国防軍最高司令部 (ドイツ)

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国防軍最高司令部(こくぼうぐんさいこうしれいぶ、: Oberkommando der Wehrmacht、略号:OKW)は、国防軍最高司令官である大統領が国防大臣に直接指揮を「負託する」1922年来の仕組みを廃し、最高司令官であるアドルフ・ヒトラー「自らが」国防軍を直接指揮するために1938年に創設された組織である。

創設と役割[編集]

ヴァイマル共和国においては国防軍Reichswehr:1935年のドイツ再軍備宣言時に「Wehrmacht」に改称)の最高指揮権は大統領が有して、大統領の負託を受けて国防大臣 (Reichswehrminister) が国防軍を直接指揮する。1934年パウル・フォン・ヒンデンブルク大統領が死去した後、ヒトラーは首相職と大統領職を兼務し、国防軍の最高指揮権を手に入れた。しかし、ヒトラーは戦争をも辞さない自らの強引な外交政策に異を唱える国防軍上層部の存在を疎ましく思い、1938年2月にスキャンダルを理由にブロンベルク国防大臣とフリッチュ陸軍総司令官を失脚させた(ブロンベルク罷免事件)。

1938年2月4日、ヒトラーは「以後は自身が直接国防三軍を指揮する」と宣言、後任の国防大臣を任命せず、国防省の国防軍局(Wehrmachtamt)を国防軍最高司令部と改名、新組織のトップにヴィルヘルム・カイテル大将を任じた。この職位は国防軍最高司令部総長Chef des Oberkommandos der Wehrmacht)と呼ばれ、形式的には国務大臣に同位であるが、従来の意味の国防大臣ではなかった。

戦争指導の最終的な決裁は、国防軍最高司令官であるヒトラー、国防軍最高司令部総長、陸軍総司令官、海軍総司令官、空軍総司令官、親衛隊全国指導者、外務大臣ほかが出席するいわゆる総統大本営で行われた。

カイテルは、この会議では最高司令官であるヒトラーの作戦指導に異を唱える参謀将校や歴戦の軍司令官を押さえ込む役割を演じた。カイテルはこのためか敗戦まで国防軍最高司令部総長の地位に留まることができた。

国防軍最高司令部の本部は、1939年第二次世界大戦直前にベルリンの南 24km のヴュンスドルフ (Wünsdorf) に完成した巨大な地下施設(秘匿名称:Maybach II)に移されたが、第二次世界大戦開戦後はヒトラーは前線近くに指揮所を設けたので、ヒトラーが滞在するところすべてが、「野戦の移動」国防軍最高司令部となった。ベルリン総統官邸ベルヒテスガーデンの山荘(ベルクホーフ)、オストプロイセンの深い森の中に建設されたヴォルフスシャンツェ等がそうである。

組織[編集]

国防軍最高司令部は6部門から構成されている。指揮官名と勤務期間を記載する:

