性的いじめ

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性的いじめ(せいてきいじめ)とは、学校や職場で児童・生徒・学生・勤労者が加害者から露出の強要を含む性的虐待を受けることである。家庭での虐待の延長線上にある場合や、家庭と学校(あるいは職場)とで二重に被害を受ける場合もあり、こうした被害がドミノ式に起こることもある。

日本の学校における性的いじめ[編集]

現在の日本の教育現場においては、通常のいじめと違い、性的ないじめについてのきちんとした研究はない。「性的いじめ」はいじめというよりも、明らかに性犯罪なのであるが、加害者の将来を守るために「いじめ」として処理されることが多い。

かつて、教師父親による性犯罪が「そんなことはありえない」こととされていたように、現在では児童生徒同士の性的いじめ・性犯罪に対して「そんなことはありえない」という認識を持つ人が多いが、実際は多く存在する。かつては「男の気を引く身なりをした女性が刺激された男性にレイプされる」といった類のことが無根拠に信じられていた。現代でも「性的虐待の加害者は成人である」という先入観は強く残っており、「性的いじめ」に対して、社会と当事者たちの間に大きな認識のずれがある。

2006年に起きた尼崎児童暴行事件では、小学生の女子児童が同級生から性的暴行を受けた。また、長崎で起きた事件では、男子児童が、同級生の前で下半身を露出させられ自殺した(加害少年は逮捕されたが、少年院には送られなかった)。これらの事件に伴う特異性からほとんど報道されず、隠蔽される傾向が強い。報道されることによるメディアスクラムの問題はあるものも、結果としては加害者を守り、被害者を泣き寝入りさせざるをえない状況へと追い込んでいる。この尼崎児童暴行事件については婦女暴行にまでエスカレートしたために一部で報道されたが、その前段階の性的いじめが報道されることは他のいじめ同様に皆無である。また、性的いじめはそれ以外のいじめ以上に隠蔽されやすい。学校外であれば性犯罪強要罪暴行罪として刑事事件になるにもかかわらず、学校内で起きたというだけで、ありきたりないじめとして扱われ、治外法権のような扱いになるのは理不尽であるとの指摘がある。

アメリカの学校における性暴力の調査結果[編集]

アメリカでは学校におけるセクハラがどの程度行われているかの調査結果がある。

  • American Association of University Women(AAUW 2002)の調査報告:8年生から11年生の2064人に対する調査を行ったが83%の男子、78%の女子が被害に遭っていた。また、38%の生徒が教員や職員にセクハラを行われており、また逆に36%の教員や職員が生徒に被害を受けていた。教師・職員同士であっても42%が受けていたという。

性的いじめの実態[編集]

様々な事件[編集]

かつて小学校で、同級生に胸を触られていた女子児童が自殺するという非常に痛ましい事件も起こっている。また、中学校で同級生から繰り返し性的暴力を受け、強姦にまで発展した事件(旭川女子中学生集団暴行事件)があったが、それも最初はスカートめくりなどのいじめから始まったという。(被害者側一審勝訴)

男子が被害に遭う事も多い。1984年には大阪府で二人の男の子が人前でマスターベーションをやらされるといういじめを受け、いじめた相手を殺害する大阪産業大学付属高校同級生殺害事件が起きた。2006年10月11日には中学のトイレでズボンをずり下ろされた少年が自殺福岡中2いじめ自殺事件)。2006年11月14日神林村立平林中学校で少女達の前でズボンを脱がされた少年が首吊り自殺した(この事件はいじめとして認定されなかった)。解離性同一性障害で知られるビリー・ミリガンは女子にズボンを脱がされ自殺しようとし、レイゲンが彼を止めたという話もある(彼の場合、家庭内でも義理の父による性的虐待があった)。

男女が学校で別々のクラスで学んでいた時代から性的いじめは存在していたとも言われる。現在でも男子校での男性間での性的いじめは発生している。しかし今日の男女が同じクラスで学ぶ時代では、性的いじめを受けている姿を異性に見られる、また男子児童が女子児童に対し性的いじめを加える(あるいはその逆)といった事が起こるので男女別学の時代より問題はより深刻であるといえる(特に大学では男子大学が存在しないので深刻である)。また、昔の性的いじめはお互いにやりあうものだったようだが、現代の性的いじめは特定の子だけが対象にされる。

性的いじめの加害者[編集]

アメリカの医師であるローレンス・カンターは(程度の重くない)性的いじめ等に対して「この種の行動は完全に正常(だが、社会的に不適切だ)」と述べている[1]。一方、正常ではないという意見もあり、ロバート・K・レスラーは若年層の小児性犯罪のケースで倫理観が欠如しているケースが多いという事を述べている[2]

ただ、いずれにせよ加害者が成人後特に性的に加虐傾向を持つということは少なく、性的に歪むことなく普通の家庭を営める場合が多いと考えられている。しかし仮に性的いじめが加害者の性的歪みによるものでなく、発達には何の異常もなかったとしても、被害者にとってはその後の人生に深刻なダメージを与える。

