モラルハラスメント

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モラルハラスメント: Harcèlement moral: Mobbing)とは、モラルによる精神的な暴力嫌がらせのこと。俗語としてモラハラと略すこともある。フランス精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌが提唱した言葉。外傷等が残るため顕在化しやすい肉体的な暴力と違い、言葉や態度等によって行われる精神的な暴力は、見えづらいため長い間潜在的な物として存在していたが、イルゴイエンヌの提唱により知られるようになった[1]。イルゴイエンヌは、社会は精神的な暴力に対しては対応が甘いが、精神的な暴力は肉体的な暴力と同じ程度に、場合によっては肉体的な暴力以上に人を傷つけるもので、犯罪であると述べる[2]。 モラルハラスメントがどれほど被害者の心身の健康に破壊的な影響を与えるのか、その恐ろしさを嫌と言うほど見てきた。モラルハラスメントは、精神的な殺人、とも述べている。[3] 

早稲田大学理工学部名誉教授、加藤諦三によると、モラル・ハラスメントの加害者のサディズムは、攻撃的パーソナリティーでは顕著に表れ、わかりやすい直接攻撃だが、迎合的パーソナリティーの人の場合には狡猾に表れる。迎合的パーソナリティーの人によるモラルハラスメントは迎え入れて相手に合わせて優しい言葉で相手を誘惑し騙しながら非言語コミュニケーションを通して非言語的メッセージで相手を攻撃していく。

インターネット上のサイトでは単なる嫌がらせとモラル・ハラスメントを混同させているように見受けられる記述がある。

harcèlement moralという言葉の意味は、「身体的ではなく、精神的・情緒的な次元を通じて行われる継続的ないじめ、いやがらせ、つきまといなどの虐待」[4] 「モラル・ハラスメント」が成立するためには、「いやがらせ」が行われると共に、それが隠ぺいされねばならない。「いやがらせ」と「いやがらせの隠蔽」とが同時に行われることが、モラル・ハラスメントの成立にとって、決定的に重要である。[5]

モラル・ハラスメントの加害者と被害者[編集]

モラル・ハラスメントの加害者となる人物には特徴が存在する。加害者となるのは、「自己愛的な変質者」[6]である。罪悪感を持たない、責任を他人に押し付ける[7]、子供の頃に受けた何かのトラウマによってなる性格だとは考えられるが[8]、普通の人なら罪悪感を持ってしまうような言動を平気で出来る[6]、誰かから奪うことを欲している[9]、内心の葛藤を自身で引き受けることが出来ず外部に向ける、自身を守るために他人を破壊する必要を持つという「変質性」を持つ[10]、というところに特徴があり、「症状のない精神病者」と理解される[11]。モラル・ハラスメントの加害者の攻撃性はナルシシズムが病的に拡大されたものである[12][13][14]。モラル・ハラスメントの加害者は、自分が「常識」であり、真実や善悪の判定者であるかのようにふるまい[15]、優れた人物であるという印象を与えようとし[15]、自分の欠点に気づかないようにするために他人の欠点を暴きたて[16]、賞賛してもらうために他人を必要とする[16]。モラル・ハラスメントの加害者の論理では、他人を尊重するなどという考えは存在しない[16]。加害者は復讐の気持ちをともなった怒りや恨みも持ち[17]、被害者にすべての責任を押しつけてしまうことによって、ストレスや苦しみから逃れる[18]。相手の弱みを見つけ暴き攻撃することによって優位を保とうとする、この時その相手と言うのは、自己愛的な変質者の心のなかでは全てに責任のある悪い人間、すなわち破壊されなければならない人間になってる、執拗に攻撃を繰り返すのだが、この過程で加害者が相手のアイデンティティーが破壊していくのを見て喜こんでるいるのには間違いない[19]

とはいえ、職業よってはモラルハラスメントを評価する社会的な背景、或いはモラルハラスメントを面白いと受けとる人達が存在するという現実が実際にあるのも事実で、容易に判断することは極めて難しく非常に複雑な問題である。

