リック・アギレラ

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リック・アギレラ
Rick Aguilera
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンガブリエル
生年月日 (1961-12-31) 1961年12月31日(55歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1983年 MLBドラフト3巡目
初出場 1985年6月12日
最終出場 2000年9月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

リック・アギレラRichard Warren "Rick" Aguilera , 1961年12月31日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手投手)。

経歴[編集]

高校時代は投手三塁手として活躍し、1980年のMLBドラフトでセントルイス・カージナルスが内野手として37巡目で指名するが入団せず、ブリガムヤング大学に進学。1983年のMLBドラフトでニューヨーク・メッツから投手として3巡目指名を受け入団。

1985年6月12日にメジャー初登板を果たす。メッツ時代は先発投手として活躍し、1985年~1987年は三年連続で二桁勝利をあげ、1986年ワールドシリーズ制覇にも貢献。ただし、当時メッツはドワイト・グッデンロン・ダーリングシド・フェルナンデスボブ・オヘーダ、のちにデビッド・コーンといった強力な先発投手が在籍し、アギレラの存在は先発ローテーションの5番手といった存在であった。

1986年のヒューストン・アストロズとのナ・リーグチャンピオンシップシリーズボストン・レッドソックスとのワールドシリーズでも、登板はリリーフによるものだけであった。2勝3敗と追い詰められたワールドシリーズ第6戦(シェイ・スタジアム)では延長10回表に登板して2失点し、その裏も2死まで追い込まれ、敗戦投手となるところであったが、メッツ打線の連打と相手投手の暴投で同点に追いつき、レッドソックスの一塁手ビル・バックナーの痛恨のエラーで逆転サヨナラ勝ちし、アギレラは幸運にも勝利投手となった(詳細はこちらを参照)。1988年は故障もあってシーズンは11試合の登板に終わる。ロサンゼルス・ドジャースとの地区優勝決定シリーズには救援で登板。

1989年ロジャー・マクダウエルの不振、および移籍(6月にフィリーズにトレード)もあってリリーフに転向し、7セーブをあげたが、7月に前年のサイ・ヤング賞投手フランク・バイオーラとの交換で、ケビン・タパーニデビッド・ウエスト(のちダイエーでもプレイ)らと共にミネソタ・ツインズに移籍。移籍後のツインズでは先発に再転向するが、1990年にそれまでのクローザージェフ・リアドンの移籍があり、クローザーに再転向。すると1990年には32セーブをあげ、チームがワールドシリーズ制覇を果たした1991年には42セーブ、以後1993年まで4年連続30セーブを記録した。この間、3回のオールスター出場を果たした。
メッツからツインズへの移籍時の交換相手となったバイオーラは1990年には20勝を記録するが、1991年限りでフリーエージェントでレッドソックスに移籍。一方、アギレラはクローザーとして、タパーニはスターターとしてこの年16勝をあげ、1991年のワールド・チャンピオンに貢献している。メッツにとって痛恨のトレードの一つとも言える。

1995年には一時ボストン・レッドソックスに移籍するが、1996年には再びツインズに戻り、先発に再転向するが8勝6敗に終わり、再びリリーフに転向して1997年には26セーブ、1998年には38セーブと活躍。1999年途中にシカゴ・カブスに移籍し、29セーブを記録した2000年を最後に現役を引退。

2008年シーズン終了時点で通算318セーブはメジャー歴代15位、ツインズであげた254セーブは球団記録であったが、ジョー・ネイサンが記録を更新した。

現在は、カリフォルニア州サンディエゴ郊外に住み、高校野球のコーチを務める。

人物[編集]

