ケインズ経済学

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ケインズ経済学(ケインズけいざいがく、: Keynesian economics)とは、ジョン・メイナード・ケインズの論文『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)を出発点に中心に展開された経済学のこと。

概要[編集]

ケインズ経済学の根幹を成しているのは有効需要の原理である。この原理は古典派経済学セイの法則と相対するもので、「供給量が需要量(投資および消費)によって制約される」というものである。これは、有効需要によって決まる現実のGDPは古典派が唯一可能とした完全雇用における均衡GDPを下回って均衡する不完全雇用を伴う均衡の可能性を認めたものである[注釈 1]。このような原理から有効需要の政策的なコントロールによって、完全雇用GDPを達成し『豊富の中の貧困』という逆説を克服することを目的とした、総需要管理政策(ケインズ政策)が生まれた。これは「ケインズ革命」といわれている。

ケインズ経済学では貨幣的な要因が重視されている。このことは、セイの法則の下で実物的な交換を想定とした古典派とは、対照的である[注釈 2]。不完全雇用の原因について、ケインズの『一般理論』では「人々が月を欲するために失業が発生する」と言われている。これは歴史的な時間の流れにおける不確実性の本質的な介在によって、価値保蔵手段としての貨幣に対する過大な需要[注釈 3]が発生し、これが不完全雇用をもたらすとするケインズの洞察を示すものとして知られている[注釈 4]

一般論として経済モデルは不完全で疑わしく、その経済モデルが年単位で実体経済と乖離するようでは有用性に乏しい。また経済モデルはその実証性を検証するのに長い月日を要する。ケインズの言葉「長期的には我々は皆死んでいる」は、長期を無視するのではなくて、より優れた経済分析をすべしとの懇願でもある[1]ポール・クルーグマンも述べるように、財政政策の短期的効果の度合いはその経済状況に大きく依存する。景気が悪いときに政府が歳出削減をすれば、失業率は悪化し長期的な経済成長も阻害され、結局は長期的な財政状況も悪くなってしまう。

理論[編集]

(この節は、IS/LMモデルまで英語版ケインズ経済学の該当個所のほぼ忠実な翻訳)

ケインズは、大恐慌(世界恐慌、英語では大不況Great Depression)に対する解決策として、二つの方策を取り混ぜることにより経済を刺激するよう説いた。

  • 利子率の切り下げ(金融政策)
  • 社会基盤等への政府投資(財政政策)

中央銀行が商業銀行に貸し出す利子率を引き下げることにより、政府は商業銀行にたいし、商業銀行自身もその顧客にたいし同じことをすべであるというシグナルを送る。

社会基盤への政府投資は経済に所得を注入する。それによって、ビジネス機会・雇用・需要を作りだし、需給ギャップが引き起こす悪い効果を逆転させる[2]。政府は、国債の発行を通して経済から資金を借用することにより、必要な支出をまかなうことができる。政府支出が税収を超えるので、このことは財政赤字をもたらす。

ケインズ経済学の中心的結論は、ある状況においては、いかなる自動機構も産出と雇用を完全雇用の水準に引き戻さないということである。この結論は、均衡に向かう強い一般的傾向があるという経済学アプローチと矛盾・対立する。新古典派総合は、ケインズのマクロ経済概念をミクロ的基礎と統合しようとするものであるが、一般均衡の条件が成立すれば、価格が調整され、結果としてこの目標が達成される。ケインズは、より広く、かれの理論が一般理論であると考え、その理論では諸資源の利用率は高くも低くもなりうるものであると考え、新古典派総合ないし新古典派は資源の完全雇用という特殊状況にのみ焦点を当てるものとした。

新しい古典派マクロ経済学の運動は、1960年代末から1970年代初めに始まり、ケインズ経済学の諸理論を批判した。これに対し、ニュー・ケインジアンの経済学はケインズの構想をより厳密な基礎の上に基礎付けることを試みた。