イルゴイエンヌの形容するところによるとモラル・ハラスメントの加害者は「精神の吸血鬼」であり、誰かが楽しんでいるのを見ると、それがたとえ自分の子供であっても、その楽しみを妨害しようとし[20]、絶えず誰かの悪口を言っている[20]。物質的・精神的を問わず、自分が持っていないものを持っている人物を見ると、普通の人は努力して手に入れるか諦めるかするのだが、モラル・ハラスメントの加害者になるような人物は、相手を破壊し、辱め、貶めようとする。「羨望」が加害者の原動力である[21]。羨望から相手の持っているものを手に入れるとき、モラル・ハラスメントの加害者になるような人物は、相手と与え合う関係を築いて欲しいものをもらうという方法は取らず、例えば、相手が優れた考えを述べたとすると「その考えは相手のものではなく、加害者のものになる」という方法を取る[22][23][24]

「自己愛的な変質者」には気をつけた方がいい、この人達はは人々をひきつけ支配下に置き価値観の基準をひっくり返すことができる。 集団に混じっていれば集団的倫理観が破壊してしまう。[25]

迎合的パーソナリティーの人によるモラルハラスメントは迎え入れて相手に合わせて優しい言葉で相手を誘惑し騙しながら非言語コミュニケーションを通して非言語的メッセージで相手を攻撃していくので、悪口も言わず、言葉の暴力も使わず、善人を装いながら非言語的メッセージで相手を攻撃していく。

モラル・ハラスメントの被害者に選ばれる人物にも傾向が存在する。被害者となるのは、几帳面で、秩序を愛し、他者への配慮を働かせ、責任感が強い、メランコリー親和型の人物で、起こった出来事に対して、自分が悪いのではと罪悪感を持ちやすい[13]、誰かに与えることを欲している[9]という特徴がある。そのタイプの人物が、自己愛的な変質者が欲しているのだが持っていないものを持っているか、自身の生活のなかから喜びを引き出している場合、自己愛的な変質者の前に居合わせることになったとき、被害者に選ばれる[26]

モラル・ハラスメントの過程[編集]

モラル・ハラスメントの過程では、虐待者は被害者の自由を奪いつつ、しかも自由だと思い込ませるのである。[27] モラル・ハラスメントの加害者が人を支配しようとするのには、妄想症の人間が自身の「力」を用いるのとは対照的に、自身の「魅力」を用いる[28]。次に、嫌味、皮肉、口調、態度など、ひとつひとつを取ってみればとりたてて問題にするほどのことではないと思えるようなささいな事柄・やり方によって、被害者の考えや行動を支配・コントロールしようとする。この段階では、加害者は被害者に罪悪感を与え、周囲には被害者が悪いと思わせようとする[29][30]

支配が成立すると、被害者は混乱に陥る。呻く気にもならず、どうやって呻いてよいかもわからない。麻酔をかけられたように、頭が真っ白になり、考えることができなくなった、とこぼすばかりである。[31]

被害者が自立しようとすると、中傷や罵倒などの精神的な暴力を振るい始める[30]。だが、モラル・ハラスメントのメカニズムが機能しているかぎり、加害者の心には安寧がもたらされるので、被害者以外の人には「感じのいい人」として振る舞うことが出来る。そのため、ある人が突然モラル・ハラスメントの加害者として振る舞ったとき、周囲には驚きがもたらされ、時にはハラスメントの否定さえなされる[32]

モラル・ハラスメントの全過程を通じて被害者は加害者の真意をはかりかね、悪意を想像しない、あるいは自分のほうが悪いのではないかと逡巡する、暴力は相手が悪いが、原因は自分にあると思考してしまう、などによって苦しむ[30][33]

モラル・ハラスメントの加害者が行う個々の攻撃行動は、普通の人でもやってしまうことがあるものだが、普通の人はためらいや罪悪感を伴ってしまうところを、「本物の加害者」[34]は自身のほうが被害者だと考える[35]。反対に、耐えかねた被害者が加害者に肉体的な暴力をふるってしまうこともよく起こる。加害者がそのように仕向けることすらある[36]

