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新浪剛史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
にいなみ たけし
新浪 剛史
生誕 (1959-01-30) 1959年1月30日(67歳)
日本の旗 日本 神奈川県横浜市
出身校 慶應義塾大学経済学部
スタンフォード大学留学
ハーバード大学経営大学院修士課程修了
職業 経営者
家族 父:新浪勇治、弟:新浪博士
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新浪 剛史(にいなみ たけし、1959年昭和34年〉1月30日 - )は、日本経営者[注 1] であり、株式会社ローソン社長サントリーホールディングス株式会社社長などを歴任した。

ハーバード大学ビジネススクールのMBA(1991年)。

サントリーでは就任10年で売上2倍、営業利益2.5倍にし、海外の売上比率を60%に引き上げた。ローソンでは12年連続の増収増益を果たし、株価も就任時から3倍とデフレの中でも好成績をあげ、プロ経営者との評価を得る。

総理が議長を務める経済財政諮問会議の元民間議員[注釈 1]で、日本の経済財政政策に強い影響力を有した。安倍岸田石破の歴代政権にて民間議員を務め(2014年9月16日 - 2025年11月11日[2])、その在任期間は歴代最長である。経済同友会元代表幹事。地経学の世界会議である三極委員会共同議長(アジア太平洋地域担当)。

World Economic Forum(WEF)Leadership Council Member、Council on Foreign Affairs (CFR)Global Board of Advisors、Asia Business Council Chairman Emeritus、World Economic Forum(WEF)International Business Council Member、The Business Council(米国)Memberとしても、名を連ねている。

来歴

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1959年1月30日に神奈川県横浜市にて、横浜港で荷役会社[注 2]経営者である父のもとに誕生。弟に新浪博士。 #家族・親族も参照

神奈川県立横浜翠嵐高等学校を卒業、1977年4月、慶應義塾大学経済学部に入学。3年次の1980年9月、スタンフォード大学に交換留学。国際経済を専攻し、1年弱で単位を取り、慶應義塾大学にトランスファー(単位互換による編入)することによって1年遅れることなく、1981年3月に同大学を卒業

1981年4月に、三菱商事株式会社入社し、砂糖部海外チームへ配属。1991年5月に、ハーバード大学経営大学院を修士課程修了(MBA with distinction)後、1995年に株式会社ソデックスコーポレーションの代表取締役社長に就任。

三菱商事株式会社生活産業流通企画部外食事業チームリーダー(1999年7月)、ローソンプロジェクト統括室長兼外食事業室長(2000年4月)、コンシューマー事業本部ローソン事業ユニットマネジャー兼外食事業ユニットマネジャー(2001年4月)を歴任。2002年5月に、ローソンの立て直しに専念するため三菱商事を退職し、株式会社ローソン代表取締役社長兼CEOに就任。

2015年8月19日、国務大臣遠藤利明(左)と
2023年12月、日ASEANヤングビジネスリーダーズサミットにて

2014年8月、サントリーホールディングス株式会社顧問に就任。同年10月、サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長(President and CEO)に就任[3]

2023年4月、経済同友会代表幹事に就任[4]

2025年4月、サントリーホールディングス株式会社代表取締役会長(Chairman and CEO)に就任。

アメリカにおいて疑義がある[要説明]サプリメントを購入したことに対して、その行為が適法か否かは問わず、他社製のサプリメントを購入したこと自体が問題であるとして、同社取締役会は2025年8月28日、当人がアメリカ出張で不在のなか、臨時取締役会を開催。代表取締役会長としての資質に問題があるとして、辞任を求めることを全会一致で決議した。これを受け、同年9月1日、新浪は代表取締役会長の職を辞任した[5]。9月3日には、経済同友会代表幹事としての活動を自粛する意向を示し、進退については同友会に判断を委ねる考えを明らかにした[6]。その後、9月末に開催された経済同友会理事会で「代表幹事に留まるべき」という意見と「辞任すべき」という意見が二分する事態にいたり、新浪は執行部の分裂を避けるために自ら辞任を決断した。2026年4月16日、福岡県警は、大麻由来成分が違法な割合で含まれるサプリメントを米国から輸入したとして、新浪と知人の女性を麻薬取締法違反容疑で書類送検した[7]。同日、門司税関は、新浪と女性を関税法違反(禁制品輸入)の疑いで福岡地検に告発した[8]

