首藤剛志

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首藤 剛志(しゅどう たけし、1949年8月18日 - )は、福岡県出身の日本の脚本家小説家。アニメ関係の仕事を中心にする。日本脚本家連盟会員。

父は福岡県副知事、自治事務次官、地方財務協会会長などを務めた首藤堯(しゅどう たかし)。

代表作はアニメ『魔法のプリンセスミンキーモモ』『戦国魔神ゴーショーグン』『ポケットモンスター』など。ライトなコメディを得意とし、洒脱な台詞に人気がある。シリーズ構成した作品の予告のユニークさでも知られている。『ポケットモンスター』では、ロケット団の口上、「なんだかんだと聞かれたら~ニャーンってな」という名フレーズを産み出した。

生まれは福岡県だが、幼少時は、東京都札幌市奈良県などを転居し、土着性のない乾いた作風はそうした経験から来ているとは本人の弁。特に東京の渋谷には小学5年のときから居住し、1990年代の代表作『アイドル天使ようこそようこ』は渋谷を舞台にした。その後小田原に転居し、以後の作品はほとんど小田原で執筆されている。現在は元の渋谷に在住。左利き。

目次

[編集] 略歴

大学受験に失敗し、妹の買って来た専門誌『シナリオ』を読んだことがきっかけで、予備校へのための学資でシナリオ研究所へ。そこで書いた脚本が認められ、1969年、19歳の若さでテレビ時代劇大江戸捜査網』の脚本でデビュー。しかし、納得のいかない脚本の直しに嫌気が差し、「やりたくもない人情ものなどたくさん!」とシナリオを書くことを止めてしまう。「体質的にだめ。人情モノを書くと手に震えがくる」とは本人の弁(『アニメック』通巻第28巻特集「TVアニメ20周年と私」収載の談話<冗談が通じる時代になったなァ>より)。

結局、脚本家としての仕事はその1本のみで、その後は教育機器や冠婚葬祭関係のセールスマンをしながら、少女漫画の原作の手伝いやドラマのプロットなど名前の出ない仕事をしながらときを過ごす。セールスマンの仕事で貯めた金をヨーロッパを放浪して使い果たして帰国すると、知人である脚本家の宮内婦貴子からの紹介で、ダックス・インターナショナル制作のテレビアニメまんが世界昔ばなし』で、1976年11月に『かしこいコヨーテ』で再デビュー。以後、ダックスでは『巴里のイザベル』や、『まんがはじめて物語』から始まる一連のシリーズを長く手がけた。

1980年代前半にはタツノコプロ作品も手がけるが、首藤の作家性が発露され、出世作となったのは葦プロダクションで原案からシリーズ構成まで手がけたオリジナル『魔法のプリンセス ミンキーモモ』『戦国魔神ゴーショーグン』である。両作の中心演出家湯山邦彦とは、後に1990年代に『ミンキーモモ』の続編や、『ポケットモンスター』で仕事を共にする。また、葦プロダクションでは『アイドル天使ようこそようこ』など代表的な仕事を多くした。

その他に、原作付きながら首藤のカラーが強く出た作品には、1982年の『さすがの猿飛』、1994年の『超くせになりそう』などがある。 1984年、第一回日本アニメ大賞脚本賞を『まんがはじめて物語』『魔法のプリンセス ミンキーモモ』『さすがの猿飛』で受賞。

現在は『アニメスタイル』のホームページにコラムを寄稿している他、長編作準備中である。今までの主要な作品のシナリオや資料は、小田原市立図書館内にある。

[編集] 作品歴

[編集] テレビアニメ

[編集] 葦プロダクション

[編集] ダックス・インターナショナル

「まんがふる里昔話」

[編集] タツノコプロ

[編集] その他

[編集] 劇場アニメ

[編集] オリジナルビデオアニメ

[編集] テレビドラマ

[編集] 小説

  • 永遠のフィレーナ 全9巻
  • 戦国魔神ゴーショーグン シリーズ
    • 戦国魔神ゴーショーグン
    • その後の戦国魔神ゴーショーグン
    • またまた戦国魔神ゴーショーグン 狂気の檻
    • 4度戦国魔神ゴーショーグン 覚醒する密林
    • 戦国魔神ゴーショーグン 時の異邦人
    • はるか海原の源へ
    • 番外編 幕末豪将軍
    • 番外編2 美しき黄昏のパバーヌ
  • 都立高校独立国
  • バース
  • 魔法のプリンセス ミンキーモモ
  • ポケットモンスター The Animation〈VOL.1〉旅立ち
  • ポケットモンスター The Animation〈VOL.2〉仲間

[編集] 外部リンク