ケインズに関するある解釈は、ケインズ政策の国際的調整、国際的経済機構の必要、および国際調整のありようによっては、戦争にも平和にもつながりうることにケインズが力点を置いたことを強調している[3]

賃金と消費支出[編集]

大不況(世界恐慌)時代、古典理論(新古典派のケインズ以前の理論)は、大量失業の原因を実質賃金率が高止まりしていることに求めた。

ケインズにとって、賃金率の決定はもっと複雑なものであった。第一に、使用者と労働者の間の交渉によって決められるのは、物々交換と違って、実質賃金ではなく名目賃金である、とケインズは論じた。第二に、名目賃金の切下げは、法律や賃金協定によって実効性を持ちにくい。古典的理論家たちでさえ、このような困難が存在することは認めた。そしてかれらは、ケインズとは反対に、労働市場の柔軟性を回復するものとして最低賃金法、労働組合、長期雇用契約の廃止を訴えた。しかし、ケインズにとっては、労働組合がなくても、人々は他の人々の賃金が実際に低下し、かつ物価が一般的に低下することを見ないうちは名目賃金の切下げには抵抗するに違いなかった。

賃金切り下げが不況脱出の治療法となるという考えをケインズは退けた。このような考えのよって来るところを検討し、それらがすべて誤った前提に立つことを発見した。ケインズは、また、さまざまな異なる状況のもとで、不況時に賃金を切下げることの帰結を考察した。ケインズは、そのような賃金切下げは不況を改善するどころか、かえって悪化させてしまうと結論した[4]

さらに、もし賃金と物価が低落するなら、ひとびとはそれらがさらに低下することを期待し始める。このことは、経済を螺旋降下させるに違いなかった。そのような場合、貨幣をもつ人々は、支出する代わりに、物価がより低下し、貨幣価値が上がるのを待つようになる。それは景気をいっそう悪化させる。

過剰貯蓄[編集]

ケインズにとって、過剰貯蓄すなわち計画された投資額を超える貯蓄は、深刻な問題であり、景気後退を助長するばかりか、不況そのものを引き起こす可能性をもつ。過剰貯蓄は、投資が低下したときに起こる。その投資低下は、あるいは消費需要の低下のためかも知れないし、今以前の数年間の過剰投資、あるいは景気の悲観的見込みのためかも知れない。その場合に、もし貯蓄がただちに低下しないかぎり、経済は衰退する。

古典理論家は、その場合、貸付資金の過剰供給によって利子率が低下し、それによって投資が回復するだろう、と論じた。(古典理論家の主張の図による説明は省略)

自由放任主義のこの反応に対するケインズの反応は複雑である。第一に、利子率が低下しても、貯蓄はそれほど落ちない。なぜなら、利子率低下の所得効果と代替効果は、相反する方向に作用する。第二に、工場や機械設備に対する固定投資計画は、将来の利益機会に対する長期の期待に基づくものであり、利子率が低下したとしても、それほど支出は伸びない。

貯蓄と投資は、ともに非弾力的である。投資資金に対する需要・供給が非弾力的であるので、貯蓄/投資ギャップを縮めるには大幅な利子率低下が必要である。それは時に負の利子率を必要とするかもしれない。しかし、負の利子率はケインズの議論にとって、必要なものではない。

第三に、ケインズは貯蓄と投資とは利子率を決める主要要因ではないと論じた。特に短期には、そうである。貨幣ストックの供給と需要とが短期には利子率を決定する。過剰貯蓄に対応するすばやい変化も、利子率をすばやく調整することにはならない。

最後に、ケインズは、こう示唆している。貨幣以外の財については、キャビタル・ロスの恐れがあるため「流動性の罠」があり、ある水準以下には利子率は低下しえない。この罠の中では、利子率はあまりにも低いため、貨幣供給量を増やしても、債券保有者は(利子率の上昇とそれにともなう債券のキャビタル・ロスを恐れて)貨幣つまり流動性を獲得するために債券を売ってしまう。

