フェデリコ・ベルナルデスキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
フェデリコ・ベルナルデスキ Football pictogram.svg
Federico Bernardeschi 2.jpg
名前
愛称 ベルナ(Berna[1]
ラテン文字 Federico Bernardeschi
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1994-02-16) 1994年2月16日(22歳)
出身地 トスカーナ州の旗トスカーナ州カッラーラ
身長 183cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ACFフィオレンティーナ
ポジション FW(ST, WG), MF(SH)
背番号 10
利き足
ユース
2003-2013 イタリアの旗 フィオレンティーナ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2013-2014 イタリアの旗 クロトーネ (loan) 39 (12)
2014- イタリアの旗 フィオレンティーナ 52 (9)
代表歴2
2011-2012 イタリアの旗 イタリア U-18 7 (0)
2012-2013 イタリアの旗 イタリア U-19 1 (0)
2013-2014 イタリアの旗 イタリア U-20 2 (0)
2014- イタリアの旗 イタリア U-21 12 (3)
2016- イタリアの旗 イタリア 7 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月28日現在。
2. 2016年11月28日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フェデリコ・ベルナルデスキFederico Bernardeschi1994年2月16日 - )は、イタリアトスカーナ州マッサ=カッラーラ県カッラーラ出身のサッカー選手セリエAACFフィオレンティーナ所属。ポジションはMFFWイタリア代表

来歴[編集]

クラブ[編集]

初期[編集]

6歳から地元の地域サッカースクールであるアトレティコ・カッラーラでサッカーを始めた。元イタリア代表のヴィンチェンツォ・モンテッラと同じく得点後に飛行機を模倣するパフォーマンスをしていたことから、周囲からは「モンテッリーノ(小さなモンテッラ)」というニックネームで呼ばれていた。在籍当初から絶対的な才能を見出され、2、3歳年上のグループでプレーをしていた。7歳の時にフィレンツェにほど近いエンポリ市ポンツァーノ地区にあるエンポリFC子会社のサッカーチームにスカウトされ移籍する。[2]

フィオレンティーナ[編集]

ユース時代[編集]

2003年ベルナルデスキが10歳の時にACFフィオレンティーナに移籍、同クラブが設置する最下部チームであるプルチーニ(9歳~10歳のカテゴリ)に所属し、以後10年間フィオレンティーナの下部組織にて育成期間を過ごすことになった[3]。スカウトであったステファノ・カッペレッティは「両親を説得するのが大変だった」と語っている。ベルナルデスキの母親は学校が終わると午後2時から始まる練習のために車で送迎しなければならず、帰宅するのは午後7 時から8時となった[2]。2011年7月には、「フィオレンティーナと契約を結ぶ前にマンチェスター・ユナイテッドからのオファーがあった」事を当時代理人代わりであった本人の父親が明かしたが[4]、育ててくれたフィオレンティーナに恩義を示し、その後フィオレンティーナと3年間の契約を結び同クラブのプリマヴェーラ(17歳~18歳のカテゴリ)所属の選手となった。[5][6]

プリマヴェーラでは得点王になるという活躍をし、キャプテンとしてもチームを牽引した。2013年6月18日にクラブとサインを交わし4年間の契約延長がなされた[7]。同年7月7日にフィオレンティーナのトップチームのサマーキャンプに招集される[8]。2013-2014シーズン開幕時にはトップチームに背番号32番として登録されるが公式戦への出場はなかった。同年9月2日に既にシーズン開幕していたセリエBのクラブであるFCクロトーネに、共同保有権の買い取りオプション付きのレンタル移籍することが公式サイトより発表された[9][10]

FCクロトーネへのレンタル[編集]

