フリーソフトウェア財団

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フリーソフトウェア財団
略称 FSF
標語

Free Software, Free Society

(自由なソフトウェア、自由な社会)
設立年 1985年10月4日
種類 米国内国歳入法第501条C項3号認定を受けた非営利団体
地位 財団
目的 啓蒙組織
本部 アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ボストン
貢献地域・分野 世界規模
メンバー 私人ならびに後援企業
代表 (President) リチャード・ストールマン
提携 Software Freedom Law Center (SFLC)
スタッフ 10人[1]
ボランティア 不明(世界各国に存在)
ウェブサイト The Free Software Foundation
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フリーソフトウェア財団(フリーソフトウェアざいだん、英語: Free Software Foundation, Inc., 略称FSF)とは、1985年10月4日リチャード・ストールマンにより創設された非営利団体である。当団体は、フリーソフトウェア運動、すなわち、コンピュータ・ソフトウェアを作成、頒布、改変する自由をユーザーに広く遍く推し進めることを狙い、コピーレフトを基本とする社会運動の支援を目標に掲げている。

概要[編集]

FSFはアメリカ合衆国マサチューセッツ州の団体である[2]。元々は、マサチューセッツ工科大学の地下室と呼ばれたコンピュータルーム内の計算機を活用して、数多くのソフトウェアを製作したストールマンの活動が起源となっている。創立から1990年代中頃まで、FSFの資金は、GNUプロジェクトのためにフリーソフトウェアを作成するソフトウェア開発者を雇用する為、概ね拠出されていた。1990年代中頃からは、FSFの従業員とその奉仕活動者(ヴォランティア)は、フリーソフトウェア運動フリーソフトウェアコミュニティに対する法的かつ構造的な問題に対処するため概ね活動している。

FSFの目標は首尾一貫しており、コンピュータ上で利用できる唯一のソフトウェアがフリーソフトウェアとなることを目指している[3]

GPL違反是正[編集]

FSFはGNUコンパイラコレクションなど、GNUシステムにとって非常に重要となるさまざまなソフトウェア群の著作権を保持している。FSFは(あくまで保持しているこれらソフトウェアのみの)著作権者として、とりわけGNU General Public License (GPL)で許諾されているソフトウェアに対し、そのライセンス違反に起因する著作権侵害がひとたび発生すれば、GPLの強制(エンフォースメント)を行使できる唯一の存在である。その他のソフトウェア・システムの著作権者がGPLを彼らのライセンスとして採用した場合、FSFはそのライセンスを受けているソフトウェアの著作権的利益を保護すべしと力説し、通常割り込んで来る唯一の組織だったのだが、2004年ハラルト・ヴェルテが同様の組織gpl-violations.orgを立ち上げている。

1991年から2001年まで、GPLの違反は、非公式に、通常ストールマン自身により、しばしばFSFの弁護士エベン・モグレンからの助言を受けて是正されていた。[要出典]典型的なことに、この期間のGPL違反はストールマンと違反者とが電子メール数通を交換することで解決されていた。[要出典]2001年後半、当時のFSFの執行役員(Executive Director)であったブラッドリー・M・クーンは、モグレン、デイヴィッド・ターナー(David Turner)そしてピーター・T・ブラウン英語版らの助言を受けて、これらの成果を生かし、FSF GPL コンプライアンス・ラボ(GPL Compliance Labs)[4]という組織として正式に発足させた。2002年から2004年にかけて、LinksysそしてOpenTV英語版によるものといった明確なGPL違反事例が続出するようになった[5][6][7]

この間、GPL遵守と関連する、GPL違反是正ならびにライセンスの啓蒙活動は、FSFの活動における主要な焦点だった[8][9]

2008年12月、FSFは、シスコがGPLで保護された(FSFが著作権を持つ)コンポーネントを利用し同社Linksys製品と共に出荷したことに対し、(ライセンス違反による著作権侵害で)提訴した。シスコは2003年にライセンスの問題について通知されていたが、シスコはGPLの条項による義務を繰り返し無視した[10]2009年5月、シスコは、FSFへの金銭的支払い、シスコがライセンス遵守を実践しているかの継続的調査を指揮するフリーソフトウェア監査役(Free Software Director)の任命という和解案に合意し、FSFは訴状を取り下げた[11]

