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マイケル・ブラッドリー (サッカー選手)

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マイケル・ブラッドリー
2019年のブラッドリー
名前
ラテン文字 Michael Bradley
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1987-07-31) 1987年7月31日(39歳)
出身地 プリンストン
身長 185cm[1]
体重 80kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2005 アメリカ合衆国の旗 メトロスターズ 30 (1)
2005-2008 オランダの旗 ヘーレンフェーン 63 (18)
2008-2011 ドイツの旗 ボルシアMG 76 (10)
2011 イングランドの旗 アストン・ヴィラ(Loan) 3 (0)
2011-2012 イタリアの旗 キエーヴォ 35 (1)
2012-2014 イタリアの旗 ローマ 41 (2)
2014-2023 カナダの旗 トロント 258 (16)
通算 498 (45)
代表歴
2002-2004  アメリカ合衆国 U-17 6 (0)
2004  アメリカ合衆国 U-18 1 (0)
2004-2007  アメリカ合衆国 U-20 8 (1)
2008  アメリカ合衆国 U-23 4 (0)
2006-2019 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 151 (17)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マイケル・ブラッドリー(Michael Bradley, 1987年7月31日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州プリンストン出身の元サッカー選手。元アメリカ代表。現役時代のポジションはMF。父は元サッカー選手・指導者のボブ・ブラッドリー

クラブ経歴

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初期の経歴

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ニュージャージー州プリンストンに生まれたが、サッカー指導者である父親がシカゴ・ファイアーの監督を務めていた間はイリノイ州・パラタインで過ごした。シカゴ・ソッカーズFCでプレーし、2002年の全国選手権では3位入賞した。2002年秋から2004年春までの4シーズンはU-17アメリカ代表の研修プログラムに参加した。

メトロスターズ

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2004年のMLSドラフトで、実父のボブ・ブラッドリーが率いるメトロスターズに全体13位で指名された。デビューシーズンは足の負傷により全く試合に出場することができなかったが、2005年にレギュラーポジションを獲得し、32試合中30試合に出場した。シーズン終盤にはB・ブラッドリー監督が解任されたが、最終節となった1週間後のチーヴァス・USA戦でプロ初得点となるヘディングシュートを決め、チームをプレーオフに導いた。

ヘーレンフェーン

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2006年1月30日、オランダSCヘーレンフェーンに移籍した。4月16日のAZアルクマール戦で初めて先発出場すると、それからは先発出場の機会が増え、UEFAカップ出場権獲得に貢献した。2006-07シーズン終了後にMFポール・ボスフェルトが引退してからは、彼の定位置であったセントラル・ミッドフィールドのポジションに定着した。2007-08シーズンはリーグ戦での16得点(リーグ5位タイ)を含めてすべての大会で20得点を挙げ、ブライアン・マクブライドイングランドフラム時代に達成した記録を破り、アメリカ人選手がヨーロッパのトップリーグで記録した1シーズンの最多得点記録を破った。

ボルシアMG

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2008年8月31日、ドイツボルシア・メンヒェングラートバッハと4年契約を結んだ[2]。移籍金は公開されていない。イングランドバーミンガム・シティに移籍する予定だったが、バーミンガム・シティがFLチャンピオンシップ(2部)に降格したために取りやめられたことが後に明らかにされた[3]。9月20日のヘルタ・ベルリン戦でブンデスリーガデビューし、11月15日のバイエルン・ミュンヘン戦で80分にヘディングで移籍後初得点となる同点弾を決めた。

2009-10シーズン序盤にはミヒャエル・フロンツェック監督と口論になってしばらくの間メンバーから外されたが、その後ふたりは和解し、ブラッドリーは再びスタメンで出場した。バイエルン戦ではワンタッチボレーのパスで得点をアシストし、さらにハノーファー96戦では低い弾道の直接フリーキックで決勝点を挙げた。

アストン・ヴィラへのレンタル移籍

2011年1月30日、イングランドアストン・ヴィラにシーズン終了までの契約でレンタル移籍した[4][5]。しかし、ヴィラでは出場機会に恵まれず3試合の出場に留まった。5月12日にレンタル期限満了でボルシアMGに復帰。