(ポール・クルーグマンのような)少数の経済学者は、この種の流動性の罠が1990年代の日本に蔓延していると見ている。大部分の経済学者は、名目利子率はゼロ以下には落ち得ないことに同意している。しかし、(シカゴ学派の経済学者たちのように)少数の経済学者は流動性の罠の概念を拒否している。

たとえ流動性の罠が存在しないとしても、古典理論家に対するケインズの批判には、(たぶんもっとも重要な)第4のの要素がある。貯蓄は、個人の所得のすべてを使いきらないことを意味する。それは、固定資本投資のような他の需要要因によって釣合いがとられないかぎり、産出に対して十分な需要が存在しないことを意味する。したがって、過剰貯蓄は、意図しない在庫増加や、古典経済学者が「一般的供給過剰」(General glut)と呼んだ状況に対応する[注釈 5]

売れない商品が積みあがると、企業は生産と雇用を減少させることを迫られる。そのことは、次に人々の所得と貯蓄とを引き下げる。ケインズにとって、所得の減少は過剰貯蓄を終わらせ、貸付資金市場が均衡を獲得することを可能にする。利子調節が問題を解決するのではなく、景気後退が問題を解決するのである。

しかし、景気後退は、企業の固定資本投資意欲を破壊する。所得が落ち、製品需要が低下すると、工場や設備を新設しようとする要求は低下する。これが加速度効果である。これは過剰貯蓄の問題を引き起こし、不況を長期化させることになる。

まとめると、ケインズにとっては、あい異なる市場の過剰供給の間には相互作用がある。たとえば、労働市場の失業は過剰貯蓄を強化するし、その逆も成立する。価格が調整されて均衡に到達するのではなく、主要な筋書きは数量調節であり、それが景気後退をもたらし、不完全雇用均衡をもたらす。

積極的財政政策[編集]

古典理論家は、伝統的に均衡の取れた政府財政を熱望してきた。これにたいし、ケインジアンは、そのような政策は基礎問題を悪化させると信じている。ケインズの考えは、金融政策とともに、一度的に財政赤字を招いても、積極的な財政支出を行なえというものだった。

ケインズは、購買力が十分でないことが不況の原因であるというフランクリン・ルーズベルトの考えに影響を与えた。彼が大統領職にある間、ルーズベルトはケインズ経済学のいくつかの政策を採用した。1937年以降、深刻な不況の中で、財政縮小に続いて米国経済が景気後退すると、その考えはとくに強まった。しかし、多数の目には、ケインズ政策の真の成功は第二次世界大戦の始まりにあった。大戦は、世界経済に一撃を与え、不確実性を取り払い、破壊された資本の再建を強要した。ケインジアンの考えは、大戦後、ヨーロッパでは社会民主党政権のほとんと公式の政策となり、1960年代には米国においてもそうであった。日本でも、戦後、1990年代まで同様であった[注釈 6]

ケインズの展開した理論は、積極的な政府政策が経済運営に有効であることを示している。政府財政の不均衡を悪と見るのでなく、ケインズは反循環的(counter-cyclical、景気循環対抗的)財政政策と呼ばれるものを提唱した。それは、景気循環の良し悪しに対抗する政策である。すなわち、国内経済が景気後退に苦しんでいるとき、あるいは景気回復が大幅に遅れているとき、あるいは失業率が長期にわたり高いときには、赤字財政支出を断行し、好景気のときには増税や政府支出を切り詰めるなどしてインフレーションを押さえ込むという政策である。市場の諸力が問題を解決するには長い時間がかかるが、「長期には、われわれは死んでしまう」[5]から、ケインズは政府が短期に問題を解決すべきであると論じた。