2003年から2005年にかけて、GPL自体の条文説明並びにその法的側面を解説する法律セミナーを開催していた[9]。大抵は、ブラッドリー・M・クーンダニエル・ラヴィチャー英語版が教鞭を振るっていたが、このセミナーは生涯法曹教育英語版(Continuing legal education, CLE)認定を受け、GPLの法的な教育活動として正式な認定を受けた最初の成果であった[12][13][14]

現行並びに進行中の活動[編集]

GNUプロジェクト 
FSFの当初の目的は、フリーソフトウェアの理想を推し進めることであった。当プロジェクトは、この一例として、GNUオペレーティングシステム(The GNU Operating System)を開発している。これと直接関連するソフトウェアであるGNUツールチェーンGNU Hurdが現在までの主要な成果である。2013年5月現在、当プロジェクトのウェブ・サイトでは、「フリーソフトウェア財団」でなく、カタカナでひらいた「フリーソフトウェアファウンデーション」の表記が見える[15]
GNUライセンス 
GNU General Public License (GNU GPL、単にGPL)はフリーソフトウェアプロジェクトに幅広く採用されているライセンスである。現行バージョン(バージョン3)は2007年6月にリリースされた。FSFはまた、GNU Lesser General Public License (GNU LGPL、単にLGPL)、GNU Free Documentation License (GNU FDL、GFDL)、そしてGNU Affero General Public Licenseバージョン3 (GNU AGPLv3)も公開している。
GNU Press 
FSFの出版部門であり、「自由に頒布可能なライセンスを採用した計算機科学の書籍を手ごろな値段で発刊すること」を責務としている[16]
Free Software Directory 
これはフリーソフトウェアであることが検証されたソフトウェアパッケージのリストである。各パッケージのエントリにはプロジェクトホームページ、開発者、プログラミング言語など47の情報を含む。フリーソフトウェアの検索エンジンを提供すること、そして、パッケージがフリーソフトウェアであるかの調査を行うためユーザーに相互参照を与えることを目標としている。FSFはこのプロジェクトのため、UNESCOより若干の資金援助を受けていた。将来的にはディレクトリが多くの言語に翻訳され得ることを望まれている。[誰によって?]
フリーソフトウェアの定義の維持管理 
FSFはフリーソフトウェア運動を定義付ける多くの文書を維持管理している。
プロジェクトのホスティング 
FSFはSavannahウェブサイト上にソフトウェア開発プロジェクトをホストしている。
政治運動 
FSFはソフトウェア特許デジタル著作権管理("Digital rights management", DRM。FSFは、彼らの奮闘の一つとして、このような技術は「権利を奪い、制限するよう設計されている」という彼ら独自の見解を明確にするため、この用語を「デジタル制約(制限)管理」("Digital restrictions management")と再定義している[17]。)、そしてルック・アンド・フィールなどをはじめとするユーザインタフェースの著作権などを含むソフトウェアの自由にとって危険と認識させる事項に対抗する多くの社会運動を支援している。Defective by Design(DbD)はFSFがDRMに対抗する先駆けとなる運動である。彼らはまた、Ogg+Vorbisを推進する運動を提起しており、これを、MP3AACなどのプロプライエタリ・フォーマットに取って代わるべき自由なデジタル音声ファイルフォーマットであるとしている。彼らはまた、「高い優先度」を持つとされる各種フリーソフトウェアプロジェクトの支援も行っている。
年次ごとの賞の授与 
FSFは毎年フリーソフトウェア界に大きな貢献を与えた人物・組織にそれぞれつぎの賞を授与している。

