心の瞳 (坂本九の曲)

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心の瞳
坂本九楽曲
リリース1985年5月22日
規格シングルレコード (EP)
ジャンル歌謡曲
レーベルファンハウス
作詞者荒木とよひさ
作曲者三木たかし
収録曲
  1. 懐しきlove-song
  2. 心の瞳
音楽・音声外部リンク
「懐しきlove-song/心の瞳」 (坂本九) - LINE MUSIC

心の瞳」(こころのひとみ)は、坂本九の楽曲。作詞は荒木とよひさ、作曲は三木たかしである。原曲版の編曲は、荒木・三木コンビ作品の編曲を多く手掛けた川口真である。合唱曲版は、坂本九の生前最後のラジオ番組で「心の瞳」を聴いた中学校の音楽教師が、生徒の合唱のために編曲をして広まった。

概要[編集]

この曲は、1984年東芝EMI(現在のユニバーサルミュージック)から独立して発足したレコード会社ファンハウス(現在のソニー・ミュージックレーベルズ)移籍後初のシングル「懐しきlove-song」のB面(C/W)曲として1985年5月22日に発売された。坂本が同年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故によって死去したため、このシングルは結果的に坂本の遺作となった。坂本九の妻・柏木由紀子によると、「心の瞳」は愛の歌である[1]。この愛の歌のテーマは、坂本九の長女・大島花子によると、長年連れ添った夫婦や家族の絆である[2]

坂本が東芝EMIからファンハウスに移籍しようとしていた当時の日本においては、自ら作詞・作曲をするシンガーソングライターの時代が既に到来していた[3]。東芝の大スターといえども、職業作家が作った曲を歌う坂本にとって、従来のように売れる時代ではなかった[3]。東芝EMI所属時代の坂本は、時代とともに新曲レコードを出したくても出してもらえなくなり、新曲レコードの発表は年々減っていた[3]1961年に発表した「上を向いて歩こう」が大ヒットした栄光は、もはや過去のものであった[3]。このような苦境に立たされていたことによって、坂本は家族を拠り所にしたのであると考えられる[3]。坂本はファンハウス代表取締役の新田和長と、今後の方向性について話し合った[3]。自ら作って自ら歌うスタイルもやろうとか、色々な話をして、作詞家・荒木とよひさ、作曲家・三木たかしの2人の名前が挙がった[3]。荒木と三木の2人は、三木が作曲した言葉にならない音楽に荒木が詞を書いて、当時テレサ・テンを大ヒットさせていたコンビである。坂本、新田、荒木、三木たちは同世代で、自分たちの世代の歌を求め意気投合した[3]。坂本は、どういう歌を歌いたいのか、荒木と三木に話をした[3]。荒木と三木は、シングルレコードのための曲となる「懐しきlove-song」を作った。この曲はリリース翌月にNHK古賀政男記念音楽大賞」に入賞した。更に荒木と三木は、ヒットには拘らずに坂本の妻へ本当の気持ちを伝えるラブソングと、ステージの最後に歌うような曲ができたら良いと、「心の瞳」を作った。

「心の瞳」のレコーディングを終えた坂本九はこの曲を家に持ち帰り、妻の柏木由紀子に「ゆっこ!」、と声をかけた[4][5]。「カセットテープだったと思うんですけど」、と柏木由紀子は証言する[6]。「ゆっこ! ぼくたちのことを歌ったような曲だよ! 聴いたらきっと、泣いちゃうよ!」、と柏木由紀子は坂本九から告げられ、この曲は坂本九のお気に入りだったようだ[5][6]。長女の大島花子は、「父が新曲を持って帰ってくる!」というのが初めての出来事であり、家族で聴いて、とても楽しかった思い出であると話している[2]田家秀樹は「『心の瞳』は、坂本がようやく手にした理想の音楽だったに違いない」と評している[3]