加害者は自分のしてることを周りにも、相手にも気づかれないようにして、巧みに被害者を傷つけていく。その結果、被害者は肉体的にも精神的にもかなり苦しんでいるのにその苦しみの原因がわからず、時には随分時間がたってからようやく自分がモラルハラスメントを受けていた事に気づく。また何年も経過した後でも被害者は、行動する度に加害者から言われた中傷誹謗や軽蔑の言葉が頭に蘇り、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に長期的に悩み苦しむこともよくある。[37]

2002年1月には、フランスで、職場におけるモラル・ハラスメントを禁止する法律が制定された[38][39]

日本国においては、現在、厚生労働省や法務省など政府関係のサイト、パンフレット等配布物にはモラルハラスメントという表現ではなく「パワーハラスメント・いじめ・嫌がらせ」という表記が多くみられ、モラルハラスメントの周知徹底は、弁護士事務所や民間相談機関、個人などが開設したサイトが担っている部分が大きいのが現状である。

モラル・ハラスメントのセカンド・ハラスメント[編集]

セカンド・ハラスメントを行う人には少なくとも三種類ある。 (1)悪質な「担当者」あるいは「専門家」 (2)同じ虐待者に脅かされて混乱している周辺の人物 (3)同じような虐待者によるハラスメント被害を受けており、それを受け入れているお節介な人[40]

脚注[編集]

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  1. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.12 - 14.
  2. ^ フランスにおいては、1998年時点では、社会は精神的な暴力に対しては対応が甘く、肉体的な暴力に対して厳しいので、その点が問題だという。 イルゴイエンヌ(2006) pp.19, 12 - 13.
  3. ^ モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする P236
  4. ^ 誰が星の王子さまを殺したのか モラル・ハラスメントの罠 P31
  5. ^ 誰が星の王子さまを殺したのか モラル・ハラスメントの罠 P33
  6. ^ a b イルゴイエンヌ(2006) p.9.
  7. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.224 - 225.
  8. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.12, 211, 222 - 224, 227 - 228.
  9. ^ a b イルゴイエンヌ(2006) p.241.
  10. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.209 - 210.
  11. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.210 - 211.
  12. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.211 - 215.
  13. ^ a b イルゴイエンヌ(2006) pp.9 - 10.
  14. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.209 - 228.
  15. ^ a b イルゴイエンヌ(2006) p.215.
  16. ^ a b c イルゴイエンヌ(2006) p.216.
  17. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.212, 218.
  18. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.256.
  19. ^ 『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』2003年 P338
  20. ^ a b イルゴイエンヌ(2006) p.220.
  21. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.220 - 222.
  22. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.222.
  23. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.222 - 224.
  24. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.230, 229 - 245.
  25. ^ 『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』2003年
  26. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.218 - 220.
  27. ^ 誰が星の王子さまを殺したのか モラル・ハラスメントの罠 P80
  28. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.226.
  29. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.250 - 255.
  30. ^ a b c イルゴイエンヌ(2006) pp.10 - 11.
  31. ^ 誰が星の王子さまを殺したのか モラル・ハラスメントの罠 P64
  32. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.228.
  33. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.250 - 259.
  34. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.11.
  35. ^ イルゴイエンヌ(2006) pp.11, 209.
  36. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.19.
  37. ^ モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする
  38. ^ イルゴイエンヌ(2006) p.14.
  39. ^ 「モラル・ハラスメント」規制を法制化
  40. ^ 誰が星の王子さまを殺したのか モラル・ハラスメントの罠 P104

参考文献[編集]

  • マリー=フランス・イルゴイエンヌ 『モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない』 高野優訳、紀伊國屋書店、(初版 1999年)、2006年。 ISBN 4-314-00861-X
  • マリー=フランス・イルゴイエンヌ 『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』 紀伊國屋書店、2003年。ISBN 9784314009324

関連項目[編集]

外部リンク[編集]