キエーヴォ・ヴェローナ

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2011年8月30日、イタリアACキエーヴォ・ヴェローナへ移籍[6]。キエーヴォでは3センターハーフの一角として攻守にわたって活躍し、1部残留に貢献した。

ASローマ

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2012年7月15日、ASローマに4年契約で移籍が決定[7]。4年契約で移籍金は375万ユーロ。

トロントFC

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2014年1月9日、出場機会を求めてトロントFCに移籍し、8年ぶりにMLSに復帰した[8]。移籍金は1,000万ドル。

2023年10月17日、現役引退を表明した[9]

代表経歴

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2006年、FIFAワールドカップ・ドイツ大会に向けてノースカロライナ州・カリーで行われたアメリカ代表のトレーニングキャンプに参加した。5月26日のベネズエラ戦で途中出場して代表初キャップを刻み、そのすぐ後のラトビア戦で2キャップ目を刻んだが、本大会出場メンバーからは外れた。2006年末には実父のボブがアメリカ代表監督に就任し、マイケルはそのチームの中で重要な選手としての地位を確立した。2007年5月28日のグアテマラとの親善試合で初めて先発出場した。CONCACAFゴールドカップではレギュラーとして出場し、準決勝のカナダ戦ではレイトタックルで退場処分を受けたが、それまでの活躍でアメリカ代表を優勝に導いた。FIFA U-20ワールドカップではすべての試合に出場し、ベスト16のウルグアイ戦では107分に決勝点を決めた[10]。2007年10月17日のスイスとの親善試合でアメリカA代表としての初得点を記録した。これらの活躍で、2007年のアメリカ最優秀若手アスリートに選ばれた[11]オハイオ州コロンバスで行われた2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選メキシコ戦ではひとりで2得点を挙げ、最大のライバル相手に2-0で快勝した[12]

2009年に出場したFIFAコンフェデレーションズカップ2009では、グループリーグのエジプト戦でMFランドン・ドノバンからのパスを受けて63分に得点し、エジプトを3-0で破って準決勝に進出した[13]。準決勝のスペイン戦では優勝候補を2-0で破る金星を挙げたが、自身はレッドカードにより退場処分を受けた。2-3で敗れた決勝のブラジル戦には出場できず[14]、また同年のCONCACAFゴールドカップで3試合の出場停止を消化する必要があった[15]

2010年にはFIFAワールドカップ・南アフリカ大会に出場し、6月18日のスロベニア戦(2-2)で代表8得点目を決めた[16]。8月10日のブラジル戦では初めて代表キャプテンを務めた。

2014年にはFIFAワールドカップ・ブラジル大会に出場した。

個人成績

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クラブでの出場記録

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クラブ成績 リーグ カップ リーグ杯国際大会 通算
シーズンクラブリーグ 出場得点出場得点 出場得点 出場得点 出場得点
アメリカ リーグUSオープン杯 リーグ杯 北中米カリブ海 通算
2004メトロスターズMLS000000
200530100301
オランダ リーグKNVB杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2005–06ヘーレンフェーンエールディヴィジ600060
2006–072100040250
2007–08361600223818
ドイツ リーグDFBポカール リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2008–09ボルシアMGブンデスリーガ28500285
2009–1029220312
2010–1119331224
イングランド リーグFAカップ FLカップ ヨーロッパ 通算
2011アストン・ヴィラプレミアリーグ3010--40
イタリア リーグイタリア杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2011-12キエーヴォ・ヴェローナセリエA35110--361
2012-13ASローマ30150--351
2013-1411100--111
カナダ リーグカップ リーグ杯 北中米カリブ海 通算
2014トロントFCMLS25221--273
201525520--275
201624100--241
201730030--330
通算アメリカ 301000000301
オランダ 63160000626918
ドイツ 76105100008111
イングランド 3010000040
イタリア 763600000823
カナダ 10487100001119
総通算35238192006237743

代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 151試合 17得点(2006年-2019年)[17]
アメリカ代表国際Aマッチ
出場得点
200620
2007121
2008112
2009154
2010101
2011131
201292
2013100
201491
2015183
2016170
2017142
201820
201990
通算15117