人物・主張

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主張

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2006年9月12日、容器包装廃棄物の3R推進に向けた自主協定書調印式にて環境大臣小池百合子(右)と
2024年6月4日、総理大臣官邸での内閣府経済財政諮問会議会合にて内閣総理大臣岸田文雄(奥右端)らと
  • 2011年1月、ローソンの次期社長に玉塚元一を起用したことについて「玉塚はリヴァンプでは、ロッテリアなど外食関係を中心にやってきている。小売業は労働集約型産業なので、その経験がないとダメだと思った。玉塚はIBMにもしばらくいたし、ITリテラシーは高い。IT化が進むコンビニのシステムの理解にも役立つ」と語っている[9]
  • 2021年9月に経済同友会の夏季セミナーで、新型コロナウイルス感染拡大後の新たな成長のためには活発な人材流動が必要との考えを示し、「45歳定年制」を提唱した[10][11]、その後、SNSなどで批判が集まったことから、9月10日の記者会見で「定年という言葉を使ったのは、ちょっとまずかったかもしれない」と釈明。その上で、「45歳は節目で、自分の人生を考えてみることは重要だ。スタートアップ企業に行こうとか、社会がいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首切り』をするということでは全くない」と述べた[12]
  • 2022年12月、朝日新聞のインタビューで、「2022年秋の急速な円安ドル高は、日本経済のダイナミズムが非常に弱くなったことが根っこにある」、「日本は減税による国内投資の後押しが必要だ」、「環境やヘルスケアなどの新しい産業を成長させて賃金水準を高めるべきだ」、「日米の金利差が縮まれば、ある程度は円高になるが、昔のように1ドル=110円前後になるのは大変難しい」、「米国のようなイノベーション(技術革新)や経済の新陳代謝が日本にはない」、「日本は自らで経済を変える力を欠いている」、「大企業の経営者を中心に、稼いだお金をため込み、賃上げに使っていない」、「バブル崩壊後、厳しいコスト削減を経験した経営者らが雇用を守ることだけを自分の使命と考え、お金をためこむことがセーフティーネットになると思っている」と持論を語った[13]
    • 2023年2月27日日経新聞夕刊に「LGBTQ」という題で寄稿をし、「LGBTQ」という言葉を目にするようになったこと、「誰もがありのままの自分を隠すことなく生きられるように世の中が少しずつ変わってきている」のは素晴らしいことだと主張した[14]
  • 2023年5月16日の定例記者会見で、少子化対策の財源について「一般会計の中で最初から位置づけるべき非常に重要な政策だ」、「全体の歳出改革をせずに社会保険料とか消費税(を充てる)という話になるのは全く理解できない」と述べ、国の歳出の見直しを強く主張した[15]
  • 2023年5月30日、新浪は定例記者会見で「マイナンバーは大変重要なインフラであり、止めるとか後戻りは絶対しないことを前提に、(政府は)国民に重要性を訴え、信頼を高めてほしい」と述べた[16]
  • 2023年6月13日の定例記者会見で、児童手当の所得制限を全廃するとした岸田文雄政権(岸田内閣)の方針に反対の考えを示し、「所得制限の撤廃を決めたということは大反対であります。そうではなくて、やはり必要なところにもっと厚く使うべき!所得をたくさんもらってる人に必要が本当にあるんですか?」、「貧困の連鎖にならないように、(貧困層に)お金が回ったり、サービスをタダにしたりすべきだ」と主張した[17]。また、現在の現金給付が少子化対策として成功していないとの認識から「効果を検証していないのに給付を増やすのはいかがなものか」と国の政策を批判した[17]
  • 2023年6月23日の経済同好会の代表幹事として出席した記者会見で、健康保険証の廃止(マイナ保険証への一本化)について「健康保険証の廃止については必ず実現するよう、これを納期として向けてしっかりとやっていただきたい」「私たち民間からすれば納期は非常に重要」「守ってやり遂げることは日本の重要な文化」と述べ、SNSで多くの批判が寄せられた。こうした発言で数多くのSNSでは「サントリー不買運動」というハッシュタグを付けた投稿も目立ってある[18]
  • 2023年8月29日の定例記者会見で、政府が2024年秋の健康保険証廃止の時期を当面延期しない一方で代わりの対応策を示したことについて「評価すべきことだ」、「国民に安心してもらうために1年から5年という幅を持たせたことは評価すべきこと。早期に問題解決をしてほしい」と述べた[19]。さらに、2024年秋の健康保険証の廃止時期のことを新浪は「納期」と表現し、「私たち民間はこの納期は大変重要。納期を必ず守ることは日本の重要な文化なので、ぜひともこの保険証を廃止する、これを実現するように『納期』に向けて(政府には)しっかりとやってほしい」と述べた[19]
  • 2023年8月29日の経済同好会の記者会見で、東京電力福島第1原子力発電所の処理水海洋放出を巡り、中国からとみられる嫌がらせや現地での不買運動運動が広がってる事について、こう述べた「大変遺憾で、残念ながら政治的な背景がある」「政治的な対話が非常に重要だ」「中国と日本は経済的に切っても切れない関係だ」とした上で、中国側の背景には「若者の失業率の高さなど国内のストレスの高さがある」「中国も関係を遮断したいとは考ていない」と述べた[20]
  • 2023年9月12日[21] の経済同好会の記者会見で、ジャニーズ事務所創業者ジャニー喜多川の性的虐待疑惑問題を巡り「ジャニーズのタレントを起用することは、子どもへの虐待を認める事で、国際的な非難の的になる」「事務所の株式を100%ファミリーが持ち続けることで再発しないか。もっといろんな目線で経営されるべきだ」「本当に反省しているのか疑わしい」などと述べた[22][23]
  • 2024年アメリカ合衆国大統領選挙ドナルド・トランプが当選するなど「多様性」、「公平性」、「包摂性」を意味する英語頭文字DEI推進へ見直しが進むアメリカ合衆国の企業や米国世論の変化について、新浪は2025年1月に日本はアメリカよりもDEIの取り組みが遅れていると主張し、アメリカが見直しをしてても日本は更に積極的にDEIを進めるべきだとした[24]

