M1ガーランド
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M1 Garand
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| M1ガーランド | |
|---|---|
| 種類 | 軍用小銃 |
| 製造国 | |
| 設計・製造 | スプリングフィールド国営造兵廠 |
| 仕様 | |
| 種別 | セミオートマチックライフル |
| 口径 | 7.62mm |
| 銃身長 | 610mm |
| ライフリング | 4条右転 |
| 使用弾薬 | .30-06スプリングフィールド弾 |
| 装弾数 | 8発 |
| 作動方式 | ガス直圧作動、ロータリーボルト |
| 全長 | 1108mm |
| 重量 | 4300g |
| 銃口初速 | 848m/秒 |
| 有効射程 | 1500m |
| 歴史 | |
M1ガーランド(英語: M1 Garand)は、アメリカ合衆国スプリングフィールド国営造兵廠が開発した半自動小銃。
M1ガーランドという名称はいわゆる「愛称」であり、正式な名称は「U.S.Rifle Cal.30.M(MODEL)1」という。「M1ガーランド」という愛称は、本銃設計者の「ジョン・ガーランド」からとったものである。
同じ.30口径で同じM1というナンバーを持つ自動小銃「U.S.M1カービン」も存在するが、使用弾薬から設計者まで違うため、混同しないように注意が必要である。同じようにM1の名前を持つ銃として、スプリングフィールドM14をセミオートオンリーとしたM1Aも存在する。
当時のスプリングフィールド国営造兵廠と、現在、M1ガーランド、M1Aなどを製造するスプリングフィールド・アーモリー社は法人的に全く無関係である。
目次 |
[編集] 開発
M1ガーランドは、第二次世界大戦で米軍の歩兵用主力ライフルとして活躍した、世界で初めての主力軍用セミオートマチックライフル(半自動小銃)である。
米陸軍は第一次世界大戦の経験から、歩兵全員に全自動射撃の可能な自動小銃の配備を理想とし、他国のように従来の槓桿操作式手動連発小銃に軽機関銃を組み合わせるという考えを持たなかった。この思想は、ショーシャM1915が軍用軽機関銃としては全くの駄作であったこと、そしてBARが、少なくとも第一次世界大戦の戦場ではたいへんな成功を収めたことという、二つの理由に基づく。
しかしながら、第一次世界大戦終結後に大幅に縮小された予算のもと、BARを全軍に配備することは価格面で不可能であり、またBAR自体一般用途の歩兵銃とするには重すぎ、また大きすぎた。
結果、米陸軍次期主力小銃は、予算と技術の双方の壁から、半自動オンリーという妥協の産物として開発されることとなった。1924年から外国製を含む数種の銃を試験した結果、既存主用弾薬である.30-06(7.62mm)と並行して、開発を容易に進めるため、この時点では現用弾薬よりも小口径低威力の.276(7.01mm)という新規格弾薬を本命として開発が行われていた。
1929年にはスプリングフィールド兵器廠のジョン.C.ガーランド技師の設計(T3E2)とピダーセン(ペダーセン)の設計(T1)とが残って最後まで優劣を争ったものの、決め手となったのは当時の陸軍総参謀長であったダグラス・マッカーサーが行った1932年の裁定により、生産、調達、装備、訓練、在庫管理等々極めて広範囲な変革を必要とする.276弾の使用を一転して禁じ、小銃は.30-06弾を使用しなければならないと決定したことであった。
これにより、.276弾でも弾薬に油を塗らなければ良好に作動せず、.30-06弾仕様では作動させられなかったピダーセンは脱落し、スプリングフィールドの.30口径バージョンであるT1E1の強度を増したT1E2が1933年8月3日に.30口径半自動小銃M1(Semi-Automatic Rifle, Caliber 30, M1 )として仮採用にこぎつけた。1934年5月には初期生産型が歩兵学校と騎兵学校で実地試験に入り、問題点を改修の上、1935年11月には実用に適すると認められ1936年1月9日付で制式採用となった。
