航空神社

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航空神社(こうくうじんじゃ)は「航空」を社名とする神社。いずれも航空安全や旅行安全で有名である。

概要[編集]

飛行機の発明以来、航空事故が多発するようになったことに伴い、軍隊をはじめ多くの殉職者を出したが、それらの御霊は靖国神社に祀られなかった。それ故、各部隊や学校で慰霊し偉勲を顕彰する為、各地に航空神社が創建された。

一覧[編集]

  • 航空神社 (東京都港区) - 東京都港区新橋鎮座。日本航空協会の航空会館(屋上)にある。
  • 羽田航空神社 - 東京都大田区東京国際空港(羽田空港)第1旅客ターミナル内鎮座。1963年(昭和38年)7月11日、上記の航空神社より分霊勧請し創建された。かつては穴守稲荷神社空港分社も隣に遷座していたが、1993年平成5年)のターミナル移転の際に本社へ合祀された。
  • 航空神社 - 東京都立川市曙町鎮座。もともとは地元の有力者が鬼門除けとして京都北野天満宮を勧請させたものを、陸軍飛行第五戦隊の要望により航空殉職者を合祀したことにはじまると伝わる。
  • 航空神社 - 神奈川県相模原市緑区川尻鎮座。1941年昭和16年)3月23日に双発の偵察機が墜落・炎上して搭乗員2名が焼死、1944年(昭和19年)4月8日に日本陸軍の隼戦闘機が墜落し操縦士が殉職、亡くなった搭乗員を慰霊するために建立された。
  • 航空神社 (所沢市) - 埼玉県所沢市小手指元町北野天神社に鎮座。徳川好敏の宿願により、伊勢神宮御造営の古木及び氷川神社の御用材を拝受し、所沢陸軍飛行場の南端に社殿を造営し天照大神の鎮座及び航空殉職者の配祀祭を執行したものであり、昭和12年9月25日に創建。当時は、航空殉職者が靖国神社に合祀されない実情があったため護国の神霊として祭祀すべき宿願によったものである。昭和13年、埼玉県豊岡(現 航空自衛隊入間基地)に創設された陸軍航空士官学校内に奉遷され、士官学校生徒の尊崇の中心として礼拝を受けてきた。昭和20年終戦となり陸軍航空士官学校敷地が米軍に接収される情勢となり、徳川好敏陸軍航空士官学校長を中心とした航空関係者は、本航空神社を永久に保全することを願い、従来、祭典に奉仕せられた北野天神社の宮司栗原良介氏に懇請し、同宮司と地元有志の協力により、米軍進駐に先立つ昭和20年9月3日、崇祠を原型のまま、現在の北野天神社へ奉遷された。北野天神社への奉遷後、欠かすことなく祭祀が続けられた。地元の市民を始め、東久邇宮殿下、埼玉県知事、所沢市市長、歴代陸軍航空士官学校長、日本国内公式初飛行に成功した徳川好敏氏らの参詣があり盛大に春秋の祭礼が行われた。1954年(昭和29年)航空自衛隊発足後、殉職隊員は航空神社に合祀された(防衛庁慰霊碑の建立に伴い分祀)。1965年(昭和40年)11月19日、諸般の事情から航空自衛隊幹部候補生学校へ霊璽が遷され、1988年(昭和63年)2月26日、航空自衛隊入間基地修武台記念館へ遷された。2024年(令和6年)3月13日、再び霊璽は北野天神社に遷霊・奉遷された。2024年(令和6年)4月13日から御朱印と航空安全の御守の頒布が開始された。
  • 航空神社 - 千葉県山武郡芝山町岩山航空科学博物館内鎮座。元々は、民間航空のパイオニアであった伊藤音次郎が、長男の信太郎や天才飛行士と呼ばれた山縣豊太郎をはじめとする航空黎明期の殉職者を祀るため、1937年(昭和12年)に千葉郡津田沼町(現習志野市)鷺沼の伊藤飛行機製作所工場敷地内に建立したもの。日本の敗戦により航空業を追われた伊藤は、会社の従業員と共に戦後開拓による農地開発が行われていた遠山村(現・成田市)東峰地区へ入植して農場主となった。入植からしばらくして、集落内での話し合いにより、神社を建てることとなり、1953年(昭和28年)11月23日に航空神社が遷座された。その際に新たに神奈川県報徳二宮神社から二宮尊徳を合祀した。その後航空神社は「東峰神社」に名前を変え、開拓集落の産土神社として東峰地区住民から信仰されるようになったが、新東京国際空港(現・成田国際空港)の建設などを受け、2001年(平成13年)9月に伊藤音次郎の家族の要請により、二宮尊徳の御霊を残して「航空神社」として山武郡芝山町にある航空科学博物館の野外展示場へ移され。航空神社の御守は航空科学博物館内のミュージアム・ショップで取り扱っている。
  • 甲斐航空神社 - 山梨県甲斐市宇津谷鎮座。日本航空高等学校の校内に祭られている神社。
  • 能登航空神社 - 石川県輪島市三井町洲衛鎮座。日本航空高等学校石川の校内に祭られている神社。
  • 泉州航空神社 - 大阪府泉佐野市上瓦屋鎮座。関西国際空港の建設を契機として、大阪府交野市私市鎮座磐船神社から分霊して創建され、航空安全祈願と渡航安全祈願を行っている。正式名称は「泉州磐船神社」。
  • 高山航空神社 - 香川県綾歌郡綾川町東分乙鎮座。高松空港の完成後、この地の上空を飛行機が通過することから、空の交通の安全を願い、高山航空公園整備に合わせて1990年(平成2年)12月16日に創建した。神社の隣に陸軍少年飛行兵香川県出身者有志により建立された陸軍少年飛行兵顕彰碑と、公園整備前からある地神の祠がある。神社が祀られて以来、歴代運輸大臣国土交通大臣が参拝に訪れており、周辺に記念植樹がされている。

航空と関わりの深い神社[編集]

  • 金刀比羅宮 (東京都港区) - 東京都港区虎ノ門鎮座。讃岐丸亀藩の藩主・京極高和が芝・三田の江戸藩邸讃岐金毘羅大権現を勧請したもの。
  • 穴守稲荷神社 - 東京都大田区羽田鎮座。現在東京国際空港がある地域(大田区羽田空港)は、1945年(昭和20年)まで穴守稲荷神社境内及び同神社の門前町であった。1931年(昭和6年)の東京飛行場開港以前においても、大正時代門前にあった日本飛行学校の練習生が安全祈願をしたというエピソードも残っており、現在でも空港に最も近い神社であることや元々羽田空港(鈴木新田)を災害から守る為に創建された由緒から、空港鎮護の神社として、航空業界や関係官公庁、一般の旅行者から、空港内の安全祈願及び航空や旅行安全の信仰を集めている。又、沖合展開以前の羽田空港旧ターミナルビル屋上には羽田航空神社と共に穴守稲荷空港分社が祀られており、現在でも日本航空メインテナンスセンターや三愛オブリ羽田支社の敷地内に分霊が祀られている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]