この考えは、古典派および新古典派経済学における財政政策の分析と対照的である。財政支出による刺激は生産を活性化させることができる。しかし、これら経済学にとって、この刺激が副作用をしのぐものと信ずる理由はなかった。古典理論家は、赤字財政が民間投資を押し出す(crowd outクラウドアウト)ことを恐れた。その径路は二つある。第一は、財政刺激によって労働需要が増大し、賃金が上昇し、それが利潤獲得を阻害すること。第二は、政府部門の赤字が政府債券の総量を増大させることによる。そうなると債券の市場価格が低下し、利子率が高騰し、産業界が固定資本を投資する費用を割高なものにしてしまう。このように、経済を刺激しようとする努力は、それ自身を無効にするものでしかない。

ケインジアンはこの点につき、次のように応答する。このような財政政策は失業率が自然失業率(NAIRU, インフレを加速しない失業率)が持続的に高いときにのみ適切である。この場合、「押し出し」効果は極小にとどまる。さらに、逆に私的投資が引き込まれる(crowded in)可能性もある。財政刺激は企業部門の産出量を引き上げ、それが企業のキャッシュフローと採算性を引き上げ、企業部門の楽観的気分をかもし出すかもしれない。ケインズにとって、この加速度効果は、当該状況においては政府と企業部門とは代替的関係ではなく補完的関係にあることを意味した。

第ニに、刺激によって総生産が引き上げられる。それによって、貯蓄総量を引き上げ、固定資本への投資を増大させるための資金調達を助ける可能性を増大させる。最後に、政府支出は、つねに浪費的であるとは限らない。利益追求者によっては供給されない公共財への政府投資は、私的セクターの成長を促進するかもしれない。言い換えれば、基礎研究や公衆衛生、教育、社会基盤などへの政府支出は長期には潜在産出量を増大させることに貢献する。

ケインズ理論においては、財政拡大が正当化されるためには、労働市場における相当な供給過剰の存在がなければならない。

批判者の多くが特徴付けるのと違って、ケインズ主義は赤字財政支出からのみからなっているのではない。ケインズ主義は、景気循環対抗的な政策を奨励している[6]。その一例は、需要サイドの過剰な成長がある場合には、経済を冷却しインフレを防止するために増税し、経済が下向いているときには雇用を刺激し賃金を安定化させるために、労働集約的な社会基盤整備に赤字支出することである。古典理論は、逆に、財政が収入超過の場合には減税し、景気後の下降期には財政支出を切り詰めたり、あまり行なわれないが増税せよと、要求している。

ケインズ経済学者は、好景気に減税を通じて利潤や所得を増加させることや、景気下降期に財政支出削減により経済から所得や利潤を引き上げると景気循環を悪化させてしまうと考える。このような効果は、政府が経済の大きな部分を占める場合には、とくに大きくなる。

乗数効果と利子率[編集]

IS-LMモデル[編集]

有効需要の原理[編集]

政策と思想的背景[編集]

公共投資との関連[編集]

ケインズの生きた時代のイギリスでは、経済の成熟化で国内での投資機会が希少になり、また自由な資本移動の下で資本の国外流出を阻止するための高金利政策が国内投資を圧迫するというジレンマに悩んでいた。そこで政府が主導して資本の流出を防ぎ投資機会を創出することで国民経済の充実をはかることをケインズは考えていた。

もともとケインズは、景気対策として中央銀行の介入による利子率のコントロール(金融政策)に期待していたが、のちの『一般理論』においては企業の期待利潤率の変動や流動性選好などの制約で金融政策が奏効しない可能性を認め、雇用量を制約する生産量の引き上げの方策として公共投資(財政政策)の有効性を強く主張するようになった[7]

またケインズの提案は、失業手当の代替策としての性格を持っていた(当時の失業率は10%を越える状況にあった)。また過剰生産力の問題を伴わない投資として住宅投資などが想定されていたが、現実においては完全雇用を達成するに足るほどの規模の投資が、軍事支出によってしか政治的に許容されないこと(軍事ケインズ主義)をケインズ本人は憂えていた[8]

軍事ケインズ主義[編集]