墜落事故当日の1985年8月12日には、NHK505スタジオで収録された公開録音『歌謡スペシャル 秋一番!坂本九』(9月1日放送)[* 1]において、羽田健太郎のピアノ伴奏(1番のみ)[* 2]とともにこの曲が歌われた。トワ・エ・モワ芥川澄夫(「心の瞳」レコーディング・ディレクター)によると、坂本はこの曲が完成した時、コンサートのアンコールに歌う曲ができたと喜んでいた。しかしながら事故により、コンサートでの披露がついに実現することはなかった。その後、坂本の葬儀において、音源での父の歌声をのせる形で、長女の大島花子がこの曲をピアノで演奏した[7]

ファンハウス代表取締役の新田和長は悔いが残った[3]。立ち上がりの遅いB面に収録された「心の瞳」を、何故もっと売り込まなかったのか、新田は坂本に対して申し訳ない気持ちで一杯だった[3]

坂本の没後、千葉県市川市の中学校に勤務する音楽教師の長谷川剛は、坂本の生前最後のラジオ収録番組『歌謡スペシャル 秋一番!坂本九』を聴いていた[8]。その頃の長谷川は、「合唱の授業で生徒が歌わない」と悩んでいた[9]1970年代半ばから1980年代にかけて日本の中学校は校内暴力が吹き荒れていた[10]1980年前後に校内暴力は全国的にピークに達し[10]1983年には第二次大戦後の非行多発「第三の波」が押し寄せた。1985年頃にはいじめ不登校の急増という新たな問題にも直面していた[10]。校内暴力は管理教育に対する子どもたちの究極的な抵抗手段でもあった[11]。当時の千葉県は愛知県と並び強烈な管理教育で知られ、管理が厳しい地域ほど荒れた[11]。厳しい管理教育は、市川市、松戸市船橋市が、いわゆる「ヤンキー」と呼ばれる非行少年たちの中心地域として形成された要因である[11]。坂本生前最後のラジオ番組で「心の瞳」を聴いた長谷川は思い立った[8]。「歌に不思議な力がある。子どもたちに歌わせたい」と長谷川は録音していたカセットテープを基に「心の瞳」を合唱曲として編曲した[8]。生徒たちはこの歌を歌い、この合唱曲は、1986年3月の卒業式でも歌われた[8]。生徒の保護者がこの卒業式をテープに録音していた[8]。保護者は、このテープを柏木由紀子のもとへ送った[8]。柏木は保護者に「皆様の心の中に坂本九がずっとずっと生き続けて下さることが出来たら……とても幸せです」と手紙を書き、ここに「心の瞳」収録レコードを同封した[8]。市川市の中学校で歌われた合唱曲は、人づてに近隣の学校などに広がり[8]、後に、滝口亮介[* 3]をはじめとして、横山潤子梅垣達志といった、多くの音楽家によっても編曲されている。これは、関係者にとっては予想外の展開だったという[3]

音楽・音声外部リンク
心の瞳/坂本 九〔混声3部合唱〕、編曲:古賀藍YouTube (エレヴァートミュージック エンターテイメント)。
心の瞳 (音中合唱部)、ショートバージョン、女声合唱、YouTube (国立音楽大学附属中学校)。
男声合唱:心の瞳、指揮:石若雅弥、編曲:石若雅弥、合唱:Chor.Draft[* 4]、YouTube (studio811/石若雅弥)。

「心の瞳」は中学校の音楽の教科書に合唱曲として掲載される歌になり、ある学校教師からは「坂本九の人生、夫婦愛、家族愛を道徳の授業で扱っています」という手紙が柏木のもとに届いた[4]。合唱曲としての知名度が高くなった後は、混声3部合唱として、中学生を中心に広く歌われ親しまれている。合唱曲版の歌詞は1番の「足あと」と2番の「人生」が入れ替わっている場合も多い[* 5]2006年に、教育出版発行の中学校の音楽教科書に掲載された[12]

柏木由紀子、長女の大島花子、次女の舞坂ゆき子はその後、2004年9月8日に「maman et ses filles」(ママ・エ・セフィーユ)名義でミニアルバム『心の瞳』をリリースする。この曲については、3人での歌唱バージョンのほか、品川女子学院の生徒が参加した合唱バージョンも収録されている。このCDリリースもあって、歌番組などでは、3人がこの曲を披露することが多い[* 6]

