エセックス級航空母艦
| エセックス級航空母艦 | ||
|---|---|---|
「イントレピッド」(1944年) | ||
| 艦級概観 | ||
| 艦種 | 航空母艦(正規空母) | |
| 艦名 | アメリカに関する戦い、政治家、都市名、艦等 一番艦はマサチューセッツ州エセックス郡から | |
| 建造期間 | 1941年 - 1945年 | |
| 就役期間 | 1942年 - 1991年 | |
| 前級 | ワスプ | |
| 準同型艦 | タイコンデロガ級 | |
| 次級 | ミッドウェイ級 | |
| 性能諸元[1] | ||
| 基準 排水量 |
就役時:27,100 t | |
| 近代化改装:33,000 t | ||
| 満載 排水量 |
就役時:34,500 t - 36,380 t | |
| 近代化改装:43,060 t | ||
| 全長 | short-bow 265.2 m long-bow 270.7 m | |
| 全幅 | 水線幅28.4 m(最大45 m) | |
| 吃水 | 7 m、満載:8.4 m | |
| 機関 | ボイラー (450℃, 40 kgf/cm²) |
8缶 |
| 蒸気タービン( 37,500 hp/28.0 MW) |
4基 | |
| スクリュープロペラ | 4軸 | |
| 出力 | 設計:150,000馬力 公試:154,054馬力 | |
| 速力 | 設計:33ノット 公試:32.93ノット 近代化改装:30ノット | |
| 航続距離 | 15ノット/20,000海里(設計) 15ノット/15,440海里 | |
| 乗員 | 3,200名以上(艦船:2,170名、航空:870名、旗艦:160名) | |
| 兵装 | 38口径5インチ連装砲 ※改装時に撤去 |
4基 |
| 38口径5インチ単装砲 ※改装後は4基 |
8基 | |
| 56口径40mm機関砲 ※改装時に撤去 |
68基 | |
| 78口径20mm機関砲 ※改装時に撤去 |
65基 | |
| 搭載機 | #搭載機を参照 | |
| 航空艤装 | エレベーター | 3基 |
| カタパルト | 2基 | |
エセックス級航空母艦 (エセックスきゅうこうくうぼかん、英語: Essex-class aircraft carrier) は、アメリカ海軍の航空母艦の艦級。1942年から1946年にかけて計23隻が就役し (1950年に追加で未成艦1隻が大規模な改修を施して就役) 、アメリカ海軍史上、艦隊型空母としては最多の建造数となった[2]。第二次世界大戦開戦時におけるアメリカ海軍の空母の理想像を具現化した艦であり、また第二次世界大戦後も改修を受けつつ運用され、アメリカ海軍の艦隊航空兵力の一翼を担った[3]。
なお長船体型を後期建造型としたり、長船体型そのものあるいはジェット機の運用能力の付加やアングルド・デッキの装備などをしてタイコンデロガ級と呼ぶ資料もあるが、両タイプの起工が前後しているなど必ずしも建造時期で区別できるものではなく、また戦後の近代化改装においても長船体型か否かは無関係であり、後述するハンコック級とともに非公式な区分である。
目次
概要[編集]
1938年3月、アメリカ海軍は第二次ロンドン軍縮条約のエスカレーター条項によって、4万tの空母建造枠を得た。これによりアメリカ海軍は2万t型の空母2隻を新たに建造することを決めた。だが、艦艇の設計担当である艦船局が多くの新型戦艦設計案を進めており、新型空母を設計する余裕がなかったこともあって、1隻は1938年度計画として基準排水量1万9,600tであるヨークタウン級の改正型 (後の「ホーネット」) を建造し、もう1隻は1939年度計画として新規設計艦を建造することを決めた[4]。
新型空母はヨークタウン級より全ての性能を上回ることが要求に上げられた。しかし建造可能枠は残り2万400tしかなく、更に要求の増大もあって設計がまとまらなかったため、ヨークタウン級4番艦「エセックス」として建造される可能性も浮上していた。しかし第二次世界大戦による無条約時代の到来に伴い、ヨークタウン級を大幅に拡大した基準排水量2万7,100tの大型空母として建造されることとなった[5]。
1943年の対空火器改善計画に伴い艦首対空銃座の増設のために船体を伸ばした後期型が存在するが、44年以降に起工された原型もあり、計画トン数も同一となっている。アメリカ海軍においては後期型を「LIST3型」、原型を「LIST1型」と呼称していた。戦後、LIST3型は「長船体型」、LIST1型は「短船体型」として呼ばれるようになった[6]。
第二次世界大戦の勃発に伴い、1940年の第三次海軍拡張法、両洋艦隊法によって大量建造が決定され、予算の成立した32隻が発注、第二次世界大戦の終了にともないキャンセルされた8隻を除く24隻が、1942年から1950年の間に就役した。
設計[編集]
船体[編集]