アメリカのニューディール政策は、1929年からはじまる世界恐慌で、ピーク時で25%に達する失業率と1千万人を越える失業者が発生する中で、古典派経済学的な不況が自然に回復するという考え方で、フーバー政権による均衡財政の維持、高率関税による保護貿易政策によって深刻化した恐慌に対し、公共事業による景気刺激を図ろうとしたものであった。にもかかわらず結果的に第二次世界大戦参戦による軍事支出の膨張により経済の回復がもたらされ、当初の公共事業による景気刺激策の効果について疑問をもつ研究者も存在する。

また、ケインズの政策を先取りして行われたとされる高橋是清蔵相(日本)やドイツのシャハト財務相によって行われた有効需要創出による景気刺激を目指した経済政策の成功が、その帰結として、軍事支出の拡大と軍部の強大化につながったとする批判もなされている。

「軍事費の著増が、(経済再建および社会投資目的の)本来のリフレーション政策の代役をやったことは、後日の大戦突入という日本の悲劇の発足点ともなった。というのはこのことが軍部をして、巨額の軍事費公債の発行がインフレ的物価騰貴とならず、むしろリフレーション効果を無限に発しうるがごとく錯覚させ、他日の無軌道な軍事公債発行に走らす重大因子となったからである[9]」と、のちに高橋亀吉は語っている。

ハーベイロードの前提との関係[編集]

もともと総需要管理政策は、不況時には財政支出の増大・減税金融緩和などにより有効需要を増やすことにより生産と雇用は拡大するというもので、反面、インフレーションの加速した際には政府支出の削減・増税・金融引締めによる有効需要の削減を推奨するものであった。

しかし現実には民主主義的な政治過程の中で、公共事業自体は限定的な支出である為長期雇用に結びつきにくく、好況になった場合にも、景気の過熱化を抑えるために引締めを行うことは、政治的に不人気な政策となるため、先進資本主義国において、税収が増えずに長期的に政府の財政赤字が累積的に増大するという問題が発生した。

また公共投資がそれを発注する権限を持つ官僚とそれを受注する私企業との間の癒着をもたらし、利権が固定化され、支出の効果が限定されるなど問題視されるようになった。

これらの想定の背景として、知識階級としての少数の賢人が合理性に基づいて政策判断を下せるというハーヴェイロードの前提がケインズの思想に生きていたと指摘される。

「現代の民主制の下では政府は権力の保持・奪回のために集団的圧力に屈服しやすいものなのだが、ケインズはむしろ、経済政策を立案する一部の聡明な人々は、選挙民や一部集団からの組織的圧力と衝突してでも必ずや公共の利益のために行動しようとするはずだという歴史的事実に反する前提を無意識のうちに置いていた」とジェームズ・M・ブキャナンは語っている。

ケインズの階級観[編集]

ケインズは、企業者と労働者とからなる活動階級 (active-class) と資金の供給側である投資者(債権者)からなる非活動階級 (inactive-class) の二階級観をもっていた[10][注釈 7]

インフレーション金利生活者に損失を、デフレーション失業によって労働者に損失をもたらすものと見ていた(「貨幣改革論」)が、ことにストックの価値を高めるデフレーションは、活動階級の犠牲の下に貨幣愛に囚われた非活動階級に利得を得させるものと捉え、これを緩やかなインフレーションよりも問題の多いものと見ていた。

また非活動階級に対しては当時投資の流動化によって企業が「投機の渦巻きの中の泡沫」と化していたことを問題とし、また当時のような極端な富の不平等を不確実性および無知に乗じて[11]獲得された利益によるものとして排斥した上、本人の活動によらない富に対する課税として相続税の極端な強化を主張しており、総じて「金利生活者の安楽死」という表現に象徴されるように、非活動階級から活動階級への経済上の支配権の交替を求めていた[注釈 8]

自由主義との関係[編集]

ケインズは、その『自由放任からの脱却』においてチャールズ・ダーウィン進化論の影響を受けた、古典派のレッセフェール(自由放任)の思想を退けたことで知られている。適者生存[注釈 9]の思想をもっとも高いところにある木の枝から葉をむしることだけを生存の目的の全てと見て、もっとも首の長いキリンだけを生存させることをベストとするものだとして批判した。また合理的な個人を仮定して見えざる手に全てを委ねることが公共の福祉を高めるとする古典的な自由主義に対しても、当時のニューリベラリズム社会自由主義)の側から疑問を呈していた。