2013-2014シーズン第2節終了後にチームと合流したものの、続く2013年9月8日にセリエBカンピオナート第3節対ペスカーラ戦にて後半75分ビダウィとの交代出場でプロ公式戦デビューを果たす。同年9月21日対ブレシア戦でプロ初得点を記録する。11月9日の対カルピ戦では、試合開始10分にゴールから25メートルの位置からのミドルシュートを決め、23分にも直接フリーキックを決めてプロデビュー後自身初のドッピエッタ(2得点)を達成し、チームの勝利(1-2)に貢献した[11]。このシーズンは39試合に出場し、チーム内トップの12得点をあげ、7アシストするという活躍をした。

フィオレンティーナのシニア時代[編集]
2014-15

セリエBのクロトーネでの活躍を受け、フィオレンティーナは2014年6月20日にベルナルデスキをレンタルから戻し、保有権を全て所有する事を発表した[12]。2014-15シーズンの合宿にて、当時の監督ヴィンチェンツォ・モンテッラに認められトップチームに残る事となった。同シーズンの9月14日に行われた対ジェノアCFC戦において、後半57分にマリオ・ゴメスとの交代によってフィオレンティーナのトップチームの公式戦及び、セリエAの試合に20歳でデビューを果たした[13]。続く9月19日にはUEFAヨーロッパリーグの対EAギャンガン戦において後半88分にフィオレンティーナのシニアとして初得点をあげた[14]。デビューシーズンの順調なスタートを切ったが、同年11月初めに足首を骨折し以降のシーズンのほとんどを怪我の療養にあてることになった。シーズン終盤の2015年5月10日行われたエンポリ戦で試合に復帰、5月31日のシーズン最終節の対キエーヴォ戦において自身初となるセリエAでの得点をあげ、このシーズンを終えた。

2015-16

クラブは2015年7月23日に、2019年6月30日までの契約延長がなされたと公式に発表した[15][16]。同年7月30日に行われた記者会見にて背番号10番を付ける事を公表した[17]。続く8月2日に行われたインターナショナル・チャンピオンズ・カップでの対バルセロナ戦において、前年度のUEFAチャンピオンズリーグ覇者であるチームに対してドッピエッタ(2得点)をする活躍をし、チームの勝利(2-1)に貢献した[18]。同試合で着用した背番号10番と活躍から、イタリア全国スポーツ紙ガゼッタ・デロ・スポルトには「新たなバッジョ(nuovo Baggio)」と評された[18]。同年11月25日に行われたUEFAヨーロッパリーグの対FCバーゼル戦においてフィオレンティーナにおける公式戦、及びヨーロッパの舞台において初となるドッピエッタを記録した。

代表[編集]

アンダー代表[編集]

U-18世代からイタリア代表に招集される。2012年1月にロシアで行われたU-18世代の国際親善大会であるバレンティン・グラナトキン・メモリアル(en:Valentin Granatkin Memorial)トーナメントのイタリア代表として招集され、同大会を制覇する[19]。2013年11月16日にはU-20イラン代表との親善試合に向けて飛び級でU-20代表に初招集された。同試合ではスタメンとして背番号10番を背負い、4-2-3-1システムのトレクァルティスタのポジションでプレーした[20]

フル代表[編集]

2014年6月3日にクロトーネでの活躍を受け、当時の代表監督であるチェーザレ・プランデッリによって2014 FIFAワールドカップの代表メンバー候補としてセリエBからは唯一のメンバーとして合宿に招集された[21]。2016年3月20日にイタリア代表監督のアントニオ・コンテによって、国際親善試合の対スペイン代表及び対ドイツ代表に向けてのフル代表に初招集[22]された[23]。2016年5月31日にUEFA EURO 2016のイタリア代表に選出された。

人物[編集]

10歳からフィオレンティーナ下部組織で育成され、各年齢のカテゴリにおいて常にチームのエースとして活躍してきた最も有望な選手の1人である[24]。2011年には世界屈指のビッグクラブであるマンチェスター・ユナイテッドからオファーを受けるも、クラブ愛を示しフィオレンティーナ残留を望んだ[5]。プロデビュー後の活躍からイタリア全国スポーツ紙ガゼッタ・デロ・スポルトには「フィオレンティーナの才能」「新たなバッジョ」と書かれ[11][18]、これらのエピソードによってクラブとファンから将来の飛躍を嘱望されている。愛称は 姓の短縮形である「ベルナ」と呼ばれている[1]