  • 国防軍一般局Amtsgruppe Allgemeine Wehrmachtangelegenheiten
    • 歩兵大将 ヘルマン・ライネッケ(1939年 - 1945年)
    • 国防軍損害・戦争捕虜部:Abteilung Wehrmachtverlustwesen (WVW)
      • Wehrmachtauskunftstelle für Kriegerverluste und Kriegsgefangene (WaSt)
  • 国防軍情報部Amtsgruppe Ausland / Abwehr
    • 海軍大将 ヴィルヘルム・カナリス、反ヒトラー活動が露見して逮捕、部下のハンセンが臨時代行 (1939年9月1日 - 1944年2月12日)
    • 参謀大佐 ゲオルク・ハンゼン、親衛隊の国家保安本部に吸収、同本部軍事情報部と改名 (1944年2月13日 - 1944年6月1日)
    • 親衛隊少将 ヴァルター・シェレンベルク (1944年6月1日 - 04.05.1945年5月4日)
    • 親衛隊中佐 オットー・スコルツェニー (1945年5月5日 - 5月8日)
    • 参謀長:Chef des Stabes
    • 中央管理課:Zentralabteilung
      • 少将 ハンス・オスター、反ヒトラー活動が露見して逮捕 (1939年9月1日 - 1944年1月)
      • 大佐ヤコブセン (1944年1月 - 6月)
    • 外国課:Abteilung Ausland
      • 海軍中将 レオポルト・ビュルクナーベルリン陥落直前に残存ドイツ潜水艦の日本回航について交渉する阿部勝雄海軍中将の窓口となる (1939年9月1日 - 1944年6月30日)
      • 外交・防衛政策:Gruppe I: Außen- und Wehrpolitik
      • 外国軍との窓口:Gruppe II: Beziehung zu fremden Wehrmächten
      • 外国軍:Gruppe III: Fremde Wehrmachten, Meldesammelstelle des OKW
      • 作戦行動中の海軍艦船の補給:Gruppe IV: Etappenorganisation der Kriegsmarine(インド洋に展開するドイツ海軍潜水艦部隊の補給は駐日ドイツ大使館付海軍武官パウル・ヴェネッカー海軍中将が日本海軍と連携して実施した)
      • 外国新聞報道:Gruppe V: Auslandspresse
      • 国際法:Gruppe VI: Militärische Untersuchungsstelle für Kriegsvölkerrecht
      • 殖民地問題:Gruppe VII: Kolonialfragen
      • 戦力分析:Gruppe VIII: Wehrauswertung
    • 情報課:Abteilung Nachrichtenbeschaffung
      • 大佐 ハンス・ピーケンブロック (1939年9月1日 - 1943年3月)
      • 大佐 ゲオルク・ハンゼン (1943年3月 - 1944年2月)
      • 陸軍情報:Gruppe H: Geheimer Meldedienst Heer
      • 海軍情報:Gruppe M: Geheimer Meldedienst Marine
      • 空軍情報:Gruppe L: geheimer Meldedienst Luftwaffe
      • 諜報機材:Gruppe G: Technische Arbeitsmittel
      • 経済:Gruppe wi: Geheimer Meldedienst Wirtschaft
      • 報道分析:Gruppe P: Presseauswertung
      • 無線防衛:Gruppe i: Funknetz Abwehr Funkstelle
    • 特殊工作課:Abteilung Sonderdienst
    • 防諜課:Abteilung Abwehr
    • 海外電信調査:Auslands(telegramm)prüfstelle
      • 分類:Gruppe I: Sortierung
      • 混合分析:Gruppe II: Chemische Untersuchung
      • 私書簡:Gruppe III: Privatbriefe
      • 商用文:Gruppe IV: Handelsbriefe
      • 軍用書簡:Gruppe V: Feldpostbriefe
      • 捕虜書簡:Gruppe VI: Kriegsgefangenenbriefe
      • カード資料:Gruppe VII: Zentralkartei
      • 分析:Gruppe VIII: Auswertung
      • 戦争捕虜書簡分析:Gruppe IX: Kriegsgefangenen-Brief-Auswertung
  • 国防軍中央管理部:Wehrmacht-Zentral-Abteilung
  • 国防軍司法府:国防軍の司法に関する指揮権はWRとWuStを通じて国防軍最高司令部総長が持つ。

この他に、軍法会議と退職軍人保護法廷(de)が所属する。さらに、1942年以降ヴァルター・フォン・ウンルヒ歩兵大将以下の特務参謀(Stab z. B.V.)が置かれた。

無条件降伏後[編集]

参謀本部と国防軍最高司令部は、ニュルンベルク裁判では「犯罪的な組織」とは判定されなかった。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 濱田常二良『独逸軍部論』昭和刊行会、1944年
  • S.L.Mayer Signal Hitler's Wartime Picture Magazine, Bison Books, 1976, ISBN 0-13-810051-9
  • バリー・リーチ『ドイツ参謀本部』戦史刊行会(訳)、原書房、1979年、ISBN 4-562-03384-3
  • ノルベルト・フライ / ヨハネス・シュミッツ 『ヒトラー独裁下のジャーナリストたち』五十嵐智友(訳)、1996年、ISBN 4-02-259660-0
  • ヴァルター・ゲルリッツ『ドイツ参謀本部興亡史』守屋純(訳)、学習研究社、1998年、ISBN 4-05-400981-6

外部リンク[編集]