浅尾新甫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

浅尾 新甫(あさお しんすけ、1894年3月1日 - 1972年2月22日)は、日本実業家従三位勲一等瑞宝章

家族・親族[編集]

父は衆議院議員をつとめた浅尾長慶。妻の父も衆議院議員をつとめた樋口秀雄。衆議院議員の浅尾慶一郎は孫。駐イタリア大使、国際交流基金理事長をつとめた浅尾新一郎は長男。元駐ニュージーランド大使井口武夫(井口貞夫外務事務次官の子)の妻・捷子は長女[1]。次男の浅尾浩二は日本銀行松本支店長を経てリーガロイヤルホテルの常務をつとめた。三男の浅尾雄輔の妻は山下汽船元横浜支店長の黛千尋の長女で、雄輔の義兄は作曲家の黛敏郎[2]

長男・新一郎の妻は侍従長だった三谷隆信の三女で、その姉は日産自動車創業者鮎川義介の長男・鮎川弥一に嫁いだ。弥一の姉は西園寺八郎の三男・西園寺不二男に嫁いだが、不二男の兄西園寺公一ゾルゲ事件に連座し西園寺家から廃嫡された。また鮎川義介の妻は高島屋創業家一族の出身であり、その係累は後述するトヨタ自動車の豊田家や清水建設の清水家へつながっている[3]。次男・浩二の妻は住友銀行元相談役の堀田庄三の長女で、堀田の長男・堀田健介は昭和電工元会長・安西正夫の三女と結婚し、次男・大正製薬創業家の上原昭二会長の養子となり、後に社長職を継いだ。明の妻の妹は大平正芳元首相の三男大平明と結婚したが、二人の「明」は義兄弟の関係である。鮎川義介の義弟・久原房之助日立製作所を創立後、後に縁戚となる田中義一のすすめで政界入りし立憲政友会総裁をつとめた。西園寺公一・不二男の妹は住友吉左衛門に嫁いだが、吉左衛門の娘は安西の次男・直之と結婚している。

堀田健介の娘はトヨタ自動車相談役の豊田達郎の長男・豊田達也に嫁いだが、達郎の義父は清水建設の元社長清水康雄で、現当主の清水満昭は達郎の義弟である。清水康雄の長女は元副会長の坂野常隆に嫁いだが、坂野の父・坂野常善宮原二郎の娘婿で宮原旭の義兄である。坂野の母方従兄弟である宮原弘光はブリヂストン元会長・石橋幹一郎の長女(すなわち鳩山由紀夫鳩山邦夫の従兄弟)と結婚している。また達郎の義兄である斉藤滋与史の甥・齊藤四方司が鳩山兄弟の母方再従兄弟と結婚しているので、浅尾家の縁戚である豊田家は石橋家・鳩山家と二重閨閥の関係にある。長女・捷子の夫である井口武夫は芳澤謙吉の孫で犬養毅の曽孫にあたるが、芳澤の義弟である犬養健の長男犬養康彦クラレ元会長の大原総一郎の長女と結婚しその妹は日清製粉グループ本社会長をつとめた正田英三郎の次男正田修に嫁いだ。修の長姉である上皇后美智子明仁上皇の皇后となり、次姉の恵美子は前述の安西正夫の長男・安西孝之に嫁いだが、修の兄・正田巌の妻は濱口雄彦の娘、濱口雄幸の孫であるため、浅尾は正田家や天皇家と三重閨閥の関係にある。

それ以外にも長與稱吉小林富次郎三木武夫森美秀松崎哲久佐藤栄作安倍晋三岸信介牛尾治朗牛尾奈緒美黒木三次松方正義山下亀三郎[4]河本敏夫小林富次郎黒田善太郎小林一三岩崎弥太郎瀬木庸介石坂泰三植村甲午郎鈴木恭二下条進一郎後藤新平長崎英造桂太郎伊藤博文九条道孝根津公一[5]濱口儀兵衛齊藤了英増岡博之鳩山一郎團遥香太田誠一弘世現鳥井信一郎中内功津軽義孝徳川義寛中部慶次郎麻生太郎吉田茂鈴木善幸宮澤喜一宮澤エマ小川平吉岸田文雄吉國一郎池田勇人田中角栄中曽根康弘藤山愛一郎北野隆興石井光次郎大隈信幸五島昇山崎種二松崎昭雄森永太平今井善衛住田正二永野重雄福田赳夫越智隆雄千野志麻などと縁戚関係にある。

略歴[編集]

参考文献[編集]

  • 佐藤朝泰「閨閥 -日本のニュー・エスタブリッシュメント-」、立風書房1981年
  • 佐藤朝泰「門閥 -旧華族階層の復権-」、立風書房・1987年
  • 佐藤朝泰「日本のロイヤルファミリー」、立風書房・1990年
  • 佐藤朝泰「豪閥 -地方豪族のネットワーク-」、立風書房・2001年

脚注[編集]

  1. ^ 井口貞夫は芳澤謙吉の娘婿で、芳澤の義父は元総理大臣の犬養毅
  2. ^ 敏郎の長男はNHKドラマ演出家の黛りんたろうで、りんたろうの妻は女優の平淑恵
  3. ^ 佐藤「門閥」に豊田家、佐藤「豪閥」に清水家の項目あり。
  4. ^ 前述の黛千尋の上司。
  5. ^ 甲州財閥の旗頭だった根津嘉一郎の孫。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]