宮城県仙台第一高等学校

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宮城県仙台第一高等学校
Sendai Daiichi Koto-gakko in 2011-03.JPG
過去の名称 宮城県尋常中学校
宮城県中学校
宮城県第一中学校
宮城県立第一中学校
宮城県立仙台第一中学校
宮城県仙台第一中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 宮城県の旗 宮城県
校訓 自重以テ己ヲ律シ
獻身以テ公ニ奉ス
(1906年6月6日制定)
設立年月日 1892年4月1日
(宮城県尋常中学校設立)
創立記念日 6月6日
(宮城県尋常中学校開校式)
共学・別学 (全日)男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制(全日制)
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 04101H
所在地 984-8561
宮城県仙台市若林区元茶畑4
外部リンク 宮城県仙台第一高等学校
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宮城県仙台第一高等学校(みやぎけんせんだいだいいちこうとうがっこう)は宮城県仙台市若林区に所在する県立高等学校一高仙台一高の通称で呼ばれている。在校生からは一の代わりに壱の字がよく使われる。スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校。

OBでもある劇作家の井上ひさしの「青葉繁れる」のモデルとなった。

概要[編集]

宮城県仙台第一高等学校校章

1892年に宮城県尋常中学校として開校。2012年に創立120周年を迎えた。仙台二高仙台三高宮城一高仙台二華仙台三桜と合わせて「ナンバースクール」と呼ばれる。校訓と標語として「自重献身」「自発能動」を掲げており、生徒の自主性を重んじるため、自由な校風である[要出典]制服がなく私服校。2012年度より文部科学省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定(5年間)を受け、2017年にも再び指定(5年間)を受けた。

共学化[編集]

10年以上、共学化に対する論争が起こっていた[要出典]が、2009年に県教委の正式な決定がされたことから、2010年度より共学化された。統廃合は無く、校章校歌・校名はそのまま使用されている。

沿革[編集]

歴代校長[編集]

  • 初代: 大槻文彦(1892年12月28日 - 1895年9月17日) - 日本初の近代国語辞典『言海』編纂者
  • 2代: 湯目補隆(1895年9月17日 - 1896年7月16日)
  • 3代: 下條幸次郎(1896年7月25日 - 1902年10月1日)
  • 4代: 西谷虎二(1902年10月6日 - 1902年12月19日)
  • 5代: 氏家謙曹(1903年4月17日 - 1904年8月10日)
  • 6代: 川田正澂(1904年8月10日 - 1909年4月23日) - 元東京府立第一中學校東京府立高等學校校長
  • 7代: 櫻田廣利(1909年4月25日 - 1914年2月3日)
  • 8代: 宗像逸郎(1914年3月12日 - 1920年3月29日) - 柔道家
  • 9代: 小平高明(1920年3月29日 - 1942年4月4日)
  • 10代: 小野徳四郎(1942年4月4日 - 1945年12月21日)
  • 11代: 宮城音五郎(1946年3月21日 - 1950年9月30日) - 工学者、元東北帝国大学名誉教授、元宮城県知事
  • 12代: 高山政雄(1950年12月1日 - 1955年7月4日) - 元駒場東邦中学校・高等学校校長
  • 13代: 宇野量介(1955年7月4日 - 1963年7月3日)
  • 14代: 大竹金彌(1963年8月16日 - 1974年3月31日)
  • 15代: 北村潮(1974年4月1日 - 1978年3月31日)
  • 16代: 青木功二(1978年4月1日 - 1981年3月31日)
  • 17代: 大場恒一(1981年4月1日 - 1988年3月31日)
  • 18代: 高城公彦(1988年4月1日 - 1991年3月31日)
  • 19代: 鈴鴨清美(1991年4月1日 - 1993年3月31日) - 宮城教育大学副学長
  • 20代: 井崎英男(1993年4月1日 - 1996年3月31日)
  • 21代: 宍戸多聞(1996年4月1日 - 2001年3月31日)
  • 22代: 菅井茂(2001年4月1日 - 2005年3月31日)
  • 23代: 北島博(2005年4月1日 - 2010年3月31日)
  • 24代: 氷室眞也(2010年4月1日 - 2012年3月31日) 
  • 24代: 加藤順一(2012年4月1日 - 現職) 

