書が横須賀市に提出されている[4]。しかし、汐入地区の商店街はダイエー進出は脅威であったものの、横須賀市の中心は横須賀中央駅周辺である事、1980年代の横須賀の商業力は弱く、都市間競争に勝つ必要があった事、返還運動を続けていた在日アメリカ海軍兵員クラブ(EMクラブ)が1983年に日本政府に返還された為、それに合わせて汐入駅周辺を再開発する機運が高まった事を理由に出店を徐々に容認する傾向になっていった。

SC名称に関しては、計画発足以来、「ヨコスカシーウインドウ」が仮称であったが、ダイエーグループが展開するショッピングセンター名の「ショッパーズプラザ」と整合性を持たせる狙いで現名称が使用されることとなった[5][注釈 1]。当初のダイエーの計画では直営28,000㎡、テナント14400㎡を提示していたが、地元商業者等で組織されたダイエー対策委員会が反対し、あっせん案(オープンして3年間は直営12,000㎡、テナント11,320㎡)を提示。ダイエー側はこれに基づき再度調整を行った後、1987年2月、横須賀商工会議所に三条申請を行った[6]

三条申請を行った際には、未だ詳しい内容が決まっておらず、ショッピングモール以外に24時間営業の大型飲食店ゾーンや水上レストラン、博物館それにホテル等、様々な施設の建設案が出ていた。

最終案に近かった14階建てで6階-14階をオフィスビルにする案もあったが中止され、オフィスビルのフロアを取り除いた地上6階建ての建物を設計することで決定した。

1989年9月から着工し1991年4月にショッパーズプラザ横須賀が開業した[7][8]。設計は株式会社アール・アイ・エーと明和工芸が担当し、後に建物は商環境デザイン賞を受賞することとなる[2]

開業当初、220ものテナントを有したが、商業力が弱いことと、最寄りの汐入駅からのアクセスの悪さが災いし、数ヶ月で閉店したディスコを皮切りに地元企業、市外企業問わず1年も満たないうちに相次いでテナントが撤退した。ダイエー側は新規テナントを募集することと1995年にダイエーの売場を広げることで対応、2011年現在は約130店が営業しているが、テナントの入れ替わりは激しい。

なお、ダイエーは出店計画当初から子会社でショッピングセンター開発を担当するダイエーリアルエステート(略称:DRE)に一任し、当店の運営も行ったが、1991年8月に店舗の迅速出店への体制強化の一環でDREが行ってきたショッピングセンターの開発・運営をダイエーが引き受け現在に至る[9]

1993年にはEMクラブ跡地に横須賀芸術劇場と都市型ホテルの複合施設「ベイスクエアよこすか」が開業、翌年、汐入駅前と当施設を結ぶ「ベイウォーク」(ペデストリアンデッキ建設省(現:国土交通省)が建設)が完成し、汐入駅からのアクセスの不便さが解消された。

2016年3月1日よりショッパーズプラザ横須賀の運営が株式会社OPA及び株式会社ダイエーからイオンリテール株式会社に承継された。中核のダイエー横須賀店の運営も承継され、同年3月14日までダイエーとして営業した。改装休業を経て3月17日にイオン横須賀店として開業した。

フロア構造

イオン横須賀店 ショッパーズプラザ横須賀専門店街
屋上 なし 駐車場
6階 駐車場 スポルト横須賀
5階 駐車場・専門店のフロア カルチャー・スポーツ
4階 キッズ・暮らしのフロア シーウインドウモール・シネマ・ゲームセンター
3階 衣料品のフロア ファッションパーク3・シーウインドウモール・レストランパーク
2階 食料品のフロア シーウインドウモール・ヨコスカマーケット・フードパティオ
1階 駐車場 メインゲート・シーサイドビレッジ


1991年開業当初

ダイエー横須賀店 ショッパーズプラザ横須賀専門店街
屋上 なし 駐車場
6階 駐車場 ボウリングゾーン36
5階 駐車場 カルチャー・スポーツ
4階 家具・インテリア・家電・スポーツのフロア ファッションパーク4・シーウインドウモール・シネマ・アミューズメントパーク
3階 衣料品・文具・玩具のフロア ファッションパーク3・シーウインドウモール・レストランパーク
2階 食料品・日用品のフロア シーサイドプラザ・ファッションパーク2・シーウインドウモール・ヨコスカマーケット・フードコート
1階 駐車場 メインゲート・シーサイドビレッジ

