ヨークタウン級航空母艦

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ヨークタウン級航空母艦
USS Yorktown CV-5
艦級概観
艦種 航空母艦正規空母
艦名 アメリカ独立戦争の戦場、軍艦の名としては3代目
建造期間 1934年-1940年
就役期間 1937年-1947年
前級 レンジャー
次級 ワスプ(CV-7)
エセックス級
性能諸元[1]
基準排水量 建造時:19,800t
改装後:21,000t
満載排水量 建造時:25,500t
改装後:32,060t
全長 建造時:824ft 9in (251.38m)
改装後:827ft 5in (252.19m)
全幅 建造時:109ft 6in (33.37m)
改装後:114ft 5in (34.87m)
水線長 770ft (234.69m)
水線幅 83ft 0.75in (25.32m)
喫水 24ft 5.5in (7.45m)
乾舷 55ft 8.99in (16.99m)
深さ 80ft 2.3in (24.44m)
飛行甲板 813ft 10.81in × 97ft 6.36in
(248.07m × 29.73m)
機関 バブコック&ウィルコックス社製ボイラーx9基
パーソンズ式蒸気タービン 4基4軸推進
出力 設計:120,000shp
公試:120,517shp
速力 設計:32.5kn
公試:33.65kn
航続距離 12,500海里 (15kn)
乗員 2,279名(士官:49名、艦船:1,519名、航空:711名)
兵装 5インチ単装砲x8基
1.1インチ 4連装機関砲x4基
12.7mm重機関銃x24丁
搭載機 80-90機
最大98機[2]
エレベーター 3基
カタパルト 3基

ヨークタウン級航空母艦(ヨークタウンきゅうこうくうぼかん、Yorktown class aircraft carrier)は、アメリカ海軍航空母艦の艦級。第二次世界大戦前に3隻が建造され、そのうちの2隻は日本海軍との戦いで戦没した。

概要[編集]

Yorktown-class carrier technical drawing 1953.jpg

1930年代アメリカ海軍においては、ワシントン海軍軍縮条約の制限下における空母の建造を検討していた。大型空母レキシントン級の運用経験および専用設計された小型空母「レンジャー」の設計経験、条約による排水量制限から最大トン数25,000トンの新型空母ヨークタウン級2隻(ヨークタウン(USS Yorktown, CV-5)とエンタープライズ(USS Enterprise CV-6)を計画することとなった。

ヨークタウン級はレンジャーと同じく1層の開放式格納庫を持ち、エレベーターは前部、中部、後部の3ヶ所に配置された。格納庫の開放部から直接横方向に射出されるカタパルト戦闘機など軽量な航空機専用)が装備されていたが非実用的であり、後に撤去された。機関はシフト配置になっておらず、前側に3列に配置されたボイラー室があり、後部に4基のタービン室が2列に置かれた。1937年に「ヨークタウン」は試験で後進速力17.5ノットを記録している。

レキシントン級、レンジャーとヨークタウン級の空母5隻は合計134,000tに上り、これに加えて20,000tの「ワスプ」によって米海軍の制限トン数は一杯となった。1937年に条約制限が破棄されると海軍は空母の建造を再開し、ヨークタウン級の経験から、改良型のエセックス級が設計・建造されることとなる。しかし、それまでのつなぎとして同級3番艦のホーネット(USS Hornet, CV-8)を建造した(「エセックス」が就役するのは1943年になってから)。 ホーネットの就役が開戦直前だったため、また、ヨークタウンの戦没が早かったために、このヨークタウン級空母3隻が同一の海域にいたのは1942年の5月27,28日(真珠湾)および6月2,3日(ミッドウェー近海)の僅か4日間だった。

エンタープライズを除き同級の2隻は1942年末までに失われた。ヨークタウンは同年6月のミッドウェー海戦日本海軍潜水艦伊号第一六八潜水艦」に魚雷攻撃され沈没し、ホーネットは同年10月の南太平洋海戦で大破、航行不能となって漂流中に日本艦隊の攻撃を受けて撃沈される。エンタープライズは同年8月の第二次ソロモン海戦爆撃を受けて中破、さらに2ヶ月後の南太平洋海戦でまたもや中破した。応急修理を受けて同年11月の第三次ソロモン海戦に参加した。1942年12月、ヌメアに修理を終え、哨戒活動を開始した。1943年1月のレンネル島沖海戦に参加、同年5月に真珠湾に帰港し、同年7月に本国に回航して本格的な修理と改装を受けて1943年11月に復帰した。

以後、さまざまな作戦に参加したエンタープライズは1945年5月14日日本軍機による特攻で被害を受け、修理のために戦線から離脱した。本国の海軍工廠に到着し、修理とオーバーホール中に終戦を迎える。終戦後、損傷を回復したエンタープライズはマジック・カーペット作戦に従事し、ヨーロッパから10,000名以上の復員兵を輸送した。エンタープライズは、大戦において最も改修が行われた航空母艦となった。

同型艦[編集]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ CV-5 - USS Yorktown - Booklet of General Plans, 1940
    Enterprise VII (CV-6)
    Ship of the Month: USS Enterprise (CV-6)
  2. ^ LOCATION OF US NAVAL AIRCRAFT
    7 Nov 1944 CVG-20 [F6F-5×1機、VF-20:F6F-3×15機 + F6F-3N×4機 + F6F-5×35機、VB-20:SB2C-3×24機、VT-20:TBM-1C×19機] ※補用機及び練習機等の記載は無し

関連項目[編集]