主船体は4層の全通甲板をもつ船首楼型を採用しており、最上層の第1甲板は、ハンガーの床面であるとともに強度甲板となっている。第1甲板の天井はギャラリー・デッキとなっており、その上に全通した飛行甲板が設けられている。なお、バイタルパートである機関室を防護するため、第1・4甲板でその上に当たる部分 (全長にして5分の3程度) には、それぞれ2.5インチと1.5インチ厚の特殊処理鋼 (STS) 装甲が施されており、特に第1甲板のものは1,000ポンド爆弾にも抗堪しうるとされている。また舷側は、152mm砲弾や魚雷に抗堪しうるよう、第4甲板付近から吃水下までに4インチ厚の装甲帯が付加されているほか、船底は3重底構造とされた。ただし飛行甲板については、装甲化が検討されたものの、排水量が大幅に増加することより見送られ、単なる木板張りの鋼板とされている。第1甲板より下層の部分は船体内で密閉区画となることから、船体後部第2甲板レベルに設けられたダクトから給気されていたが、このダクトが陰圧となっていたため、「レキシントン」で発煙剤タンクが破損した時にこのダクトを通じて艦内に煙が充満するという事態になり、以後改良された[2]。飛行甲板後部が搭載機で満載された状況に備えて、艦首側から飛行甲板前部に着艦が可能とするように船体の前と後が似たような形状 (Double-ended) になり、後進速度も設計考慮事項だった[7]。また、艦首から艦尾までの着艦制動索が設置されていた。
航空艤装[編集]
飛行甲板は長さ262.7m×幅32.9mを確保し、2基の油圧カタパルトが設置された。機種としては、当初予定のH-4型の開発は間に合わず、1番艦は当初カタパルトなしでH-2型を後日装備しており、H-4型の装備化は「レキシントン」以降となった。また飛行甲板以外にも、格納庫から横向きに直接射出できるよう舷側カタパルトも装備された。こちらは軽量な小型機だけに対応し、非使用時には上側に跳ね上げて格納する形式であった。しかし運用上メリットが少なく、1943年中盤には全ての艦から撤去された。
アレスティング・ギアは、Mk.4 mod.3Aが10基前後搭載されたほか、のちに能力向上型のMk.5も装備化された。
エレベーターは従来型のインボード式のもの (14.7m×13.5m、力量12.7t) を前部と後部に設置したほかに、左舷中央部に小型ながらもデッキサイド式のもの (18m×10m、力量8.2t) を装備し、計3基となった[2]。
防御力[編集]
対弾防御は高度1万フィート (3,048m) から投下された1,000ポンド (454kg) 爆弾を防ぎ、最上型の15.5cm砲に耐えることを目標とされた。これは当時の空母が巡洋艦を主力とする偵察艦隊と共に行動し、日本の偵察艦隊である第二艦隊と交戦した際に、戦闘に巻き込まれる可能性があると考えられたためだった。舷側装甲には63 - 102mm、格納庫の甲板部には63mm、機関室上部の装甲甲板に38mmの装甲板が貼られ、これにより15.5cm砲弾に対しては1万300mより遠方を安全圏とし、高度1万フィートから投下された1,000ポンド爆弾を格納庫甲板で防ぐことができるとされた。大戦中においても、日本軍機の250kgや500kg爆弾によって格納庫下部の重要区画への損害を受けたことはほぼ無く、装甲甲板下部にある機関区画に損害を受けたことは全くなかった[8]。
水中防御においてもTNT火薬500ポンド分の水中爆発を防ぎ、魚雷3本を同じ舷側に被雷しても沈まないことを目標とされた。この目標は達成されたものの、当時の戦艦が採用していた多層式液層防御よりは効果が劣り、ヨークタウン級より大きく改善されていないという評価もあった。また、大戦後期には対空火器増設によって復元性が悪化しており、「魚雷2本を同じ舷側に被雷した際は転覆する危険性がある」と艦船局が警告を出していた[8]。
機関[編集]
主機関としては、圧力40kgf/cm² (570 psi) 、温度450℃の高温高圧缶による蒸気タービン推進方式が採用された。抗堪性の観点から主機配置にはシフト方式が採用されており、艦首側から、前部ボイラー室2室、前部機械室、後部ボイラー室、後部機械室の順に配置された。このうち、前部機械室が外側2軸、後部機械室が内側2軸を駆動する[2]。
兵装[編集]
対空兵装[編集]
経空脅威の深刻化に伴い、対空砲火力はさらに増強されている。両用砲としては、連装のMk.32がアイランド前後に2基ずつ背負い式に、また単装のMk.24が左舷の前・後部のスポンソンに2基ずつと、計12門の38口径5インチ砲が搭載された。その射撃指揮はアイランド上のMk.37 砲射撃指揮装置2基によって行われたが、左舷側については視界が不足であり、一度は左舷格納庫甲板レベルに3基目のMk.37 GFCSが装備されたが、のちにこれは40mm機銃に換装された。ボフォース 40mm機銃は4連装マウントに搭載されており、当初は8基、のちに増設されて17・8基とされた。こちらは砲側のMk.51方位盤による射撃指揮を受けていた[2]。
電測兵装[編集]
レーダーとしては、対空捜索用にはPバンドのSKが、対水上捜索・航空機誘導用にはSバンドのSGが搭載されたほか、航空管制用の測高用としてSMが、さらに珊瑚海海戦の戦訓から予備の対空捜索レーダーとしてSC-2も搭載されていた。また大戦末期には対空・測高機能を統合したSXレーダーも配備されたほか、直上の目標に対処するため、航空機搭載用のAPS-6や陸軍のSCR-720を搭載した艦もあり、非常にバリエーション豊富である[2]。
CIC[編集]
アメリカ海軍では、1941年8月より、空母艦上に戦闘指揮所 (CIC) を設置していた。これは、急速に展開していく航空戦闘の様相に対応し、また、レーダー探知など、視認不能な敵情報を適切に把握するため、情報を統合的に集中処理するものであった[9]。この試みは本級にも導入されており、当初はギャラリー・デッキに、後期建造艦では格納庫甲板より下のレベルにCICが設置された[2]。
改装[編集]
大戦終結後、航空機技術は飛躍的な発展を遂げたことから、これに対応するため、運用プラットフォームたる本級も数次に渡る改装を受けることになった。