エピソード

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2021年、リモートでの世界経済フォーラムにて
2022年、世界経済フォーラムにて
2024年6月4日、総理大臣官邸での内閣府経済財政諮問会議会合にて内閣総理大臣岸田文雄(奥左端)らと
  • 横浜市立三ツ沢小学校卒業[25]。小学生の頃は、野球、ラグビー、サッカーを楽しんだ[26]
  • 横浜市立松本中学校では部活動はバスケットボール部に入り、中学2年生の後半にレギュラーになった[26]
  • 中学生の新浪はどこの高校に行くかを考える時、自宅から歩いて3分のところにあった神奈川県立横浜翠嵐高等学校を目指して勉強を始めた。バスケットボールをやっていた頃の新浪の生活は、授業が終わった午後3時か4時ごろから6時ごろまで3時間ほどを部活動で練習をして、それから家に帰り食事をして、お風呂に入って夜8時には寝た。そして朝4時か5時に起きて3時間勉強した。この朝型の勉強生活を毎日実践した。すると、この規則正しい生活のおかげで学校の成績がめきめき上がってクラスで1番になったという[26][27]
  • 中学3年生の中盤になると、新浪は横浜市のバスケットボールの大会でも活躍できるようになった。そうすると、新浪のプレーを見た相模工業大学附属高等学校(現:湘南工科大学附属高等学校)から声がかかったという[27]
  • 横浜翠嵐高校に合格した新浪は、高校でもバスケットボール部に入った。そして、相模工大附属高校、中京大学附属中京高校(名古屋市)の強いチームの合宿に参加した[27]
  • 新浪が神奈川県トップクラスの横浜翠嵐高校に行った時、小学校時代の先生はみんな「あのクソガキがなんで翠嵐に行くんだ?」と驚いたという[27]
  • 高校1年の時、新浪はバスケットボールの練習中に吹っ飛び、腕を複雑骨折した。それで、病院では左腕に鉄の板を入れて補強して、また取り出すという手術をして、結局、高校1年の後半はほとんどバスケットボールができなかった[28]。その後、左膝も壊してしまい、膝は結局、4回手術した[28]
  • 新浪がいた頃の横浜翠嵐高校のバスケットボール部はとても強く、神奈川県でも1位か2位の強さで、高校3年の時、横浜翠嵐高校は関東大会で3位になり、新浪はバスケットボールで国体の代表に選ばれた[26][27]
  • 横浜翠嵐高校に入ってから、新浪は勉強はあまりしておらず、学校の成績は1学年400人中380番くらいであった。高校3年になってから少し勉強して、バスケットボールの練習をやりながら、時間を見つけて模試を受けて勉強した。高校の時は理系で、数学や英語は得意だが、国語は苦手だったという[28]。高校卒業時には学年20番くらいまでになり、駿台予備校の模試では東大文科一類合格ラインまで成績を伸ばしたが、結果として東大は不合格となった。
  • 現在は身長は182センチあるが、高校3年の時は、183センチだった[26]
  • 横浜翠嵐高校を卒業後、望まなかったが東大にいかない学生のほとんどが、早稲田大学の政経か法学部にいったので、皆がいかないところをと慶応義塾大学経済学部へ入学を決めた[29]。高校ではたった10名しか慶応大学にはいかず、東大にはクラスで3番くらいまでの45名がいき、170名が早稲田大学を選んだ。どうしても東大法学部への想いを諦めきれず、新浪は駿台高等予備校に通った。しかし、東大の再受験をやめ、よりレベルの高い海外の大学への留学を目指すことにして慶応大学に通うことにした。そこでバスケット部には入らず、それまで経験のなかった体育会の器械体操部に入った[28]。新浪は裏方の主務の仕事をしたが、そこで、先輩たちからお金を集めて合宿をしたり、各部の体育会本部の会議に出たりした。その時、新浪は試合に出られない人たちの気持ちがわかったという[30]
  • 三菱商事に入社し、新浪ははじめから再度海外留学をしようと決めており、三菱商事の社費による海外大学の留学制度を申請したが、上司からなかなか許しがもらえなかった。部を変えて上司の了解を得ても、2度とも英語、論文の筆記試験は1番で通過したものの、その後の二次試験である役員面接では、行っても辞めてしまうのでは、と落とされた[31]。そこで、新浪は当時世界1位にランクされていたハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の入試に自分で単独で受験したところ、3度目の社内選考にて合格したあと2週間後にハーバードビジネススクールより1988年9月からの入学合格通知がきた。三菱商事人事部は、翌年の給費生ではあったが、その年に留学に行かせることを了解する。しかしながら、新浪は当時ITの大きなプロジェクトリーダーを担っており、どうしても業務を抜けることができず、ハーバード大学に1年入学を先延ばしする許可を得て、1989年9月に留学することになった[32]
  • ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)では、授業中いかに積極的かつ中身のある発言をするかで成績の半分が決まる[32]。英語力にハンディのある日本人留学生にとっては、それは大変だが、さらに大変なのは、クラスメートと熾烈な競争をしなくてはいけないことだった。1回の授業で、教授に指名されて発言できるのは、90人中、3分の1の30人ぐらい。しかも、ハーバード大学の成績は相対評価なので、下位何%かの学生は強制的に大学を退学させられる。せっかく、学生が発言してもその内容が良くないと低い評価になるので、新浪は授業の予習を徹底的にやった。そして、毎朝6時に起きて、7時半までクラスメートと勉強会をして、夜も10時から夜中の2時ぐらいまで再び勉強会をこなしてから寝る生活を送った[33]。また、その時の睡眠時間はいつも平均して2、3時間で、金曜日には疲労がピークに達して頭の中が思考停止状態になったほどであった[33]
  • ハーバード大学にいるトップの頭の良さは日本のそれとはレベルが違う、特に上位1%はなぜこんなに頭がいいのか、と思うくらいの連中がいて、日本の上位1%でも彼らみたいな賢い人はいない、と新浪はハーバード大学の学生たちを評している[34]
  • ハーバード大学の学生にも弱点があることを新浪は見つけた。哲学や歴史は強いが数学が苦手な人、理数系は強いが組織の中でいかに動けばいいのかコミュニケーションの苦手な人、が大学にいたという[34]
  • ハーバード大学での新浪の成績は同じ同期の日本人の中で1番で、勉強自体もそれほど難しくなかった。それでも新浪は、ハーバードの上位1%とは圧倒的な差があったので、彼らと戦わないことにしたとしている[34]。ただし、成績には常に拘っており、一年生の時、Category1がとれたはずなのにおかしいと抗議を学長までにして、結果2ヶ月後認められ、結果的にfirst year of honorとなる。二年の時も教授にCategory3と悪い成績をつけられ、卒業後も抗議し続けて成績をCategory2にかえることができ、2nd year of honorとなり、distinctionを得た。何事もおかしいと思えばきちんと議論するということはハーバードで学んだ。また、アジアビジネスクラブにて学校に貢献したことも、成績の抗議を認めてもらうことに間接的に役立った。
  • 米国人は小学生の頃からディベートの訓練をするので、もともと人前でのプレゼンは上手、ということを新浪はハーバード大学で発見した[33]。この時の経験から新浪は、ビジネスの世界で米国人や米国企業を相手にしても気後れしなくなり、相手とやりあえる自信が出た、という。
  • ハーバード大学では、新浪は「アジアン・ビジネス・クラブ」という会の会長に立候補し、当選した。当時のハーバード大学ではバブルの絶頂期だった日本への関心が非常に高く、その「アジアン・ビジネス・クラブ」は約350人の会員を抱える大所帯だった[35]。新浪は会長として、著名なゲストスピーカーを呼んだり、日本への研修旅行を企画した。
  • 日本への旅行では、新浪は添乗員の役目を引き受け、約100人の学生を引き連れてトヨタの工場や通産省(現・経済産業省)などを見学した[35]。その後、カラオケ店にも行ったという。
  • 新浪が「アジアン・ビジネス・クラブ」の会長になってよかったことは、リーダーシップを学べたことだという[35]。トップが自己犠牲の精神でメンバーの為に一生懸命尽くすと、みんなトップを信頼し言うことも聞くようになる、リーダーシップとはこういうことだ、と実感した、という。
  • ローソンでは悪戦苦闘の末、12年半社長をデフレ下で務め、株式価値を4倍にした。東日本大震災を経て、当時サントリーホールディングスの社長であり、交友を深めていた佐治信忠の誘いを受諾して、サントリーホールディングスの社長に就任した。
  • ローソンの社長からサントリーホールディングス社長になる時、その決断には母親の言葉「人生チャレンジして、前に進みなさい」があったという[36]