ブリガムヤング大出身だけに、信心深いモルモン教徒である。

高校時代は強打の三塁手だっただけに、1985年~1991年の間、メジャーのベンチ入り人数が1人減って24人になっていた影響もあって、1985年に1試合、1986年に4試合、代打として起用されている。ツインズ移籍後には1991年のワールドシリーズ第3戦で、野手を使い切った延長12回表二死満塁のチャンスに代打で起用されたことがある(結果は凡退)。メジャーでの通算打撃成績は打率.201(139打数28安打)、3本塁打、11打点である。ただし、メジャーでは野手としてポジションに就いたことはない。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1985 NYM 21 19 2 0 0 10 7 0 -- .588 507 122.1 118 8 37 2 2 74 5 2 49 44 3.24 1.27
1986 28 20 2 0 2 10 7 0 -- .588 605 141.2 145 15 36 1 7 104 5 3 70 61 3.88 1.28
1987 18 17 1 0 0 11 3 0 -- .786 494 115.0 124 12 33 2 3 77 9 0 53 46 3.60 1.37
1988 11 3 0 0 0 0 4 0 -- .000 111 24.2 29 2 10 2 1 16 1 1 20 19 6.93 1.58
1989 36 0 0 0 0 6 6 7 -- .500 284 69.1 59 3 21 3 2 80 3 3 19 18 2.34 1.15
MIN 11 11 3 0 1 3 5 0 -- .375 310 75.2 71 5 17 1 1 57 1 0 32 27 3.21 1.16
'89計 47 11 3 0 1 9 11 7 -- .450 594 145.0 130 8 38 4 3 137 4 3 51 45 2.79 1.16
1990 56 0 0 0 0 5 3 32 -- .625 268 65.1 55 5 19 6 5 61 3 0 27 20 2.76 1.13
1991 63 0 0 0 0 4 5 42 -- .444 275 69.0 44 3 30 6 1 61 3 0 20 18 2.35 1.07
1992 64 0 0 0 0 2 6 41 -- .250 273 66.2 60 7 17 4 1 52 5 0 28 21 2.84 1.16
1993 65 0 0 0 0 4 3 34 -- .571 287 72.1 60 9 14 3 1 59 1 0 25 25 3.11 1.02
1994 44 0 0 0 0 1 4 23 -- .200 201 44.2 57 7 10 3 0 46 2 0 23 18 3.63 1.50
1995 22 0 0 0 0 1 1 12 -- .500 99 25.0 20 2 6 1 1 29 0 0 7 7 2.52 1.04
BOS 30 0 0 0 0 2 2 20 -- .500 124 30.1 26 4 7 0 0 23 0 0 9 9 2.67 1.09
'95計 52 0 0 0 0 3 3 32 -- .500 223 55.1 46 6 13 1 1 52 0 0 16 16 2.60 1.07
1996 MIN 19 19 2 0 0 8 6 0 -- .571 484 111.1 124 20 27 1 3 83 6 0 69 67 5.42 1.36
1997 61 0 0 0 0 5 4 26 -- .556 285 68.1 65 9 22 3 2 68 3 0 29 29 3.82 1.27
1998 68 0 0 0 0 4 9 38 -- .308 307 74.1 75 8 15 1 1 57 1 0 35 35 4.24 1.21
1999 17 0 0 0 0 3 1 6 0 .750 76 21.1 10 2 2 0 0 13 1 1 3 3 1.27 0.56
CHC 44 0 0 0 0 6 3 8 4 .667 191 46.1 44 6 10 1 2 32 3 0 22 19 3.69 1.17
'99計 61 0 0 0 0 9 4 14 4 .692 267 67.2 54 8 12 1 2 45 4 1 25 22 2.93 0.98
2000 54 0 0 0 0 1 2 29 0 .333 210 47.2 47 11 18 2 4 38 1 0 28 26 4.91 1.36
通算:16年 732 89 10 0 3 86 61 318 8 .515 5391 1291.1 1233 138 351 42 36 1030 53 10 568 512 3.57 1.23

表彰・記録[編集]

背番号[編集]

  • 38 (1985年 - 1989年、1990年 - 2000年)
  • 15 (1987年 - 1989年)
  • 17 (1989年)

外部リンク[編集]