最初の量産型は1937年7月21日に工廠を出たものの平時における予算不足のため生産インフラの整備は遅々として進まず、生産が軌道に乗ったのは9月に入ってからのことだった。その後は1日100挺のペースで量産が続いたものの1940年に銃身とガスパイプの接合部に問題が見つかり、生産はいったん中止され工廠は既生産分の改修に追われた。この遅延が尾を引き、1941年後半頃にようやく米本土の部隊に有効戦力として配備された。開戦時、在フィリピンの米軍がM1903で戦わねばならなかったのもこのせいである。そして、米軍兵士のすべてが本銃を装備し、戦闘を行ったとされているのは、1942年のガダルカナル島の戦いであるとされている。
[編集] 解説
本銃の最も特筆すべきところは、その存在そのものである。すなわち一国の軍隊の主力装備として初の歩兵用自動装填式ライフルである点に他ならない。
当時、19世紀末から第二次世界大戦終戦まで、枢軸軍、米国を除く連合軍を問わず、歩兵が常時携帯する小銃は、九九式短小銃やモーゼルKar98kにみられるような装弾数5発~10発のボルトアクションライフルという手動式連発銃であった。このボルトアクションライフルは、装弾から排莢の連続性を人間の力に頼らなければならない。19世紀末から第二次世界大戦初期はこのような銃を使う小銃戦であったために、現代の軍隊が行うような機動戦術は行使されず、もっぱら「一撃必殺」を主眼とした狙撃戦や、待ち伏せ、集団戦法に置ける一斉掃射で面的制圧を行うのが常であった。ボルトアクションライフルは、コストが安く、部品点数も極めて少なく、構造が単純で射程と命中精度に極めて優れるため、近代戦争初期の歩兵用ライフルとしてはうってつけであったわけであるが、最大の弱点は速射性に乏しいことであった。つまり、兵士が目標をとらえ、第一弾を発射し目標をハズした場合、ボルトを引いて再装填→照準→発射という一連の行動を行うわけであるが、再装填の際に照準器から視線が外れやすいという弱点があった。
このような当時の主力小銃では「走りながら撃ちまくる」や機関銃や自動拳銃、ダブルアクションリボルバーなどでは可能な「狙ったところに当たりをつけ、数発連射して当てる」などという行為はとても不可能であった。
当然各国軍部もこのことは良く理解しており、歩兵用の自動小銃の開発を鋭意進めていた。しかし、歩兵用の自動小銃を作る際、どうしてもネックとなるのが「コスト」と「技術」であった。一国の軍隊の兵士すべてに自動小銃を配備するというのは、当時では途方もない事であり、また小銃弾という威力の高い弾薬を歩兵用の可搬性の高い小銃クラスで自動発射させるとなると技術的にも非常に高い物が要求されるという点で、ソ連を除くほとんどの国では、試作品や少数の量産品が配備されるという例外を除いては、主力自動小銃というものは皆無であった。また、ソ連における半自動歩兵銃(シモノフAVS、トカレフSVT)は生産数こそかなりまとまった量が作られはしたものの設計面に未熟な面があり、実用性は概して低くボルトアクションライフルを更新するに至らなかった。即ち、このM1ガーランドは、「持てる国」「資本主義の合理性」「大量生産大国」「銃器大国」というアメリカ合衆国ならではの自動小銃であったといえる。
この小銃弾を大量に消費する銃を実用化した背景には、アメリカの生産能力の高さと、それを前線へ供給する兵站能力にある。特に前線に展開する部隊へ推進補給するには、ジープや小型トラックといった、輸送手段があってこそ可能となる。馬や人力に頼る原始的な兵站能力では、自動小銃を装備してもすぐに弾薬不足に陥ることは明白である。
[編集] 特徴
M1ガーランドは、デビュー当時は世界に類を見ない画期的なメカニズムをもった銃であり、またその画期的さが故に、現在の銃器技術から見ると特徴的な欠陥を抱えた銃でもあった。多くの銃器がそうであるように、この銃で発明された技術が持つ機能が現在の銃器にも受け継がれると同時に、その後一切日の目を見ることのない技術を同時に抱えた銃であった。 機構的には、ウィンチェスター方式のレバーアクションに回転閉鎖機構とガスシリンダーを加えたものと言って良いだろう(トリガーガード一体のレバーは備わっていないが、不発時にはトリガーガードを起こすことでコッキングは可能である。この操作は日本軍では禁止)。
[編集] 長所
本銃の長所は、先にも記述したとおり、発射時のガス圧を利用した自動装填にある。ロータリーボルトロッキングというボルトアクションライフルの手動発射過程を自動化したような機構を使用しているのも、当時の発明品らしい自動小銃であることが窺える。この機構のおかげで、本銃は自動小銃としてはボルトアクションライフルに匹敵する極めて高い薬室の閉鎖性とそれに伴う高い命中率を完成させている。