テレビ出演

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  • 日経スペシャル ガイアの夜明け 改革せよ!コンビニ新時代 〜ローソン若社長の挑戦〜(2003年6月24日、テレビ東京)[37]
  • BSテレビ東京小谷真生子のKANDAN」の初回ゲストにローソン社長として前後編の2回出演(2005年10月、BSテレ東)[38]
  • 日経スペシャル カンブリア宮殿(テレビ東京)
    • 「コンビニ業界2位からの反撃~地方フランチャイズを再生させろ!~」(2007年9月17日)- ローソン社長兼CEOとして出演[39]
    • カンブリア宮殿 大忘年会 もう貧乏はイヤだ! 狙うぞ、一発逆転スペシャル(2010年12月31日)- ローソン社長として出演[40]
    • 新浪流「やってみなはれ」の神髄(2021年8月12日)- サントリーホールディングス社長として出演[41]
  • NHKファミリーヒストリー第29回新浪剛史 2013年2月25日放送

受賞歴

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  • 2005年(平成17年) 財団法人経済広報センター(経済団体連合会)第21回企業広報賞「企業広報経営者賞」
  • 2006年(平成18年) 社団法人日本メンズファッション協会第35回 ベストドレッサー賞
  • 2016年(平成28年) 米国経済開発委員会 (The Committee for Economic Development) 2016 Global Leadership Award

主な役職

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  • 一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ (API) 理事
  • 一般社団法人 日本経済団体連合会 2018年5月 - 審議委員会副議長
  • 公益社団法人経済同友会 2010年4月 - 2016年4月副代表幹事、2011年4月 - 2014年10月農業改革委員会委員長、2012年10月 - 2013年3月東京オリンピック・パラリンピック招致推進PT委員長、2014年4月 - 東京オリンピック・パラリンピック2020委員会委員長、2018年5月 - 2019年3月諮問委員会委員長、2019年4月 - 米州委員会委員長
  • 世界経済フォーラム 2012年 - Global Agenda Council on the Role of Business議長、2014年 - 2016年Global Agenda Council on Japanメンバー、2015年 - International Business Councilメンバー、ダボス会議12年間出席 2018年 - Starategic Partner
  • 米日財団 2014年 - 理事 
  • Asia Business Concil 2007年 - メンバーA
  • 外交問題評議会(Council on Foreign Relations;CFR) 2016年 - Global Advisory Board member
  • 米国 The Business Council 2017年 - メンバー
  • 内閣官房産業力会議 2013年 - 2014年:議員
  • 内閣府税制調査会 2013年 - 2019年[42]:特別委員
  • 内閣府経済財政諮問会議 2014年 - 2025年:議員
  • 令和国民会議 2022年 - 2025年:第1部会(統治構造)共同座長
  • 経済同友会 2023年 - 2025年:代表幹事