SCB-27A/C[編集]
大戦末期のジェット機の登場によって航空機の性能は飛躍的に向上したが、その一方、特に初期のジェット機は、失速速度が比較的速く (低速安定性が低く) 、加速が悪く、機体重量が重かったことから、艦上機としての運用は困難なものであった。このため、まず1946年よりSCB-27 (Ship Characteristics Board) 改装が開始された。本改装は当初、新鋭のミッドウェイ級への適用が検討されていたものの、改装のために新鋭空母が長期間戦列を離れることは許容しがたかったことから、まず工程85パーセントで建造が中断されていた「オリスカニー」に、H8油圧カタパルトの装備や飛行甲板や艦橋構造物の全面再設計などの改装をSCB-27として施した上で建造を再開した。またオリスカニーの工事完了を待たず本改装に準拠したSCB-27A改装が予備役艦を優先して開始され、1949年の「エセックス」「ワスプ」を筆頭に8隻が改装された[10]。
SCB-27Aは、大重量のジェット艦上機の運用に耐えるよう飛行甲板とエレベータの構造を強化するとともに、カタパルトを油圧式の最終発達型であるH8に、アレスティング・ギアも一括して能力向上型のMk.5に更新するものであった。飛行甲板拡張のため、アイランド前後の38口径5インチ連装砲は撤去された一方、近接防空力強化のため、40mm機銃は新型のVT信管対応速射砲である50口径3インチ連装砲に換装された。また飛行要員の待機室は防御を考慮してギャラリー・デッキから格納庫甲板下層に移され、待機室から飛行甲板までの長大なエスカレーターが設置された[10]。これはアイランドの下部に設置され、右舷舷側の斜めのダクト状構造物からも確認できる。エスカレーターの設置は艦載機のジェット化以降に重量が増加し移動が困難になったパイロットの装具への対応でもあった。
一方、1951年末以降に改装された6隻はSCB-27Cと呼ばれる設計が採用された。これはイギリスから導入された蒸気カタパルトの技術を導入したもので、射出能力は飛躍的に増強された。「ハンコック」と「タイコンデロガ」にはイギリスから輸入されたブラウン・ブラザーズ社製BSX-1が装備されたのち、これをもとに蒸気圧を高めたC11がアメリカで開発され、以後の艦はこちらに切り替えた。カタパルト始点には昇降式のジェット・ブラスト・デフレクターが設置されるとともに、機体停止用のバリケードはナイロン・バリアに換装された。後部 (第3) エレベータも、インボード式から右舷側のデッキサイド式に変更され、これにより本級のエレベータ3基のうち2基がデッキサイド式となった[10]。また重要な点として本改装を受けた艦は核兵器の搭載、運用能力が与えられた。
SCB-27A、SCB-27Cいずれの工期も2年にわたる大規模なもので、蒸気カタパルトを装備するSCB-27C改装のほうが数ヶ月、工事は長いものであった。
SCB-125[編集]
イギリスにおいては、蒸気カタパルトの発明に続いて、より発着艦を合理化できる飛行甲板設計としてアングルド・デッキが考案され、1952年2月より試験を行なっていた。
アメリカ海軍でも、1953年より「アンティータム」において同様の試験を行った後、当時SCB-27C改装の途上にあった「シャングリラ」「レキシントン」「ボノム・リシャール」の3隻に対し、アングルド・デッキ化などを含むSCB-125改装を同時に施行することとした。また1954年からは、SCB-27A/C改装施工済みの10隻も改装を受けた。本改装においては、同時に、アングルド・デッキと干渉する後部エレベーターが右舷側に移設されてデッキサイド式とされるとともに、艦首がエンクローズド・バウとされており、外見上も一新された。
SCB-125改装の工期は1年半程度を要したが、カタパルトやアレスティング・ギアの更新は行われていない。SCB-27A改装艦の油圧式H8から蒸気式C11への換装も行われていないのは、カタパルト機器室の容積の不足のためである。ただし最後に本改装の対象となった「オリスカニー」のみはSCB-125A設計とされ、SCB-27改装で搭載された油圧式H8から蒸気式改良型のC11-1に、アレスティング・ギアもフォレスタル級と同じMk.7に更新された[10]。
SCB-144[編集]
AN/SQS-23ソナーを艦首に装備したもので、1960年代初頭よりSCB-125改装を受けた艦から油圧カタパルト装備艦7隻、蒸気カタパルト装備艦1隻が対象となった。
LPH[編集]
1950年代後半になると、上記の改装をどれも受けていない艦では艦上機の発達に追随できなくなり、航空母艦としての意義が希薄化していた。このことから1959年以降、「ボクサー」以下計3隻がヘリコプター揚陸艦として改装され、ボクサー級強襲揚陸艦として再就役した[11]。
なお「レイク・シャンプレイン」もLPH化が検討されていたがこれはキャンセルされ[10]1966年に退役した。これによって同艦はSCB-27A改装を受けたにもかかわらずSCB-125改装を受けないまま退役した唯一の艦となった。
計画のみに終わった改装[編集]
SCB-27改装はあくまでジェット機を運用できるようにするための応急的なものであり、より徹底した本命ともいうべき大改装が計画されていた[12]。これは、核攻撃任務を担う機動部隊を超大型空母「ユナイテッド・ステーツ」級とともに編成することを視野に入れたものである。
大改装の候補とされたのは「フランクリン」と「バンカーヒル」である。両艦は終戦時には修理中であったため、就役しているエセックス級の中では最も良好な状態を保っていたためである。
