片親引き離し症候群

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片親引き離し症候群(かたおやひきはなししょうこうぐん、英:Parental Alienation Syndrome、略称PAS)とは、1980年代初めにリチャード・A・ガードナーによって提唱された用語で、両親の離婚別居などの原因により、子供を監護している方の([監護親])が、もう一方の親(非監護親)に対する誹謗中傷悪口などマイナスなイメージを子供に吹き込むことでマインドコントロール洗脳を行い、子供を他方の親から引き離すようし向け、結果として正当な理由もなく片親に会えなくさせている状況を指す。

WHOでは、ICD-11において親の疎外(Parental alienation)について、検索用語として削除した(Therefore, the index term ‘parental alienation’ has been removed, as has the parallel index term ‘parental estrangement’.)[1]

EUイスタンブール条約(女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスの防止およびこれとの闘いに関する条約、2011年)の2022年国際女性デーにおける声明[2]について、平野裕二によれば、「片親疎外」(Parental Alienation)という用語および類似の概念・用語の濫用は、抑制されなければならない。 「片親疎外」の非難を、権力および統制の継続と捉えるべきである。このような概念の濫用は、そもそも指令において明示的に違法化されなければならない。これらの概念は、母親に対して面会交流または監護権を認めない目的で、虐待的な親によって(通常は虐待的父親から母親に対して)しばしば用いられてきたためである。[3]と述べている。

概要[編集]

PASの影響として、子供の精神面や身体面に様々な悪弊が出たり、生育に悪影響があり、配偶者に対しての情緒的虐待でもあると捉えられている[4][5][6][7][8]。ガードナーは、PASは子供に様々な情緒的問題、対人関係上の問題などを生じさせ、長期間にわたって悪影響を及ぼすと主張、引き離しを企てている親の行為は子供に対する精神的虐待であると指摘している。 PASの法的証拠としての有効性は、専門家委員会のレビューや、イギリスのイングランド・ウェールズ控訴院によって否定されており、カナダ法務省はPASを用いないように推奨しているが、米国の家庭裁判所での論争においては用いられた例がある[9][10]。ガードナーは、PASは法曹界に受け入れられており、多くの判例もあるとしているが、実際の事件を法的に分析した結果、この主張は正しくないことが示されている[11]

PASを医学的に「症候群」や「疾患」であると認定している専門職団体はない。アメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版(DSM-5)の草案には記載されていない。 連れ去りが、子供にしばしば引き起こす精神的障害は、分離不安、PTSD、摂食障害、学習障害、行動障害などである[12]。これらの精神的障害は、DSMに記載されている。自然災害もPTSDを起こすことがあるが、自然災害は「疾患」ではない。同様に、連れ去り自体は「疾患」ではない。

PASという用語について[編集]

PASは診断学上の症候群の概念には該当していない。これについては、ガードナーとケリー&ジョンストンの間で激しい論争があった。ケリー&ジョンストンは「疎外された子供」の定義から評価することを提唱し、子供が他方の親との接触に抵抗を示すケースの全てを、悪意のプログラミングによる片親引き離し症候群と考えるのは単純であり、診断学上のシンドローム(症候群)に該当しないと批判した。

片親引き離しの影響[編集]

片親引き離しは、子供に次のような影響を与えるとされている[13]

片親だけで育てられた子供は、精神的な問題を起こしやすい
片親だけで育てられた子供は、学業成績不良、睡眠障害、抑うつ症状、自殺企図、違法行為、風紀の乱れ、薬物依存などの問題を起こしやすい。バージニア大学のヘザリントン教授は、離婚が子供に及ぼす影響について研究したが、「片親だけで育てられた子供は、精神的トラブルが2倍になる[14]」と述べた(ここでは触れられていないが、再婚家庭においても同様の問題が起きやすい事が指摘されている。詳しくは下記を参照)。
子供の発達・発育に不利になる
ケンブリッジ大学のMichael Lamb 教授は、「片親と子供の分離が子供に不利にならないようにするためには、時間をうまく配分したとしても、片親と過ごす時間が子供の時間の30~35%以上あることが必要である」と述べた。
一方の親の役割を果たせなくなる
父親の役割と、母親の役割は、共通の部分もあるが、異なる部分もある。例えば、父親は、子供が成長して迎え入れられる社会について、子供に教え準備をさせ、子供の独立を促す。また規律、ルール、労働、責任、協力、競争などについて、子供に教える [15][16][17]。一方で、母親は、子供の情操面を育み、思いやりや優しさを教える。子供の心の健全な発育のためには、母子の心理的な絆が不可欠である[18]
同居親との関係もうまく行かなくなる
別居や離婚が子供の思春期以後に起きた場合には、子供から片親が引き離されると、子供は同居親からも精神的に離れていく事が多い。同居親とあまり話さなくなったり、自室に引きこもったりする事が多くなる。同居親に新しい交際相手ができて性的活動が行われるようになると、この傾向は一層顕著になる[19]

