島田紳助・松本竜介

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島田紳助・松本竜介
メンバー 島田紳助
松本竜介
別名 紳助・竜介、紳竜
結成年 1976年[1]
解散年 1985年[1]
事務所 吉本興業
活動時期 1977年7月15日(初舞台) - 1985年5月17日(解散会見)
師匠 島田洋之介・今喜多代(紳助のみ)
影響 第2期B&B島田洋七
出会い 明石家さんまの紹介
芸種 漫才
ネタ作成者 島田紳助
過去の代表番組 THE MANZAI(フジテレビ)
オレたちひょうきん族(フジテレビ)
笑ってる場合ですよ!(フジテレビ)
受賞歴
#受賞歴参照
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島田 紳助・松本 竜介(しまだ しんすけ・まつもと りゅうすけ)は、かつて存在した日本の漫才コンビ。昭和時代の末期に活動した。略称「紳助・竜介」(しんすけ・りゅうすけ)または「紳竜」(しんりゅう)。所属事務所は吉本興業1980年代前半の漫才ブームを牽引したコンビのひとつ。

メンバー[編集]

詳細は各項目を参照。

ボケ担当。コンビ解散後はタレントとして活動していたが、2011年に自らの不祥事の責任をとって芸能界を引退。
ツッコミ、合いの手担当。紳助に誘われるまでは、吉本の劇場・花月の進行スタッフだった。コンビ解散後は事業家へ転向したものの借金を抱え、晩年は自己破産を申し立てるなど経済的苦境をかかえた。2006年4月1日に脳幹出血のため死去。

コンビ略歴・芸風[編集]

島田洋之介・今喜多代の内弟子だった紳助がポストB&Bを狙って竜介を誘い、1976年[1]にコンビを結成。竜介は紳助にとって3番目の相方で[1]、同期の明石家さんまの紹介によるものだった。

紳助は既存の漫才師や、自分たちの芸を徹底的に研究した結果「若い世代にだけ受ける漫才」を目指すことに決め、当時の漫才ではスタンダードとされた背広のスタイルを廃し、リーゼントヘアにつなぎの作業着という当時の不良少年のファッションスタイルで演じる「ツッパリ漫才」を考案。「『落ちこぼれ』の本音の会話[1]」を代弁するスタイルで中高生から圧倒的な支持を得るに至った。放送作家の古川嘉一郎は紳竜漫才の革新性について「漫才は、そもそもAがBを笑うという賢者と愚者のパターンだった。ところが紳竜の漫才は愚者同士。これは大発明というしかない[1]」と絶賛している。

1977年7月15日から5日間の、京都花月の7月中席でデビュー。同年11月4日、コンビ結成4ヶ月で第8回NHK上方漫才コンテストの予選会を通過し、そのまま翌1978年3月4日の決勝まで勝ち残り、優秀敢闘賞を受賞した。1980年4月1日フジテレビ火曜ワイドスペシャル枠で『THE MANZAI』第1回目がスタート。紳竜も出演し、これ以降全11回に出演している(当番組シリーズでは唯一)。初回の番組視聴率は15.3%を記録した。1981年5月16日、フジテレビ系列で特番として『オレたちひょうきん族』が放送開始(同年10月10日からレギュラー化し、紳竜も引き続き出演する)。1981年には正月三が日の出演本数ランキングで7位(12本、桂三枝と同数[1])を記録するなど、テレビタレントして人気絶頂に達する。

その一方で、「直球一本の漫才で、やす・きよさんのようにカーブを投げられるわけではなかった[1]」として、芸の限界を感じ始めていた。紳助は「最後の三年間は惰性やった[1]」とも回想している。漫才ブーム収束後の1985年5月16日午後、大阪の吉本総合芸能学院で記者会見を開き、コンビ解散を発表。紳助は会見で、その数日前に舞台を見たという、当時ほとんど無名だったダウンタウンの名を挙げてその芸をたたえ[1]、「俺らの時代は終わった」と語った。5月20日のなんば花月の舞台が最後となった。

紳助によれば、2006年に2人が50歳になったときの記念として一度限りの復活漫才が企画され、往年のつなぎの衣装も準備されていたものの、同年の竜介の急死により幻となった。

受賞歴[編集]

出演[編集]

ピンでの出演は各項目を参照。

テレビバラエティ[編集]

レギュラー
特番

テレビドラマ[編集]

テレビCM[編集]

ラジオ[編集]

映画[編集]

ライブ[編集]

新手漫才を楽しむ会 漫才なんかやめたるわい! ホナ誰が笑わせてくれんねん!
当時の入場料は500円だった。
新手漫才を楽しむ会 漫才なんかやめたるわい! 2回目じゃ
さんま・紳竜マジカルミステリーツアー 拍手を求めて三千里
東西お笑い劇場 跳べ若手の会PART2

ディスコグラフィー[編集]

DVD・VHS[編集]

  • お笑いネットワーク発 漫才の殿堂(1996年3月21日発売)VHS版
  • お笑いネットワーク発 漫才の殿堂(2003年6月18日発売)
  • 紳竜の研究(2007年5月30日発売)

書籍[編集]

出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j 読売新聞大阪本社文化部(編)『上方放送お笑い史』 読売新聞社、1999年 pp.342-344、p.354、p.365