ルイス・カルロス・ボンボナート・グラール

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の姓)はボンボナート、第二姓(父方の姓)はグラールです。
ルイゾン Football pictogram.svg
名前
本名 ルイス・カルロス・ボンボナート・グラール
Luiz Carlos Bombonato Goulart
ラテン文字 LUIZÃO
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1975-11-14) 1975年11月14日(46歳)
出身地 ルビネイラポルトガル語版
身長 178cm
体重 76kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 -
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992 ブラジルの旗 グアラニFC
1993 ブラジルの旗 パラナ・クルーベ
1994-1995 ブラジルの旗 グアラニFC
1995-1997 ブラジルの旗 SEパルメイラス
1997-1998 スペインの旗 デポルティーボ・ラ・コルーニャ
1998 ブラジルの旗 CRヴァスコ・ダ・ガマ
1999 ブラジルの旗 クルゼイロEC
2000-2001 ブラジルの旗 SCコリンチャンス・パウリスタ
2002 ブラジルの旗 グレミオFBPA
2002-2004 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
2004 ブラジルの旗 ボタフォゴFR
2005 ブラジルの旗 サンパウロFC
2005 日本の旗 名古屋グランパスエイト
2005 ブラジルの旗 サントスFC
2006 ブラジルの旗 CRフラメンゴ
2007-2008 ブラジルの旗 ADサンカエターノ
2009 ブラジルの旗 グアラチンゲタ・フチボウ
2009 ブラジルの旗 リオ・ブランコEC
代表歴
1996-2002 ブラジルの旗 ブラジル 11 (3)
獲得メダル
男子 サッカー
オリンピック
1996 アトランタ サッカー
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルイゾン(Luizão)こと、ルイス・カルロス・ボンボナート・グラールLuiz Carlos Bombonato Goulart, 1975年11月14日 - )は、ブラジルサンパウロ州ルビネイア出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード

経歴[編集]

1996年のコパ・ド・ブラジルの得点王になり、2000年には得点王になる活躍でCRヴァスコ・ダ・ガマリベルタドーレスカップ優勝に貢献[1]2005年サンパウロFCでもコパ・リベルタドーレスの決勝2ndレグでゴールを決めるなど、優勝に貢献したが[2]、様々な理由から名古屋グランパスエイトに移籍[3]。9月3日の横浜FM戦で後半開始から出場し、Jリーグ初ゴールを含む2ゴールを決めるなど[4]、加入からの6試合で4得点を叩き出し[1]、当時得点力不足に陥っていた名古屋の新エースとして期待されたが、自分の獲得を希望した監督のネルシーニョが解任されたことなどの理由から[5]、母国のサントスFCに移籍した。チームには不信感があったものの、日本や日本人、サポーターはとてもいい印象であったと後に語った[6]。また印象に残って選手として楢﨑正剛本田圭佑の名前を挙げた[7]

キャリアを通じ、リベルタドーレスカップにおいてはブラジル人歴代最多の29得ゴールを挙げた[1]

ブラジル代表としては、2002 FIFAワールドカップで2試合に出場、グループリーグ初戦のトルコ戦では決勝点となったPKを奪取し、勝利に貢献した[8]。ゴールは無かったが、優勝を果たした。

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
1992 グアラニ
1993 パラナ・クルーベ 6 0
1994 グアラニ 27 9
1995 10 2
1996 パルメイラス 22 10
1997 23 13
スペイン リーグ戦 国王杯オープン杯 期間通算
1997-98 ラ・コルーニャ プリメーラ 13 4
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
1998 ヴァスコ・ダ・ガマ 16 8
1999 クルゼイロ 25 21
2000 コリンチャンス 10 3
2001 7 5
2002 グレミオ
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2002-03 ヘルタ・ベルリン ブンデス1部 19 2
2003-04 7 2
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2004 ボタフォゴ 15 9
2005 サンパウロ 5 2
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005 名古屋 11 J1 6 4 0 0 - 6 4
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2005 サントス 5 0
2006 フラメンゴ 11 1
通算 ブラジル
スペイン プリメーラ 13 4
ドイツ ブンデス1部 26 4
日本 J1 6 4 0 0 - 6 4
総通算

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c “元Jリーガーが1位に! 南米王者決定戦「ブラジル出身選手得点ランキング」を現地紙集計”. www.football-zone.net. https://www.football-zone.net/archives/258630 2020年4月24日閲覧。 
  2. ^ 「マリーシアの王」ルイゾン。万事に抜け目ない男が来日するまで ページ3”. sportiva.shueisha.co.jp. 2020年4月24日閲覧。
  3. ^ ルイゾン選手、新加入のお知らせ”. So-net. 2006年4月17日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年10月15日閲覧。
  4. ^ “ルイゾン”. data.j-league. https://data.j-league.or.jp/SFIX04/?player_id=8540 2020年4月24日閲覧。 
  5. ^ “たった6試合で帰国したルイゾンの言い分。”. sportiva.shueisha.co.jp. https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jleague_other/2020/07/29/post_42/ 2020年4月24日閲覧。 
  6. ^ “たった6試合で帰国したルイゾンの言い分。ページ2”. sportiva.shueisha.co.jp. https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jleague_other/2020/07/29/post_42/index_2.php 2020年4月24日閲覧。 
  7. ^ “たった6試合で帰国したルイゾンの言い分。ページ3”. sportiva.shueisha.co.jp. https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jleague_other/2020/07/29/post_42/index_3.php 2020年4月24日閲覧。 
  8. ^ “「マリーシアの王」ルイゾン。万事に抜け目ない男が来日するまで ページ1”. sportiva.shueisha.co.jp. https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jleague_other/2020/07/29/post_41/ 2020年4月24日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]