狸小路商店街

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狸小路商店街(2008年6月)

狸小路商店街(たぬきこうじしょうてんがい)は、北海道札幌市中央区にある商店街。狸小路商店街を中心とした繁華街一帯は、狸小路という通称で呼ばれる。

概要[編集]

狸小路商店街の7丁目。(2010年4月)

東端は創成川を基点とし、市道南2・3条中通線に添う形で西へ約1kmの地域を中心とする。公式な「狸小路商店街」は、西1丁目~西7丁目間の「札幌狸小路商店街振興組合」加盟約200店舗。商店街の中でも、7丁目は1~6丁目のような賑わいはなく、人通りもまばらである。また、かつては8丁目も組合に参加していたが、店舗の減少もあり、現在は加入していない。西10丁目までの市道南2・3条中通線自体を狸小路と呼ぶ場合もある。沿線では公式な住所である「南2条西○丁目」、「南3条西○丁目」の他、「狸小路○丁目」という呼び方が使われる。

さまざまな専門店の他、飲食店・土産物屋が多く立ち並び、観光客にも多く利用されている。明治大正期から続く老舗も多い。また近年では、ストリートミュージシャンの姿も目立つ。

札幌市営地下鉄大通駅すすきの駅の中間に位置し、さっぽろ地下街ポールタウンにも直結している。大通地域、すすきの地域と合わせて東京以北最大の商業地域を構成する。 またかつては1丁目から6丁目にパチンコ店が7店舗ほど営業する激戦区であったが大手チェーンの進出により小型店の撤退が相次ぎ、現在は3店舗にとどまる。

歴史[編集]

西11丁目から見た狸小路商店街
(2009年1月)

明治初期に数軒の商店・飲食店が建てられたのが始まり。明治6年頃には既にその一角が狸小路と呼ばれていた。周囲を主要幹線道路運河に囲まれ、官公庁街と薄野遊廓に挟まれるという恵まれた立地もあり、飛躍的に発展した。1885年(明治18年)札幌初の勧工場が開店する。その後何度か大規模な火災に見舞われるが、その都度立ち直り、明治後期には各種専門店の他、飲食店・映画館なども立ち並ぶ、札幌を代表する商店街としての地位を確立した。

大正期に入ると、街路灯の設置や道路の舗装も進められ、1929年(昭和4年)には撒水組合も設立された。1933年(昭和8年)には、1丁目に商売繁盛を願って新浅草寺が建立された。また、同年9丁目にも観音堂が建立され、開拓犠牲者慰霊のため、彫刻家高村光雲が製作した観音像が設置された(現在は新浅草寺は豊平区に移転、9丁目の観音堂は廃堂となっている)。

1954年(昭和29年)、第1回「狸まつり」を開催。1958年(昭和33年)より全蓋アーケードの設置が始まり、1982年(昭和57年)に改築。現在は1丁目から6丁目間の交差点も含めた大部分がアーケードに覆われており、7丁目アーケードのみが改築されず古いまま。2002年(平成14年)の大改修によって、アーケード内部に光ファイバー回線と無線LANによるネットワークが構築され、各店舗のインターネット接続や防犯カメラの運用等に利用されている。なお3丁目・4丁目間の部分は、幅員の広い札幌駅前通と交差するためにアーケードが途切れているが、交差点手前のエスカレーターと交差点地下のポールタウンによって連絡されている。

2006年(平成18年)5月に「がんばる商店街77選」に選ばれた。

2015年(平成27年)12月20日札幌駅前通市電が延伸敷設され、それにともなって交差点部に「狸小路停留場」が開業した[1]

名称の由来[編集]

諸説あるが、

  • 実際にが出没したこと
  • 夜な夜な街頭に立つ客引や私娼をその怪しさや手口からに例えて

の2説(もしくはその両方を由来とする説)が有力。

店舗[編集]

公式サイトを参照。

テーマソング[編集]

交通手段[編集]

関連項目[編集]

姉妹商店街[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 札幌市路面電車活用計画

参考文献[編集]

  • 札幌市史編集委員会編『札幌市史・産業経済篇』札幌市役所、1958年
  • 狸小路130年誌編集委員会編『狸小路130年誌 SAPPORO TANUKIKOUJI 1873-2003』札幌狸小路商店街振興組合、2004年

外部リンク[編集]

座標: 北緯43度03分30秒 東経141度21分17秒 / 北緯43.058333度 東経141.35463度 / 43.058333; 141.35463