働く女性

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第二次世界大戦の間、工場で労働する女性。1942年撮影。

働く女性(はたらくじょせい、working woman)とは、一般に労働を提供することによって、対価としての金銭および金銭同等物を得る女性を指す。「ワーキングウーマン」「働く女」「女性労働者」「女子労働者」「婦人労働者」「働きウーマン」「働き女子(日経ウーマン)」とも表現され、結婚して子育てをしている場合は「ワーキングマザー」「働くママ」とも表現される。女性の労働力化の進展を総称して「女性の社会進出」と表現される。

概要[編集]

「働く女性(賃金労働者)」の多くは自らの家計を維持することを目的としてこれらの労働を提供する。太古より女性は農作業などに参加することで労働を提供してきたが、男性の稼得能力が高度経済成長に応じて高まると、女性は大企業での分業のように、出産育児家事などの内部労働に専念することができるようになった。しかし、近年の景気悪化や晩婚化に伴い、経済的必要性から家庭を持つ女性の多くはライフコースの中において専業主婦という立場と働く女性という立場を行き来する場合もある。そのため、基本的にはそれぞれの立場で互いに譲り合い、協力関係にある。企業等で定年まで勤めた女性が定年退職後に家事専業となった場合は「専業主婦」という統計上の区分に移行する[1]。現代の日本では、15歳以上の女性の約半数が何らかの賃金労働に従事している。その半数以上が非正規雇用となっている[2]

年表[編集]

  • 1790年~1830年頃、産業革命下のイギリスで紡績業、次いで綿布業が工場化され、それまで家内制手工業に従事していた女性は工場労働者になっていった。女性は収入が増し、その社会的地位も従来よりは高くなった[3]
  • 1802年1833年、イギリスでロバート・オウエンなどの運動により紡績工場法が成立し児童労働が規制された。
  • 1844年、イギリスで工場法改正。女子労働に児童と同様の労働時間規制をしいた。12時間労働。
  • 1847年、イギリスで工場法改正。10時間労働。
  • 1874年タイプライターが市場に登場した。タイピストは女性の仕事とみなされるようになり、女性が事務職に就くようになった[4][5]
  • 弾薬工場で働く女性
    1914年1918年第一次世界大戦。参戦国は総力戦を経験し、労働力の不足により銃後で女性の社会進出が進んだ。戦争が終結すると、多くの女性は家庭に戻ったが、女性の価値観や社会の様相は大きな変化を受けた。以前よりも活動的になった女性のファッションはシンプルで機能的なものへと変化していった[6]
  • 1919年ILO(国際労働機関)設立。働く女性の母性保護で成果をあげた[7]。8時間労働。
  • 1920年代、社会進出が進み、仕事、娯楽などで外出する機会の増えた一般の女性に化粧の習慣が普及した[8]フラッパーモダンガールなどと呼ばれる、新しい価値観を体現した女性が出現した[9]
  • 1939年1945年第二次世界大戦。参戦国では徴兵による労働力不足を補うため女性も軍需工場などに動員された。
  • 1960年頃、サービス業の発達に伴い、働く女性が増加した。
  • 1965年代後半、ウーマンリブ。職域においても男女平等が求められるようになった。
  • 1981年女子差別撤廃条約が発効された。
  • 1986年米国最高裁は、職場におけるセクハラ行為を雇用における性差別と認定した[10]

労働力率分布[編集]


労働力率とは「15歳以上人口に占める労働力人口の割合」のことである。

男性の労働力率を年齢別にグラフ化すると一般的に逆U字ないし台形分布が現れるのに対して、女性のそれは男性と異なった傾向を示すことがある。その中で特徴的なものとして知られているのがM字分布である。これは、女性が結婚や出産を機に離職し、育児を終えた後に再び労働市場に戻るというライフコースをとる社会においては、30代で労働力率が低下するため、M字の谷が現れる。1970年代までのアメリカ合衆国や戦後の日本がその代表的な例といえる[11]

主要国の労働力率比較[12]
主要国における2007年の女性労働力率分布
主要国における2007年の男性労働力率分布

日本の働く女性[編集]

年表(日本)[編集]