更に、エンブロック・クリップ装弾方式という今の銃から見れば少々変わった装弾方式をとっているのも特徴である。これは弾丸8発の束を挿弾子―クリップに填めておき、銃のボルトを引いて上部からクリップごと差し込み装弾する方法である。発射し終わると、最終弾の排莢と同時にクリップも排出され(特徴的な金属音がする:下項参照)撃ち尽くしたことを射手にアナウンスし、また次の弾薬クリップを差し込むことが可能となる。撃ち尽くした際、ホールドオープン状態の銃の弾倉には何も残っていないため、何も考えず、即座に次々とカセット媒体のように弾薬クリップを差し込む事が可能で、銃自体の装弾数は8発と少ないものの、多弾倉マガジンを持つ銃に匹敵する装弾性能を持つシステムであった。
これ以前の挿弾クリップは、5発なりのカートリッジのリム部分を挟んで一列に並べたものが代表的で、これを開放した機関部に仮に挟み、上から手で押し込むことによって二列弾倉に手際よく押し込むという仕掛けだった。一般的に、装填後は挿弾クリップ自体は使用しない。使い捨てにするにしても資源の浪費は比較的少なかった。したがってM1ライフルのクリップは、着脱箱型マガジンに移行するまでの過渡的アイディアであったということができよう。
ボルトの後退停止は、弾倉底板の後端にボルト前端が引っかかった状態で保持されているので、新しいクリップを装填したり、弾倉点検時に底板を押し下げると、 ボルトはリコイル・スプリングの力で勢いよく前進する、ただしほとんどの個体で(本体では無くクリップ側の問題)ボルトハンドルがスムーズには戻らずに、途中で止まってしまう。そのため取扱説明書には「ハンドルを離すと前進しますが、念のため手でハンドルを押し込んでください」の記述がある。不用意にというか普通に装填操作をすればほぼ確実に指を挟まれるため、M1のクリップ装填と弾倉点検動作は、手のひらの小指側(空手チョップの打撃部分)でボルト・ハンドルを押さえながら、親指でクリップないしは弾倉底板を押し込むように訓練された。
更に、本銃では、同じ銃の間での部品交換が確実に可能であったことも長所としてあげることが出来る。これは意外に思われるかもしれないが、同製品間での「規格」の概念、つまり「品質管理」が確立したのは、第2次世界大戦中の米国である。米国資本主義の「合理性」の概念と「大量生産体制」の確立。そして「製品の保証」の考え方が、このような銃器にも反映されている。(実際の運用では、選択嵌合が行われ、モジュール単位での互換性がようやく確保されたM16A1以降も、個々の部品の組み立てはガンスミスの調整に大きく依存している)
旧日本軍の三八式歩兵銃などではよく聞かれる話であるが、複数の職人が同時に同じ銃を完成させた場合、当時の日本工業製品には「規格」の概念が存在しなかったため銃職人がその場で部品のサイズなどを微妙に調整してしまい、同じ設計で同じ製品であるにもかかわらず、同機種の銃器の部品相互互換性がまったくないという現象が頻繁に起きていた。これは日本に限らず、当時の諸外国では程度の差はあれ、実情はこのような物で、兵器・武器の部品の互換性は大きな問題点として各国も認めていた。それを世界で最初に解消したのは米国であり、小銃ではこのM1ガーランドが最初といわれている。
[編集] 短所
上記のように素晴らしい長所を持つ本銃ではあるが、本銃特有の欠陥も持ち合わせていた。これは設計ミスによる不良という意味ではなく、現場で戦う兵士から疎まれた仕様といっても良いだろう(軍用銃として見た場合の「仕様」の不備であり、逆に言えば、家庭のセルフディフェンス用やスポーツ用ライフルとしてみた場合、特に問題のない「仕様」でもある)
本銃を使用した兵士が、100人いれば100人が語る本銃の欠陥とは、上記で記述した長所でもある「装弾クリップ」のシステムである。巷間いわれているような、「追加装弾」が不可能であるという認識は間違いで、一応可能ではあるが、他の一般的な小銃と比較すると極めて煩雑だった。カートリッジを一発だけ装填する実戦上の必要性がある場合として特筆するなら、ライフル・グレネード発射用の空包装填が挙げられる。しかしこれを行うには両手操作が必要であり、射撃再開までに時間を要したり、機関部の異物障害の原因となった。このため、実戦で使用するには事実上追加装弾はできないようなものであり、実際にはほとんど行われなかった。こういった機構上の実戦的でない仕様が「追加装弾は不可能」というイメージを印象づけるモノとなった。このように煩雑な機構的な装弾仕様のため、戦場では、不完全な残弾を処理するため、弾を適当に撃つ「ムダ弾撃ち」が頻繁に発生した。この欠陥は、ガーランドの改良新型であるM14(M1A)が登場するまで、残ることになる。