しかし「ユナイテッド・ステーツ」級の計画は1949年に中止となり、大改装の計画も時期不明ながら立ち消えとなってしまった。
搭載機[編集]
- 太平洋戦争時
- CVG (Carrier Air Group) 基本構成[13]
- (1)指揮官機×1機 / VF×36機 / VB×36機 / VT×18機
- (2)指揮官機×1機 / VF×36機 / VBF×36機 / VB×15機 / VT×15機
- (3)指揮官機×1機 / VF×73機 / VBF×36機 / VB×15機 / VT×15機
- Essex、Franklin、Bunker Hill、Wasp、Benningtonは一時期VMFを、Bon Homme RichardがVFN及びVTNを編成に加えている。[14]
- VF (Fighter Squadron)、VFN (Night Fighter Squadron)、VMF (Marine Corps Fighter Squadron)
- VBF (Bomber Fighter Squadron)
- VB (Bomber Squadron)
- VT (Torpedo Squadron)、VTN (Night Torpedo Squadron)
- 搭載機種
- F6F、F4U、FG-1、SBD、SB2C、TBF
| 太平洋戦争中の航空隊編成例[15] | |||
|---|---|---|---|
| 空母 | 航空隊 | 編成 | 搭載機数 |
| Essex | CVG-4 | 指揮官機:[F6F-5×1機] / VF-4:[F6F-3×3機 + F6F-5×46機 + F6F-5P×3機 + F6F-5N×4機] / VB-4:[SB2C-3×15機] / VT-4:[TBM-1C×11機 + TBM-3×4機] / VMF-124:[F4U-1D×18機] / VMF-213:[F4U-1D×18機] | 123機 |
| Yorktown | CVG-3 | 指揮官機:[F6F-5E×1機] / VF-3:[F6F-3×6機 + F6F-3P×2機 + F6F-5×35機 + F6F-5E×1機 + F6F-5P×2機] / VB-3:[SB2C-3×8機 + SB2C-4×32機 + SBW-3×11機] / VT-3:[TBM-1C×18機] | 116機 |
| Intrepid | CVG-10 | 指揮官機:[F4U-1D×1機] / VF-10:[F6F-5P×2機 + F4U-1D×36機] / VBF-10:[F4U-1D×36機] / VB-10:[SB2C-4E×15機] / VT-10:[TBM-3×14機 + TBM-3P×1機] | 105機 |
| Hornet | CVG-17 | 指揮官機:[F6F-3P×1機] / VF-17:[F6F-5×59機 + F6F-5E×2機 + F6F-5P×5機 + F6F-5N×6機] / VBF-17:―[16] / VB-17:[SB2C-4×4機 + SB2C-4E×11機] / VT-17:[TBM-3×9機 + TBM-3E×6機] | 103機 |
| Franklin | CVG-5 | 指揮官機:[F4U-1D×1機] / VF-5:[F4U-1D×29機 + F6F-5P×2機 + F6F-5N×4機 + FG-1D×2機] / VB-5:[SB2C-4E×15機] / VT-5:[TBM-3×15機] / VMF-214:[F4U-1D×18機] / VMF-452:[F4U-1D×6機 + FG-1D×12機] | 104機 |
| Ticonderoga | CVG-87 | 指揮官機:[F6F-5×1機] / VF-87:[F6F-3×5機 + F6F-5×46機 + F6F-5P×2機] / VBF-87:[F6F-3×4機 + F6F-5×32機 + F6F-5×32機] / VB-87:[SB2C-3×5機 + SB2C-4×5機 + SB2C-4E×5機] / VT-87:[TBM-1C×2機 + TBM-3×9機 + TBM-3E×4機] | 152機 |
| Randolph | CVG-12 | 指揮官機:[F6F-5×1機] / VF-12:[F6F-5×32機 + F6F-5P×4機 + F6F-5N×6機] / VBF-12:[F6F-5×31機] / VB-12:[SB2C-4E×15機] / VT-12:[TBM-3×12機 + TBM-3E×3機] | 104機 |
| Lexington | CVG-19 | 指揮官機:[F6F-3×1機] / VF-19:[F6F-3×44機] / VB-19:[SB2C-1C×5機 + SB2C-3×35機 + SBD-5×2機] / VT-19:[TBM-1C×18機] / VFN-76:[F6F-3N×4機 + TBM-1C×2機] | 111機 |
| Bunker Hill | CVG-84 | 指揮官機:[F4U-1D×1機] / VF-84:[F4U-1D×26機 + F6F-5P×6機 + FG-1D×8機] / VB-84:[SB2C-4E×16機] / VT-84:[TBM-3×15機 + TBM-3P×1機] / VMF-221:[F4U-1D×18機] / VMF-451:[F4U-1D×18機] | 109機 |