歴史[編集]

新古典派総合[編集]

ケインズが展開した経済学は、後にアメリカサミュエルソンらにより古典派経済学ミクロ理論と総合(新古典派総合)され、戦後の自由主義経済圏経済政策の基盤となりジョン・F・ケネディ政権下での1960年代の黄金の時代を実現した[注釈 10]

ケインズ経済学への批判[編集]

しかし、その後のオイルショックに端を発するスタグフレーション(インフレと景気後退の同時進行)、それに続く1970年代の高インフレ発生などの諸問題の一因としての責任を問われることとなった[注釈 11]。とりわけ、原油などの原材料価格の急激な高騰により発生した供給側のコスト増大に対して有効な解決策を提示・実現することができないものとして、反ケインズ経済学からの批判を浴びることになる。

この批判の中で、ミルトン・フリードマンが唱えたマネタリズム供給側の改善を主張するサプライサイド経済学、民間による政府の政策の予知を前提としてケインズ的な財政金融政策の無効性を説く合理的期待形成学派などの諸学派が台頭し、「ケインズは死んだ (Death of Keynes)」とまで言われた。これらの反ケインズの立場からは、双子の赤字の課題をあとに残しつつも、安定した金融政策と低インフレをもたらしたとしてレーガノミックスやマネタリストの功績が説かれた。

オイルショック以降、経済は金融政策を軸にした安定成長期へと移行し、積極的な需要管理による高度経済成長時代は終焉した。

現代のケインジアン[編集]

戦後のアメリカにおけるサミュエルソンらの新古典派総合(オールド・ケインジアン)は、古典派のミクロ理論を基調としてこれにケインズのマクロ理論を折衷することを企てたものであった[注釈 12]が、後にその理論的な不整合が明らかとなるとルーカスらのニュー・クラシカル(新しい古典派)からの批判を招き、これがマンキューらのニュー・ケインジアンの登場を促すことになった。他方ではヨーロッパを中心として、ケインズの『一般理論』を直接に継承したイギリス・ケンブリッジのジョーン・ロビンソンらの流れを汲むポスト・ケインジアンも傍流として存在している。

脚注[編集]