ポジション[編集]

プロデビュー後のクロトーネ在籍時は、主に利き足である左足でカットインドリブルが可能な右ウィングでプレーした[24]。フィオレンティーナに復帰後は3-4-2-1のシャドーストライカーや左右のサイドハーフとして起用されている。 スタイルが似ているとされる同い年のドメニコ・ベラルディとの比較では、ウィング寄りのベラルディに対し、ベルナルデスキはよりトップ下的なプレーヤーと評される[25]。本人は「好きなポジションは特になく、攻撃的な全ての役割が得意」と考えている[3]。実際に左右両ウィングのポジションを問題なくカバーし、試合中にもトレクァルティスタの位置や逆サイドに頻繁にポジションチェンジを行う[24]

プレースタイル[編集]

強力かつ正確なキックから繰り出される威力あるフリーキックが武器である。その正確なキックは試合中の流れの中でも見られ、速いライナー性の長短のシュートを巧みにコントロールする事ができる[24]。クロトーネ在籍時はテクニックの高さやレフティの右ウィングである事からアレッシオ・チェルチとも比較されたが、ベルナルデスキはよりクレバーさも兼ね揃えているプレーヤーだと評された[26]。また、みずからフィニッシュに絡むだけではなく、前線に質の高いラストパスを送り込むファンタジアと戦術センスをそなえている[25]。特定のシーンでやや個人プレーになる以外の欠点はない[24]

エピソード[編集]

  • フィオレンティーナ入団時には最も興味深い才能と認められ、在籍当初から背番号10番を渡された。その後の下部組織のチームでも10番を身に着けていた[24]。フィオレンティーナ復帰後の2年目からはシニアでも10番を着用[17]
  • 2011年にマンチェスター・ユナイテッドからオファーを受けた時は、本人は「興味が持てなかった」という理由で断ったと後に明かしている[3]
  • クロトーネ移籍後のインタビューでは「出来るだけ早くフィレンツェに戻って、フィオレンティーナでセリエAを戦うのが夢だ」と話した[27]
  • インタビューにおいて参考にしている選手は「アレッサンドロ・ディアマンティ」と答えている[3]
  • 右腕に彫られたタトゥーは女優のオードリー・ヘプバーンの肖像である[28]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
イタリア リーグ戦 イタリア杯 オープン杯 期間通算
2013-14 FCクロトーネ 29 セリエB 38+1 12 0 0 - - 39 12
2014-15 ACFフィオレンティーナ 29 セリエA 7 1 0 0 UEL 3 2 10 3
2015-16 10 33 2 1 0 UEL 7 4 41 6
2016-17 12 6 0 0 UEL 5 1 17 7
総通算 91 21 1 0 15 7 107 28

獲得タイトル[編集]

  • 2012年 バレンティン・グラナトキン・メモリアル 優勝

TV・CM出演[編集]