| Wasp | CVG-81 | VF-81:[F6F-5×81機 + F6F-5P×4機 + F6F-5N×4機] / VB-81:[SB2C-3×10機 + SBW-3×2機] / VT-81:[TBM-1C×15機] / VMF-216:[F4U-1D×18機] / VMF-217:[F4U-1D×18機] | 152機 |
| Hancock | CVG-7 | VF-7:[F6F-5×37機] / VB-7:[SB2C-3×30機 + SB2C-3E×12機 + SBW-3×7機] / VT-7:[TBM-1C×18機] | 104機 |
| Bennington | CVG-82 | 指揮官機:[F6F-5×1機] / VF-82:[F6F-5×29機 + F6F-5P×2機 + F6F-5E×2機 + F6F-5N×4機] / VB-82:[SB2C-4E×15機] / VT-82:[TBM-3×15機] / VMF-112:[F4U-1D×18機] / VMF-123:[F4U-1D×18機] | 104機 |
| Boxer | CVG-93 | 指揮官機:[F4U-4×1機] / VF-93:[F6F-5×32機] / VBF-93:[F4U-4×36機] / VB-93:[SB2C-5×15機] / VT-93:[TBM-3E×15機] | 99機 |
| Bon Homme Richard | CVG-16 | 指揮官機:[F6F-5×1機] / VF-16:[F6F-5×32機 + F6F-5P×2機 + F6F-5E×2機] / VBF-16:[F6F-5×36機] / VB-16:[SB2C-4E×15機] / VT-16:[TBM-3×15機] | 103機 |
| Antietam | CVG-89 | 指揮官機:[F4U-4×1機] / VF-89:[F6F-5×30機 + F6F-5P×2機 + F6F-5N×4機] / VBF-89:[F4U-4×36機] / VB-89:[SB2C-5×15機] / VT-89:[TBM-3E×15機] | 103機 |
| Shangri La | CVG-85 | 指揮官機:[F4U-1D×1機] / VF-85:[F6F-5P×2機 + F6F-5N×6機 + F4U-1C×28機] / VBF-85:[FG-1D×6機 + F4U-1D×31機] / VB-85:[SB2C-4E×15機] / VT-85:[TBM-3×15機] | 104機 |
| Lake Champlain | CVG-150 | 指揮官機:[F6F-5×1機] / VF-150:[F6F-5×32機] / VBF-150:[F4U-4×35機] / VB-150:[SB2C-5×16機] / VT-150:[TBM-3×16機] | 100機 |
- 朝鮮戦争 - 1950年代後半
- F4U、F8F、F9F、F2H、FJ-1、F7U、F3D、AD、A3D、AF、AM、AJ、HO3S、H-25
- 1950年代末 - ベトナム戦争
- F11F、F3H、F4D、F8U、A4D、WF、A-7
- 対潜空母
- S2F/S-2、HSS-1/SH-34、HS-2/SH-3、HUK/UH-2、HUS/UH-34
- また、艦や時期によっては防空戦闘機としてVSF (Carrier Anti Submarine Fighter Squadron) より4機程度の分遣隊が派遣されていた。使用機種はA-4CのちにF-8Hである。
配備[編集]
第二次世界大戦[編集]
就役が太平洋戦争中期だったために対日戦に参加したのは約半数であるが、マリアナ諸島やフィリピン方面での侵攻作戦で活躍した。
第二次世界大戦後[編集]
太平洋戦争後、本級はアメリカ海軍の主力空母となったものの、海軍の縮小に伴い、1948年までに半数以上の15隻が予備役編入された。しかしその多くが朝鮮戦争の勃発により現役復帰した。 3年間の戦争期間中には開戦時に極東に在泊していた「ヴァリー・フォージ」を筆頭に11隻(「エセックス」、「ボクサー」、「ボノム・リシャール」、「レイテ」、「オリスカニー」、「アンティータム」、「プリンストン」、「レイク・シャンプレイン」、「ヴァリー・フォージ」、「キアサージ」、「フィリピン・シー」)が参加し、その活躍により当時根強かった空母不要論を打ち破る働きを見せた[3]。この時期、冷戦のグローバル化が進んでおり、またA4D艦上攻撃機の登場によって本級も核抑止任務を遂行可能となったこともあり、本級の運用寿命延伸のため、戦争中より上記のSCB-27・ついでSCB-125改修が着手された。また1952年10月に新設された新艦種である「攻撃空母」 (CVA) にも、新型のミッドウェイ級やフォレスタル級とともに種別変更されている[10]。
一方、大戦中より、アメリカ海軍においては軽空母 (CVL) や護衛空母 (CVE) が対潜戦を担当してきたが、1954年に登場した新型の艦上哨戒機であるS2Fは、極めて高性能である一方でかなり大型の機体であり、これらの小型空母では運用困難となっていた。ミッドウェイ級やフォレスタル級など大型空母の増勢もあり、1953年より、まずSCB-27改装未実施艦が、新設された対潜空母 (CVS) に艦種変更されることとなった。その後、1956年からは、SCB-125改装艦からもCVSに艦種変更される艦が出始めており、最終的には「ハンコック」「ボノム・リシャール」「オリスカニー」を除く全艦がCVSとなっている。ただしベトナム戦争開戦時には、SCB-125/SCB-27C改装艦5隻がCVA籍に残っており、うち4隻(「タイコンデロガ」、「ハンコック」「ボノム・リシャール」「オリスカニー」)がベトナムにおける空対空・空対地任務に投入された。またCVS籍にあった9隻についても、航空機運用能力が高いSCB-125/SCB-27C改装艦のうち2隻 (「イントレピッド」「シャングリラ」) は攻撃機のみ60機を搭載する攻撃空母として運用されたほか、その他の艦も対潜哨戒・航空救難任務にあたった[17]。また強襲揚陸艦に改造された三隻全て(「ボクサー」、「プリンストン」、「ヴァリー・フォージ」)もベトナムに投入された。