最優先度プロジェクト[編集]

gNewSenseFSFに公式に支援されているLinuxディストリビューションである。

フリーソフトウェアコミュニティの注目を集めるのに極めて重要[18]と主張する「最優先度プロジェクト」のリスト[18]をFSFは維持管理している[18]。FSFはこれらのプロジェクトを「コンピュータユーザは頻繁に非フリーソフトウェアの利用の誘惑に駆られており、フリーな置き換えが不十分である理由により、重要である[18]と考えている。

以前、作業が必要とされるとして注目されていたプロジェクトには、OpenOffice.orgGNOMEデスクトップ環境Java依存部の互換性を保証するため、フリーなJava実装英語版GNU ClasspathそしてGNU Compiler for Javaが含まれていた(本項の詳細は、英語版ウィキペディアの記事"License of Java"を参照せよ)。[要出典]

しかし、後日あるプロジェクトが最優先度リストに加えられたものの、活発な開発につながっておらず、また、プロジェクトがのんびりと進められている状況を見て、本活動が本当に効果を発揮しているのか批判する者もいる[19]

顕彰[編集]

構成員[編集]

FSFの理事(board of directors)は以下の人物が務める[23]

以前理事を務めたものは以下の人物を含む。

FSFの理事会は、議決権を持つ委員によって選出される。委員の持つ権利のうち、少なくとも投票権に関しては、次に述べる財団の定款(規約)に略記されている[31][32]

In addition to the right to elect Directors as provided in the by-laws and such other powers and rights as may be vested in them by law, these Articles of Organization or the by-laws, the Voting Members shall have such other powers and rights as the Directors may designate.

Articles of Amendment, Free Software Foundation, Inc.

参考訳

定款により付与されるその他の権限や権利と同様に、定款の定めるところによる理事選出権に加えて、これら組織条項または定款により、議決権を持つ委員は理事を指名する権限そのほかの権利を有するものとする。

変更条項, Free Software Foundation, Inc.

FSFの議決権を持つ委員が誰なのか、その構成を示す有効な文書は現時点では不明である。[要出典]

FSFの執行役員Executive director代表取締役)は現在、ウィリアム・ジョン・サリバンが務める[33]。以前この地位に就いていたものは、ブラッドリー・M・クーン(在任: 2001年-2005年)、ピーター・T・ブラウン英語版(在任: 2005年-2010年)[33]であった。

設立から現在にかけて、FSFには大抵約十数名の従業員がいる[1]。全てではないが、FSFの本部機能の大部分はマサチューセッツ州ボストンに設置されている[34]

エベン・モグレンダン・ラヴィチャー英語版は以前、プロボノ法務顧問(legal counsel)として個人でFSFに従事していた。Software Freedom Law Center(SFLC)の立ち上げにより、FSFに対する法的サービスはSFLCにより行われることになった。

2002年11月25日、FSFは個人向けのFSF賛助会員プログラム(FSF Associate Membership program)を立ち上げた[35]ブラッドリー・M・クーン2001年から2005年までFSFの執行役員,Executive Directorを務めた)はそのプログラムの立ち上げを行っており、最初の賛助会員に登録を申し込んでいる[36]。賛助会員は純粋に名誉を得るだけであり、FSFの資金援助という役目を担っている[31][32]

SCOの訴訟[編集]

2003年3月、SCOはIBMを提訴した英語版。提訴事由は、IBMが、FSFのGNUソフトウェアを含む、様々なフリーソフトウェアに貢献を行っていたが、それがSCOの権益を侵害するものであるとの主張である。FSFは訴訟の当事者ではなかったが、FSFは2003年11月5日召喚令状英語版を受け取った[37]2003年から2004年にかけて、FSFは当訴訟に対抗し、フリーソフトウェアの採用と移行に対する負の影響を押さえ込むためかなりの擁護活動を行った[38][39]

批判[編集]