  1. ^ ひとたび有効需要の原理を受け入れると消費性向と投資量(貨幣供給量・流動性選好・期待利潤率による)が与えられればそこから国民所得雇用量がマクロ的に決定されることになり、そこでは完全雇用均衡は極限的なケースに過ぎないことになる
  2. ^ フローのみを考慮した古典派の貨幣数量説に対して貨幣の価値保蔵(ストック)機能を重視したケインズは、流動性選好説においては資産保有の形態の選択を問題にしている。ケインズによる貨幣数量説の一般化された記述も参照のこと
  3. ^ この需要は「未来に関するわれわれ自身の予測と慣習(calculations and conventions)に対する不信の程度を示すバロメーター」であり、「古典派理論が、未来(the future)については我々はほとんど知るところがないという事実を捨象することで、現在(the present)を取り扱おうとする可憐で上品な技術の一種」であるとしてケインズは批判している。 Keynes, The General Theory of Employment(1937)
  4. ^ 不完全雇用は、その原因が貨幣賃金の硬直性に求められることもある。しかし『一般理論』では、このような主張が古典派経済学に属するものとしてケインズ自身によって退けられている。貨幣賃金の引き下げは「社会全体の消費性向に対して、あるいは資本の限界効率表に対して、あるいは利子率に対して影響を及ぼすことによる以外には、雇用を増加させる持続的な傾向をもたない。貨幣賃金の引下げの効果を分析する方法は、貨幣賃金の引下げがこれらの3つの要因に及ぼす効果を追求する以外にはない」とケインズは語っている。 Keynes, The General Theory , p.262.
  5. ^ 森下宏美「古典派経済学と恐慌論争(1)(2)(3)」『経済学研究』(北海道大学)35(3): 173-184 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/31715/1/35%283%29_P173-184.pdf ; 36(1): 37-48 http://eprints2008.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/31736/1/36%281%29_P37-48.pdf ; 36(3): 79-90 http://133.87.26.249/dspace/bitstream/2115/31748/1/36%283%29_P79-90.pdf. 渡会勝義「マルサスとシスモンディ/一般的供給過剰をめぐって」『経済研究』(一橋大学)44(2): 109-119。
  6. ^ 1990年代の長期不況期に宮沢喜一元首相が大蔵大臣・財務大臣として期待されたのは、宮沢がよく知られたケインズ主義者であったからである。
  7. ^ 当時のイギリスで前者を代表していたのは自由党労働党で、ケインズは自由党の支持者であった。後者を代表する保守党には生涯与することがなかった。
  8. ^ 。ただし活動階級の内部における労働者と企業者の間の対立を問題にすることはなく、企業者と労働者の間の能力の差によるある程度の格差は是認していた。
  9. ^ ケインズはこれをリカード経済学の一般化と捉えていた(『自由放任からの脱却』)。
  10. ^ ケインズ経済学によれば、当時のように生産資源の遊休が発生している場合には、総需要の増加による総需要曲線の右方シフトは産出量の増加を実現させる。実際には1965年には失業率は4.4%に低下し、1964-66年の実質GDPは平均5.5%を達成した。このときのケネディの減税はケインズ経済学の偉大な成果の一つとみなされることが多い(「スティグリッツマクロ経済学」)
  11. ^ このときベトナム戦争拡大による超過需要や、オイルショック後の不況への対応策として取られた拡張的な財政金融政策などの有効需要創出が供給力を上回るほど過剰になっているとの指摘がなされた
  12. ^ ヒックスは、彼のIS-LM分析で、ケインズの体系を価格の硬直性を仮定した短期での古典派的な一般均衡モデルの一種と見なすことができると主張した。

出典[編集]

  1. ^ Keynes, Keynesians, the Long Run, and Fiscal PolicyPaul Krugman, Conscience of a Liberal, May 4th 2013
  2. ^ Blinder, Alan S. (2008). "Keynesian Economics". In David R. Henderson (ed.). Concise Encyclopedia of Economics (2nd ed.). Indianapolis: Library of Economics and Liberty. ISBN 978-0865976658. OCLC 237794267.
  3. ^ Markwell, Donald (2006). John Maynard Keynes and International Relations: Economic Paths to War and Peace. New York: Oxford University Press. ISBN 0-19-829236-8.
  4. ^ Keynes, John Maynard (1936). The General Theory of Employment, Interest and Money. Chapter 19. ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』(多種の訳あり)、第19章。
  5. ^ Keynes, John Maynard (1924). "The Theory of Money and the Foreign Exchanges". A Tract on Monetary Reform.邦訳『貨幣改革論』
  6. ^ "I Think Keynes Mistitled His Book".(An interview of Larry Summers by Ezra Klein) The Washington Post. 26 July 2011. Retrieved 2011-08-13."
  7. ^ 早坂忠 『ケインズ-文明の可能性を求めて』 中央公論社〈中公新書〉、1969年ISBN 9784121002075
  8. ^ 浅野栄一 『ケインズ一般理論入門』 有斐閣〈有斐閣新書〉、1976年ISBN 9784641087071
  9. ^ 高橋亀吉 『私の実践経済学』 東洋経済新報社、1976年ISBN 9784492390054
  10. ^ 伊藤光晴 『ケインズ-“新しい経済学”の誕生』 岩波書店〈岩波新書〉、1962年ISBN 9784004110729
  11. ^ Keynes, John Maynard (1926). The End of Laissez-Faire. London: Hogarth Press. ASIN B009XC91WO. 

関連項目[編集]