各艦は、近代化改装の段階によって能力や用途に大きな差異を有することとなった。なかでもSCB-27C改装によりC11蒸気カタパルト、SCB-125改装によりアングルドデッキを装備した6隻、SCB-125A改装によりH8油圧カタパルトからC11カタパルトへ換装し同時にアングルドデッキを装備した1隻の合わせて7隻は、エセックス級のなかで最高の航空機運用能力を有する艦となった。F-111海軍型の開発を意図したTFX計画が頓挫し、VFX計画として仕切り直されて後のF-14が開発されるが、このRFPの発行において空母適合性の要件としてハンコック級の名称が使われている。これは公式な区分ではないが蒸気カタパルトを装備した上記7隻のことを指す。ただし実際のF-14の開発においてはエセックス級改装艦での運用能力が求められることはなかった。
「フランクリン 」 (CV/CVA/CVS-13, AVT-8) と「 バンカーヒル 」 (CV/CVA/CVS-17,AVT-9) は、日本軍の航空攻撃で大破し、修理中に終戦を迎えた。修理の完了した両艦は状態が極めて良好であったことから、SCB-27等を上回る大改装計画の候補となった。このため、1947年に予備艦に編入されモスボール状態で保管されることとなった。しかし大改装計画は結局中止され、両艦とも60年代半ばまで保管されたものの、最終的には一度も航海することなく退役した。
竣工時期の遅かった艦はSCB-27改装の対象とならなかったものが多く、3隻はヘリコプター揚陸艦に改装され、「アンティータム」(CVS-36)はアングルド・デッキ導入のテストベッドとして使われたのち練習空母となった。その他の艦は小規模な活動にとどまり、比較的早期に退役している。
第一線で現役を続けたエセックス級の多くの艦も、ベトナム戦争後期には就役から30年を迎え、戦争終結を待たずに予備艦となるか除籍され、「オリスカニー」 (CV-34)が1972年のラインバッカーⅡ作戦に、「ハンコック」(CV-19)が1975年のフリークエント・ウィンド作戦に参加したのを最後として1976年に「ハンコック」、次いで「オリスカニー」が退役し、全艦が一線を退いた。退役後もモスボール保管されていた艦があったが、1990年代前半までにほとんどが解体処分された。
「レキシントン 」 (CVS-16) は、1962年に「アンティータム」から練習空母の任務を引き継ぎ、その後航空機発着練習艦 (AVT-16) に艦種変更され、1991年に退役するまで48年間にわたり使用された。
「オリスカニー」は、人工漁礁として利用するため2006年5月17日にフロリダ沖メキシコ湾で海没処置された。
現在、「ヨークタウン」 (CVS-10) 、「イントレピッド 」 (CVS-11) 、「ホーネット 」 (CVS-12) および「レキシントン」の4隻が記念館として保存されている。特に「イントレピッド」はニューヨーク市マンハッタンで「イントレピッド海上航空宇宙博物館」として公開され、多くの観光客を集める観光名所となっている。
同型艦[編集]
| Essex class aircraft carrier[18] | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| Hull No. | 艦名 | 発注 | 起工 | 就役 | 退役 | 除籍 |
| CV-9 | エセックス USS Essex |
1940年07月03日 | 1941年04月28日 | 1942年12月31日 | 1969年06月30日 | 1973年06月01日 |
| CV-10 | ヨークタウン USS Yorktown |
1940年07月03日 | 1941年12月01日 | 1943年04月15日 | 1970年06月27日 | |
| CV-11 | イントレピッド USS Intrepid |
1940年07月03日 | 1943年08月16日 | 1974年03月15日 | 1982年02月23日 | |
| CV-12 | ホーネット USS Hornet |
1940年09月09日 | 1942年08月03日 | 1943年11月29日 | 1970年06月26日 | 1989年07月25日 |
| CV-13 | フランクリン USS Franklin |
1940年09月09日 | 1942年12月07日 | 1944年01月31日 | 1947年02月17日 | 1964年10月01日 |
| CV-14 | タイコンデロガ USS Ticonderoga |
1940年09月09日 | 1943年02月01日 | 1944年05月08日 | 1973年09月01日 | 1973年11月16日 |
| CV-15 | ランドルフ USS Randolph |
1940年09月09日 | 1943年05月10日 | 1944年10月09日 | 1969年02月13日 | 1973年06月01日 |
| CV-16 | レキシントン USS Lexington |
