旗を高く掲げよ

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Die Fahne hoch
和訳例:旗を高く掲げよ
関連画像
ホルスト・ヴェッセル (1929)

党歌の対象
Flag of the NSDAP (1920–1945).svg 国家社会主義ドイツ労働者党

作詞 ホルスト・ヴェッセル1929年
作曲 ペーター・コルネリウス1856年
採用時期 1930年
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旗を高く掲げよ』(はたをたかくかかげよ、Die Fahne hoch! ディー・ファーネ・ホホ)は、ドイツ国家社会主義ドイツ労働者党の党歌。別名『ホルスト・ヴェッセルの歌』(Horst-Wessel-Lied ホアスト・ヴェセル・リート)。

概要[編集]

歌詞は1929年ドイツのナチス突撃隊員であったホルスト・ヴェセルが、ゲッベルスの創刊した新聞『デア・アングリフ』に投稿した詩が元となっている。この詩は、共産主義者のヴィリ・ブレーデルde:Willi Bredel)によって赤軍前衛同盟のために書いた詩を、ヴェセルがナチス党活動に合うように編集したという説がある[1]

アルフレッド・ワイデマンの研究によると、曲は1856年にペーター・コルネリウスが作曲したものが元になっている。当時この曲は別の歌詞をつけ、バーなどでラブソングとして歌われ親しまれていた。またゲオルク・ブロデリク (Georg Broderick) によると、軽巡洋艦ケーニヒスベルクの退役軍人により歌われていた「ケーニヒスベルク・リート」も同じメロディーで歌われていたという。

歴史[編集]

ホルスト・ヴェセルの墓に集まったヒトラーらナチス党幹部(1933年1月22日)

ホルスト・ヴェセルは1930年1月14日に愛人であった娼婦のエルナ・イェニケ(Erna Jänicke)の部屋で銃撃され、2月23日に病院で死亡した。当時の司法記録によれば、犯行は1929年以来非合法化されていたドイツ共産党の軍事部門である赤色戦線戦士同盟のメンバー、アルブレヒト・ヘーラーde:Albrecht Höhler)によるものとされている。ヘーラーはイェニケの雇い主に2人の仲を裂くよう依頼されていたが、いきなり銃を乱射したという。

事件直後から、ヴェッセルはゲッベルスによりナチス運動の殉教者に仕立て上げられる。ゲッベルスは彼を「国家社会主義者のキリスト」と讃えるキャンペーンを行った。1930年3月1日、ナチス党機関紙「フェルキッシャー・ベオバハター」にこの詩が掲載されると、経緯は不明だがメロディーがつけられて党員の間で流行した。ナチス党がヴェッセルの盛大な葬儀を行うと、突撃隊員や参加者はこの歌を合唱したという。ゲーリングの回想によると、この時ゲッベルスは「これだ、これだ」とつぶやきつづけていたという。葬儀の後、この歌はナチス党の党歌として採用された。当時、ナチス党は数多くの党歌を採用していたが、この歌は最も有名な党歌となった。敵対政党はこの歌を替え歌にして、ナチス党を揶揄した。

1933年のヒトラー内閣の成立以降、ヴァイマル共和政時代の国歌であったドイツの歌と並んで第二国歌的な扱いを受けた。また、スペインのファランヘ党、イギリスのイギリスファシスト連合等のファシスト政党でも歌詞を変えて歌われていた。

1945年第二次世界大戦におけるドイツの敗戦以降は、刑法86条に基づき西ドイツでは公の場でこの歌を歌ったりする事自体が禁止された。いっぽう敗戦国と化した祖国から海外に離散した元ドイツ軍兵士たちがこの歌を愛唱していたという目撃談は数多い。

相当数の元ドイツ軍人が入隊していたフランス外人部隊の兵士達がインドシナの戦場でこの歌を歌っていたという話、また第二次世界大戦後にアメリカに渡り、同国のロケット開発計画に関わったドイツ人技術者たちが酒場でこの歌を合唱していた話などが記録に残されている。近年ではイギリスのパンクロックバンド、Skrewdriverによってカバーされている。その他にも、チリでは歌詞を変えた「ARMADA DE CHILE」(無敵のチリ)という軍歌が存在する。

楽譜[編集]

DieFahnehoch2.PNG

歌詞[編集]

下記は正式な訳文ではない。

1番 Die Fahne hoch! Die Reihen fest (/dicht, sind) geschlossen! SA marschiert Mit ruhig (/mutig) festem Schritt |: Kam'raden, die Rotfront und Reaktion erschossen, Marschier'n im Geist In unser'n Reihen mit :|

旗を高く掲げよ! 隊列は固く結ばれた! SAは不動の心で、確かな歩調で行進する (繰り返し) 赤色戦線と反動とが撃ち殺した戦友たち、 その心は我々の隊列と共に行進する

2番 Die Straße frei Den braunen Bataillonen Die Straße frei Dem Sturmabteilungsmann! |: Es schau'n aufs Hakenkreuz voll Hoffnung schon Millionen Der Tag für (/der) Freiheit Und für Brot bricht an :|

褐色の衣を纏った軍勢に道を空けよ 突撃隊員に道を空けよ! (繰り返し) 期待に満ちて何百万もの人々が鉤十字を見上げる 自由とパンのための日が明けるのだ

3番 Zum letzten Mal Wird Sturmalarm (Sturmappell) geblasen! Zum Kampfe steh’n Wir alle schon bereit! |: Schon (Bald) flattern Hitlerfahnen über allen Straßen (über Barrikaden) Die Knechtschaft dauert Nur noch kurze Zeit! :|

遂に突撃信号(突撃ラッパ)が吹きならされる! 我々は皆、既に戦いの準備を整えている! (繰り返し) 既に(間もなく)ヒトラーの旗が全ての道(全てのバリケード)の上にはためく 奴隷状態が続くのも、後もう少しだ!

最後にもう一度 1 番を歌う。

関連項目[編集]