2006年から、柏木由紀子、大島花子、舞坂ゆき子の3人は、毎年クリスマスに「Christmas Concert」を開催している[6]。コンサート開催当時、中学生たちから、「心の瞳」を歌っている、というたくさんの手紙が柏木たちのもとに届いていた[6]。このたくさんの手紙をきっかけに、自分たち家族も歌い継ごうとコンサートを開催することになった[6]。このコンサートで歌唱する「心の瞳」は坂本九の歌声を重ねてコーラスをする[6]

2010年ニッポン放送小倉淳の早起きGoodDay!』の最終回(6月24日放送)に、番組内のコーナー〝心に残るあの歌・この歌〟で柏木由紀子が「心の瞳」をリクエスト曲に選んだ。

2017年12月6日、新田和長がプロデューサー兼デイレクターを担当したCDシングル「心の瞳」が、坂本の三十三回忌を期し、2017年のクリスマスに向けて発売された[7]。新田は坂本の妻子にコーラスを任せることによる公私の是非には迷いがあったが、「一番売れているコーラスの人たちに何回も入ってもらったんですけど馴染まない。どこか違う。柏木さん、花子さん、舞子さんの歌が入った時、違って聞こえた。九ちゃんの声が幸せそうに聞こえた。後から加えた感じがしない。最初からこうあるべきだったんだね、というくらいにしっくりくる。不思議だなあと思いますね」と、家族のコーラス入りの「心の瞳」リリースが実現した[3]

収録盤[編集]

シングルレコード[編集]

  1. 懐しきlove-song
  2. 心の瞳
    • 作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし、編曲:川口真

CDシングル[編集]

心の瞳
坂本九シングル
初出アルバム『坂本九 ベスト〜心の瞳』
リリース
規格 マキシシングル (CD)
レーベル USM JAPAN
プロデュース 新田和長
山田道枝
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  1. 心の瞳 (コーラス入り) [5:55]
  2. 心の瞳 (合唱バージョン) [5:53]
    • ボーカル:あい混声合唱団[* 7]、指揮:相澤直人、作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし、編曲:横山潤子
  3. 心の瞳 (カラオケ) [5:52]
    • 作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし、編曲:川口真

CDアルバム[編集]

  • 『坂本九シングル全集』(2004年7月22日 TOCT-25419 東芝EMI)収録。二十周忌。川口真編曲。
  • 『坂本九 メモリアル・ベスト』(2004年8月4日 TOCT-25439 東芝EMI)収録。二十周忌。川口真編曲。
  • 『ベスト坂本九 99』(2007年9月5日 TOCT-26329 EMIミュージック・ジャパン)収録。川口真編曲。
  • 『坂本九 ベスト〜心の瞳』(2017年12月6日 UPCY-7456 ユニバーサル ミュージック)収録。三十三回忌。コーラス入り。川口真編曲。ブックレットエッフェル塔前で撮影された坂本九・柏木由紀子夫妻の未公開写真を掲載[4]

カバー[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 死去翌月の9月1日にNHK-FM放送にて、追悼アナウンスを添えて放送された。
  2. ^ 2番は、オリジナル・カラオケらしき音源が使用された。
  3. ^ 東京の中学校で勤務した後、洗足学園音楽大学准教授となる[8]
  4. ^ 「Chor.Draft」(コール・ドラフト)は、音楽家・石若雅弥が主宰する男子パフォーマンスグループ。
  5. ^ 教材(正進社「コーラスフェスティバル」など)の歌詞では、入れ替わっていない。
  6. ^ 2008年11月25日に、日本テレビ系の音楽番組『誰も知らない泣ける歌』でこの曲が紹介された時は、オリジナル音源での坂本九の歌声に合わせて、3人がこの曲を歌唱した。
  7. ^ 音楽家・相澤直人が率いる混声合唱団。2017年10月、柏木由紀子と舞坂ゆき子が立ち合い「心の瞳」合唱バージョンのレコーディングが行われた。この曲に心を打たれ、あい混声合唱団は横山潤子編曲の合唱楽譜『九ちゃんが歌ったうた』(2015年、音楽之友社)収録の全5曲(上を向いて歩こう/明日があるさ/ともだち/見上げてごらん夜の星を/心の瞳)を急きょ定期演奏会で歌うことになった[13]
  8. ^ 指揮者・山田和樹が率いる、東京芸大国立音大の学生たちを中心とする合唱団。
  9. ^ 田中安茂(たなか やすしげ)は、学校教師。一般合唱団パーチェ・カンターレ(Pace Cantare)常任指揮者、市川男声合唱団常任指揮者、全日本音楽教育研究会理事。1981年、千葉大学教育学部音楽科卒業。市川市立八幡小学校の教師となる。1985年、市川市立南行徳中学校開校に伴い着任、開校と同時に南行徳中学校合唱部を設立。市川市立塩浜中学校への転任を経て、2011年、市川市立第五中学校転任、第五中学校合唱部設立。