1940年09月09日 | 1941年07月15日 | 1943年02月17日 | 1991年11月08日 | 1991年11月08日 |
| CV-17 | バンカー・ヒル USS Bunker Hill |
1940年09月09日 | 1941年09月15日 | 1943年05月24日 | 1947年01月09日 | 1966年11月01日 |
| CV-18 | ワスプ USS Wasp |
1940年09月09日 | 1942年03月18日 | 1943年11月24日 | 1972年07月01日 | 1972年07月01日 |
| CV-19 | ハンコック USS Hancock |
1940年09月09日 | 1943年01月26日 | 1944年04月15日 | 1976年01月30日 | 1976年01月31日 |
| CV-20 | ベニントン USS Bennington |
1941年12月15日 | 1942年12月15日 | 1944年08月06日 | 1970年01月15日 | 1989年09月20日 |
| CV-21 | ボクサー USS Boxer |
1941年12月15日 | 1943年09月13日 | 1945年04月16日 | 1969年12月01日 | 1969年12月01日 |
| CV-31 | ボノム・リシャール USS Bon Homme Richard |
1942年08月07日 | 1943年02月01日 | 1944年11月26日 | 1971年07月02日 | 1989年09月20日 |
| CV-32 | レイテ USS Leyte |
1942年08月07日 | 1944年02月21日 | 1946年04月11日 | 1959年05月15日 | 1969年06月01日 |
| CV-33 | キアサージ USS Kearsarge |
1942年08月07日 | 1944年03月01日 | 1946年03月02日 | 1970年02月13日 | 1973年05月01日 |
| CV-34 | オリスカニー USS Oriskany |
1942年08月07日 | 1944年05月01日 | 1950年09月25日 | 1976年09月30日 | 1989年07月25日 |
| CV-35 | レプライザル USS Reprisal |
1942年08月07日 | 1944年07月01日 | 1945年08月12日建造中止 | ||
| CV-36 | アンティータム USS Antietam |
1942年08月07日 | 1943年03月15日 | 1945年01月28日 | 1963年05月08日 | 1973年05月01日 |
| CV-37 | プリンストン USS Princeton |
1942年08月07日 | 1943年09月14日 | 1945年11月18日 | 1970年01月30日 | 1970年01月30日 |
| CV-38 | シャングリラ USS Shangri-la |
1942年08月07日 | 1943年01月15日 | 1944年09月15日 | 1971年07月30日 | 1982年07月15日 |
| CV-39 | レイク・シャンプレイン USS Lake Champlain |
1942年08月07日 | 1943年03月15日 | 1945年06月03日 | 1966年05月02日 | 1969年12月01日 |
| CV-40 | タラワ USS Tarawa |
1942年08月07日 | 1944年03月01日 | 1945年12月08日 | 1960年05月13日 | 1967年06月01日 |
| CV-45 | ヴァリー・フォージ USS Valley Forge |
1943年06月14日 | 1943年09月14日 | 1946年11月03日 | 1970年01月15日 | 1970年01月15日 |
| CV-46 | イオー・ジマ USS Iwo Jima |
1943年06月14日 | 1945年01月29日 | 1945年08月12日建造中止 | ||
| CV-47 | フィリピン・シー USS Philippine Sea |
1943年06月14日 | 1944年08月19日 | 1946年05月11日 | 1958年12月28日 | 1969年12月01日 |
| CV-50 | 1945年03月計画中止 | |||||
| CV-51 | ||||||
| CV-52 | ||||||
| CV-53 | ||||||
| CV-54 | ||||||
| CV-55 | ||||||
ハルナンバーと就役順[編集]
アメリカ海軍艦艇のハルナンバーは、造船所への発注時に造船所ごとにまとめて割り振られるもので、日本海軍で就役順に同型艦の「第X番艦」と数えるのとは全く違う概念である。CV-9からCV-15はニューポート・ニューズ造船所への発注分 (第二次海軍拡張法による1隻と第三次海軍拡張法による2隻を1940年7月に発注、両洋艦隊法による4隻を同年9月に発注) に、CV-16からCV-19はベスレヘム・スチール株式会社への発注分 (両洋艦隊法による4隻を1940年9月に発注) に割り当てられ[19]、真珠湾攻撃の8日後にブルックリン海軍工廠とニューポート・ニューズ造船所に発注された分には、それぞれCV-20とCV-21が当てられた。そのため、エセックス級空母の就役順 (日本海軍艦艇の「第X番艦」に相当) は、ハルナンバーの順と異なっている。