校歌[編集]

  • 校歌 - 1909年4月1日制定、作詞: 大槻文彦、作曲: 岩城寛

対仙台二高定期戦[編集]

対仙台二高定期戦とは、ライバル関係にある仙台二高との間で行われる定期戦の総称である。単に「定期戦」と言った場合には硬式野球定期戦を指す。硬式野球定期戦・三部定期戦以外にも、幾つかの部で定期戦が行われている。[要出典]

硬式野球定期戦[編集]

硬式野球定期戦は、仙台二高との硬式野球の定期戦で、毎年5月中旬に行われる。「杜の都早慶戦」と呼ばれるが、早慶戦よりも起源は古く、1900年から何度か中断されながらも続いている伝統行事である。両校とも、応援団幹部を中心として全校総出で応援合戦を繰り広げるため、両校の生徒にとって最大のイベントとなっている。2007年に仙台二高の共学化に伴い、その存続が危ぶまれていたが、引き続いて開催された。また、東北楽天ゴールデンイーグルスのプロ野球参入に伴う宮城球場(Koboスタ宮城)の改装により、従来の応援形式がとれないなどの問題も発生している。2012年5月12日に実施された定期戦では仙台一高が勝利。優勝回数は仙台一高29回、仙台二高29回(両校引き分けが9回)となった。[要出典]

アピール行進[編集]

1971年の仙台一高・二高野球定期戦開催を前に行進したのが始まり。第1回は、仙台一高側が東北大学片平キャンパス北門前を出発し、東一番丁通り(当時の東一番丁通りは歩行者専用道路ではなく、2車線の車道だった)を北上し、勾当台公園の野外音楽堂前で二高側と落ち合って、双方が応援歌を歌い、エールを交換した。仙台二高ではPR行進と呼ぶ。硬式野球定期戦の前々日に行われ、仙台一高・仙台二高の応援団幹部をそれぞれ先頭とし、以下、各校の1年生全員と2・3年生有志が、応援歌や野次を叫びながら一番町を行進し、西公園までを歩く。前述の聖火リレーのように、仮装をして行進する生徒が多い。[要出典]

三部定期戦[編集]

三部定期戦は、以下の部活動における仙台二高との定期戦で、硬式野球定期戦と同時期に行われる。柔道定期戦は年2回で、冬期にも行われる。[要出典]

  • 柔道
  • バスケットボール
  • バレーボール

このほかラグビー部の定期戦を正月元旦に開催している。

壱高祭[編集]

仙台一高の文化祭として毎年8月下旬もしくは9月初旬に3日間を使って行われており(1976年度は開催されず)、生徒からの発起人から成り立つ「壱高祭実行委員会」によって運営される。元来、1945年より「文化祭」という名前で毎年10月に行われていたが、1957年に「壱高祭」と改称、2007年の壱高祭で50回目となった。また初夜祭、中夜祭があり、前者が来訪者向け、後者が一高らしい独特の雰囲気のものとなっている。[要出典]

校舎・設備[編集]

学校の敷地は主に校舎のある元茶畑に位置する。現在の校舎は5代目に当たり、地上5階建てで1992年に完成した。他にも仙台市若林区荒井に硬式野球部専用の第二運動場がある。

著名な卒業生[編集]

関連項目[編集]

アクセス・近隣[編集]

仙台市地下鉄東西線連坊駅西1出口すぐの場所にあり、近隣には宮城県仙台二華中学校・高等学校聖ウルスラ学院英智小学校・中学校・高等学校東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地であるKoboパーク宮城などがある。

関連文献[編集]

  • 仙台一中・一高百年史(1992年) - 仙台一中・一高百年史編纂委員会編集

外部リンク[編集]