出典注[編集]

  1. ^ “ホーム - あい混声合唱団 公式ホームページ”.
  2. ^ a b 鎌田實村上信夫第2章: 「追憶」——歌うことで父の想いを共有し、近くに感じられる—— ゲスト 大島花子さん (歌手)」『これで生きるのが楽になる』文化放送日曜はがんばらない」編、扶桑社、2013年https://books.google.co.jp/books?id=g_UkDwAAQBAJ&redir_esc=y&hl=ja 
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 田家秀樹 (2018年1月9日). “シングル「心の瞳」について”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN. https://www.universal-music.co.jp/sakamoto-kyu/news/2018-01-19-topics/ 
  4. ^ a b c “坂本九さん最後の曲、かなった家族共演 CD「心の瞳」発売へ”. 神奈川新聞社 カナロコ. (2017年12月4日). http://this.kiji.is/310084505308496993 
  5. ^ a b “ご報告”. 柏木由紀子オフィシャルブログ. (2017年11月30日). https://ameblo.jp/yukikokashiwagi/entry-12332404792.html 
  6. ^ a b c d e f “坂本九さんの妻・柏木由紀子「歌い継ぐ」三十三回忌で決意新たに 恒例のクリスマス・コンサート開催”. MusicVoice. (2017年12月7日). https://www.musicvoice.jp/news/81876/ 
  7. ^ a b “坂本 九の遺作「心の瞳」決定版の完成とベスト・アルバム発売のお知らせ”. ユニバーサル ミュージック合同会社. (2017年11月30日). https://www.universal-music.co.jp/sakamoto-kyu/news/2017-11-30-news/ 
  8. ^ a b c d e f g h i 朝日新聞 神奈川版 『上を向いて歩こう 坂本九生誕70年 (5)合唱曲 歌い継がれ』(2011年12月10日)
  9. ^ “題名のない音楽会|2018/03/03(土)10:00放送|テレビ朝日”. TVでた蔵. http://datazoo.jp/tv/題名のない音楽会/1142948 
  10. ^ a b c 高橋靖直 (編著)、曽野洋、高田文子『【第二版】 学校制度と社会玉川大学出版部、2007年、142-143頁https://books.google.co.jp/books?id=JCHx5J7Q6s4C&redir_esc=y&hl=ja 
  11. ^ a b c 小森雅人、川野輪真彦、藤江孝次『日本の特別地域14 これでいいのか 千葉県 東葛エリア(電子版)マイクロマガジン社、2010年、26-27頁https://books.google.co.jp/books?id=tuyXDQAAQBAJ 
  12. ^ 『歌い継がれる名曲案内 音楽教科書掲載作品10000』日本アソシエイツ、2011年、30頁、711頁。ISBN 978-4816922916
  13. ^ “あい混声合唱団の投稿 (2018年3月15日)”. Facebook. http://www.facebook.com/aikonchorus/posts/1879516085425841 
  14. ^ “宝塚男役・歴代トップスター10名の麗人がCD発売記念コンサート開催、この模様の映像化も”. Musicman-NET. (2015年2月6日). https://web.archive.org/web/20180510051441/http://www.musicman-net.com/artist/40364 
  15. ^ “声優・伊波杏樹、「Inamin Town」開設を記念した初のソロイベントを開催”. マイナビニュース. (2018年4月17日). https://news.mynavi.jp/article/20180417-617896/ 

外部リンク[編集]