2004年10月にLinux kernel mailing list英語版に投稿したメールからも分かるとおり、リーナス・トーバルズは以前からストールマンとGPLの違反是正活動を批判している[40]。また彼は2011年5月、Linuxfrフランス語版英語版のインタビューにおいて、FSFが制定したGPLv3の反DRM的姿勢を批判しており、(リーナス自身もDRMが嫌いであることは自認しているが)いくらDRMを嫌悪しているとはいえ、ライセンスをDRM攻撃の武器にするべきではない、コンテンツの自由な利用やハードウェアに関連するDRMの問題点とソフトウェアのみに関係するライセンスの問題点をない交ぜにすべきではない、と述べている[41][42]

2009年7月22日Linux Magazine誌のクリストファー・スマート(Christopher Smart)が、マイクロソフトLinuxカーネルにコードを提供したことに関連して、リーナスにインタビューしたところ、彼は「フリーソフトウェア」と関連付けられるのを毛嫌いしており、それは「過激な」思想の運動だと批判した、と伝えられた[43]

2010年5月2日ZDNetのエド・ボット(Ed Bott)[注釈 1]は、FSFはPlayOgg運動の最初の時点でいくつか事実誤認しており、彼らは誤った情報を故意に得ようとしていた上でプロプライエタリ・フォーマットの作成元を非難した、というFSFを批判する記事を同サイトにて公開した[44]。FSFは運動の一環として、MP3に関する特許権侵害英語版訴訟であるアルカテル・ルーセント対マイクロソフト事件英語版の結果、裁判所が被告のマイクロソフトに原告のアルカテル・ルーセントへの15億ドルの支払いを命じた件[45]について言及したが、エドはこれが「真っ赤な嘘」であると主張した。なぜなら、マイクロソフトの特許権侵害が裁判で認定され、侵害に対する損害賠償を命じられたのは事実だが、のちにこの裁判が覆されたことをFSFは述べていなかったからである。またエドは、FSFがRealPlayerWindows Media PlayerそしてiTunesといったメディアプレーヤーをターゲットに「フォーマット批判」を根拠なく主張したこと(FSFはこれらプレーヤーが専用のプロプライエタリなフォーマット、例えばWMPならばWMA、をユーザに強制しようとしているという誤った主張をした)について、FUDであると非難した。加えて、RealPlayer[46][47][48]、iTunes[49][50]そしてWMP[51][52]のプライバシー侵害に関する問題が広く報告されているにもかかわらず、彼はこのようなソフトウェアがユーザを覗き見しているというFSFの主張については「純然たるFUD」であると述べ、「根拠無き相当酷い言い掛かり」であると述べた。

2010年6月16日、Linux Magazine誌のジャーナリスト、ジョー・ブロックマイアー(Joe Brockmeier)は、Defective by DesignなどFSFが運動と呼ぶ彼らの行為について、「ネガティヴ」であり「幼稚」であるとし、ユーザーに提供するプロプライエタリ・ソフトウェアを「説得力を持って取り替える」ものは十分にはない、と批判した[53]

日本[編集]

以前GNU関連書籍が出版されていたビレッジセンターの招請により、ストールマンは訪日している。ここより、GNUソフトウェアの普及、フリーソフトウェア運動の推進などが図られ、フリーソフトウェアイニシアティブインターネットブラウザであるMozillaなどの日本語化などを行う、もじら組が結成されている。

関連団体[編集]

現在は、Free Software Foundation Europe(FSFE)やFree Software Foundation of India(FSFI)、Free Software Foundation Latin America(FSFLA)など、協力関係にある団体を世界中に有する。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 彼はMicrosoft Windows, Office関連の25の書籍を執筆している。Bio(経歴)より。

出典[編集]