出典・脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b REGENT'S PARK : SGAMBATA PER I VIOLA . PASQUAL E 'BERNA' SULLA SFIDA AL CHELSEA LONDRA NEWSviolachannel.tv (2015-8-5) (イタリア語), 2015-9-3閲覧
  2. ^ a b Lo chiamavano ‘Montellino’ – Viaggio nell’Atletico Carrara, sulle orme di Bernardeschigianlucadimarzio.com(2015-12-7)(イタリア語),2015-12-15閲覧
  3. ^ a b c d LA CUPOLA DEL BERNARDESCHIfvmagazine N.004(2013-11-14)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  4. ^ イタリアのクラブは選手が17歳になるまで正式な契約を交わす事ができないのに対し、イングランドの法律では、まだどのクラブとも契約していない選手に限り16歳から18歳までの選手と自由に契約する事が可能であるため、かつてはジュゼッペ・ロッシフェデリコ・マケダといった当時の有望な若手選手達がマンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれてしまったという事例が存在した。ベルナルデスキもこの例と同じく当時17歳未満であったためスカウティングされた恰好であった。
  5. ^ a b PAPA' BERNARDESCHI, Man Utd? No, graziefirenzeviola.it(2011-7-5)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  6. ^ ベルナルデスキの父親はこの件に関し「フィオレンティーナに留まる事が好ましい」と語っている
  7. ^ BERNARDESCHI, Quattro anni di rinnovo per luifirenzeviola.it(2013-6-18)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  8. ^ CONVOCAZIONI PRE-RITIRO MONTECATINIviolachannel.tv フィオレンティーナ公式(2013-7-7)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  9. ^ BERNARDESCHI IN PRESTITO AL CROTONEviolachannel.tv フィオレンティーナ公式(2013-9-2)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  10. ^ フィオレンティーナ側にオプション行使の拒否権あり
  11. ^ a b Serie B, Lanciano pari, Palermo e Avellino a -2. Bari e Reggina, successi scacciacrisigazzetta.it(2013-11-9)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  12. ^ BABACAR E BERNARDESCHI TORNANO ALLA FIORENTINAviolachannel.tv フィオレンティーナ公式(2014-6-20)(イタリア語),2015-7-16閲覧
  13. ^ STAGIONE 2014-15 - 2° GIORNATAlegaseriea.it(2014-9-14)(イタリア語),2015-7-16閲覧
  14. ^ Fiorentina, tris d'autoreuefa.com(2014-9-19)(イタリア語),2015-7-16閲覧
  15. ^ BERNARDESCHI RINNOVA FINO AL 2019violachannel.tv フィオレンティーナ公式(2015-7-23)(イタリア語),2015-7-24閲覧
  16. ^ 2015-16シーズンよりセリエAにおける新ルールが適用され、登録25人の選手の中にクラブ内で育成された選手を4人含めなくてはならなくなったことも契約延長に関係している。
  17. ^ a b BERNARDESCHI: “FIRENZE LA STRADA GIUSTA PER ME. NON HO MAI VOLUTO CAMBIARE ARIA”violachannel.tv フィオレンティーナ公式(2015-7-30)(イタリア語),2015-7-31閲覧
  18. ^ a b c La Fiorentina si gode Bernardeschi: il nuovo Baggio ne segna 2 al Barcellona gazzetta.it(2014-8-2)(イタリア語),2015-8-3閲覧
  19. ^ Match №24granatkin.com バレンティン・グラナトキン・メモリアル公式(2012-1-10)(英語),2013-12-8閲覧
  20. ^ Viola in Nazionale: buona prova di Bernardeschi in Under 20canteraviola(2013-11-20)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  21. ^ Stage a Roma dal 10 al 12 marzo: sono 31 i convocati di Prandellifigc.it(2014-6-3)(イタリア語),2015-7-16閲覧
  22. ^ 代表候補ではなく正式な代表メンバーとしては初招集。
  23. ^ スペイン&ドイツと対戦のイタリア代表、22歳FWベルナルデスキを初招集soccer-king.jp(2016-3-20)(日本語),2016-3-21閲覧
  24. ^ a b c d e f Prossima Star: Federico Bernardeschitransfermarkt.it(2013-9-21)(イタリア語),2015-8-29閲覧
  25. ^ a b 『ワールドサッカーダイジェスト』、日本スポーツ企画出版社、2015年9月17日号、20項
  26. ^ Vedove di Cerci? Ecco Bernardeschiviolanews.com(2013-11-11)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  27. ^ Bernardeschi: “Crotone bella opportunità, la Fiorentina…”violanews.com(2013-11-13)(イタリア語),2013-12-1閲覧
  28. ^ Fiorentina - Oh la belle Viola !fifa.com(2015-11-20)(フランス語),2015-11-15閲覧

外部リンク[編集]