ネロ指令

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ネロ指令(ネロしれい、ドイツ語: Nerobefehl)とは、第二次世界大戦末期の 1945年3月19日ナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーの承認の元、国防軍最高司令部によって発出された「ライヒ領域における破壊作戦に関する命令ドイツ語: Befehl betreffend Zerstörungsmaßnahmen im Reichsgebiet)」の通称。この命令は自国内における「焦土作戦」を命令する物であったため、後世の歴史家などによって、かつてローマを自ら焼いたという伝説があるローマ皇帝ネロになぞらえて「ネロ指令」と呼ばれる。

概要[編集]

1945年の時点で東部戦線西部戦線もドイツ国内となり、戦争は最終局面を迎えていた。3月19日に発出されたこの命令は、ドイツ国内のインフラストラクチャー、資源、産業施設等について、敵が入手する前の破壊を命じるものであった。

すでに戦後を考えていた軍需大臣アルベルト・シュペーアは、産業破壊が戦後復興や国民生活の差し障りになると考え、ヒトラーと面会してその中止を訴え出た。 しかしヒトラーは「戦争に負ければ国民もおしまいだ。(中略)なぜなら我が国民は弱者であることが証明され、未来はより強力な東方国家(ソ連)に属するからだ。いずれにしろ優秀な人間はすでに死んでしまったから、この戦争の後に生き残るのは劣った人間だけだろう。」と述べ[1]、命令を撤回しなかった。しかしシュペーアはヒトラーに内密で命令をサボタージュし、一定程度の産業保護に成功した。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ トーランド、4巻、312p

関連項目[編集]

外部リンク[編集]