著書

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  • 『リーダーには人を信じ抜く覚悟が必要である』ダイヤモンド社、2020年6月 ※電子書籍

家族・親族

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  • 実家は神奈川区(三ツ沢)。ローソン時代に高齢になった両親を東京の自宅近くへ呼び寄せ、実家は弟の所有になった[43]。現在はツタの蔓が伸び、門は老朽化したが、姿形は変わっていないという[43]
  • 家系を遡ると足利家と徳川松平の血縁に繋がる吉良家で皇室や将軍に繋がる高家。その遠い祖先は三河湾の水軍に至る[44]
  • 父・勇治は特攻隊の生き残り[44][45]。横浜港で荷揚げをする荷役会社を経営していたが、当時の横浜港は荒くれ者が集まる場であり、喧嘩が起きたりした。それを見た新浪少年は、「怖がるどころか、声を出して笑っていた」ことが報道されている[45][46][23]。幼少期経験から「海の男の血」が自らのビジネスパーソンとしての「源流」だと考えている[23]。京浜港運取締役会会長にて引退。
  • 弟は新浪博士東京女子医科大学心臓血管外科教授)[47]

脚注

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注釈

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  1. 創業者でもなく、いわゆる"オーナー経営者"でもなく、いわゆる"雇われ経営者"なので、日本語の実業家には当たらない。ただし新浪氏は複数の企業の経営者を務めており、プロフェッショナルな経営者(プロ経営者)である。
  2. 荷役会社とは、船舶、トラック、コンテナなどの貨物を積み込み、荷降ろし、仕分けする物流の専門事業者であり、主に港湾倉庫内でフォークリフトクレーンを使って仕事を行う。
  1. 就任当時の民間議員は、経済界および学術界からそれぞれ2人ずつの起用による合計4人で構成され、新浪はそのうちの経済界出身の民間議員であった[1]

