AZアルクマール

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AZ
原語表記 Alkmaar Zaanstreek
愛称 Cheeseheads
クラブカラー 赤と白
創設年 1967年
所属リーグ エールディヴィジ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン アルクマール
ホームスタジアム AFASスタディオンオランダ語版
収容人数 17,023
代表者 オランダの旗 ディルク・シェリンガー
監督 オランダの旗 ジョン・ファン・デン・ブロム
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
1976年から2009年までのリーグ戦成績

AZオランダ語: Alkmaar Zaanstreek)は、オランダの西部、北ホラント州の都市アルクマールに本拠地を置くサッカークラブである。AZは現地の発音は、カタカナ表記でアーゼットとなる。AZがAlkmaar Zaanstreekの頭文字を並べたもののため、"AZアルクマール"という呼び方は正確には誤り。SNSでのハッシュタグなどで差別化のためにAZ Alkmaarの表記がされることがあるが、百科事典の見出しとしては適切では無い。

概要[編集]

チームの前身アルクマール54は1954年に創立され、1967年にFCザーンストレークと合併してアルクマール・ザーンストレーク・コンビナティエとなり、1986年7月に現在のAZとなった。1970年代後半から1980年代にかけて好成績をおさめ、1978年にKNVBカップ初優勝、1980-81シーズンにはリーグ優勝・KNVBカップ優勝の2冠を果たすとともに、UEFAカップ決勝に進出したが、イングランドのイプスウィッチ・タウンに2試合合計4-5のスコアで敗れた。また、1987-88シーズンには2部降格を経験した。

その後、2部暮らしが続いたものの、1995-96シーズンに優勝、1部へ復帰した。しかし、翌1996-97シーズンは18位で2部へ逆戻り。1997-98シーズンは再び2部で優勝し、改めて1部復帰となった。21世紀に入ってからはオーナーとなったディルク・スヘリンハのもとで補強資金を増やし、コ・アドリアーンセやルイ・ファン・ハールといった名だたる指導者を迎えてチームを強化したことで、トゥウェンテなどとともに長く続いた3強時代(PSVアヤックスフェイエノールト)に風穴を開ける存在として活躍。その後スヘリンハのDSB銀行が突然倒産したことでAZも負債を負い、限られた資金を補強からユース強化に回す方針に転換。2015-2016, 2016-2017シーズンに連続してリヌス・ミヘルス・アワードのプロ・フットボール・ベスト・ユースに続けて選ばれている。

1977-78シーズンに初の欧州カップ戦を戦って以来ホームでの欧州カップ戦にめっぽう強く、アルクマールデルハウトでは32戦無敗を記録した。DSBスタディオンで行われた2007年12月20日のUEFAカップエヴァートン戦で敗れたことでその記録は途切れた[1]

歴史[編集]

2008/09シーズンのエールディヴィジで優勝し、祝杯を挙げる選手達
DSBスタディオン

アドリアーンセ時代[編集]

2002-03シーズン、成績不振のヘンク・ファン・ステーの後任で、コー・アドリアーンセがシーズン途中で監督に就任。このシーズンは10位だった。

2003-04シーズン、アヤックス・フェイエノールト・PSV・ヘーレンフェーンに次いで5位となり、UEFAカップ出場権を得た。チーム得点王は14ゴールのアリ・エル・ハッタビであった。

2004-05シーズン、リーグで大躍進し、PSV・アヤックスに次ぐ3位の成績を収めた。チーム得点王は13ゴールのケネス・ペレスだった。UEFAカップでは、1回戦はPAOK(ギリシャ)に合計5-3で勝利。グループステージを3勝1敗の首位で通過すると、決勝トーナメント1回戦アーヘン(ドイツ)に合計2-1、2回戦シャフタール・ドネツク(ウクライナ)に合計5-2、準々決勝・ビジャレアル(スペイン)に合計3-2と順調に勝ち上がり、準決勝進出を果たした。準決勝ではスポルティングCP(ポルトガル)と対戦し、第1戦はアウェーで1-2、第2戦はホームで2-1で決着付かず、延長戦へ突入。延長後半3分のケウ・ヤリエンスのゴールで一時は決勝進出を手繰り寄せるも、延長後半ロスタイムにミゲル・ガルシアのゴールで追い付かれ、合計4-4。アウェーゴールルールのため敗戦となり、決勝進出を逃した。

ファン・ハール時代[編集]

