ベニントン (空母)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
就役直後(1944年10月20日)
艦歴
発注 1941年12月15日
起工 1942年12月15日
進水 1944年2月28日
就役 1944年8月6日/1952年11月13日
退役 1946年11月8日/1970年1月15日
除籍 1989年9月20日
その後 1994年にスクラップ
性能諸元
排水量 基準27,100トン、満載36,380トン
全長 水線長820 ft、全長872 ft
全幅 水線長93 ft、全幅147 ft 6 in
吃水 満載:34 ft 2 in
機関 ウェスティングハウス製蒸気タービン4機, 4軸推進, 150,000 shp
最大速 33ノット
航続距離 20,000海里(15ノット時)
兵員 士官、兵員 2,600名
兵装 連装38口径5インチ砲4基、単装38口径5インチ砲4基
56口径40mm4連装機関砲8基
単装78口径20mm機関砲46基
搭載機 90 - 100
エレベーター 中央2基、舷側1基
カタパルト

ベニントンUSS Bennington, CV-20)は、アメリカ海軍航空母艦エセックス級航空母艦としては11番目に就役した。艦名はアメリカ独立戦争ベニントンの戦いが行われたバーモント州ベニントンにちなむ。その名を持つ艦としては2隻目。「ビッグ・ベン」「ベニー」の愛称をもつ。また、当初より強力なアレスティング・ギアを装備していたので不具合の生じた艦載機の収容を任されることがあり、「"Cripple Ship"」などとも呼ばれた[1][2]

艦歴[編集]

ベニントンは1944年2月28日にブルックリン海軍工廠で進水、メルビン・J・マース夫人(ミネソタ州選出国会議員マースの妻)によって命名、進水し、1944年8月6日に初代艦長J・B・サイクス大佐の指揮下就役した。

12月15日、ベニントンはニューヨークを出港、21日にパナマ運河を通過した。1945年1月8日真珠湾に到着し、カロリン諸島ウルシー環礁に進出、空母機動部隊に2月8日合流する。ウルシー環礁から日本本土攻撃(2月16、17日、25日)、小笠原諸島(2月18日 - 3月4日)、沖縄(3月1日)、そして沖縄戦支援(3月18日 - 6月11日)を行った。4月7日、ベニントンの艦載機は東シナ海での戦闘に参加する。この戦闘では戦艦大和軽巡洋艦矢矧および4隻の駆逐艦が沈没している。

6月4日、5日にベニントンは沖縄本島沖合で台風の被害を受け、飛行甲板前方が圧壊するほどのダメージを負った[3][4]。修理のためレイテ島に後退、6月12日に到着している。修理完了後7月1日にレイテ島を出港、7月10日から8月15日にかけて日本本土攻撃に参加している。

ベニントンは10月21日まで西太平洋における作戦活動を継続、日本占領支援を行った。9月2日、日本の降伏調印式典においてベニントンの艦載機は東京湾上を飛行した。ベニントンは1945年11月7日にサンフランシスコに到着し、1946年3月にパナマ運河を通過、バージニア州ノーフォークに向かう。

大戦終結に伴う海軍の縮小に伴い、エセックス級の多くが任務を解かれ予備役に編入されたが、ベニントンはその中でも最初に予備役となった艦である。ベニントンは不活性化オーバーホールの後1946年11月8日より保管状態に入ったが、SCB-27A改装によりジェット機運用のための近代化を実施することが決定する。

1950年10月30日よりブルックリン海軍工廠で改装を開始、1952年11月13日にCVA-20に艦種変更のうえ、デヴィッド・B・ヤング艦長の指揮のもと再就役した。再就役式典にはダン・A・キンボール海軍長官を含む1,400名以上が参加し、R・H・ヒレンコーター海軍少将はベニントンを「我が艦隊で現在最も近代的な空母である」と語った。ベニントンの飛行甲板は43フィート延長され、8フィート幅が広げられたほか、甲板上から5インチ砲が撤去され、3インチ砲に変更された。

1953年4月28日、キューバ近海で爆発事故が発生し、11名が死亡した[5]

1954年5月26日、ロードアイランド州ナラガンセット湾を航行中、カタパルトの爆発事故が発生、103名が死亡、201名が負傷する大惨事となった[6][7]。ベニントンは修理のためブルックリン海軍工廠に向かったが、そのまま近代化改装に入る[8]。このSCB-125改装は1955年5月に完了した。

その後、ベトナム戦争に参加している。1966年の試作VTOL輸送機XC-142の実験任務、1967年12月のアポロ4号の回収任務への参加も特筆される。

ベニントンは1970年1月15日に退役した。1989年9月20日に除籍され、1994年1月12日に売却、インドでスクラップにするため太平洋を牽引された。

ベニントンは第二次世界大戦での戦功で3つの従軍星章を、ベトナム戦争の戦功で4つの従軍星章を受章した[9]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Ship Nicknames”. 2019年6月3日閲覧。
  2. ^ CREW STORIES - USS BENNINGTON”. 2019年6月4日閲覧。
  3. ^ Hornet Hits a Typhoon - National Naval Aviation Museum, http://www.navalaviationmuseum.org/history-up-close/hornet-hits-a-typhoon/
  4. ^ 米海軍と台風・ハリケーン, Hornet Hits a Typhoon - National Naval Aviation Museum, http://daimyoshibo.la.coocan.jp/mil/USNHC/typhoons.html
  5. ^ Naval Accidents 1988, p. 20
  6. ^ Naval Accidents 1988, p. 20
  7. ^ 26 May 1954 Explosion - HISTORY - USS BENNINGTON”. 2019年6月4日閲覧。
  8. ^ “[https://www.ibiblio.org/hyperwar/OnlineLibrary/photos/sh-usn/usnsh-b/cv20.htm Online Library of Selected Images: -- U.S. NAVY SHIPS -- USS Bennington (CV-20, later CVA-20 and CVS-20), 1944-1993]”. 2019年6月4日閲覧。
  9. ^ NavSource Online: Aircraft Carrier Photo Archive USS Bennington (CV-20)”. 2019年6月4日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]