脚注[編集]
- ^ U.S. Aircraft Carriers: An Illustrated Design History、p. 394
- ^ a b c d e f g 多田智彦「エセックス級のメカニズム (特集 米空母エセックス級)」、『世界の艦船』第761号、海人社、2012年6月、 84-91頁、 NAID 40019305383。
- ^ a b 岡部いさく「史上最多建造の艦隊空母エセックス級 (特集 米空母エセックス級)」、『世界の艦船』第761号、海人社、2012年6月、 75-83頁、 NAID 40019305375。
- ^ #歴群米空6 p.111
- ^ #歴群米空6 p.111-112
- ^ #歴群米空6 p.113
- ^ U.S. Aircraft Carriers: An Illustrated Design History、p. 134
- ^ a b #歴群米空6 p.117
- ^ 野木恵一「システムとしての艦隊防空」、『世界の艦船』第662号、海人社、2006年8月、 98-103頁、 NAID 40007357722。
- ^ a b c d e f 野木恵一「エセックス級戦後近代化改装の概要 (特集 米空母エセックス級)」、『世界の艦船』第761号、海人社、2012年6月、 102-109頁、 NAID 40019305396。
- ^ 「アメリカ揚陸艦史」、『世界の艦船』第669号、海人社、2007年1月、 1-167頁、 NAID 40015212119。
- ^ World Aircraft Carriers List: US Fleet Carriers, WWII Era, https://www.hazegray.org/navhist/carriers/us_fleet.htm
- ^ United States Pacific Fleet Organization 1 May 1945
編成例
(1)1945年5月時点には編成無し
(2)AIR GROUP ONE [ComAirGrp 1:(VF×1) / VF-1 (VF×36) / VBF-1 (VF×36) / VB-1 (VSB×15) / VT-1 (VTB×15)]
(3)AIR GROUP FOURTEEN [ComAirGrp 14:(VF×1) / VF-14 (VF×73) / VBF-14 (VF×36) / VB-14 (VSB×15) / VT-14 (VTB×15)] - ^ Essex、Yorktown、Intrepid、Hornet、Franklin、Lexington、Bunker Hill、Waspは少数のVFNを搭載していた時期が存在する。
- ^ LOCATION OF US NAVAL AIRCRAFT
※予備機及び練習機の数は不明。それらを除いた中で各航空隊に配備された搭載機数でおよそ最大のものを記載。
23 Jan 1945:CV-9 Essex & CV-18 Wasp
24 Oct 1944:CV-10 Yorktown
10 Mar 1945:CV-11 Intrepid & CV-20 Bennington
23 Jun 1945:CV-12 Hornet
17 Mar 1945:CV-13 Franklin
19 May 1945:CV-14 Ticonderoga
16 Jun 1945:CV-15 Randolph
11 Jul 1944:CV-16 Lexington
6 Feb 1945:CV-17 Bunker Hill
3 Oct 1944:CV-19 Hancock
4 Aug 1945:CV-21 Boxer
31 Mar 1945:CV-31 Bon Homme Richard
7 Sep 1945:CV-36 Antietam
14 Apr 1945:CV-38 Shangri La
28 Jul 1945:CV-39 Lake Champlain - ^ 編成数の記載がないが通常編成ならばF6F-5×36機
- ^ 大塚好古「エセックス級はいかに戦ったか (特集 米空母エセックス級)」、『世界の艦船』第761号、海人社、2012年6月、 92-99頁、 NAID 40019305388。
- ^
The Carriers The List Official Website of the United States Navy
Aircraft Carriers - CV/CVN navysite.de
NavSource Aircraft Carriers navsource.org - ^ 瀬名堯彦「図で見る『エセックス級』変遷史I」 (『丸スペシャル 第85号 エセックス級I』1984年3月) 43頁
参考文献[編集]
- Friedman, Norman (1983). U.S. Aircraft Carriers: An Illustrated Design History. Annapolis, MD: Naval Institute Press. ISBN 0-87021-739-9.
- 『[歴史群像]太平洋戦史シリーズVol.53「アメリカの空母」』 学研、2006年2月。ISBN 4-05-604263-2。
- 大塚好古 『【6】対日戦勝利の原動力「エセックス」級』。
- 『アメリカの空母主要目一覧』 調製:大塚好古。
外部リンク[編集]
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