得点

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# 日時 場所 相手 スコア 結果 大会
1. 2007年10月7日 スイスの旗 バーゼル スイスの旗 スイス
0 – 1
0 – 1
親善試合
2. 2008年6月15日 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州,カーソン  バルバドス
2 – 0
8 – 0
3. 2008年9月10日 アメリカ合衆国の旗 イリノイ州,ブリッジヴュー  トリニダード・トバゴ
1 – 0
3 – 0
4. 2009年2月11日 アメリカ合衆国の旗 オハイオ州,コロンバス  メキシコ
1 – 0
2 – 0
5.
2 – 0
6. 2009年6月21日 南アフリカ共和国の旗 ルステンブルク  エジプト
0 – 2
0 – 3
7. 2009年10月14日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C.  コスタリカ
1 – 2
2 – 2
8. 2010年6月18日 南アフリカ共和国の旗 ヨハネスブルク  スロベニア
2 – 2
2 – 2
9. 2011年6月25日 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州パサデナ  メキシコ
1 – 0
2 – 4
10. 2012年5月26日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州ジャクソンビル  スコットランド
5 – 1
5 – 1
親善試合
11. 2012年11月14日 ロシアの旗 クラスノダール
1 – 1
2 – 2
12. 2014年4月2日 アメリカ合衆国の旗 グレンデール  メキシコ
1 – 0
2 – 2
13. 2015年2月8日 アメリカ合衆国の旗 カーソン  パナマ
1 – 0
2 – 0
14. 2015年7月13日 アメリカ合衆国の旗 カンザスシティ
1 – 1
1 – 1
15. 2015年7月22日 アメリカ合衆国の旗 アトランタ  ジャマイカ
1 – 2
1 – 2
2015 CONCACAFゴールドカップ準決勝
16. 2017年3月24日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ  ホンジュラス
2 – 0
6 – 0
17. 2017年6月11日 メキシコの旗 メキシコシティ  メキシコ
0 – 1
1 – 1

タイトル

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クラブ

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トロントFC

代表

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アメリカ代表

個人

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脚注

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  1. https://www.mlssoccer.com/players/michael-bradley
  2. Coerts, Stefan (2008年8月31日). Bradley Heading For Gladbach”. Goal.com. 2011年2月6日閲覧。
  3. Birmingham City miss out on two more targets”. birminghammail.net (2008年5月22日). 2011年1月30日閲覧。
  4. Villa in talks with USA ace Bradley over loan moveアストン・ヴィラ公式サイト、2011年1月30日
  5. アメリカ代表ブラッドリー、ヴィラ移籍が決定”. Goal.com (2011年2月1日). 2011年2月6日閲覧。
  6. アメリカ代表MFがセリエAに挑戦Goal.com 2011年8月31日
  7. ローマ、ブラッドリー獲得を正式発表Goal.com 2012年7月16日
  8. ローマ、ブラッドリーのMLS移籍が決定Goal 2014年1月10日
  9. https://www.mlssoccer.com/news/michael-bradley-toronto-fc-usmnt-legend-to-retire
  10. Match Report: USA – Uruguay”. FIFA (2007年7月11日). 2011年2月6日閲覧。
  11. U.S. Soccers All-Time Athlete of the Year Award Winners”. USSoccer.com. 2009年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月30日閲覧。
  12. “U.S. continues domination of Mexico on Bradley's two goals”. Columbus: Sports Illustrated. AP. 2009年2月11日. 2009年2月15日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2009年2月12日閲覧.
  13. “U.S. Advances to Semifinals of FIFA Confederations Cup”. USSoccer.com. 2009年6月21日. 2009年6月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2009年6月26日閲覧.
  14. “U.S. Men's National Team Advances to First-Ever Final in a FIFA Tournament with 2–0 Victory Against Spain in 2009 FIFA Confederations Cup”. USSoccer.com. 2009年6月24日. 2009年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2009年6月26日閲覧.
  15. Bradley suspended for three matches”. ESPN (2009年7月7日). 2011年1月30日閲覧。
  16. Ornstein, David (2010年6月18日). “Slovenia 2–2 USA”. BBC Sport. 2011年2月6日閲覧.
  17. マイケル・ブラッドリー - National-Football-Teams.com

外部リンク

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