エンブロック・クリップ式のもうひとつの欠点として、弾倉に装填し薬室を空けておくことができない点が挙げられる。弾倉底のバネを押しながら8発クリップを装填すると、後退停止していた遊底は解除されて前進する。クリップには8発がガッチリ固まって入っているので、最上部のカートリッジを指で押さえて遊底だけを前進させることはできず、どうしても初弾は薬室に装填されてしまうのである(箱型マガジン方式であれば、遊底を先に解除してからマガジンを取り付けることで薬室を空けておくことは可能である。直ちに射撃する攻撃的な用途であれば問題とならないが、守備的用途では大問題であり、例えば、日本軍の場合は射撃直前までクリップを装填させない守則が徹底していた。このことが後の箱型マガジン式の64式7.62mm小銃採用後も生き残り、警衛任務にマガジンの付いていない小銃を携帯するという奇妙な光景が長く続いた)。
なお、8発装填後に一回遊底を引いて初弾を排出し、次弾を指で押さえながら遊底を前進させて7発装填、薬室は空という操法は不可能ではないが、個人の独創に依存した銃器の取り扱いは安全守則上の禁忌であることは言うまでもない。
そしてもう一つ。本銃が全弾撃ち尽くした際、上記にもある通り、最後の弾の排莢と同時にクリップも排出されるわけであるが、その排出の際に、構造上「ピーン」という甲高い金属音を発する(上記動画参照)これはすなわち、敵に「私は弾を撃ち尽くしました」と宣言しているようなもので、兵士の間では極めて不評であった。実際に戦った兵士の話でも、「このクリップが飛ぶたびに、敵の一斉射撃がやってくる」という話がよく聞かれ、第2次大戦を扱った映画などでも、この機能を揶揄した演出がよく見られる。
このクリップ排出音の話は、かなり脚色された面もあり、映画「プライベート・ライアン」の一シーン、過去のオマハビーチ題材映画、「史上最大の作戦」のK98ライフルのボルト操作音に対する応答シーンなどのように、誇張した表現と見るべきであろう。実際、大規模混戦状態でこの音が聞こえるかと言えば普通に考えてかなり無理がある話ではあるものの、南方へ進出した日本兵の話などでは、静まりかえった南方のジャングルなどでは自分の呼吸も谺して聞こえるというほどの静けさで、実際ガーランドのクリップ排出音は聞こえるといった証言もある。従って、この話は偵察時の突発的な遭遇戦などで起こる小規模戦闘時の体験談が元になっていると考えられる。
このように長短併せ持つ名銃M1ガーランドではあるが、その長所短所も突き詰めれば極めて「アメリカ的」といえるのも確かである。すなわち「持てる国の贅沢な銃」という点である。上記欠点にしても他の国であれば、上層部の激怒を買いそうな欠点であるが、掃いて捨てるほどの豊富な補給物資に恵まれたアメリカ軍であるからこそ、この欠点ですら戦場で大きな問題にはならないというアメリカ合衆国という国家自体の異様な力と大国の余裕を垣間見ることが出来る銃なのである。
[編集] 派生型
M1ガーランドはその優秀性が故に、第2次大戦後も使用され続け、初期の自衛隊の主力小銃として、また現在でも発展途上国などにおいて現役で活躍している。そして現在の米軍や自衛隊などでもそのデザインの美しさから、式典などの儀仗銃として容易に見ることが出来る。米国では、スプリングフィールド社で2006年現在も製造販売が続けられているほか、その後も改良派生型が登場している。
[編集] ガーランド・タンカースモデル
M1ガーランドの戦車兵用カービンモデル。前部ハンドガードを3分の1ほどの長さまで短縮したモデル。
[編集] M1C/Dガーランド・スナイパーライフル
M1ガーランドにM84スコープを追加した狙撃銃。C型はレシーバーにマウントベースを追加している形で元のM1ガーランドには再生出来なかったが、D型はレシーバーとバレルの間にマウントベースを挟む込む形に変更されたため、M1ガーランドへの再生が出来るようになっている。一般的な狙撃銃ではレシーバーの真上にスコープが来るが、M1の場合クリップ装填が出来なくなってしまうため、左側にオフセットしている。