  • 1890年頃、繊維産業で女性が雇用されるようになり、工場労働者の約9割が女性であった。
  • 1911年工場法公布。
  • 1914年1918年第一次世界大戦
  • 1916年、工場法施行。
  • 1916年和文タイプライターの急速な普及に伴い、キーパンチに従事する女性(「タイピスト」)が増加した。当時の働く女性は「職業婦人」と呼称された。
  • 1920年代、世界経済の好調を背景に女性の社会進出が進んだ。モダンガールの時代。
  • 1923年、工場法改正。11時間労働。
  • 1925年、『女工哀史』(改造社)。当時の工場での過酷な女性労働を描いた細井和喜蔵著のルポルタージュ。
  • 1929年、児童、女子労働者の深夜業禁止。
  • 1931年1945年十五年戦争の時代。工場労働者の待遇改善は後回しにされた。
  • 1947年労働基準法の制定。男子労働者への保護規制を導入。女子保護規定も他の先進国と同等になった。8時間労働。
  • 1954年1975年、「青森~上野」間で夜行の集団就職列車が運行された。
  • 1972年、「勤労婦人福祉法」が施行。
  • 1985年女子差別撤廃条約を日本が批准。
  • 1985年男女雇用機会均等法成立(施行1986年)。実効性が不十分で、コース別採用などの新たな問題も生まれた。
  • 1997年、改正男女雇用機会均等法成立(施行1999年)。男女平等を推進するため、労働基準法から女子保護規定が撤廃された。
  • 1999年、改正労働基準法の施行により女性の深夜労働の制限が撤廃され、深夜のコンビニ工場の労働者の大多数を女性が占めることとなった。
  • 2006年、改正男女雇用機会均等法成立(施行2007年)。

日本の働く女性の歴史[編集]

日本においては19世紀末から紡績業製糸業等の工業化が進み繊維産業が日本経済の要となった。繊維産業は労働者の大多数を占める女工と呼ばれる若年の女性労働者の低賃金に支えられており、一般に女工の待遇は良くなかった[13]農商務省は工場労働の実態を調査し、1903年に刊行した『職工事情』にも女工の実態が明らかにされていた。しかし、1916年に公布された工場法による規制は不十分なものであった。大正時代における紡績業では12時間労働と過酷なものであり、そのほか多くの問題があったことは細井和喜蔵の『女工哀史』(1925年)で広く知られている。工場法改正による労働者保護の強化など1920年代にはこうした状況を改善する動きがあったが、日本経済が統制色、戦時色を強めるにつれ忘れられていった[14]。第二次世界大戦後、労働基準法の制定や各規制の成立により働く女性の待遇は改善されていった。その後は男女の待遇差が問題視されるようになり、1985年には男女雇用機会均等法が制定され、数次の改正がされた。

女子挺身隊。1944年9月。出典:毎日新聞社:別冊一億人の昭和史第26号『銃後の戦史 一億総動員から本土決戦まで』(1980年)

戦間期には第一次世界大戦中の設備投資や世界経済の好調により、工場以外でも女性の進出が進んだ。1920年には働く女性の過半が専門職でその多くは既婚であったが、1930年には未婚の事務職が中心となっていた[15]。この時代にエレベーターガール、バスガール(バスガイド)などの“**ガール”と呼ばれる職業が登場した。また、女性の社会進出を背景に自立した女性によるモダンガール文化が花開いたが[9]、1929年からの世界恐慌で自由な気風が失われた。1943年、連合国との戦争において労働力が不足し女子挺身隊が組織され、女学生も工場に動員された。

女性の労働力率分布はM字型を取り続けている。M字の谷が高年齢側に移動しているのは、晩婚化の影響である[11]

戦後から1960年代前半までは賃金労働を継続する女性と、賃金労働から解放された専業主婦とに2分化する傾向があった。1960年代後半に入ると、社会全体の高学歴化により製造業で若年労働者が不足し、主婦がパートタイマーとしてその不足を埋めた。1970年代からは高等教育を受けた女性が増え、事務職などで若い女性の就業率は伸びていった。一方で、30台の女性に結婚・育児などを機に離職し、そのまま復帰しない、または、復帰後も職歴を活かす職につかない・つけない傾向が見られるようになった。その後も女性の就業人口は伸び続けたが、就業分野は製造業、卸・小売業・飲食店業、サービス業に集中しており、非正規雇用の増加も目立った。2008年には働く女性の過半数が非正規雇用であった。戦後の日本経済において、主に主婦層からなるパートタイム労働者は好況時に増加し、不況時には減少することで景気の調整弁としての役割を持っていた[16][17]

少女の夢[編集]

大阪商業大学JGSS研究センターによる調査データJGSS-2006によると、義務教育最終学年時になりたい職業があった女性、そして専門職、管理職を志す女性の割合は1916年生まれ以降、時代が下るにつれて増える傾向にある[19]第一生命保険によるなりたい職業の調査では、近年の傾向として「食べ物屋さん(特にパティシエ)」が女児の一番人気で、他には「保育園・幼稚園の先生(保育士幼稚園教員)」、「看護師さん」、「学校の先生(習い事の先生)」などに人気がある[20]

現状[編集]

現代では、働く女性が結婚に向けて「婚活(結婚活動)」を行うことが当たり前となっている。これは従来の独身キャリアウーマンが提示してきた働き方を見てきた若い世代が、仕事のみで年老いていく女性の先輩を他山の石として、積極的に家庭を築こうと試みるものである。しかし、生活のために金銭を稼得せねばならず、平日の日中は会社・上司との雇用関係下に置かれて不自由な為、「婚活」を退社後や休日中に行っている(出典:『「婚活」時代』)。