2005-06シーズン、それまで指揮をとっていたコー・アドリアーンセが退任したため、新たにルイ・ファン・ハールが監督に就任。グルジア代表FWのショタ・アルベラーゼレンジャーズから、オランダ人FWのダニー・クーフェルマンススパルタから迎えた。最終的な順位はアヤックスに次ぐ2位。チーム得点王のアルベラーゼは合計22ゴールで、得点ランク第2位となった。UEFAカップでは、1回戦をクリリヤ・ソヴェトフ・サマーラ(ロシア)に合計6-6、アウェイゴールルールで勝利。続くグループステージを3勝1分の2位で通過したが、決勝トーナメント第1戦でレアル・ベティス(スペイン)に合計3-2の敗戦となった。

2006-07シーズンにはバリー・ファン・ハーレンが引退。ペレス、ヘンク・ティメルヨリス・マタイセンデニー・ランツァートといった主力選手が移籍する事態となった。だが、チームは躍進を見せる。アヤックス・PSVと勝ち点72で並び、得失点差による首位を維持して最終節を迎えた。しかし、最終節では下位のエクセルシオール相手に大苦戦。開始早々、GKのボイ・ヴァーテルマンアンドウェレ・スロリーを倒して一発退場となるなどの波乱もあり、2-3で敗戦。最終的には3位に転落、26年ぶりの優勝を逃す結果となった。クーフェルマンスが合計22ゴールでチーム得点王となった。UEFAカップでは、1回戦をカイセリスポル(トルコ)に合計4-3で勝利。グループステージも3勝1分の首位で通過した。決勝トーナメント第1戦はフェネルバフチェ(トルコ)に合計5-5、第2戦はニューカッスル(イングランド)に合計4-4、共にアウェイゴールで勝利したが、準々決勝でブレーメン(ドイツ)に合計1-4と敗北した。なお、このシーズンの開幕前に1万3500人収容の新スタジアムDSBスタディオンが完成し、このシーズンから使用している。

2007-08シーズンは、アルベラーゼ、クーフェルマンスといったベテランが移籍。その一方で、ブラジル人FWのアリ、イタリア人FWのグラツィアーノ・ペッレベルギー人DFのセバスチャン・ポコニョーリといった若手主体の補強を行なった。しかし、第19節ではアヤックスに1-6の大敗するなど、シーズンを通して精彩を欠いた。第20節のヘーレンフェーン戦から第30節のデ・フラーフスハップ戦の2ヶ月間に至っては、12戦連続勝ち星から遠ざかってしまった(5分7敗)。最終的な順位は11位。UEFAカップでは、1回戦をパソス・デ・フェレイラ(ポルトガル)に合計1-0で勝利。しかし、グループステージでは1勝1分2敗と奮わず4位となり、グループステージ敗退となった。

2008-09シーズン、開幕2連敗したものの、その後はエース、ムニル・エル・ハムダウィが得点を量産、また守護神セルヒオ・ロメロの活躍などでシーズン終盤まで28試合連続無敗記録を打ち立てるなど快進撃を続け、28シーズンぶり2回目の優勝を決めた。

R・クーマン時代[編集]

2009年7月、オランダのスーパーカップであるヨハン・クライフ・スハールヘーレンフェーンと対戦し、5-1で勝利してヨハン・クライフ・スハール初制覇を果たした。リーグ戦で初優勝した1981年にはスーパーカップは創設されていなかったため、初のスーパーカップ出場だった。

2012-13シーズン、KNVBカップにて31年ぶり4度目の優勝を果たした。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

国際タイトル[編集]

なし

過去の成績[編集]