[編集] M14(M1A)・M21
M1ガーランドの改良型アサルトライフル。多弾倉ボックスマガジンを採用し、フルオート射撃が可能になった。民生用に「M1A」、狙撃型で「M21」などのバリエーションが存在する。ベトナム戦争時の銃であるが、一端退役後、近年再採用された。詳細はスプリングフィールドM14の項を参照の事。
[編集] 四式自動小銃
後述の通り、「五式」だったとも言われる。
旧日本軍も、空挺隊などで利用するための自動小銃の必要性を感じていたが、そのノウハウがなく開発に苦慮していた。それまでに数種の自動小銃を試作してはいたのであるが、制式には至っていない。
太平洋戦争後期までその状態が続くが、軍部が目を付けたのが、米軍が実用化に成功し、当時最も完成した自動小銃のM1ガーランドである。鹵獲したM1ガーランドを海軍主導で徹底的に解析し、九九式小銃弾を使用できるよう改設計し、使用するつもりでいた。その際、外装部品も、今までの日本軍の規格に準ずる形で造られることになった。
そして出来上がった四式自動小銃は、口径を当時主力であった九九式短小銃に合わせた7.7ミリとし、弾倉を二発増しの10発固定マガジン式に変更。さらには軽量化を図り、リアサイトは照尺式となった。これが日本軍版M1ガーランドともいうべき自動小銃である。この銃は、試験不足が祟り満足に作動する物は存在しなかったとの証言もある。大戦末期に横須賀工廠で100丁強が、ワシオ精機で100挺が生産されたとも言うが正確な生産数は依然不明である。なお横須賀工廠生産分には「四式」の刻印があった。
また四式=五式との説が根強いが、一方でそれらは形状こそ似ているが製造元が異なる別銃ではないかという見方もある(五式が九九式小銃用の7.7mm実包仕様で、四式は海軍の留式機銃用の7.7mm実包(.303ブリティッシュ)仕様だったという文献記録もある)。これが事実であれば、日本軍内で並行してガーランドの模倣計画が進行していたことになろう。
一般には実戦で使用されることはなかったとされるが、沖縄戦など島嶼戦で使用された可能性は拭いきれない。主に米国内であるが戦場で鹵獲されたと思しき日本製ガーランドコピー[1]が流通している事実がそれを物語っている。終戦時に資料が散逸しており、名称からその生産実態、使用記録までもが判然としないミステリアスな銃であるため、根拠が曖昧な諸説が飛び交っている現実がある。本銃の考察にはその点を踏まえる必要がある。
[編集] オプション
M7ライフルグレネードアダプターを装着することでグレネードを発射することが出来た。ソケット型のアダプターで銃剣固定用の金具に固定していた。 グレネードを発射するときには一発だけ空砲を装填する必要があった。
[編集] 主力装備として採用された主な国、組織
- アメリカ合衆国(軍)
- 日本国(警察予備隊~自衛隊)「M1小銃」と呼び習わしていた。現在でも儀杖用に使用。
- 大韓民国(軍)現在でも儀杖用に使用。
- ソビエト連邦(軍、但し第2次世界大戦中の米軍による武器供与にて)
[編集] 登場するメディア作品
[編集] 映画・テレビドラマ
- ローズ大佐が使用、リアサイトの調整シーンがある。
- ガダルカナル島の戦闘を描写。連射が可能な米兵のM1ガーランドと、ボルト操作が必要な日本兵の三八式歩兵銃の差がわかるように描かれている。
- 米軍兵士全般が使用。
- 韓国軍兵士全般が使用。
- オーストラリア軍が使用。
- 白旗を揚げて投降してきた日本兵にアメリカ兵が「見張りが面倒だから」という理由で清水を射殺。
- 主人公ウォルト・コワルスキーが朝鮮戦争従軍時の個体を退役後も自宅で所持・使用。
- 演習時の映像を使用しているらしく、伏射や一斉射撃などの一連の動きが登場する。
上記他、第二次大戦や朝鮮戦争を扱った作品・陸上自衛隊が登場する1950~60年代の特撮映画全般
[編集] 漫画・アニメ
[編集] ゲーム
- メダル・オブ・オナーシリーズ
- BATTLEFIELD1942/1943
- CALL OF DUTYシリーズ
- To Heart
- Return to Castle Wolfenstein
- Wolfenstein: Enemy Territory
- HIDDEN & DANGEROUS 2
- ブラザー イン アームズシリーズ
- オペレーション・ダークネス (Xbox 360用ゲーム)