被害者の精神的影響[編集]

いじめで自殺する人は多くの場合、性的ないじめを受けていて誰にも言えない(加害者・傍観者も語らない)とも言われる。自殺までいかなくてもリストカットをする女性の一定数が児童期に性的いじめを受けているという説もある。

また、裸にされる・胸や性器を触られるといった激しい性的いじめ(性犯罪)の被害者となった者の一部にはその後、性的トラブルを引き起こしたり、性産業に従事するという者もいる。これは吉田タカコ著の『子どもと性被害』の中に書かれているような「幼い頃に受けた被害は、抵抗しても無駄だったのだ」ということを確かめようとする作業であり、誤った方法ではあるが自己の尊厳を守ろうとする行動であるともいえる。実際アメリカの「全国暴行防止センター」が、ある病院で調査をおこなったところ、精神衛生上の治療を受けている性産業従事者(いわゆる売春婦など)の多くが児童期などに性的いじめおよび性的虐待を経験していたという(『ノーをいえる子どもに』童話館出版)。

法・社会的な問題点[編集]

加害者が成人である場合、裁判などなんらかの方法で社会的制裁を加える事が可能であるが、性的いじめは未成年である児童生徒(時には刑法上罪に問えない13歳未満の児童が加害者になることも多い)が加害者のため、十分な被害者救済がはかれないため、実質上泣き寝入りせざるをえない場合も多い。成人が加害者である性的虐待も決して顕在化しているとは言いがたいが、性的いじめは成人が加害者である性的虐待以上に顕在化しにくいのである。

実は、性的いじめに関する取り組みの遅さには背景がある。もともと性暴力および性的虐待からの回復の取り組みはフェミニズムの影響を受けて始まった。つまり、「加害者は強者である成人男性で、被害者は弱者である女子なのだ」という考え方である。このフェミニズム的な考え方からすれば、女性と同じように成人男性に抑圧・搾取されているはずの児童が加害者となってはまずいことになる。よって性的いじめに関してはどの国でもその取り組みが遅い。

テレビ番組の影響[編集]

2007年に岐阜県の中学校で、女子生徒が同級生の女子生徒の服を脱がせるというイジメが発覚し報道された。加害者生徒は「笑えるからやった」「面白いからやった」「芸人の真似をした」といった供述をしている。

教師による性暴力[編集]

日本において教師の学生に対する性暴力もおこると考えられている。だが、「証拠がないとなんともいえない」「生徒の話を全面的に信用するわけにはいかない」「その生徒を直接尋問したい」「その女生徒が誘ったのではないか」「男性教員の車に乗りたがるなんて思慮が足りない」など[3]、学校側がこういった話をまともに取り扱わない傾向も強い。ただ、近年は各校防止に努力している。

教師は、教師という信用のある役職に就いている。このため、知的成長及び私生活の間の境界は、曇らされた状態になるかもしれない。この状況において、いくらかの人間は、教育領域から個人的領域まで性的関係へ容易に動く。学生を虐待する教師は、結婚のトラブル、離婚、金融難、精神医学的問題、配偶者または子供の死のような様々な個人的問題、または、心的外傷からストレスを経験しているかもしれない。その行動が、そのようなストレスの効果の徴候であり得るなら、状況が変わるならば止まるかもしれない。

その一方で、未成年児童に対する性犯罪で、教師が加害者になるケースは比較的少ないといえる。(判明している数ではあるが)警察庁の資料によると、小学生・中学生に対する性犯罪加害者(連れ去り未遂など含む)の職業の一位は無職であり二位は学生・生徒である。しかし、マスコミなどで過剰に取り上げられる傾向があるため、件数自体が多いかのような認識が一般に広まっている。これは一種のタブー意識との問題ともかかわってくる。

なお、アメリカでは特に近年十年間の学生及び教師の間の本当に合意の上の性交渉を犯罪とみなすべきかどうか論争があった。多くの専門家の主張によれば、「双方の合意」があるにせよ、最も一般に表明された教師と生徒の関係は、セクハラ・性的虐待とみなされる。そこに力の差は存在するため、厳密な意味で「双方の合意」があるとみなすことができない可能性がある。教師は、学生に一種の神聖な信用を持つ。

参考文献[編集]

  • 『FBI心理分析官異常殺人者ファイル(上)』(ロバート・K. レスラー、1996) ISBN 4-562-02881-5

関連項目[編集]

出典[編集]

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  1. ^ ”playing doctor” 「parrents magazine」(1994)
  2. ^ 『FBI心理分析官異常殺人者ファイル(上)』(ロバート・K. レスラー、1996) ISBN 4-562-02881-5
  3. ^ 『子どもと性被害』(吉田タカコ、2001)ISBN 4-08-720095-7