シーズン ディビジョン KNVBカップ
リーグ 順位
1998-99 エールディヴィジ 9位 34 12 12 10 52 60 -8 48 ベスト16
1999-00 エールディヴィジ 7位 34 17 4 13 69 59 +10 55 準決勝敗退
2000-01 エールディヴィジ 13位 34 9 8 17 45 63 -18 35 準々決勝敗退
2001-02 エールディヴィジ 10位 34 12 7 15 43 45 -2 43 2回戦敗退
2002-03 エールディヴィジ 10位 34 12 8 14 50 69 -19 44 2回戦敗退
2003-04 エールディヴィジ 5位 34 17 6 11 65 42 +23 57 2回戦敗退
2004-05 エールディヴィジ 3位 34 19 7 8 71 41 +30 71 ベスト16
2005-06 エールディヴィジ 2位 34 23 5 6 78 32 +46 74 準決勝敗退
2006-07 エールディヴィジ 3位 34 21 9 4 83 31 +52 72 準優勝
2007-08 エールディヴィジ 11位 34 11 10 13 43 48 -5 43 2回戦敗退
2008-09 エールディヴィジ 1位 34 25 5 4 66 22 +44 80 準々決勝敗退
2009-10 エールディヴィジ 5位 34 19 5 10 64 34 +30 62 4回戦敗退
2010-11 エールディヴィジ 4位 34 17 8 9 55 44 +11 59 4回戦敗退
2011-12 エールディヴィジ 4位 34 19 8 7 64 35 +29 65 準決勝敗退
2012-13 エールディヴィジ 10位 34 10 9 15 56 54 +2 39 優勝
2013-14 エールディヴィジ 8位 34 13 8 13 54 50 +4 47 準決勝敗退
2014-15 エールディヴィジ 3位 34 19 5 10 63 56 +7 62 準々決勝敗退
2015-16 エールディヴィジ 4位 34 18 5 11 70 53 +17 59 準決勝敗退
2016-17 エールディヴィジ 6位 34 12 13 9 56 52 +4 49 準優勝
2017-18 エールディヴィジ 3位 34 22 5 7 72 38 +34 71 準優勝
2018-19 エールディヴィジ 34

欧州の成績[編集]

現所属メンバー[編集]

2018年2月1日現在[2]

No. Pos. 選手名
1 オランダの旗 GK マルコ・ビゾ
2 ノルウェーの旗 DF ヨナス・スヴェンソン
3 オランダの旗 DF レンス・ファン・アイデン
4 オランダの旗 DF ロン・フラール
5 オランダの旗 DF トーマス・オユヴェヤン
6 ノルウェーの旗 MF フレデリック・ミッチェ
8 オランダの旗 MF ヨリス・ファン・オフェレーム
10 オランダの旗 MF マルコ・ヴェイノヴィッチ
12 ギリシャの旗 DF パンテリス・ハツィディアコス
14 オランダの旗 MF テユン・コープメイネルス
15 オランダの旗 MF フース・ティル
16 オランダの旗 GK ジノ・コウチーニョ
No. Pos. 選手名
17 オランダの旗 MF ジェレミー・ヘルマー
18 モロッコの旗 MF イリアス・ベル・ハッサニ
20 オランダの旗 MF マッツ・セウンティエンス
21 オランダの旗 FW マイロン・ボアドゥ
22 オランダの旗 FW ウサマ・イドリシ
23 オランダの旗 DF リカルド・ファン・ライン
24 オランダの旗 MF ティヤニ・ラインデルス
25 オランダの旗 GK ニック・オリー
26 オランダの旗 DF オヴェン・ヴィンダル
27 チェコの旗 FW オンドジェイ・ミハリフ
29 オランダの旗 FW カルヴィン・ステングス
30 ベルギーの旗 DF スタイン・ブイテンス
38 オランダの旗 FW フェルディ・ドライフ
監督
オランダの旗 ジョン・ファン・デン・ブロム

ローン移籍[編集]

in

No. Pos. 選手名
10 オランダの旗 MF マルコ・ヴェイノヴィッチ (フェイエノールト)
No. Pos. 選手名
23 オランダの旗 DF リカルド・ファン・ライン (クラブ・ブルッヘ)

歴代監督[編集]

氏名 国籍 期間
テオ・フォンク オランダの旗 オランダ 1995-1997
ヴィレム・ファン・ハネヘム オランダの旗 オランダ 1997-1999
ヘラルト・ファン・デル・レム オランダの旗 オランダ 1999-2001
ヘンク・ファン・ステー オランダの旗 オランダ 2001-2002
コー・アドリアーンセ オランダの旗 オランダ 2002-2005
ルイ・ファン・ハール オランダの旗 オランダ 2005-2009
ロナルド・クーマン オランダの旗 オランダ 2009
ディック・アドフォカート オランダの旗 オランダ 2009-2010
ヘルトヤン・フェルベーク オランダの旗 オランダ 2010-2013
ディック・アドフォカート オランダの旗 オランダ 2013-2014
マルコ・ファン・バステン オランダの旗 オランダ 2014
アレックス・パストール オランダの旗 オランダ 2014
ジョン・ファン・デン・ブロム オランダの旗 オランダ 2014-

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

脚注[編集]

  1. ^ uefa.com (2009年9月7日). “欧州での復権を目指すAZアルクマール”. 2009年9月9日閲覧。
  2. ^ SpelersAZアルクマール公式サイト 2018年4月12日閲覧

外部リンク[編集]