ベネトン

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ベネトン (Benetton) は、イタリアの企業グループである。実際の発音は「ベネットン」に近い。

概要[編集]

1965年トレヴィーゾルチアーノ・ベネトン (Luciano Benetton) により創業。 当時のセーターといえば、地味な色のものばかりであったが、ルチアーノ・ベネトンの妹、ジュリアーナ・ベネトンが作ったカラフルなセーターをヒントに得たことがきっかけとされる。現在のベネトンの特徴とされているカラフルな色遣いは、第二次世界大戦直後の暗い世界から早く脱却したいというルチアーノ・ベネトンの強い思いが強く込められていたといわれる。 2015年時点で世界60ケ国で展開する「ユナイテッド・カラーズ・オブ・ベネトン」(UNITED COLORS OF BENETTON) を筆頭に、「SISLEY」や「プレイライフ」「Killer Loop」などの服飾ブランドを展開する。

配下にはスキー用品のノルディカローラーブレード、高速道路社アウトストラーダおよび高速道路のサービスエリアから展開したレストランチェーンの「アウトグリル」(Autogrill) などがある。かつてはF1チームの「ベネトン・フォーミュラ」も抱えていたが、2000年にルノーに売却した。

2008年にはシンガポール政府投資公社 (GIC) がベネトン家持株会社であるシントニアの株式の14.3%を取得することがシントニアによって発表された。


歴史[編集]

1965年 - 1978年[編集]

1980年代[編集]

写真家オリビエーロ・トスカーニ( Oliviero Toscani)とのコラボレーションがスタート。
  • 1983年ティレルチームのスポンサーとしてフォーミュラ1に参加。トールマン買収の翌1986年、レーシングチームのBenetton Formula Limited(ベネトン・フォーミュラ)が作られた。製造部門にて1名及びドライバーズ部門にて2名の世界チャンピオンを輩出。2000年にはルノーがベネトンチームを獲得した。
  • 1985年ベネトンの広告がフランスの“Grand Prix de la Publicite”に表彰される。
  • 1986年ミラノ、フランクフルト(1988年)、ニューヨーク(1989年)の株式市場で上場する
  • 1987年Fondazione Benetton Studi e Ricercheの設立と、the International Carlo Scarpa Prizeの設立
  • 1989年東ヨーロッパおよび旧ソ連市場へ参入

1990年代[編集]

  • 1991年雑誌COLORS(カラーズ)。40か国で販売、4か国語で出版された。
  • 1994年ベネトン・グループの コミュニケーション・リサーチ・センター「Fabrica」(ファブリカ)の創立

2000年代[編集]

  • 2003年ベネトン家は一族経営のスタイルを変え、マネージャー達により責任を与える
  • 2006年10月10日 パリ、ポンピドゥーセンターにてFabrica: Les Yeux Ouverts(目を開け)というタイトルでベネトンのファッションショーの開催。
  • 2008年インドのトレント(タタファミリー)、メキシコのシアーズ(スリム・ファミリー)とのパートナーシップを結ぶ。Microcredit Africa がコミュニケーションキャンペーンを行う。
  • 2009年イスタンブールにて近未来的なストアをオープン
  • 2010年2月 IT'S MY TIME Global Casting Competitionを開始。36日で65,000人以上の参加者、217か国の海外から関心を集め、ウェブサイトは約400万人の訪問者、閲覧件数約6千万を記録
    • 4月-グローバルファッションコミュニティIT'S MY TIMEを開始。
  • 2011年LANA SUTRA プロジェクト:イスタンブール、ミラノ、ミュンヘンとウェブサイトのベネトンコンセプトストアにてイベント。新しい世界的なコミュニケーションキャンペーンUNHATE(アンヘイト)を開始、パリにてアレッサンドロ・ベネトンがプレビューを公開。
  • 2012年ベネトングループの新しい社長アレッサンドロ・ベネトンが創始者ルチアーノ・ベネトンより引き継いだ。11月にFabricaの新しい社長となる。ベネトングループがミラノ株式市場より撤退。グローバル・キャンペーンUNEMPLOYEE OF THE YEARの開始。ロンドンにてアレッサンドロ・ベネトンがプレビューを公開。
  • 2013年ユナイテッド カラーズ オブ ベネトンの2013年SSのキャンペーンではファッションアイコンの若手アーティストを9人起用。同ブランドらしいあざやかな色使いのキャンペーンにモデルとして起用されたのはHanna Ben Abdesslem (ハナ・ベン・アブデスレム)、Kiera Chaplin (キエラ・チャップリン)、Charlotte Free (シャーロット・フリー)、Mario Galla (マリオ・ガラ)、Dudley O’Shaughnessy (ダドリー・オショーネシー)、Matias Perdomo (マティアス・ペルドーモ)、Lea T (リー・T)、Alek Wek (アレック・ウェック)、Elettra Wiedemann (エレットラ・ヴィーデマン)。フォトグラファーには Fabrica の Giulio Rustichelli (ジュリオ・ルスティケリ) を起用。
  • 2014年12月「ニットがつなげるみんなの輪 ベネトンO・SO・ROキャンペーン」として、女優・モデル・アーティストとして活躍する土屋アンナと、長年彼女のバンドメンバーとして連れ添って信頼しているギタリスト・牧野雄至がキャンペーンモデルをつとめた。日本限定アイテムとしてニットマフラーなどがキャンペーン商品として発売された。


広告[編集]

  • 1984年にはじまるベネトンの広告キャンペーンはオリビエーロ・トスカーニがアートディレクションを務める。その内容は人種差別戦争エイズ環境破壊難民虐待等、全世界共通の問題をテーマにしたものがみられる。ファッションの広告として商品ではなく、社会問題を扱う広告として注目を集めるものとなっている。
  • 2011年11月、ブランドのコミュニケーションキャンペーン「UNHATE」が、2012年6月17日~23日に開催された「カンヌ国際クリエイティブフェスティバル2012」で、プレス部門のグランプリを受賞した。ベネトングループの会長アレッサンドロ・ベネトンはこのニュースについて、「UNHATEキャンペーンで、私たちは、コミュニケーションと相互理解を通じて、憎しみ合う文化を乗り越える必要性について世界にメッセージを送りたかった。これを伝えるために私たちはオンラインインタラクションを通してもっとも民主的で現代的なメディアをつかうことにした。」と述べた。


広告キャンペーン問題[編集]

2011年11月16日より行った「Unhate(反・嫌悪)」をスローガンにした広告キャンペーンにおいて、ローマ教皇とイスラム教指導者アフマド・アッ=タイイブ師、オバマ米大統領と中国の胡錦濤国家主席、イスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナのアッバース自治政府議長、サルコジ仏大統領とメルケル独首相らがキスする合成写真を使用し、物議を醸す。特にローマ教皇の合成写真については、教皇庁が掲載中止を求めて法的措置を取る考えを表明した[1]

脚注[編集]

  1. ^ ローマ法王の「キス写真」、バチカンが法的措置へロイター、2011年11月18日


ブランド展開[編集]

日本ではメンズ、レディース、キッズ展開している。


ライセンス商品[編集]

現在、16社とライセンス契約を行っている。

UNDERCOLORS OF BENETTON.[編集]

  • アンダーウェア、ナイトウェア、ソックス:株式会社プロビジョン

日本国内店舗[編集]


関連項目[編集]

外部リンク[編集]