国家労働奉仕団

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Grossdeutsches Reich - Reichsarbeitsdienst.jpg Grossdeutsches Reich - Reichsarbeitsdienst 1.jpg
男性隊員(左)と女性隊員(右)を模した切手

国家労働奉仕団(通称:RAD、Reichsarbeitsdienst Reich Labour Service)とは、ナチス・ドイツで失業対策として設立された機関であり、アメリカにおける市民保全部隊に似た機関である。第二次世界大戦中、ドイツ軍の支援を行った補助機関でもある。

労働奉仕団は元々、社会民主党内閣時代に失業者対策として運河建設をしていたものを元にしており、その後、1931年ナチス政権獲得後、同党の国家社会主義義勇勤労奉仕団などが合流し、1935年6月6日に公布された国家勤労奉仕法により、国家組織となり、国家労働奉仕団となった。RAD団員は、様々な市民サービス、軍事建設、農業計画に従事しており、コンスタンチン・ヒールルde)が組織の最初から最後まで総裁であった。

組織[編集]

RAD (団旗)、 一般的に使われた "die Kaffeebohne" (コーヒー豆)
RAD (団旗、女性部隊用)

組織は大きく、男性が所属するReichsarbeitsdienst Männer 通称:(RAD/M)、と女性が所属する Reichsarbeitdienst der weiblichen Jugend (RAD/wJ)の二つに分けられていた。

年齢は17~25歳までのアーリア系ドイツ人が所属、6ヶ月間各種労働奉仕活動を行っており、男性は徴兵への準備期間としていた。RADは40の労働管区(Arbeitsgau)から構成され、各労働管区はそれぞれ、本部スタッフとWachkompanie(Guard Company)によって運営された。

各管区には6~8個の労働大隊(Arbeitsgruppen)があり、各大隊には1,200~1,800名が所属した。1個大隊は200~300名が所属する中隊(RAD-Abteilung)6個、各中隊は4個小隊(約70名)からなり、各団員にはシャベルと自転車が支給された。

団員の制服の左肩とコートにはRADのシンボルマークが縫い付けられていた。

活動[編集]

国家労働奉仕団は準軍事組織(Wehrmachtgefolge)とされた。RADはポーランド侵攻以前はアウトバーン建設を行い、戦争勃発後は軍用道路、飛行場、鉄道の建設、保守などが主な仕事となった。

1939年8月の時点で、1700個RAD中隊、総勢360,000名が所属しており、フランス侵攻時には約900個中隊、ノルウェーにも18個中隊が送られ、ノルウェー、フィンランドで道路建設に従事した。バルバロッサ作戦が発動されると、5個自動車化RAD大隊(15個中隊)が所属、1942年東部戦線では472個中隊が活躍した。さらに同年8月以降は陸軍空軍により、直接徴兵されることがあった。その他、ドイツ、フランスには空軍支援部隊として56個中隊、20,000名以上が処々の仕事を任されていた。

1943年になると空軍支援部隊として6週間、対空砲の訓練を行い、420個中隊が空軍高射砲部隊に所属し、他にも対戦車部隊、対空部隊など独自に軍隊化し、空軍から高射砲の運用を任され、88mm砲、105mm砲を所有、対空、対戦車に活躍した。

1944年、連合国軍がマーケット・ガーデン作戦を発動すると、RAD2個中隊が歩兵、砲兵として前線に投入され、以後はドイツ軍の最後の人的資源となった。

1945年、すでにドイツ軍の敗色は濃く、RADの訓練期間も短縮され、軍事訓練のみを行った。また、国民突撃隊の創設も進んでおり、RADも吸収される可能性があったが、総裁コンスタンチン・ヒールが自身の権力のためにこれを拒否、最後まで準軍事組織として生き残った。ただし、1945年4月、徴兵寸前の青年により3個師団が設立され、それぞれRAD第1、2、3師団としたが、後にドイツ史上の有名人の名前を取って「アルベルト・レオ・シュラゲーター(ルール出兵の時、仏軍への抵抗運動に参加し銃殺された人物)」「フリードリッヒ・ルートヴィッヒ・ヤーン(『ドイツ式体操』の考案者で18~19世紀におけるドイツ統一運動の先駆者の一人)」「テオドール・ケルナー(ナポレオン戦争中に戦死した軍人。愛国詩人として有名)」とそれぞれ改名し、ヴァルター・ヴェンク第12軍に所属、フリードリッヒ・ルートヴィッヒ・ヤーン師団とテオドール・ケルナー師団はベルリン救出作戦に参加、ポツダムまで進撃を見せた。

また、RAD第4師団「シュタイアーマルク」、RAD山岳師団「エンス」がバイエルンで編成中であったが、その前に終戦となった。

その他[編集]

ナチスの全国党大会記録映画、「意思の勝利」に国家労働奉仕団が登場する。

参考文献[編集]

英語表記は英語版で使用されたものである。

  • Kiran Klaus Patel: Soldaten der Arbeit. Arbeitsdienste in Deutschland und den USA, 1933-1945, Verlag Vandenhoeck & Ruprecht, Göttingen 2003 459 S. ISBN 3-525-35138-0
    • English title: "Soldiers of Labor. Labor Service in Nazi Germany and New Deal America", 1933-1945, Cambridge University Press, New York 2005, ISBN 0-521-83416-3.
  • 大阪毎日新聞、昭和11年12月21日版
  • 高橋慶史『続 ラスト・オブ・カンプフグルッペ』大日本絵画、2005年、ISBN 4-499-22748-8

関連文書[編集]

  • 黒正巌 労働に歓喜するドイツ青年 大阪朝日新聞、昭和11年6月7-9日, 11日版
  • 黒正巌 ナチス独逸は滅びず 日本評論11巻7号 昭和11年