雇用されて働く女性の出産には、これを守る様々な制度・法律がある。「労働基準法」・「男女雇用機会均等法」・「育児・介護休業法」などである。

働く女性は家庭を離れて雇用関係下に置かれる為、子供と共に過ごせる人生の時間が専業主婦と比較して10分の1以下となっている。この為「プライムタイム」と呼ばれる家族と共に過ごす時間を意識的・定期的に作り出すことで、家庭の崩壊を防ぐ試みが行われている。また、男女共同参画局では、「ワークライフバランス」が提唱されている。

また、研究者、医師、弁護士等においては、通称として旧姓を用いる女性が多い。これに関して、選択的夫婦別姓制度を導入することで、女性の社会進出をさらに推進することができるのではないか、と言われている。

働く女性に関する作品など[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 井上輝子、共著者 『女性学への招待―変わる 変わらない女の一生』 有斐閣〈有斐閣選書〉、出版者所在地、1997年9月、新版(言語)。ISBN 978-4641182837
  2. ^ 『女性のパートタイム労働~日本とヨーロッパの現状~』
  3. ^ T.S.アシュトン 「第4章 資本と労働」『産業革命』 中川敬一郎訳、岩波書店岩波文庫〉、1993年7月16日(原著1948年)、132―134頁。ISBN ISBN 4-00-341441-1
  4. ^ 「タイプライタ」『ブリタニカ国際大百科事典』12、ティビーエス・ブリタニカ1994年、改訂第2版。
  5. ^ 山田尚勇 (2000年1月). “タイプライタと社会”. 日本語をどう書くか ―入力法および表記法のヒューマン・インターフェース学入門―. 2009年12月6日閲覧。
  6. ^ 成実准 (2008年3月8日). “ファッションの社会学:1(成実准教授)”. 朝日新聞社. 2000年8月22日閲覧。
  7. ^ 国際労働機関(ILO)とは”. ILO駐日事務所 (2008年6月3日). 2009年11月9日閲覧。
  8. ^ 海野弘 『アール・デコの時代』 中央公論新社中公文庫〉、2005年、101頁。ISBN 4-12-204521-5。「大戦後の1920年代には、化粧は一般化して、いつでも、だれでもするものとなってしまった。これは女性が外に出て、働いたり、スポーツをしたりするようになったことに原因がある。」
  9. ^ a b 荒木詳二「1920年代の「新しい女たち」について : 「モダンガール」の日独比較」、『群馬大学社会情報学部研究論集』第14巻、群馬大学社会情報学部、2007年、 245―265頁、 ISSN 1346-8812。“モダンガールたちは新しい職業である事務員やタイピストや電話交換手やバスガイドや売り子やファッションデザイナーや女優などの、より独立したより自由な職業婦人たちであった。”
  10. ^ Meritor Savings Bank v. Vinson (en, 477 U.S. 57 (1986)
  11. ^ a b 「女性労働力率」『岩波 女性学事典』 井上輝子、江原由美子、加納実紀代、上野千鶴子、大沢真理、岩波書店、2002年6月。ISBN 978-4000802031
  12. ^ 厚生労働省『平成20年版 働く女性の実情』
  13. ^ 櫻谷勝美 (2006年). “第3章 労働力 (PDF)”. 日本経済史. 三重大学 櫻谷勝美のホームページ. 2009年11月14日閲覧。 “製糸業の女工比率は91.9%(1901年 長野県205製糸工場), 紡績業の女工比率は78.1%(1901年 関西16紡績工場)、以後女工比率はさらに増加”
  14. ^ 東條由紀彦 「女工」『日本歴史大事典』 小学館、2009年(原著2000年)、CASIO 電子辞書「EX-word」XD-GF10000 収録。ISBN 978-4095230016
  15. ^ 前掲事典、千本暁子「職業婦人」
  16. ^ 大沢真知子「男女間賃金格差の要因とその変遷 : 女性の社会進出がなぜ賃金格差を縮小しないのか」、『三田商学研究』第31巻第1号、慶應義塾大学、1988年4月、 pp.93-112、 ISSN 0544571X
  17. ^ ランデス・ハル「女性の社会進出」、『青山学院女子短期大学総合文化研究所年報』、青山学院女子短期大学、1994年12月、 pp.64-72、 ISSN 09195939
  18. ^ a b 総務省労働力調査 長期時系列データ』 「表10:年齢階級,雇用形態別雇用者数」
  19. ^ 相澤真一「日本人の「なりたかった職業」の形成要因とその行方-JGSS-2006データの分析から- (PDF) 」 、『日本版総合的社会調査共同研究拠点研究論文集』[7]JGSSで見た日本人の意識と行動、大阪商業大学比較地域研究所、2008年3月、 85―86頁。
  20. ^ 第一生命 2008 年 ミニ作文アンケート 「大人になったらなりたいもの」 (PDF)”. 第一生命保険 (2009年4月28日). 2009年8月23日閲覧。

関連項目[編集]

歴史[編集]

女性[編集]

関連事項[編集]

外部リンク[編集]