ホルスト・ヴェッセル

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ホルスト・ヴェッセル

ホルスト・ルートヴィヒ・ヴェッセル(Horst Ludwig Wessel、1907年10月9日 - 1930年2月23日)は、ドイツナチス運動の突撃隊員。階級は突撃隊少尉(SA-Sturmführer)。

新聞デア・アングリフ』に投稿したが、後に国家社会主義ドイツ労働者党党歌旗を高く掲げよ」の歌詞に採用されたため「作詞者」とされている。「旗を-」は「ホルスト・ヴェッセル・リート(Horst-Wessel-Lied ホルスト・ヴェッセルの歌の意)」とも知られている。

プロフィール[編集]

ヴェストファーレンビーレフェルト生まれ。牧師であった父がベルリン最古の教会である聖ニコライ教会に赴任するに伴いベルリンへ移住。

1922年から1925年の期間にビスマルク青年団へ加入、1924年から1926年の期間にはヴィーキング同盟およびオリンピアへ加入など、保守系・右派系の団体に関わった。

1926年ベルリン大学法学部に入学し、同年12月17日にはナチ党および突撃隊に加入した。1928年に大学を退学し、タクシー運転手などの仕事で生計を立て始めた。

ベルリンの突撃隊第4連隊第1中隊に配属されると頭角を現し、1929年には同中隊の第54小隊長となった。また同年には同小隊は第4連隊第5中隊に昇格し、本人も中隊長に昇進した。同中隊が管轄するフリードリヒスハイン区ドイツ共産党の牙城でもあった。

1930年1月14日愛人でもあった娼婦のエルナ・イェニケ(Erna Jänicke)と同棲していたホルスト・ヴェッセルは、部屋を訪れた人物に応えて扉を開けたところを銃で撃たれ、搬送先の病院で生死の境を彷徨った後、2月23日に敗血症のため死亡した。襲撃の犯人は現場から逃走した後で逮捕された、ドイツ共産党員アルブレヒト・ヘーラーde:Albrecht Höhler)であるとされている。なおドイツ共産党は組織的な関与を否定した。

ホルスト・ヴェッセルはナチスの殉教者として宣伝に利用されることとなり、彼が書いた詩を歌詞とした「旗を高く掲げよ」がナチス党歌となった。彼が死亡した病院は「ホルスト・ヴェッセル病院」と改名され、さらにベルリン・フリードリヒスハイン区には「ホルスト・ヴェッセル市」なる栄誉称号が付され、また彼の名前にちなんだ地名変更も相次いだ。

ホルスト・ヴェッセルとその父の墓はベルリン・パンコウ区の聖マリア・聖ニコライ墓地にあった。この墓石はドイツ再統一後、極右主義者による巡礼、さらに極左主義者による破壊行為の対象となり、2013年に撤去されるに至った。

関連項目[編集]