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  12. ^ FSF Bulletin 3にて、クーンとラヴィチャーによるセミナーは2003年8月8日に実施すると記載されていた。 Free Software Foundation (2003年6月). “FSF Bulletin — Issue No.2 - June 2003”. Free Software Foundation. 2008年7月4日閲覧。
  13. ^ FSFは2004年1月にもクーンとラヴィチャーがセミナーで教鞭を振るう旨プレスリリースを出した。 Free Software Foundation (2004年1月2日). “FSF To Host Free Software Licensing Seminars and Discussions on SCO v. IBM in New York”. Free Software Foundation. 2008年7月4日閲覧。
  14. ^ John Sullivan (2005年8月25日). “FSF Seminar in NYC on September 28”. Free Software Foundation. 2008年7月4日閲覧。
  15. ^ GNUオペレーティング・システム”. 2013年5月17日閲覧。
  16. ^ GNU Pressウェブサイトにある発刊済み書籍一覧。 GNU Press”. Free Software Foundation. 2011年3月31日閲覧。
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  23. ^ マサチューセッツ州へ提出した財団の年次報告書より把握できる。
  24. ^ a b c GNU's Bulletin創刊号(GNU'S Bulletin, Volume 1, No.1”. Free Software Foundation (1986年2月). 2007年8月11日閲覧。)には決まりつつある全てのFSFの理事会の人々が記されている。
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  26. ^ Bradley Kuhn Joins the FSF Board” (2010年3月25日). 2010年3月26日閲覧。
  27. ^ FSFが1998年1999年それぞれマサチューセッツ州に提出した年次報告書によると、 デ・イカザは1998年11月1日時点では理事に名を連ねてはいないが、1999年11月1日時点でその名がある。 よって彼がこの間に就任したのは明らかである。 これら文書には更なる指摘があり、1999年の年次報告会は8月に開催されたと読める。 通常、新理事は年次報告会にて選出される。
  28. ^ FSFが2002年にマサチューセッツ州に提出した年次報告書( 2002 Annual Report for Free Software Foundation, Inc. (PDF)”. The Commonwealth of Massachusetts (2002年12月17日). 2007年8月11日閲覧。)によると、デ・イカザは理事を退任している。 理事会の構成員変更も通常、年次報告会(この年は2002年2月25日に開いたとなっている)にてなされる。
  29. ^ FSFが1999年2000年それぞれマサチューセッツ州に提出した年次報告書によると、 モグレンは1999年11月1日時点では理事に名を連ねてはいないが、2000年11月1日時点でその名がある。 よって彼がこの間に就任したのは明らかである。 これら文書には更なる指摘があり、2000年の年次報告会は7月28日に開催されたと読める。 通常、新理事は年次報告会にて選出される。
  30. ^ モグレンは彼のブログにて、辞職する意向を公表した( Moglen, Eben (2007年4月23日). “And Now ... Life After GPLv3”. 2007年8月11日閲覧。)。辞任は、もっともらしいところでは2007年に開かれた年次理事会にて承認されたと思われる。しかしその会合の正確な日付は不明である。
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  35. ^ そのサイト、member.fsf.orgは、2002年12月には、インターネット・アーカイブにはじめて登場しており、 そのサイトページには、立ち上げ日を2002年11月25日と記している。 FSF Membership Page, as of 2002-12-20”. The Internet Archive (2002年12月20日). 2002年12月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年8月11日閲覧。
  36. ^ クーンは、彼のウェブページ上にて、彼が最初の会員であることが分かる、FSFの作成された会員ウェブページのリンクを提示している。 Homepage of Bradley M. Kuhn”. Bradley M. Kuhn (2008年1月5日). 2008年1月5日閲覧。 “[...] and I was the first to join the first Associate Membership program I hope you'll join and support the Foundation, too.[...]”
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  42. ^ Patrick Guignot(パトリック・ギニョー) (2011年5月3日). “Kernel : Linus Torvalds : Interview about 20-year anniversary of the kernel (Original version of the interview)” (英語). Linuxfrフランス語版英語版. linuxfr.org. 2011年8月30日閲覧。 “Now, that said, I do think that there are serious problems in the content industry, where content providers are using laws and technical measures to basically try to lock people in and create more of a monopoly situation. I don't like DRM. But I think that's a different issue from the software license, and I also think that it was seriously wrong of the FSF to try to use the GPLv3 as a way to make other peoples software projects into weapons in their fight against DRM. And I'm very happy that I had made it clear that Linux was a GPLv2-only project many years before that all happened.”
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]