田中舘愛橘

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田中舘愛橘

田中舘 愛橘(たなかだて あいきつ、安政3年旧暦9月18日1856年10月16日換算) - 1952年昭和27年)5月21日)は、日本の地球物理学者。東京帝国大学教授。帝国学士院会員、文化勲章受章者。

来歴[編集]

陸奥国二戸郡福岡(現在の岩手県二戸市)の南部藩士の家に生まれた。田中舘愛橘は相馬大作の姉の子孫である。

南部藩の藩校で学んだ後に、一家が東京へ移住。慶應義塾官立東京開成学校予科を経て、1878年明治11年)に前年に発足したばかりの東京大学理学部(のち帝国大学理科大学)に入学。

在学中は菊池大麓山川健次郎に師事し、ユーイング英語版に電磁気学、メンデンホールに地球物理学を学び、富士山頂での重力測定を手伝う。エジソンフォノグラフが発表されるとその試作を行った。

1882年(明治15年)に東京大学理科物理学科を第1期生として卒業し準助教授に就任。1883年(明治16年)に助教授となる。この年に電磁方位計を考案している。

1888年(明治21年)、公費でイギリスグラスゴー大学ケルビン卿のもとに留学した。ベルリン大学での受講を経て、1891年(明治24年)にアメリカ経由で帰国、東京帝国大学理科大学教授に就任。

1891年(明治24年)10月に発生した濃尾地震で震源地の岐阜・根尾谷の断層を発見・調査した。この調査経験を元に、地震研究の必要性を訴え、1892年(明治25年)に設立された日本で初の地震研究組織である文部省震災予防調査会に委員として参加している。

1893年(明治26年)から1896年(明治29年)にかけては日本全国の地磁気を調査測量した。また岩手県水沢に緯度観測所(現在の国立天文台水沢観測センター)を設立した。

1904年(明治37年)には日露戦争の影響で気球の軍事利用研究に参加することとなり、これがきっかけで航空に関する研究に取り組むこととなった。臨時軍用気球研究会を作り、委員になる。東京帝国大学航空研究所の設立に尽力。1909年(明治42年)には、フランス人海軍士官ル・プリウール、相原四郎海軍大尉によるグライダー製作に協力、同機は上野の不忍池畔で有人飛行に成功し、動力がないとはいえ日本で最初の近代的航空機となった。1918年(大正7年)には東京帝国大学航空研究所顧問に就任。

自宅にて(後方にローマ字で墨書された掛け軸が見える)

1907年(明治40年)にメートル条約によって設立された理事機関・国際度量衡委員会の委員となる(日本人初)。その後もメートル法普及のための啓蒙的な活動をおこなった。

1916年(大正5年)還暦祝いの会合で退職を希望し、60歳定年制のできるきっかけになる。1917年(大正6年)6月22日、東京帝国大学名誉教授となる[1]。その後1925年(大正14年)10月から1947年(昭和22年)5月まで貴族院議員(帝国学士院会員議員)を務めた。

ローマ字論者で、1885年(明治18年)に英語の発音に準拠したヘボン式ローマ字の表記法を改めて五十音図に基づいた日本式ローマ字を考案し、帝国大学の弟子で物理学者の田丸卓郎らとともに、ローマ字の普及に努めた。貴族院ではローマ字国字論の演説をおこなうことで有名で、メモなどはもとより、漢詩すらもローマ字で作る徹底振りだった。

1943年(昭和18年)に日本航空発達への貢献に対して朝日賞受賞[2]、1944年(昭和19年)に文化勲章を受章。

天文学者木村栄は田中舘の弟子にあたる。養子に物理・地学者の田中舘秀三がいる。

栄典[編集]

記念・顕彰・栄誉[編集]

参考文献[編集]

  • 吉田晴代『Aikitu Tanakadate and the Beginning of Physical Researches in Japan (田中舘愛橘と日本の物理学研究の草創)』吉田晴代の北海道大学理学博士1999年の学位論文[9]

出典[編集]

板垣征四郎陸相(左)と米内光政海相(右)が盛岡中学時代の恩師・冨田小一郎(左から二人目)のために新橋で催した謝恩会にて(右から二人目が田中舘、昭和17年9月)
  1. ^ 『官報』第1468号、大正6年6月23日
  2. ^ 朝日賞:過去の受賞者”. 朝日新聞. 2009年11月3日閲覧。
  3. ^ 『官報』第2545号、「叙任及辞令」明治24年12月22日
  4. ^ 『官報』第4081号、「叙任及辞令」明治30年02月12日
  5. ^ 『官報』第5572号、「叙任及辞令」明治35年02月03日
  6. ^ 『官報』第1219号、「叙任及辞令」大正5年08月22日
  7. ^ 『官報』第1310号・付録、「辞令」大正5年12月13日
  8. ^ a b 松浦明 (2006年9月15日). “航空学の祖  田中舘愛橘生誕150周年”. WEB版「航空と文化」. 日本航空協会. 2013年8月30日閲覧。
  9. ^ 博士論文書誌データベース

関連項目[編集]

外部リンク[編集]