出典

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  1. 経済財政諮問会議議員名簿』内閣府、2014年9月。オリジナルの2014年9月1日時点におけるアーカイブ
  2. 経済財政諮問会議議員の変遷”. 内閣府 (2025年11月12日). 2025年12月11日閲覧。
  3. サントリーの新浪次期社長が会見 本当のグローバル企業に」『共同通信』2014年7月1日。2014年11月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月14日閲覧
  4. サントリーHD 会長辞任の新浪氏 経済同友会の会見で説明へ”. NHKニュース. NHK (2025年9月3日). 2025年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月3日閲覧。
  5. サントリーHD新浪剛史会長が辞任へ 違法疑いの薬品入手で捜査対象」『日経電子版』日本経済新聞社、2025年9月2日。2025年9月2日閲覧
  6. 新浪剛史・経済同友会代表幹事が活動自粛を表明 代行に岩井JT会長”. 日本経済新聞 (2025年9月3日). 2025年9月3日閲覧。
  7. “違法サプリ輸入疑い、サントリーHD元会長、新浪剛史氏と知人女性を書類送検 福岡県警”. 産経新聞. (2026年4月16日) 2026年4月16日閲覧。
  8. 新浪剛史氏と知人女性を書類送検 違法疑いサプリ巡り福岡県警”. 日本経済新聞 (2026年4月16日). 2026年4月16日閲覧。
  9. 新浪剛史・ローソン社長--次の10年は自分1人で計画を実現できない。玉塚氏なら自分に『違う』と言ってくれる”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社 (2011年1月14日). 2023年10月14日閲覧。
  10. 45歳定年制導入を コロナ後の変革で―サントリー新浪氏”. 時事ドットコム. 時事通信社 (2021年9月9日). 2021年9月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年9月9日閲覧。
  11. 45歳定年制に憤る人に知ってほしい働き方の現実”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社 (2021年9月16日). 2025年1月21日閲覧。
  12. サントリー新浪社長「45歳定年制」発言で炎上…「ちょっとまずかった」”. 読売新聞. 読売新聞社 (2021年9月11日). 2025年9月2日閲覧。
  13. 「異次元の投資減税」で新陳代謝を サントリーHDの新浪剛史社長”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社 (2022年12月6日). 2023年9月25日閲覧。
  14. LGBTQ サントリーHD社長 新浪剛史”. 日本経済新聞. 日本経済新聞社 (2023年2月27日). 2025年1月21日閲覧。
  15. 少子化対策の財源「歳出改革が不可欠」 同友会代表幹事”. 産経ニュース. 産経新聞社 (2023年5月16日). 2023年9月27日閲覧。
  16. 「マイナは重要インフラ」 同友会代表幹事”. 産経ニュース. 産経新聞社 (2023年5月30日). 2023年9月27日閲覧。
  17. 1 2 サントリー新浪社長「児童手当の所得制限、撤廃するな」に寄せられる悲憤「子育て罰のつらさ知らない」”. SmartFLASH. 光文社 (2023年6月15日). 2024年1月23日閲覧。
  18. 岸田首相「保険証は廃止」発言で掘り起こされた、サントリー新浪社長の「廃止の納期を守れ」傲慢発言(SmartFLASH)”. Yahoo!ニュース. ヤフー株式会社. 2023年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月20日閲覧。
  19. 1 2 マイナ保険証の政府対応「評価すべきだ」 経済同友会代表幹事”. 毎日新聞. 毎日新聞社 (2023年8月30日). 2024年1月23日閲覧。
  20. 経済同友会の新浪剛史氏「中国との対話重要」 原発処理水巡る混乱で”. 日本経済新聞. 日本経済新聞社 (2023年8月29日). 2023年9月25日閲覧。
  21. 新浪剛史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨”. 経済同友会. 2023年9月21日閲覧。
  22. ジャニーズのタレント起用、同友会代表幹事「性加害を認めることになる」”. 読売新聞オンライン. 読売新聞社 (2023年9月12日). 2023年9月21日閲覧。
  23. 1 2 3 ジャニーズ問題で注目、新浪サントリー社長の凄絶パワハラを元部下が告発 「携帯を投げつけ部下が骨折」「月に3回は携帯を壊していた」”. デイリー新潮. 株式会社新潮社 (2023年10月8日). 2025年1月21日閲覧。
  24. 経済同友会 “多様性など実現に向けた取り組み より積極的に””. NHKニュース. 日本放送協会 (2025年1月15日). 2025年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年1月21日閲覧。
  25. 「浜っ子」が受け継ぐ海賊の血 詳しくなった港町 サントリーホールディングス・新浪剛史社長”. AERA Digital. 朝日新聞出版. 2025年9月4日閲覧。
  26. 1 2 3 4 5 「ガキ大将」新浪剛史氏を飛躍させた翠嵐バスケ”. NIKKEIリスキリング. 日本経済新聞社. p. 1 (2017年10月18日). 2024年1月23日閲覧。
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  32. 1 2 新浪氏が米企業相手でもひるまない理由”. NIKKEIリスキリング. 日本経済新聞社. p. 1 (2016年4月11日). 2024年1月23日閲覧。
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  38. 小谷真生子のKANDAN 2005年10月2日(日)放送(前編). BSテレビ東京. 2022年6月29日閲覧。
  39. 「コンビニ業界2位からの反撃~地方フランチャイズを再生させろ!~」 - テレビ東京 2007年9月17日
  40. 衰退産業・地方・中小・民事再生 "四重苦"をぶっ飛ばした、ブレない経営! - テレビ東京 2010年12月31日
  41. 新浪流「やってみなはれ」の神髄 - テレビ東京 2021年8月12日
  42. 税制調査会 - 委員名簿・設置根拠等(内閣府ウェブサイト)(2020年1月6日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
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  46. サントリーホールディングス株式会社 代表取締役社長 新浪剛史 前編千葉港で頷く「海の男の血」評論より実践へ”. BS朝日. 株式会社BS朝日 (1970年1月1日). 2023年10月14日閲覧。
  47. 「兄・経営者、弟・医学博士」新浪兄弟のDNA 一番手ではないからこそ新しいことをする”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社 (2014年4月8日). 2014年4月12日閲覧。

関連項目

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先代
藤原謙次
ローソン社長
2002年 - 2014年
次代
玉塚元一
先代
佐治信忠
サントリーホールディングス社長
2014年 - 2025年
次代
鳥井信宏