片親疎外の段階と症状の違い[編集]

ガードナーは、片親疎外の段階について3つに区分し、それぞれの段階に応じた対処の方法を提唱している。以下の表はその区分の目安である。

主な症状 軽度 中度 重度
中傷のキャンペーン 最小 中度 手強い
薄弱・軽率・不条理な、軽蔑の正当化(嫌悪感や恐怖心の説明が不合理・不適切な内容で、拒絶された親の言動と釣り合っていない) 最小 中度 多数の不条理な正当化
両面感情の欠如(非同居親をもっぱら否定的な言葉で言い表し、同時に同居親をほとんど完璧なよい存在として言い表す) 正常な両面感情 両面感情なし 両面感情なし
独立思考者現象(非同居親を拒絶しているのは自分自身の意思であって、同居親の影響ではないと言い張る) 普通はない ある ある
両親間の対立での疎外する親への反射的な支持 最少 ある ある
非同居親への誹謗・中傷・搾取に対する罪悪感の欠如 普通の罪悪感 最少か欠如 欠如
シナリオの借用(子供の表現が、片親疎外を引き起こそうとしている同居親の表現を模倣している) 最少 ある ある
非同居親の親戚・知人らへの憎悪や恐怖の対象の拡大 最少 ある 手強い、しばしば狂信的
訪問面会時にすぐ慣れるか 普通は慣れる 中度 手強い、訪問できない
訪問時の行為 良好 時折、敵対的で挑発的 訪問しない、もしくは破壊的で、訪問中はずっと挑発的
同居親との結びつき 強い、健全 強い、軽度から中度に病的 深刻に病的、 偏執的な結合
非同居親との結びつき 強い、健全かやや病的 強い、健全かやや病的 強い、病的

脚注[編集]

  1. ^ https://www.who.int/standards/classifications/frequently-asked-questions/parental-alienation
  2. ^ https://spcommreports.ohchr.org/TMResultsBase/DownLoadPublicCommunicationFile?gId=27600
  3. ^ https://note.com/childrights/n/n119f664f33f5
  4. ^ Parental Kidnapping: A New Form of Child Abuse
  5. ^ Parental Child Abduction is Child Abuse
  6. ^ Parental Kidnapping: Prevention and Remedies Hoff著、アメリカ弁護士協会、2000年
  7. ^ 米国政府文書
  8. ^ The Crime of Family Abduction 米国法務省の文書
  9. ^ Fortin, Jane (2003). Children's Rights and the Developing Law. Cambridge University Press. pp. 263. ISBN 9780521606486 
  10. ^ Bainham, Andrew (2005). Children: The Modern Law. Jordans. pp. 161. ISBN 9780853089391 
  11. ^ Hoult, JA (2006). “The Evidentiary Admissibility of Parental Alienation Syndrome: Science, Law, and Policy”. Children's Legal Rights Journal 26 (1). http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=910267. 
  12. ^ Parental Child Abductions Victims of Violence - カナダ政府が出資している機関
  13. ^ Signs of Parental Alienation
  14. ^ ISBN 0393324133 For Better or for Worce, Hetherington
  15. ^ The Role of the Father
  16. ^ Biology of Dads BBCドキュメンタリー番組
  17. ^ 人間関係「父親が子どもの発達に与える影響」第2節 p37-39 著:谷田貝公昭
  18. ^ 『母性の復権』林道義
  19. ^ ISBN 1886230846 Parenting after Divorce, P70

17. https://parentalalienationanonymous.com/

参考サイト[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]