フードワンダーランド

フードワンダーランド (FOOD WONDERLAND) は、イオン横須賀店内のフードコートで6つのテナントが営業している。内装は1950年代の映画俳優のポスター(マリリン・モンローエルヴィス・プレスリー等)が貼ってあったり、シーリングファンが多数設置されていたりと、横須賀の地に合うアメリカンな雰囲気を漂わせるもので、「アメリカンホリデー」をテーマに内装している。後に開店するダイエーハーバーランド店、イオン甲子園店の同名のフードコート及びイオン金沢八景店のフードパークと類似している。開業当初は、シーリングファンと共に飛行機プロペラ映写機など様々なものが回転していたが、後に撤去された。

駐車場

当店の駐車場には様々な動物が表示されている。

主なテナント

出店テナントの詳細は公式サイト「フロアガイド」を参照。

かつて存在した主なテナント

沿革

神武寺駅に掲示されたショッパーズプラザ横須賀の開業広告(現在は撤去)
  • 1980年昭和55年)2月27日 - 神奈川県が住友重機の売買届出申請の取引価格を3億円に引き下げて受理。地元住民と協議を行うよう異例の要望もされる[10]
  • 1982年(昭和57年)5月13日 - 横須賀市議会総務常任委員会にて「ヨコスカシーウインドウ構想」が公式に明らかとなる[11]
  • 1989年平成元年)
  • 1990年(平成2年)12月1日 - 横須賀商業活動調整協議会に出店の承認を受ける[13]
  • 1991年(平成3年)
    • 4月24日 - 竣工披露宴式典を開催[14]
    • 4月25日 - ショッパーズプラザ横須賀及びダイエー横須賀店が開業。
  • 1995年(平成7年)6月26日 - 一部専門店スペース6000m² を直営化。改装工事を施し、リニューアルオープン[15]
  • 1999年(平成11年)12月11日 - 横須賀ジョイシネマ(3スクリーン)を「横須賀HUMAXシネマズ」に改称。8スクリーンに増設し再開館。
  • 2011年(平成23年)4月21日 - 開業20年を迎える。
  • 2012年(平成24年)3月20日 - ネットスーパーの取扱い開始。
  • 2016年(平成28年)

周辺施設

アクセス

鉄道

バス

  • 京急本線横須賀中央駅 2-2番乗り場から京急バス乗車、「汐留」降車

自動車

その他

  • 特に休日には、ショッパーズプラザ横須賀に向かう乗用車で国道16号を始めとする周辺の道路が激しい渋滞が発生する。
  • メインゲート - シーウインドウモールは元々公道があった部分に建物を建てている為、公道として24時間通行出来るようになっている。

脚注

注釈

  1. ^ ヨコスカシーウインドウの名称はその後、書類上の正式名称として使用されている

出典

  1. ^ 神奈川新聞 1991年4月25日 超大型店きょう開店、ショッパ-ズプラザ横須賀より
  2. ^ a b 作品紹介
  3. ^ フジタのある街 ショッパーズプラザ
  4. ^ 横須賀市議会史 資料編Ⅱ(2)
  5. ^ 日本経済新聞 1991年2月27日 地方経済 神奈川 26面 神奈川、横須賀のSC 名称「ショッパーズプラザ」より
  6. ^ 日経流通新聞 1987年1月29日 ダイエー、横須賀「シーウインドウ」 24時間営業の大型飲食ゾーンより
  7. ^ 日本経済新聞 1989年9月12日 地方経済 東京 15面 ダイエー、臨海型のSC着工、ヨコスカ・シーウインドー 来年末オープンより
  8. ^ 日経流通新聞 1989年9月16日 よこすかの臨海SC着工 ダイエー、来年末に開業予定より
  9. ^ 日経流通新聞 1991年8月3日 1面 ダイエー、SC開発部門を集約、子会社から機能移管より
  10. ^ 住民自治ニュース 1980年2月27日 横須賀市の動き
  11. ^ 住民自治ニュース 1982年6月20日 横須賀の動き
  12. ^ 商工よこすか 1988年12月10日 ダイエー「シーウインドウ」計画 テナント募集説明会開催のお知らせより
  13. ^ 商工よこすか 1991年2月10日 2面 ヨコスカシーウインドウ・大津シーサイドプラザ 商調協出店承認より
  14. ^ 建築経済新聞 1991年5月2日 4面 ハナサンらに感謝状贈呈 ダイエー竣工式を挙行
  15. ^ ダイエー、横須賀店の一部専門店ゾーンを直営化 26日6000m² 増床オープン 食の情報源
  16. ^ 株式会社ダイエーの北海道・九州および本州地域におけるGMS事業ならびにSM事業の運営の承継に関する基本合意書締結のお知らせ”. 株式会社ダイエー (2015年4月9日). 2015年8月20日閲覧。

外部リンク