古代山城

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古代山城(こだいさんじょう)は、城郭の一種である。飛鳥時代から奈良時代にかけて築かれた山城のうち、朝鮮半島からの影響が指摘されるものを一般に指す。朝鮮式山城(ちょうせんしきやまじろ)と呼ぶこともある。ただし、この呼称は定義に未確定な部分があるので、考古学上は単に古代山城と呼ばれることが多い。[1][2]

目次

[編集] 概要

古代山城は、西日本各地に古代に造られた山城の中で、「日本書紀」「続日本紀」になんらかの記載がある諸城およびその系統の山城である。築城、改修、停廃等の記事が見られる。特に663年白村江の戦いの後、新羅による侵攻に備え、天智天皇の命で各地に水城や山城が建設された。

日本書紀における長門城大野城基肄城の記事に「亡命百済貴族が築城の指導に当たった」とあることから、これらを含め築城年代・構造など共通性が見られるものを「古代山城」と称する。このほか古代山城の中には怡土城のように中国城砦との関係が指摘されるものもある。

また古代山城に類似した遺構として、神籠石(式山城)が総社市鬼ノ城(1986年国の史跡に指定)、播磨の城山城(きのやましろ)、備前の大廻(おおめぐり)・小廻(こめぐり)山城、讃岐の城山城(きやましろ)、伊予の永納山(えいのう)城など日本各地で16城発見されているが、これらは公的な記録がなく建造経緯などは不明なものが多い。 記録にはあるものの未だに場所が確認されていない古代山城群のひとつに比定されるものもあるが、そのほかに「奥集落の祭祀複合遺跡」や「大陸渡来氏族が追われて奥地に建造した城」などもある。

また、別系統の古代城郭に都城国府城要害、水城、東北・北陸の城柵鎮守府城城館などがある。このうち多賀城秋田城などは山城といっていい立地であり、規模も西日本の古代山城の発展形とみられ、注意が必要である。


[編集] 一覧

名称 読み 建設年 所在地・推定地 現状
高安城 たかやすのき 667年 奈良県生駒郡平群町久安寺・大阪府八尾市高安山 城壁や水門跡が発見されたが、あまりにも規模が大きい為に検証が進んでおらず、667年築城の高安城でない可能性も残されている。
屋嶋城 やしまのき 667年 香川県高松市屋島東町 遺構の石垣、土塁、水門跡、見張台等が2000年頃から順次発見されたが、まだ十分な発掘検証・復元は進んでいない。
長門城 ながとのき 665年 山口県下関市 不明
大野城 おおのじょう 665年 福岡県太宰府市大野城市 土塁、石垣、門跡など大きな建物跡がある。
基肄城 きいじょう 665年 佐賀県三養基郡基山町小倉
基山(414m)
礎石建物跡、城門 石垣、水門、土塁
金田城 かねたのき 667年 長崎県対馬市美津島町黒瀬城山 城壁(石垣)、城門跡、水門、望楼跡
鞠智城 くくちじょう 7世紀~
平安初期
熊本県山鹿市菊鹿町米原字長者原・菊池市木野字深迫 百済亡命貴族の指導で築城。鼓楼と推定される八角形建物、兵舎、米倉など72棟の建物跡と一部の建物を復元
茨城 いばらき 奈良時代 広島県福山市蔵王町(蔵王山一帯)など 不明
常城 つねき 665年 広島県府中市本山町・
福山市新市町常 亀ヶ岳山頂七ッ池周辺
不明
三野城 みのじょう 7世紀後半 福岡県福岡市博多区美野島 不明
稲積城 いなづみのき 7世紀後半 福岡県糸島市志摩 不明
三尾城 みおのき   滋賀県高島市 不明

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 前田航二郎『高安城の探索 : 古代山城』城郭文庫, 1981.
  2. ^ 総社市教育委員会編『古代山城鬼ノ城 : 鬼城山史跡整備事業に伴う発掘調査』総社市教育委員会, 2005.

[編集] 外部リンク

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